♤1. 無敵のボディーガaード
ドゥハラ市の路地裏で、少女が何かに追われ、必死に逃げていた。何度も後ろを振り返る。
彼女を追う何かは、行く手を阻むもの全てを破壊しながら突進してきた。ゴミ、段ボール箱、そして彼女が迂回していたトラックさえも、串刺しにされてしまった。
少女は恐怖に震えながら振り返った。ロボットは、行く手を阻むものをいとも簡単に破壊していた。明らかに、このロボットは普通の生き物ではなかった。片目からは奇妙な緑色の光が放たれ、声は歪んだ、壊れた機械のようだった。
恐怖に襲われた少女は、痛みに苦しむ足を押し殺し、怪物との距離を少しでも縮めようと、必死に走り続けた。
しばらく走った後、少女はうっかり行き止まりに突き当たり、ロボットがすぐ後ろに迫ってきた。
ロボットの四肢は突然動きを止め、全身が不安に震え始めた。エメラルドグリーンの瞳が彼女の上空で激しく瞬き、路地の壁にギザギザの影を落としていた。
「もう逃げられない!逃げ場はない!」
ロボットはゆっくりと近づいてきた。まるで時間が止まったかのようだった。少女は近くにあった割れた瓶を素早く掴み、ロボットの頭めがけて投げつけた。幸運にも、瓶はロボットの目に命中した。
ガラスの破片はロボットのフレームに激突し、耳をつんざくような「バキッ!」という音とともに砕け散り、彼女を見つめていた目に突き刺さった。ロボットは唸り声を上げ、緑色の目は割れたガラスとワイヤーの混沌とした塊と化した。
ロボットはよろめきながら後ずさりし、衝撃で内部機構が破壊されたため、四肢が激しく痙攣した。それまで滑らかだった機械音は、何千もの虫が狂ったようにブンブンと飛び交うような、混沌とした電気ノイズに取って代わられた。
少女はその機会を逃さず、路地から飛び出し、近くの電話ボックスへと駆け込んだ。コイン投入口に硬貨を入れ、ダイヤルを何度も回した。
やがて、受話器から声が聞こえてきた。
「もしもし、こちらは無敵ボディーガード協会です。」
無敵ボディーガード協会とは、最も危険な犯罪者たちが集まる組織で、彼らの主な任務は、雇い主のあらゆる要求に、たとえわずか1円(日本円換算で1円)であっても、どんな金額でも応じることだ。
少女は恐怖で言葉が詰まり、どもりながら話した。
少女は受話器を強く握りしめ、まるで金属の筐体を突き破ろうとするかのように、荒い息を吐いた。「あ…助けて!ロボットがいるの!普通のロボットじゃないの!私を追いかけてくるの!トラックを突き破ったのよ!」
電話の向こう側では、オペレーターの声はまるでプログラムされた命令のように冷たかった。 「最低サービス料金は、お客様のご希望の金額です。よろしいですか?」
「はい!はい、いくらでもお支払いします!」少女は叫び、路地を見つめた。通りの突き当たりの壁で、ロボットのギザギザした黒い影が再び揺らめき始めた。まだぐらついているが、目は視力を取り戻したのだろうか?絡み合った電線と瓦礫の間から、かすかな緑色の光がちらついていた。
「ご依頼を承りました。3分後に担当者が到着いたします。」オペレーターは電話を切った。
3分。少女は周囲を見回した。人通りのない歩道の真ん中に電話ボックスがあり、街灯は今にも消えそうなほどちらついていた。路地から、金属がコンクリートに擦れる音が聞こえてきた。一歩一歩、ゆっくりと、しかし確実に。ロボットが影から這い出てきた。片方の目は壊れており、ガラスの破片が奇妙な牙のように突き刺さったままだった。その美しい青い目は、少女をじっと見つめていた。
「ターゲット確認。」その声は、笑いと涙が混じり合った、パチパチと音を立てる、電気が走ったような音に変わった。
少女は後ずさり、背中をブースの壁に打ち付けた。手探りで何か身を守ろうとしたが、見つけたのはボロボロの古い住所録だけだった。ロボットは両腕を伸ばし、熱せられた外科用メスのように指を広げて突進してきた。熱が顔に当たり、焦げた電線と溶けたプラスチックの匂いが漂った。
[トントン、トントン、トントン…] 突然、ロボットの背後から足音が聞こえた。ロボットは首を回し、近づいてくる人物に気づいた。
とがった、乱れた赤い髪をした若い男が、中央に太陽と十字架のマークが描かれた眼帯で顔を覆い、細身の黒いスーツにグレーのベスト、そしてシェブロン柄の白いネクタイを締めていた。シャツの襟は白く、ネクタイはきちんと結ばれていた。ライトグレーのズボンには、十字架のバックルが付いた印象的な白いベルトが締められていた。
彼の手には湯気の立つとど焼きの箱が握られていた。近くの店で買ったものらしい。
ロボットは目の前の人物を分析するかのように、視線をきょろきょろと動かした。
ロボットから約2メートルほどの距離まで近づくと、彼は口を開いた。
「『無敵ボディーガード協会』に電話したのは君だろう?」
少女は血が滲むほど唇を固く閉じ、必死に頷いた。「はい…はい、私が電話しました。お願い…助けてください!」
赤毛の男はため息をつき、とど焼きの箱の蓋を開けた。冷たい夜空に、濃い湯気が立ち上る。彼は爪楊枝でとど焼きを一切れ刺し、口に放り込むと、普段とは違う無頓着さでむしゃむしゃと咀嚼した。唇の端にはマヨネーズがべったりと付いており、太陽の形をしたアイマスクの下では、ロボットの方をちらりと見る様子さえなかった。
「いいぞ。ここのとど焼きはタコが本当に新鮮だ」と彼は呟き、少女の方を向いた。背後で咆哮する怪物には依然として目を向けない。「道の向こうへ行け。電話ボックスに立っていたら邪魔だ」
ロボットは侮辱されたように見えた。部分的に再生した目から放たれる緑色の光が眩しく閃いた。ロボットはもはやゆっくりとした慎重な足取りではなく、金属の旋風のように突進してきた。メスのような指を持つその腕が大きく広がり、電話ボックスと赤毛の少女を真っ二つに切り裂こうとした。
少女は悲鳴を上げ、耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。
そして、すべてがあっという間に起こった。
赤毛の少女はパチパチという音を立てて頭を振り、それからど焼きの箱を投げ上げ、ロボットの顔面にパンチを食らわせた。
「おい、反応が遅すぎるぞ。」
ロボットは殴られ、近くの建物に吹き飛ばされ、中の家具まで粉々に砕け散った。
殴打はロボットを吹き飛ばしただけでなく、衝撃波を起こし、近くの街灯が不規則に点滅した。少女は電話ボックスの中でうずくまり、両手で頭を抱え、息を切らしていた。顔を上げると、赤毛の男はまだ同じ場所に立ち、落ちてきたど焼きの箱を右手で冷静に受け止めていた。
ソースは一滴もこぼれていなかった。
「あぁ、危うく落とすところだった」と男は呟き、2つ目のど焼きを串に刺して口に放り込み、音を立てて咀嚼した。彼の視線は、先ほど殴られた建物に釘付けになっていた。
瓦礫の中から、電気のパチパチという音が再び響き渡った。最初は弱々しかったが、次第に大きくなっていった。ロボットは壊れた壁から姿を現した。体は部分的に変形し、片方の肩はへこみ、金属片が皮膚の破片のように剥がれ落ちていた。しかし、緑色の目は完全に再生し、以前よりもさらに明るく輝いていた。周囲の空気を振動させるほどの周波数の光を放っていた。
「分析:高リスク標的。最大破壊モードに切り替えろ。」
無傷の腕が回転し、指の関節が開き、小型のエネルギー砲が現れた。砲口は濃い、酸のような緑色に光り始めた。
赤毛の男は苛立ちのため息をついた。「まったく、邪魔だ。夕食中に邪魔するなんて。」
彼は少女にど焼きの箱を手渡した。「ほら、俺の夕食を持っててくれ。」そう言って、ロボットに向かって歩み寄った。
少女はどもりながら言った。「でも…避けないの?銃を持ってるのよ…」
彼女が言い終わる前に、ロボットは引き金を引いた。緑色の光線が赤毛の男に向かって一直線に放たれ、空気をギザギザの高温の弧に切り裂いた。
もちろん、映画のように攻撃が極端に遅く、主人公が避けたり、話す時間があったりするようなものではない。ここでは、エネルギー弾は彼の頭蓋骨を貫通した。
しかし、青年は顔の傷など気にも留めず、歩き続けながら、もう一つ言葉を口にした。
「頭の半分を失ったからといって…」
彼は一瞬のうちに飛び出し、まだ発射中の銃身を殴りつけた。十万度の炎で手は焼け焦げたが、見事に銃を粉砕した。
「…じゃあ、俺は倒れるのか?」
ロボットは後ずさりし、内部部品から耳障りな金切り声が響き渡った。緑色の目は絶えず左右に動き、周囲をスキャンして分析していた。
「エラー。エラー。危険度を判定できません。」
逃げようとしたが、システムがフリーズしたようだった。足がコンクリートを踏みつけ、長い亀裂が入った。
赤毛の男は手を伸ばし、突き刺さった頭部に触れた。指が傷口をなぞると、肉と頭蓋骨はまるでフィルムのリールが逆再生するように、驚異的な速さで治癒していった。
「ちくしょう、目隠しをダメにしてしまった。」彼はそう呟き、ぼろぼろになった布を引き剥がした。
「まったく、また金を使わなきゃならない。」
彼は前方に飛び出した。
走るわけでも、跳ぶわけでもない。少女が知る物理法則を全て無視した動きだった。一瞬のうちに、彼はロボットの目の前に立ち、鋼鉄のクランプのように手を伸ばし、その頭部を掴んだ。ロボットは咆哮を上げ、四肢を激しく振り回した。ラジエーターから標的を外れたエネルギービームを発射したが、それは石の上を水が滑るようにロボットをすり抜けていった。
「追加分析:標的は人間ではない。標的は…」
「何だ?」赤毛の男は傲慢な笑みを浮かべ、くすりと笑った。「続けろ。」
「…正体不明の存在。破壊リスク:100%。」
「正解だ。」
彼は拳を握りしめた。
ロボットの金属フレームが耳をつんざくような音を立て、破片が花火のように飛び散った。緑色の目が不規則に点滅し、そして消えた。
そしてロボットは粉々に砕け散り、金属の雨のように舗装路に降り注いだ。
赤毛の男は瓦礫の中に立ち、右手はロボットを押し潰した時のまま高く掲げていた。しばらくして、彼は手を下ろし、瓦礫を払い落とすように振った。
「馬鹿め」と彼は呟き、少女の方を振り返った。「待たせてごめん」
少女は電話ボックスの中でうずくまったまま、ど焼きの箱を胸に抱きしめていた。彼女は震えていた。寒さからでも、ロボットへの恐怖からでもなかった。目の前に立つものへの恐怖だった。
「あなた…あなたは…」
「無敵ボディーガード協会のE級ボディーガードだ」彼は身をかがめ、地面に落ちていた目隠しを拾い上げた。頭の傷口から赤い血がまだ頬を伝っていたが、傷は完全に治っていた。「ああ、忘れてた。今はD級だ。昨日昇格したんだ」
彼は目隠しをポケットに押し込み、手で合図をした。 「夕食を返して。」
少女は震える手でとうど焼きの箱を掲げた。危うく落としそうになった。男は箱を受け取り、蓋を開けて中身を確認した。
「まだ暑いな。」彼は安堵のため息をついた。まるで、今起こった出来事が夕食中のちょっとした不便に過ぎなかったかのように。
少女は落ち着きを取り戻し、立ち上がろうとした。足がふらつきそうだったが、なんとかブーツ掛けにつかまり、体勢を保った。「ありがとうございます…旦那様。私…お支払いします…」
「ああ、よく見ると、君はルー家の長女だな?」
ルー家は武器製造、人工知能、そして時折、著名な慈善事業を手がける大一族だ。
この少女の名前はエリザベス。現在の当主の唯一の娘だ。
少女は頷いて答えた。
「ええ。私がとんでもない…」
「ダークタワーの暴君のことですよね?もしあなたが今の家族の財産を相続するなら、叔父が武器を売ることを絶対に禁じるでしょう。だからこそ、彼はこのロボットを送り込んだのです。」
「私が近くにいて、あなたを助けることができたのは、本当に幸運でしたね。」
「でも、あなたは一人だったのですか?」
「いいえ、護衛と一緒でした。カフェで突然襲撃されたんです。彼女は残って敵を食い止めようとしてくれましたが…もしかしたら…」
「…でも、もしかしたら助からなかったのかもしれません。」エリザベスはうつむき、声が詰まった。爪が手のひらに深く食い込み、血が滲んでいた。
赤毛の男は頷き、それ以上の慰めの言葉はかけなかった。彼はただ箱の中の最後のとうど焼きを、ゆっくりと、そして考え深げに食べ続けた。それから彼は段ボール箱を丸めてボール状にし、5メートル先のゴミ箱に正確なカーブを描いて投げ込んだ。
「行くぞ。」
「どこへ…?」エリザベスは顔を上げた。深い青い瞳にはまだ涙が光っていたが、今は決意に満ちていた。
「お前のボディガードの家だ。救急車を呼ぶ時間はまだあるかもしれない。」赤毛の男はベストのポケットからタバコを取り出し、小さなドクロ型のライターで火をつけた。青い煙が湿った夜空に漂う。「かつて誰かが俺に、仲間を見捨てるなと教えてくれた…」
彼は言葉を最後まで言わなかった。ただうめき声をあげ、背を向けた。黒い革靴が、まるで砕けた骨のようにロボットの残骸を軋ませた。
エリザベスはためらわなかった。足はまだ痛んだが、彼女の心は以前とは違っていた。彼女は走りながら、問いかけた。「まだあなたの名前を知らないわ。あなたは誰なの?」
「お互い知らないなら、名前で呼ぶ必要はない。好きなように呼んでくれ。」
少女は少し躊躇してから言った。
「えっと…ありがとうございます…あの…派手な赤毛さん。」
「派手な赤毛さん。」
「だって、君は赤い髪をしているけど、すごく派手に見えるからね。」
「あ…えっと…」
「でも、まだお礼は要らない。料金はかなり高いんだ。」彼はタバコを吸い込んだ。暗闇の中で赤いフィルターが明るく光る。「待てよ、もし奴らが君を捕まえようとするなら、二人とも送り込んでくるだろう?」
「その通りだ。」背後から謎の声が聞こえた。
派手な赤毛は素早く反応し、首を回した。しかし、蛇のように腹部を横切る剣に斬りつけられた。
「な…なんだ…!」
もしかしたら、その剣には治癒能力を無効化し、さらに毒を注入する力があったのかもしれない。赤髪の悪魔は一瞬よろめいた後、舗道に倒れ込んだ。
エリザベスは凍りついたように立ち尽くした。赤髪の悪魔の腹部の傷口から血が飛び散り、湿ったコンクリートの上に長い血痕を残した。彼女は駆け寄ろうとしたが、足が舗道に釘付けにされたかのように動かなかった。
影の中から、一人の人物が現れた。背が高くすらりとした体つきで、揺らめく街灯に眩しく輝く真っ白なスーツを身にまとっている。その顔は死人のように青白く、黒い瞳には何の感情も宿っていなかった。手には銀色の蛇のように巻きつく剣を握りしめ、刃には地面に滴る新鮮な血痕がまだ残っていた。
「無敵護衛協会Dランク、賽敷赤和葉」彼の声は子守唄のように低く囁いた。 「下っ端の者らしく、弱々しい、弱々しい。」
彼は赤葉のうずくまる体を跨ぎ、エリザベスの方へ歩み寄った。一歩ごとに、まるで足の裏で何千もの小さな鈴が鳴っているかのように、繊細な鈴の音が響く。
「エリザベス・ルー様。」彼は彼女の前に立ち止まり、丁寧に頭を下げた。「尊敬する叔父様よりご挨拶申し上げます。このようなことをしなければならないのは大変申し訳ないのですが、ご理解ください…仕事は仕事ですから。」
「あなた…あなたは誰ですか?」エリザベスは電話ボックスに背中を押し付けながら、どもりながら尋ねた。
「夏侯惇。」彼はくすりと笑い、真っ白な歯を見せた。「フリーランスの剣士です。現在はルー家に年間2億ゼアインで雇われています。少々安いですが、仕事は簡単なのでお引き受けしました。」
彼は剣をエリザベスの目の高さまで持ち上げ、刃が彼女の青白い顔を映し出した。
「これは私が『一撃毒蛇斬り』と呼ぶ技だ。犠牲者は3分間完全に麻痺し、その後、解毒剤がなければ、体内からゆっくりと腐敗していく。相当な苦痛を伴うが、幸いにも…君はそれを目撃する必要はない。」
「彼を殺すつもりなの?」エリザベスは悲鳴を上げた。
「殺す?まさか。」夏侯惇は首を振った。「ただ任務を遂行しているだけだ。ボスは君を捕らえる邪魔者は誰であろうと排除するように命じている。あの哀れな護衛は、ただの邪魔者だった。」
彼は赤葉の遺体の方を振り返った。遺体は動かず、血はまだ流れていたが、よく見ると、血の滴はゆっくりと流れているように見えた。それとも、ただの幻覚だろうか?
「では、行こう、お嬢様。」夏侯惇はエリザベスに手を伸ばした。「素直について来い。君を傷つけたりはしないと約束する。」
「触らないで…触らないで!」
エリザベスは壊れた電話ボックスから破片を拾い上げたが、手が震えてうまく握ることができなかった。ガラスは地面に落ち、きらめく破片となって砕け散った。
「うまいな」夏侯惇は微笑んだ。「女を傷つけるのは嫌いだ」
彼女はためらったが、赤葉の遺体をそこに残したまま、彼についていくしかなかった。
「まずい…」
5分後、赤鶴はゆっくりと立ち上がった。傷は完全には治っていなかったが、立つことはできた。
彼はゆっくりと立ち上がり、腹部の深い傷を見下ろした。毒の治癒効果のせいで、魔力を使って傷を癒すのは困難だった。
(彼女はどこだ?)
彼は周囲を見回し、エリザベスを叔父のところへ連れて行ったことを思い出した。
赤鶴にとって今はエリザベスを救出することが最優先事項だった。幸いにも、毒が全身に広がる前に、赤鶴は魔力を使って患部をバリアで覆うことに成功した。そして、物体を分解する魔法「ベルザブズ」を使って患部を破壊した。腹筋の半分が破壊される音とともにゴボゴボという音が響き、腹部の大きなへこみはなんとか回復した。
「ふう、少しは回復した。幸いにも間に合ってよかった。このままじゃ、すぐに死んでいたところだった。」
赤鶴は手を上げ、指を鳴らすと、暗闇のどこかから二つの明るいヘッドライトが点灯し、道路全体を照らし出した。
それは赤鶴の黒いバイクの輝きだった。彼はバイクに跨り、エンジンをかけると、闇の塔へと走り出した。
さて、この奇妙な青年についてお話しましょう。
赤鶴は魔法使いの家系に生まれたが、生まれつき魔法の才能は全くなかった。恥辱とみなされた赤鶴は、奴隷商人に売られた。彼はその後まもなく、その商人を解剖器具の入った棚に押し込み、ハサミが商人の頭に落ちて即死させた。
その日から、スラム街が彼の新たな住処となり、ある日、赤鶴は一人の魔法使いに発見された。抵抗しようと試みたものの、赤鶴はあっけなく制圧された。
魔術師は赤鶴を大変大切にし、彼に決して経験できないような様々なことを経験させた。魔法を教え、魔導回路の安定化まで手助けしたのだ。しかし、ある日、魔術師は亡くなり、赤鶴は亡き娘を偲んで植えた家と花壇を相続することになった。
それから間もなく、赤鶴は無実の獣女を焼き殺そうとする貴族の息子を目撃し、誤って殺してしまう。それが、彼が無敵の護衛隊に加わるきっかけとなった。
《♤♤♤》
闇の塔――エリザベスの卑劣な叔父であり、悪名高き地下武器商人であるルシウス・ルーの私設本部。50階建ての塔は、巨大な黒曜石のように、黒いガラスが街の灯りを反射している。その建物には、通常兵器から破壊兵器まであらゆる武器が揃っており、地域屈指の精鋭ロボット軍団も配備されているという噂が広まっていた。
塔の最上階。
ルシウス・ルーは黒いクロコダイル革の肘掛け椅子に腰掛け、血のように赤いワインのグラスを手にしていた。彼は50歳前後で、こめかみには白髪が混じり、灰色の目は獲物を狙う鷹のように細められていた。彼の前には、エリザベス・ルーが金属製の椅子に縛り付けられ、口はテープで塞がれていた。
「愛しい孫娘よ」ルシウスはワインを優しく回した。「こんなことをしなければならないのは残念だが……ほら、誰かが私の収入を断とうとしたら、行動を起こさざるを得ないだろう?」
エリザベスは目を見開き、叫ぼうとしたが、かすかな声しか出なかった。
「いい子にしてろ」ルシウスはグラスを置き、立ち上がった。 「相続譲渡書類にサインさえすれば、すべてはスムーズに片付く。田舎で快適に暮らせるだけの金は渡してやる。こんな汚い商売から遠く離れた場所でな。」
彼はポケットから長い紙を取り出し、テーブルの上に置いた。その傍らには、真っ白な羽根ペンが置かれていた。
「サインしろ。」
エリザベスは力強く首を横に振った。
「協力しないのか?」ルシウスはため息をついた。「夏侯惇だ。」
「はい。」
夏侯惇は影から姿を現し、光り輝く銀の剣を手にしていた。彼は軽く頭を下げた。
「彼女を…少しばかり心を和ませろ。傷跡を残すな。傷ついた人間は嫌いだ。」
「承知いたしました。」
夏侯惇はエリザベスに近づき、刃を彼女の頬に軽く触れさせた。氷のように冷たかった。
「少々痛みを伴いますが、あらかじめお詫び申し上げます。」
《♤♤♤》
塔の外、監視塔の一つにいた警備兵たちは、信じられないほどのスピードでこちらに向かってくる何かを発見した。
「何かがこっちに来る!」一人の警備兵が叫んだ。生まれてこの方、こんなに速いものを見たのは初めてだった。
「何だ?」
【ドーン!】
彼らが反応する間もなく、突然爆発が起こり、人が通り抜けられるほどの大きな穴が開いた。
身長約190センチの長身の人物が監視室に足を踏み入れた。警備兵たちは素早く銃を構え、その黒い人影に向かって銃弾を浴びせた。驚くべきことに、ほとんどの弾丸は人影に当たっても跳ね返った。
影のような人影が完全に姿を現し、スポットライトの下で赤い髪が露わになった。それは赤葉だった。背後だけが光に照らされ、顔は影に隠れていた。そして、目隠しに描かれたシンボルが恐ろしい赤い光を放ち始めた。
一瞬のうちに、赤葉は飛びかかり、銃を粉々に砕いた。
「あの老人のタイムチャンバーで30年以上も修行してきたんだ。俺の耐久力は別次元だ。」彼は警備員の首根っこを掴み、もう一人の警備員に向かって投げ飛ばした。二人は強化ガラスを突き破り、地面に叩きつけられて即死した。
赤津葉は振り返り、壁のスイッチをいくつか押した。すると、塔のゲートが瞬時に開いた。
[ヒューッ…]
塔全体に警報が鳴り響いた。彼らは迅速に対応し、一瞬のうちに油圧アームを備えたロボットが上から飛び降りてきた。
これはすべて、塔の中央に設置されたスーパーコンピューターのおかげだった。その役割は、塔で起こりうるあらゆる奇妙な出来事を予測することだった。
油圧ロボットは[ガシャン!]という音とともに着地し、コンクリートの床にひびが入った。その二本の腕は大人の体ほどの大きさで、それぞれの指は回転する鋼鉄製のドリルだった。赤く光る目が赤津葉を捉え、瞬時に標的をロックオンした。
「侵入。破壊せよ。」
「またスクラップの山か」赤鶴はそう呟き、口からタバコを取り出し、ロボットの目に投げつけた。赤く光る灰がレンズに当たり、一時的に視界を遮った。
ロボットは咆哮を上げ、前方に突進した。油圧アームを振り上げ、赤鶴の頭を叩きつけようとした。戦車をも粉砕しそうな一撃だった。
赤鶴はひるまなかった。
一歩踏み出し、左手でロボットのアームを支え、右手を握りしめて関節部分を殴りつけた。「パキッ…パキッ…バン!」という音が響き渡り、鋼鉄製のボルトが砕け散った。ロボットのアームは折れ、後方に吹き飛ばされ、壁に激突して大きなへこみを作った。
「ありえない…判断できない…」ロボットは後ずさりし、赤い目を激しく瞬かせた。
「何を判断しろって?」赤鶴は巨大な金属塊の頭部を掴み、地面から持ち上げた。「判断すべきことはただ一つ。お前はもうすぐスクラップになるんだ!」
彼はロボットを床に叩きつけた。ロボットは粉々に砕け散り、機械油が黒い水たまりのように広がった。
警報は鳴り響き続けていたが、廊下からはすでに数十人の警備員が駆け込んできていた。彼らは防弾チョッキを身に着け、エネルギー銃を手に、激しい連射を浴びせた。
赤鶴は逃げなかった。まっすぐ彼らに向かって歩み寄った。
燃え盛る緑色のエネルギービームが彼を直撃し、黒いチョッキを貫通して深い火傷の跡を露わにした。しかし、彼は立ち止まらなかった。一歩踏み出すごとに、彼の体には無数の弾痕が刻まれたが、その傷は肉眼では捉えきれないほどの速さで癒えていった。
「怪物だ!」兵士が叫びながら逃げ出した。
赤葉は手を伸ばし、その兵士の首を掴むと、群衆に向かって投げ飛ばした。骨が砕けるような音が、まるで爆竹のように響き渡った。
彼は倒れた兵士のエネルギーガンを拾い上げ、容赦なく引き金を引いた。弾丸は装甲を貫通し、次々と兵士を倒していく。銃が必要だったからではなく、……「エネルギーを節約するためだ」と彼は呟いた。
3分も経たないうちに、1階の廊下は警備兵の死体とロボットの残骸で埋め尽くされた。赤葉は混沌の中に立ち、上半身はボロボロのベスト以外は何も身につけていなかった。筋肉は隆起していたが、体には無数のエネルギー弾の痕跡が残っていた。傷は癒えつつあったが、その速度は明らかに遅かった。
「白剣士…」赤鶴は腹部を見下ろした。夏侯惇に負わされた傷はまだズキズキと痛んでいた。血はまだ滲み出ていたが、以前ほど多くは流れていなかった。
彼は中央エレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まり、スクリーンに階数が表示された。赤鶴はルシウス・ルーがいる50階のボタンを押した。
エレベーター内部の顔認証システムが即座に警報を発した。「許可なし。下級者。拒否。」
「下級者だと?」赤鶴は冷笑した。
彼は操作パネルを殴りつけた。火花が散り、スクリーンは粉々に砕け散った。エレベーターは動き続けたが、制御不能になり、猛スピードで上昇し始めた。
35階。エレベーターは急停止した。ドアが開くと、戦闘ロボットの部隊が待ち構えていた。それぞれの肩には2門の砲が搭載され、内部に向けて構えられていた。
赤羽はため息をついた。
「もう疲れたわ。」
一方、屋上では。
「夏侯惇、どうしたんだ?」
「申し訳ありません、旦那様。どうやらこの男を甘く見ていたようです。」夏侯惇はそう言いながら剣についた血を拭った。背後にはエリザベスが瀕死の状態で倒れており、体には大小さまざまな切り傷が無数に刻まれていた。
ルシウスは監視画面を睨みつけた。塔内の数十台のカメラが白黒映像に切り替わり、それぞれのフレームにロボットや警備兵の死体が散乱している様子が映し出されていた。
「40階まで到達したのか。」ルシウスは苛立ちを隠せない声で呟いた。「もう片付けたと言っていたはずだが。」
夏侯惇は微動だにせず、銀色の蛇のような剣を磨き上げて光らせていた。彼は画面を見ず、ただ自分の顔を映す刃だけを見つめていた。
「一度だけ攻撃しました、閣下。『毒蛇』の攻撃です。3分後には死んでいるはずでした。」
「では、なぜまだ生きているのだ?」
夏侯惇は振り返り、エリザベスを見た。少女は椅子の上で息を切らし、腕と肩の切り傷から血が噴き出していた。顔や内臓は切られておらず、気を失わない程度の痛みを与えただけだった。
「可能性は二つあります」と、ハ・ハ・ドンは指を二本立てた。「一つは、毒に対する特別な耐性を持っている。もう一つは、毒に侵された部位を切断した。そして、もし後者であれば…」
「では、どうなるのだ?」
「もはや人間ではない。」
ルシウスは眉をひそめた。「彼が何者であろうと構わない。ただ、この部屋に入れてはならない。」
「ご安心ください」ハ・ハ・ドンは微笑み、初めて真っ白な歯を見せた。「廊下で彼と会います。あなたのカーペットを汚させるようなことはしませんから。」
彼は一歩踏み出し、白いマントをひらひらと揺らした。立ち去る前に、エリザベスを振り返った。
「奥様、もしあの男が本当にあなたを助けに来たのなら……彼のために祈ってください。同じ人物と二度も関わるのはごめんですから。」
ドアが閉まった。
《♤♤♤》
48階 ― メインホール。
エレベーターのドアが最後にもう一度開いた。赤鶴は裸足で降り立った。靴はとっくに灰になってしまっていた。長い赤い絨毯の上に足跡が残る。
48階のホールは広々としており、奇妙なブロンズ像が両脇に並んでいた。ユニコーン、ドラゴン、そして三つ首の鷲。天井からはクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、柔らかな黄色の光を放っていた。
そしてホールの奥、約50メートル先に、夏侯惇が立っていた。彼は待っていたのだ。
「遅いな」夏侯惇は子守唄のように優しい声で言った。「15分も待ったんだ。40階まで行って君に会いに行こうと思っていたが、エレベーターでなかなか来ないから、戻ってきたんだ」
赤鶴は何も答えなかった。ポケットから最後の一本のタバコを取り出し、火をつけた。青い煙が渦巻き、真新しい太陽の形をした目隠しの下で彼の顔を覆い隠した(彼は警備兵の死体からもう一つ、太陽と十字架の模様が入った目隠しを奪ったのだが、そちらの方が絵柄が粗雑だった)。
「すみません、あなたの古くてボロボロのエレベーターは全く役に立ちません。ここまで来るのに4時間もかかりました。」
赤鶴は煙を吐き出し、冷たい廊下の空気の中で赤く燃える残り火が揺らめいた。彼は周囲を見回し、一つ一つの銅像、曇りガラスの窓を品定めし、最後に夏侯惇の手にある蛇のような剣に視線を留めた。
「4時間だと?」夏侯惇は軽く笑い、首を振った。「このビルのエレベーターは1階から48階までたった2分で行ける。4時間もかかったと言うのか?歩いたのか?」
「夕食のために立ち寄りました」と赤鶴はさりげなく答えた。「長い旅の後で少しお腹が空いていたものですから。」
夏侯惇は笑った。「なかなか面白い奴だな、Dランクの護衛め。お前がちょっと好きになってきたぞ。」
「好き?でも…」赤津葉は素手でタバコの火を消した。燃える肉から立ち上る煙がシューッと音を立てる。「…男は好きじゃないの。」
夏侯惇は笑うのをやめた。
彼は重心を下げ、銀色の刃を持つ剣を鮮やかな橋のように弧を描くように構えた。剣先が地面に触れると、赤い絨毯の上に冷たい光の筋が走った。
「もう一度チャンスをやろう」夏侯惇は低い声で言った。「諦めろ。この塔から出て行けば、何もなかったことにしてやる。俺たち二人ともDランクだ。死ぬまで戦う必要はない。」
赤津葉は首を少し傾げて彼を見つめた。雑に描かれた日よけマスクがわずかにずれ、額から頬骨にかけて走る長い傷跡が露わになった。
「怖いのか?」
夏侯惇は目を細めた。「恐れているだと? 私を?」
「ええ、恐れているわ」赤津葉は一歩前に踏み出した。素足の音は絨毯に響かなかった。「だって、もし恐れていなかったら、私が口を開く前に攻撃していたでしょう。あの通りでの一撃…もう一度攻撃していれば、私を仕留めることができたはず。でも、あなたはそうしなかった。私をそこに横たわらせたまま、立ち去った」
夏侯惇の目は暗くなった。「私は倒れた者を殺さない」
「倒れた者?」赤津葉は高らかに笑った。「私を倒れた者と呼ぶの? ちょっと休もうと横になっていただけよ」
二人は広大な廊下で黙って見つめ合った。天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアが光を放ち、刀身と赤津葉の青白い顔にきらめく光の筋を映し出していた。
第2章 終わり
そして二人は同時に動き出した。
覇王潘は銀色の刀身を稲妻のように閃かせながら突進した。斬撃ではなく、突き。刀の切っ先は赤津葉の心臓を狙った。瞬きする暇もないほどの速さだった。
赤津葉は避けなかった。
彼は左手を上げ、新旧の傷跡が刻まれたむき出しの前腕を露わにし、刀を受け止めた。血が噴き出した。刀は肉を貫いたが、収縮した筋肉に阻まれ、完全には貫通しなかった。
「何だ?」覇王潘は息を呑んだ。
赤津葉は答えなかった。右手を握りしめ、覇王潘の顔面に拳を叩き込んだ。
覇王潘は後ずさりしたが、完全には後ずさりしなかった。拳は左肩に命中し、乾いた「パキッ」という音が響いた。肩甲骨が軋み、鋭い痛みが全身を駆け巡った。
彼は飛び退き、赤津葉の手から剣を引き抜いた。前腕の傷口から血が流れ出るが、赤津葉はただ下を向き、首を横に振るだけだった。
「遅いな。もっと速いと思っていたのに。」
夏侯惇は歯を食いしばった。初めて、青白い顔に怒りの表情が浮かんだ。
「よくも…俺に手を出したな!」
彼は剣を振り下ろした。今度は一振りではなく、十振りの連続斬撃だ。一振りごとに速度が増し、まるで毒蛇の群れが四方八方から襲いかかるように、ねじれながら斬撃を繰り出した。
赤津葉は後退し、避け、受け流した。しかし、全てを避けることはできなかった。腕、肩、胸に切り傷が刻まれ、血が赤い絨毯に飛び散った。それぞれの切り傷には黒い縁取りがあった――毒が再び染み込んでいたのだ。
「今度こそ、お前を百切れにしてやる!」夏侯惇は咆哮を上げ、それまでの礼儀正しさは跡形もなく消え失せた。
赤津葉は壁際まで後退し、背中を青銅の麒麟像に押し付けた。血が体から滴り落ち、小さな水たまりを作った。体は震え始めた――先ほどの斬撃による毒が広がり、傷が多すぎるため、今回は魔法で患部をすぐに溶かすことができなかった。
「ほら見ろ!」夏侯惇は息を切らしながら一歩前に出た。「結局、お前は戦闘技術のない役立たずの愚か者だ。だが、俺には技術がある。お前なんか蟻を殺すのと同じくらい簡単に殺せる!」
彼は剣を振り上げ、とどめを刺そうとした。
赤津葉は顔を上げた。目隠しの下、口元に薄笑いが浮かんでいた。
「本当にそうなのか、友よ?」
彼は突然、傍らにあったユニコーン像――おそらく100キログラムはあっただろう――を掴み、夏侯惇の顔面に叩きつけた。
【ガシャン!】
青銅像は夏侯惇に直撃し、彼は廊下を吹き飛ばされ、マホガニーの扉を突き破って奥の部屋へと飛び込んだ。破片が降り注いだ。
赤鶴はそこに立ち尽くし、まだ投げた手のまま、荒い息を吐いていた。体中の傷口からはまだ血が流れていたが、彼は気に留めようともしなかった。
「技はいい…」彼はそう呟き、壊れた扉の方へ歩み寄った。「…だが、実戦では、技は相手が正々堂々と戦ってくれなければ通用しない。」
彼は部屋に入った。そこは小さな書斎で、金装丁の革装丁の本がぎっしりと並んだ、高くそびえる書棚が並んでいた。隅っこで、夏侯惇は倒れた書棚の間に横たわっていた。右手はまだ剣を握りしめていたが、左腕は像に押しつぶされ、白い骨が突き出ていた。
「夏侯惇」赤鶴は散らばった本を踏みながら近づいた。「まだ立っていられるの?」
夏侯惇は右手で体を支えようとしたが、そのまま倒れた。口から血が噴き出し、真っ白なスーツを鮮やかな赤に染めた。
「お前…Dランクじゃない…」彼は呟いた。
「誰がそう言った?」赤葉は彼の隣に座り、ポケットからタバコを取り出した。おそらく兵士の死体から拾ったのだろう。彼はそれに火をつけた。「Dランクになったのは昨日だ。それまではEランクだった。」
「E…なのに俺に勝ったのか?」夏侯惇は笑い、さらに血が噴き出した。「冗談だろう?」
「勝ったとは言ってない。」赤葉は煙を吐き出した。「像を投げつけただけだ。もし避けていたら、俺は死んでいた。」
夏侯惇は黙っていた。そして、かすれた、むせび泣くような笑い声を上げた。 「それは…本当だ。剣術に自信過剰だった。君が決闘を続けると思っていたのに…像を顔面に投げつけてきた…」
「これは実戦だ」赤津葉は立ち上がり、踵でタバコを踏み消した。「ルールなんてない」
彼は背を向け、部屋を出て行った。夏侯惇は本の山の中に倒れたままだった。
「待て」夏侯惇は彼の後ろ姿に呼びかけた。「…殺さないのか?」
「なぜ殺す必要がある?」赤津葉は振り返りもせずに立ち止まった。「面倒くさいだけだ」
《♤♤♤》
50階 ― ルシウス・ルーの部屋
厚さ10センチの鋼鉄の扉が蝶番から外れ、壁に激突して大きなへこみを作った。
赤葉は裸足で、血まみれになりながら入ってきた。目隠し越しにも、彼の目は光っていた。
ルシウス・ルーは黒檀のテーブルの後ろに立ち、アンティークのピストルを手にしていた。銃口はエリザベスに向けられていた。彼女はまだ椅子に縛り付けられており、手と肩の傷は乾いていたが、赤葉の姿を見て、希望に満ちた目で大きく見開かれていた。
「止まれ!」ルシウスは叫んだ。「じっとしていろ、さもないとこの女を撃つぞ!」
赤葉は立ち止まった。ルシウスから約10メートル離れた部屋の中央に立った。彼の体から滴る血は、白い大理石の床に濃い赤色の点となって広がっていた。
「撃て。」
「何だと!?」
「撃て。どうせ、彼女を殺せば、刑務所で『奉仕』をさせてやる。」
ルシウス・ルーは凍りついた。手に持った銃身がかすかに震え、額には汗がにじんでいた。彼はエリザベスをちらりと見た。
「まさか、そんなことしないとでも思ったのか?」ルシウスは唸り声を上げ、エリザベスのこめかみに銃身をさらに強く押し付けた。「俺はもう十分人を殺してきたんだ、このガキめ。」
赤葉は頭を掻いた。乱れた赤い髪は血と埃で覆われていた。彼は落胆したようにため息をついた。
「じゃあ、殺せ。早くしろ、もうすぐ午前6時だ。朝食のために家に帰らなきゃならないんだ。」
ルシウスはためらった。手が汗ばみ、銃のグリップが滑りそうになった。エリザベスはまだ目を閉じていなかった。彼女は赤葉をじっと見つめ、深い青い瞳は何かを語りかけているようだった。
「そんな手口は知らないとでも思ったのか!」ルシウスは叫んだ。声は震え始めていた。 「時間稼ぎをしているんだろう?共犯者が来るのを待っているのか?それとも彼女が自力で縄を解くのを待っているのか?」
「何も待っていない」赤津葉は首を横に振った。「ただ真実を言っているだけだ。彼女を撃てば人質を失う。そして、お前を生かしておく理由がなくなる」
彼は言葉の一つ一つを強調した。
「彼女が生きようが死のうが構わない。俺の仕事は彼女が生きている間、彼女を守ることだ。彼女が死ねば契約は終了。そうすれば、お前をどうにでもできる」
ルシウスの顔は青ざめた。銃を少し下げ、そして再び上げた。撃つべきか、撃たざるべきか、彼は二つの選択肢の間で葛藤していた。
「でも……撃たなければ、どうせ殺されるだろう」
「誰がそんなことを言った?」赤津葉は肩をすくめた。 「私は暗殺者じゃない。ただの護衛だ。娘を解放してくれれば、家まで送ってやる。これで終わりだ。お前は闇の塔の暴君として君臨し続け、武器商売を続け、夏侯惇のような偽剣士を雇い続ければいい。どうでもいい。」
沈黙。
長い沈黙。
エリザベスは震える声ながらもはっきりと口を開いた。「ルシウス叔父さん…母のことを覚えていますか?母は、叔父さんが家族の中で一番素晴らしい人だと言っていました。ただ…間違った道を選んでしまっただけです。」
ルシウスはびくっとした。何度も瞬きをした。
「黙れ!」と怒鳴ったが、声は弱々しかった。
「今、過ちを正すチャンスがあります。」エリザベスは涙を流しながら続けた。「私を解放して。これで終わりにしましょう。訴えたりはしません。ただ…やり直してほしいだけなんです。」
ルシウスは凍りついたように立ち尽くした。手に持った拳銃が激しく震え始めた。そして、ゆっくりと、ゆっくりと、銃口を下ろした。
「ちくしょう…」彼は呟き、数歩後ずさった。「お前…出て行け。気が変わる前に出て行け。」
赤鶴はためらわなかった。エリザベスの元へ駆け寄り、素手で彼女を縛っていた合金の縄を断ち切った。エリザベスはよろめきながら立ち上がり、両手を彼の肩にすがりついた。
「行こう。」赤鶴はルシウスから目を離さずに、エリザベスを部屋から連れ出した。
二人は廊下を歩き、エレベーターに乗り、塔を出た。誰も彼らを止めなかった。後を追う足音も全く聞こえなかった。
正門にたどり着いた時、エリザベスはようやく安堵のため息をついた。彼女は石段に崩れ落ち、両手で顔を覆い、とめどなく泣きじゃくった。
赤葉は彼女の傍らに立ち、タバコの箱から最後の一本を取り出して火をつけた。
「ありがとう」エリザベスはすすり泣きながら言った。「本当に…ありがとう」
「まだ感謝は要らない」赤葉は煙を吐き出し、夜明けの地平線に視線を向けた。「これは仕事の一部だ」
エリザベスは顔を上げた。目は赤く腫れ上がっていた。
「…え?」
「120ゼアイン。それに手数料を加えると、合計金額だ…ええと、計算させてくれ…」
彼は指を折りながら数え始めた。まるで100体のロボットと戦うよりも難しい計算をしているかのように、彼の顔は歪んでいた。
「…1700万ゼアイン」
エリザベスは口をあんぐりと開けた。
「10…1700万?!」
「ああ。仕事中に食べ損ねた食べ物の10倍の値段を請求する癖があるんだ。さっきはとう焼きの箱を落としそうになったし、精神的ダメージもある。それに頭の半分を刺されたし、肉体的ダメージもある。それに新しい目隠しも買わなきゃいけないしな」赤和葉はまるでスーパーの値段表でも読んでいるかのように、何気なくそう言った。
エリザベスはしばらくじっとしていたが、やがて大声で笑い出した。笑いと涙が入り混じったような笑い声で、お腹を抱えて泣きじゃくった。
「あんた…あんたって本当に最低…」
「分かってるよ」赤和葉はタバコを踏み潰し、背を向けて立ち去った。「護衛が必要になったらまた会おう、エリザベスさん。現金は用意しておけよ」
「ちょっと!」エリザベスは彼の後ろ姿に呼びかけた。「どこへ行くの?一緒に帰らないの?」
「用事があるんだ」
「どんな用事?」
赤和葉は振り返らずに立ち止まった。
赤鶴は手を挙げた。彼の手には起爆装置があった。
[ピーッ]
[ドーン!]
タワーは瞬時に爆発した。
「爆発から離れろ!」
50階から炎が噴き上がり、無数の強化ガラス窓が粉々に砕け散った。破片は夜明けの流星群のように飛び散った。爆発音はあまりにも大きく、ドゥハラ地区全体が目を覚ました。
エリザベスは階段に倒れ込み、両手で頭を覆った。衝撃波で長い金髪が吹き飛ばされ、破片が頬に食い込んだ。彼女は叫んだが、その声はタワーが崩れ落ちる音にかき消された。
赤鶴は立ち尽くしていた。逃げもせず、避けようともしなかった。ただそこに立ち、エリザベスから3歩離れたところに、背中に衝撃をまともに受けていた。破片がベストの背中に突き刺さっていたが、彼はそれを払い落とそうともしなかった。
80階建てのタワーが傾き始めた。鉄筋コンクリートの塊が剥がれ落ち、正面の庭に降り注いだ。高級車はビール缶のように潰れていた。
エリザベスは慌てて立ち上がり、赤津葉のズボンの裾を掴んだ。「あなた…正気なの?!叔父さんが中にいたのよ…それに、たくさんの罪のない人たちが…」
「黙れ」赤津葉は身をかがめ、低い声で言ったが、冷酷さはなかった。「見て」彼女は顔を上げた。
炎の中から、人影が現れた。
ルシウス・ルー。服は焼け焦げ、顔は真っ黒、髪の半分は焼けていたが、彼はまだ生きていた。拳銃を握りしめ、銃身は赤く光っていた。彼は何か聞き取れないことを呟きながら、よろめきながら門の方へ歩いていった。
「どうして…どうして生き延びたの?」エリザベスは息を呑んだ。
「隣の部屋にわざと爆薬を仕掛けたんだ」赤葉はそう言いながら、その夜何本目かのタバコに火をつけた。「床を爆破するためだけに。誰かを殺すつもりはなかった。目的は地下の武器庫を破壊することだった」
武器庫。エリザベスは突然理解した。塔の地下にはルシウスの違法な武器工場があったのだ。爆発で証拠は全て消えた――だが、それは同時に叔父の逃亡を意味していた。
「わざと生かしておいたの?」彼女は耳を疑った。
「私は警察官じゃないわ。私の仕事はあなたを守ること。あなたは彼を訴えたくないって言ったでしょ?だから、彼があなたを追い詰めるのを止める一番いい方法は…彼を破産させることよ、へへへ。」赤ずきは煙を吐き出した。「あの武器庫は少なくとも500兆の価値があるわ…」「家に帰って休みなさい。明日目が覚めたら、自分がどれだけ幸運だったか分かるわ。」
ルシウスはよろめき、膝から崩れ落ちた。瓦礫の中で、白髪の老人が子供のように泣きじゃくった。
エリザベスは駆け寄ろうとしたが、赤ずきは彼女の肩を掴んだ。「ダメよ。彼を一人で泣かせてあげなさい。」 「男は娘に泣いているところを見られたくないものだ。」
彼女は従順にじっと立ち、視線は叔父に釘付けだった。
すると突然、炎の中から白い人影が飛び出した。
それは夏侯惇だった。
左腕は折れ、上着はぼろぼろだったが、その目は依然として光っていた。右手には銀の蛇剣を握りしめ、切っ先はエリザベスにまっすぐ向けられていた。
「死んではいない!」
彼は以前よりも速く突進してきた。これは傷ついた剣士ではない――追い詰められた獣だ。
赤葉は銃を抜く暇も、殴る暇も、何もする暇もなかった。
代わりに、彼はエリザベスを押し退け、剣を…背中で受け止めた。
[バキッ!]
刃は上着を、皮膚を、筋肉を貫き、肋骨に突き刺さった。血が夏侯惇の体に飛び散った。顔面。
「馬鹿者!」夏侯惇は狂ったように笑い、剣をひねった。「背中で防御だと? 「バカめ…」
彼は言葉を最後まで言い終えなかった。
赤和葉は振り返り、左手で背中に突き刺さった刀を掴み、引き抜いた。血がまるで壊れたパイプのように噴き出した。そして彼は刀を手に取った。刺すためではなく、殴るためだ――柄で夏侯惇の顔面を思い切り殴りつけた。
【ドスン!】
夏侯惇は吹き飛ばされ、焼け焦げた草の上に倒れ、意識を失っていた。顔は血まみれで、見るも無残な姿だった。
赤和葉はそこに立ち尽くし、背中からまだ血が噴き出している。相手の刀を握りしめたまま、彼は首を振り、刀を地面に投げ捨てた。
「言っただろう…本当の戦いだったんだ。」
エリザベスは駆け寄り、震える手で包帯を巻こうとしたが、どこから手をつければいいのか分からなかった。背中の傷は深く、白い肋骨が浮き出ていた。
「あ…あそこにいて。近くの電話ボックスを探して…」 「救急車を呼んでくれ…」
「必要ない。」赤葉は体をひねり、背中に手を伸ばそうとした。筋肉が収縮し、傷口が縮み始めた。傷口は塞がり始めたが、いつもよりゆっくりとしていた。「あの男の毒がまだ血中に残っている。完全に回復するには…1時間くらいかかるだろう。」
「本当に?」エリザベスはかすれた声で尋ねた。
「もちろんだ。」赤葉は階段に腰を下ろし、疲れたように石柱にもたれかかった。「さて…勘定を払ってくれ。もう寝る。」
エリザベスは彼の隣に座り、しばらく黙っていた。それから笑った。
「1700万ゼアインって言ったわよね?」
「ああ。」
「そんなお金はない。」
「…え?」
「1700万なんてない。ルシウス叔父さんが先週、僕の口座を凍結したんだ。今、財布に入っているのは…30万くらいしかない。」
赤葉は背筋を伸ばし、残った片方の目で彼女を見た(目隠しはいつの間にか外れていた)。彼の顔は相変わらず無表情だったが、どこか…パニックに近い感情が浮かんでいた。
「冗談でしょ?」
「冗談じゃない。」エリザベスは財布を取り出し、中の現金を手の中に出した。小額紙幣の束、硬貨、そして5万ドル札。「どうぞ、これ」
赤鶴は札束を見つめ、エリザベスを見て、また札束に目をやった。何か言いたげだが、言葉が出てこない。彼の唇が動いた。
「わかった」彼は低い声でようやく言った。「とにかく、支払額は依頼主が決める…」
「必ず全額お支払いします」エリザベスは微笑んだ。今夜初めて、心からの笑顔だった。「でも…利率はどれくらいにするつもりですか?」
「利率…」赤鶴は少し考えた。「月20パーセントだ」
「とんでもない!」
「君は女性だから、少しは融通を利かせてやる」
二人は燃え盛る塔の廃墟の中で、そこに座っていた。夜明けが訪れ、最初の陽光がもやのかかった煙を突き抜け、まるで教会の灯りのように光の柱を作り出した。
エリザベスは赤羽の肩に頭を預けた。彼の肩は血と埃にまみれていたが。彼女は目を閉じた。
「少しの間、ここにいてくれる?」
沈黙。
それから赤羽はタバコの箱から最後の一本を取り出したが、火はつけなかった。白いタバコを唇に挟み、地平線を見つめていた。
「いいよ。でも、料金がかかる。」
「いくら?」
「1分100ゼアイン。」
「兄貴って本当に嫌な奴ね。」
「分かってる。」
二人は日の出を眺めていた。遠くから消防車のサイレンが響いていた。
第1章 終わり。無敵の護衛
この章を終えるのは私にとって拷問だった。




