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元夫サイドーロ・スピシエンティスの証言

私のもとにやって来た時、彼女は私の夜伽相手で、私は貴族の長男坊だった。

当時は非常に凝り固まった貴族社会の中でね。

男なら筆おろしは早いうちにすませておけ、と父上が騒いで仕方のないものだから娼館から買ってきたのがリエールだった。

当時の魔王国から少し東に位置していたハムイという国のお嬢様だったと聞いた。

初めて会った時はベッドの上で白いネグリジェに身を包まれながらも、まるで獣のようにこちらを食いちぎらんばかりの目をしていてね、すごく怖かった。

そのせいかな、今でも犬や狼を見ると少し体がすくんでしまうんだ。

情けない話だね、まったく。

結局その夜は、ベッドの端に腰かけて王国の物語を聞かせることにしたんだ。

私は嫌がる相手を無理やりどうこうする趣味も体力もなかったし、何よりかわいそうだという同情がわいたんだ。

語ったのはごく普通のおとぎ話さ。

執事はみんな父上と同じ古い人間だから、メイドにお茶と本を持ってこさせてそれを読んだんだ。

今にして思えばなぜ父上はリエールみたいな子を選んだんだろうね。

普通はそういう事になれた人を買ってる来ると思うんだけども。

それともじゃじゃ馬を調教するのと同じような考え方だったのかも。

話を戻そうか。

おとぎ話がそんなに面白かったのか三日目の夜には彼女は少し離れて座り、私の話を聞いていた。

時には彼女の国のおとぎ話もぽつぽつと話してくれるようになって、それが何よりも私にはうれしい事だったよ。

いつまでも筆おろしをしない私に父はご立腹だったけど、そんなことはどうでもよく思えた。

彼女が捨てられるまではね。

ある日、いつものように部屋の扉を開けても彼女がいなかった。

もしかしたらとイヤな予感がして屋敷中を探し回った。

悪名高い牢屋にもいないものだから私は彼女が殺されてしまったのかとすら思ったものだ。

あるいは...まあその辺はご想像にお任せするよ。

結局、屋敷を囲う鉄柵の一つに彼女はもたれかかっていた。

初めて父上に対して衝動的な怒りと殺意を覚えた。

みっともない話だけど殺意とは衝動的なものだという事を初めて知った。

「ぶち殺してやる」ってね。

剣を手に取って屋敷の中に突入したんだ。

父上の部屋の扉を蹴破って、前口上もなしに叫びながら剣を振り下ろした。

その日から私に口出しする者は少なくなった。

父上は殺していないよ。

決して穏やかな日々ではなかったけど、彼女と一緒の部屋で物語を読むのが楽しかった。

身体を許してくれたのは三年くらい経ってから。

娼館で身体を売ることにトラウマを覚えていることを考えるとすごく早いんじゃないかな。

どんな風だったのかは聞かないでほしい。

非常に個人的な思い出だからね。

それからたまにやってくる縁談をなんとか断りながら私とリエールは結婚した。

結婚後、彼女は騎士団に入った。

私は何度も反対したけど彼女の決意の前に結局折れることになった。

人間が魔王の騎士団に入るという事はつまり人間を裏切るという事だ。

私は魔族とはいえ、彼女に軽率に自身のアイデンティティを捨て去って欲しくはなかった。

彼女は人間で、私は魔族。

でもそれでいいじゃないか。

それとも、人類に捨てられたことがそんなに憎いのだろうか。

一度、前線で彼女の様子を見たことがある。

まるで戦うための機械のようだった。

敵を切り倒し、大勢の返り血を浴び、戦列を崩壊させ、活路を開く。

その顔にはアイデンティティを捨て去った自棄や人類への憎しみはなく、ここではないどこか遠くを見ているようだった。

痛みをないものとして進んでいく、修行僧のような顔がそこにはあった。

その夜、部屋の扉がノックされて彼女が姿を見せた。

まるで幼子のように目をじっと潤ませてこっちを見ていたんだ。

彼女の野望を聞かされたのはその時さ。

一緒に外に出て、庭で向き合ったんだ。


「......私をどう思う?」

「リエールはリエールだ」

「私は大勢を殺した。もしかしたら戦場の姿を見て君は失望したんじゃないのか?」

「ただわからないんだ。君はなぜ騎士団になろうと思ったんだい?」

「私は...」


そこまで言って彼女は膝から崩れ落ちた。

駆け寄って彼女の顔を見ると、子供みたいにしゃくりあげながら泣いていたんだ。

私は自分の愚かさにようやく気付かされた。

きっと彼女は、リエールは誰も憎んでなんかいない。

あそこで殺した人間たちの顔を彼女はきっと覚えている。


「リエール、君はどうしたい?」


私は問いかけた。


「私は、魔王になりたい。魔族を守り、人類の争いを止めるための魔王に。そのために強くなる。そのために恐れられる人になる」


茫然としたね。

私はなんて人と結婚したんだろうと驚かされたものさ。

魔族と人間は相容れない、滅ぼすか、滅ぼされるかなのだ。

そんな教育をされてきた私には出てこない発想だった。

だから私はこういった。


「祈ろう。今日散っていった戦士たちに」


私たちは祈った。

それぞれ違う形で。

その数か月後、私は離婚を提案された。

私は察したよ。

きっと時が来たんだ。

彼女は魔王になり、誰からも恐れられ、誰からも理解されない人になる。

そして誰よりもひとりぼっちになる。

私との離婚は私への最後の慈悲であり、彼女の覚悟の表れだ。

だから私は約束させた。

辛い時は戻ってくること。

絶対悪なんて担おうと思って担えるものは人間にだって魔族にだっていやしない。

きっと泣きそうな顔で帰ってくるだろう。

苦しそうな顔で帰ってくるだろう。

辛そうな顔で帰ってくるだろう。

だからリエールを受け止められるように、私は彼女の手の届くところにいよう。

そんなことを思いながら。


そして魔王は勇者に討たれて死んだ。

誰よりも優しく、誰よりも賢く、誰よりもお人好しな、愛しいリエール。

やることも無くなった私は何をしようか。

どうせなら彼女の生まれた国の料理を学ぼうか、それとも彼女のいた国がどんな国だったのか回ってみようか。

きっともう跡形も残っていないだろうけど、それでも見てみたいんだ。


またね、リエール。

少し時間はかかるけど土産話はいっぱい持っていくよ。


君を愛してやまないサイドーロ・スピシエンティス


『ハムイ州新聞』コラム寄稿文より

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