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「僕は、蛇の足」


 後ろから声が聞こえた気がして、僕は懺悔をやめて振り返った。

 背の低い死神の少女が僕を睨めつけていた。

 仮面越しの瞳が怒りを湛えていた。

「何かな?」

 彼女はゆらりと僕の前まで進み、

「何かな、じゃねぇ!」

 声と共に死神の拳が僕の鳩尾みぞおちを貫いた。

 声にならない声を上げて、僕は崩れ落ちた。

 膝を着いた僕は死神を見上げる。

 白骨の仮面に闇と同じ色をした衣装。そういえば鎌はどこへ行ったのだろう?

 死神は僕を軽蔑するような目で見ていた。

「あんた、『願い』をなんだと思ってんだ?」

「知ら……ない……よ。そんな事……」

 死神は膝を立て、僕の胸倉を掴んだ。

「人が最期に願うことはな。さっきみたいな言葉じゃないんだよ。残された人の事をまず第一に考えるもんなんだよ!」

「僕だって……考えたさ!」

 もし、僕が自分だけの事を考えていたのならば、僕はっとっくに自殺していただろう。

「考えてない! あんたは残される人の想いを何一つ考えてない!」

「想い……?」

「ああ! あんたが死んだあとに、さっきみたいな言葉を残されたらどう思うか、あんた考えたか?」

「……」

 言葉が出なかった。

 父さんは、母さんは、友人たちは僕のこの言葉を聞いてどう思うのだろう。

 そこまで考えて、僕は苦笑いした。

「どうも思わないよ。みんな鬱陶しく思うだけだよ」

 そうさ。彼らは僕の事を疎ましく思っているのだから。

「ふざけんな! 死者の最後の言葉だぞっ? 死者が枕元に立ってまで伝えたことだぞ!? それは! この世のどの言葉よりも重いもんだろう!!」

「そうなのかな? 僕のこれが、他の人の言葉と同じくらい重いものとは思えないよ」

「そう思ってる限り、あんたの言葉は誰かに伝える価値があるもんじゃねぇ!」

 死神はそう言って、僕を突き放した。

 そのまま死神は僕に背を向けた。

 死神を気にすることなく、僕は服にしわが付かないように整えた。

「今のは願いでもなんでもねぇ! ちゃんとした願い、考えておいてくれよ」

「だったら、……僕を死なせてよ」

 死神は返事をすることなく、粉雪のように闇夜に溶けて消えた。

 何となくこのまま帰ることもできず、僕は備え付けのベンチの上で仰向けになった。

 空に輝く星を眺めながら、僕は考える。

 僕は人の想いを考えていなかったのだろうか。そして、考えたとして、僕はどうすればいいのだろうか。

 ……。

 暗い空の星へ手を伸ばす。

 ああ、僕もそこへ連れて行ってくれないか?

 流れ星でも流れれば、その尾を掴んで宇宙の闇へと消えていけるのに。

 静かな星空を切り裂く一条の閃光を見つけることはできなかった。


 結局、どんなに考えても結論は出なかった。



 翌日。

 朝には何事もなかったように、「早く願いを考えろよ~」と死神は声を掛けてきた。それ以降は僕の背後霊と化していた。神が背後霊とは此れ如何に。

 正直、後ろからじっと見られているのは大層恐ろしいので止めて欲しいと頼んだのだが、

「むしろその反応が面白い!」

 死神が親指を立てて笑顔でそう言い切ったので、僕はもう諦めてしまった。

 その日も普通に友達と談笑したり、ご飯を食べたり、いつもと変わらぬ日常を、心苦しい日常を過ごした。

 彼ら、彼女らと、もしかしたら今日でさよならとなるかもしれない。

 そう考えると酷く胸がすっきりした。


 その日の夕方、昨夜僕が鳩尾に痛撃を喰らった河原の公園に寄った。

 死神は相変わらず背後霊となっていて、たまに振り返ると無意味にニカッと笑ってくる。

 僕は河の水面を何となく見た。

 河の水面に夕陽が反射していた。水の冷たさと夕陽の赤の温かさを同時に感じて不思議に思った。

 と目の前を小さな子供たちが横切った。追いかけっこでもしているのだろうか。

 河原は夜と違って人が多かった。

 先程の幼稚園児くらいの子供たちや、犬の散歩をする人、学校帰りで公園の遊具で遊ぶ小学生たち、夕飯の材料でも買ったのか籠にたくさんのビニール袋を詰めた自転車で帰る主婦。

 その中で僕はどれだけ浮いているのだろう。

 まるで一枚の完成された絵画に付着した黒い絵の具のように、自分が思えた。

「僕は、自分の事を余分なものだと思ってるのかな……」

 僕は死神に聞かせるように独り言を言った。

「余分って聞こえはいいけど、要するにいらないものなんだよね。不必要で、蛇足って感じで、僕は嫌いだな」

 蛇に描かれた足が僕なのかもしれない。

 僕が感じている申し訳なさはこれだった。蛇足の足に感情があったのなら、僕と同じような心境なのかもしれない。

「蛇足……。完成されたものにある、無駄なもの……」

 意味を噛みしめるように、死神は呟いた。

「分かってもらえるかな? 僕は、蛇の足なんだ。僕がいなければいい。そうすればきっと何もかも完璧になるよ」

 被害妄想的で、自己を過大評価しているのは分かっている。でも、もしも僕がいなかったら、身近な人でも苦労はしないのではないかと思ってしまう。

 両親も、生まれた子供が僕でなければ、きっと……、もっと幸せになれたのではないか。

 友達も、もっと良い奴と一緒にいたいだろう。事実、友人は僕よりも他の友人と一緒の方がよく話している。

 こんな自分でなければ……。

「あのさ、……一ついいか?」

 死神は夜とは違ってすごく控えめにそう言った。


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