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「これは願いとは呼べないかもしれない」


 願いとは、人が心から望み、叶えおうと努力し、それでもなお叶わない。

 それこそ神様にでも祈るようなもの。

「……そんなものあるわけがない」

 願い、希望、望み。

 それを表す名前はたくさんあるが、ここでは夢と言っておこう。

 それは人の生きる原動力となるのだろう。

 僕には分からないけど。


『死神が人の命を奪うためには、その人間の心底の願いを叶える必要がある!』


 そんなものが、願いがあるのならば、僕だって死を望みはしなかったよ。

 でもそれがなければ、僕は死ねない。


 ついこの間まで、僕は死を諦めていた。死ぬことなどできない。

 この体が止まるまで、この命が果てるまで、この心臓が止まるまで。

 僕は死ぬことができない。

 そう、諦めていたんだ。


 人間と言うのは傲慢だ。

 満腹でも好物が目の前にあればそれを食べたいと思うものだ。無意識に唾液が出て、食欲が顔をのぞかせる。

 いや、それには人間のDNAに残された記憶のためでもあるらしい。あまりいい例えではないが、他に思いつかない。

 例え諦めていても、目の前にその希望が、可能性があるのなら、喉から手を伸ばしてしまうのだ。

 死ぬチャンスがあればどうしても、それを得ようと必死になってしまう。

 もう一度言う、僕は死にたい。

 このチャンスを、逃すものか。


「それで?」

 死神の少女は夕日を眺めながら、僕に問う。

「願いは決まったか?」

 夕陽を反射したように白骨の仮面が茜色に染まっていた。

「こういうのは駄目かな?

 誰かに、死んだ後に言葉を届けるっていうのは?」

 死後にメッセージを伝える。

 これは死者の願いの代表ではないだろうか。遺言なども本来はそういうもののはずだ。死の際、誰かに言葉を残す。死者の願いの本質。

 これを願うべきなのだろう。

 でも、僕のこれは願いとは呼べないかもしれない。

「ちょっと待てよ~。

 願いを叶える場合の三章……、お、あったあった」

 大きな本を取り出してページを捲り、文に指を添えてなぞる。

「OK! その願いでいいだろう。ただし、夢枕に立つって感じになるけど、いいか? いいよな?」

 高いテンションのまま詰め寄る死神を抑えて、僕は自宅への帰路を歩み始めた。

 僕らは夜を待った。

 夜の方が目につかないのでいいだろうと僕が提案したのだ。

 家でそれを話すと家族に怪しまれるし、妥当な判断だと思う。

 死神は早くしてくれと急かし立ててきたが、僕は一貫して無視した。


 そして夜が来た。


 河原にある小さな公園へ僕はと死神は共に向かった。

「それじゃ、これから話す僕の言葉を、指定する人に伝えて」

 何度も頷き死神はニカッと笑った。

「うんじゃ、悔いのないようにな!」

 死神は組んで僕の背後に立った。

「ちゃんと伝える人間の顔を思い浮かべろよ~」

 スポーツのコーチのように後ろから声を掛けてきた。

「分かってるよ……」

 さんざん言われていたので僕はちょっと投げやりに返事をした。

 先ずは父さんと母さんの顔を浮かべた。


「父さん。すみません。僕は二人より先に死んでしまいました。あなたは立派で、僕の誇りでした。ごめんなさい。僕はあなたの誇りではいられなかった」


「母さん。すみません。僕はあなたの期待には沿えませんでした。先立つ不孝をお許しください」


「……さん。僕はあなたの事が好きでした。でもそれを言えなかった。不自然でしたよね。僕、あなたのことを目で追ってたし。気持ち悪かったでしょ? ごめんなさい」


「……君。君はどうしてか、僕と友達にはなってくれなかったね。きっと僕が悪いんだろうけど……。ごめん。最後まで何で君が僕を嫌ってるのか分からなかったよ……」


 その後も僕の願い、いや、懺悔は続いた。

 友人、家族、その他昔の知り合いにまで僕はメッセージを残した。

 思えば僕は昔から誰かに後ろめたさのようなものを感じていた。

 特定の誰かに感じているのではなく、みんな。

 僕が存在しているのを誰もが疎ましく思っているのではないだろうか。

 そう、心のどこかで思っていた。

 被害妄想的なのは分かっている。でも、心の芯の部分がそう思ってしまっているのだ。

 もしかしたらこれが死にたくなった理由なのかもしれない。

 僕は誰といても心休まる時はなかった。誰といても苦しく、申し訳なさがこみ上げてくるだけ。

 でも、僕は寂しがり屋だから。一人でい続けることもできなくて……。

 涙は出なかった。でも、どうしようもないほど悲しかった。


「……やめろよ」



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