宰相フィーデス・エスティオークの証言
多分完走できません
彼女を一言で表すとしたら「自己犠牲」になるだろう。
故に彼女は人間ながらも魔王として民からも恐れられていた。
人の国がどうかは知らないが、王とはすなわち国一番の奴隷だ。
それも単なる奴隷ではない。
乳母であり、教師であり、時としてそれは調理師、果ては親まで一人でこなさねばならない。
それでいて彼女は常に孤独だった。
彼女が考えていたのは支配ではない。
彼女が常に考えていたのは世界平和だった。
ただしそれは、血と破壊の上に成り立った平和だった。
酒の席で彼女の考えを聞いたことがある。
彼女は少し考えたのち、こう答えた。
他言は禁じられていたが、今となっては私も亡国の宰相。
ならば、恥を知らず彼女の哲学を披露目させてもらおう。
「絶対悪がいれば、世界はみんな一丸となる」
そのために彼女は自らを「絶対悪」と定義し、どうすれば世界が一丸となるのかを考えていた。
あらゆる武芸に秀で、知を養い、そして寛容と、無慈悲を使い分けるのが巧みな方だった。
代表的な例を語ろう。
吸血鬼一族を滅ぼした時の話だ。
まず彼女は話の席を設けることにした。
我が国に忠を尽くすなら皆が公平で、食事、睡眠、住処に困らない世界を約束しよう。
ところが、これは吸血鬼にはとんでもない侮辱であった。
彼らは自らの力を用いて衣食住にとどまらず、名誉と尊厳を獲得してきた。
これに関しては彼女の対応が悪かったと言うよりほかにない。
彼女は何度も対話を試みた。
吸血鬼の姫と茶会を行い、貴重な酒や、ときに美男美女をすら差しだそうとすらした。
流石に人身御供は私が止めたが。
決定的だったのはある吸血鬼が彼女に牙を向けた時だった。
あの瞬間を思い出すたびに今でも背筋が凍り付く。
彼女をモノにしようとしたある吸血鬼が彼女の肩に手を置いた瞬間だった。
今まで穏やかな笑みを浮かべていた彼女はその顔のまま下手人の手首を指で切断したのだ。
怒りで真っ赤になった下手人は何かを叫ぼうとした。
ところが何かを言う前に彼女は魔法であっさりと下手人の首を斬り飛ばし、対談していた吸血鬼の王にこう言い放った。
「これが答えか?」
彼女の後ろに控えていた私にはその顔はうかがえなかったが、この時ほど彼女の顔を見えずに安心したことはない。
なにやらもごもごと口を動かす吸血鬼の王に対し、彼女は椅子から立ち上がるとこう続けた。
「私は何度も対話の席を設けてきた。ところが貴公らはいつまで経っても答えを出そうとはしない。そしてついに私の貞淑をすら奪い取ろうとした。これは、貴公ら吸血鬼がいかに私たちを捉えているかの証左だ。つまり貴公ら吸血鬼は私たちにくだらず、あまつさえ同盟すら結べない関係を貴公らが望んだことに他ならない。よって私はパクス=ディエス王国、魔王として貴公ら吸血鬼を絶滅させる。」
そういって彼女はその場を後にした。
その後は語るまでもあるまい。
魔王は吸血鬼一族を根絶やしにした。
茶会で楽しそうに話し合っていた吸血鬼の姫から、茶の趣味のあった吸血鬼の執事、見事な働きぶりだった吸血鬼のメイド、立派な出来栄えに「引き抜こうか」などと冗談を飛ばしていた使い魔の庭師まで、文字通り根絶やしにされた。
吸血鬼の姫君、故パルネ嬢は彼女が自ら討ち取った。
自ら首を差し出しに来た吸血鬼の姫に対し、決闘を申し込み、そして心の臓にナイフを突き立てた。
そんな魔王の物語は勇者に討ち取られて終わった。
彼女は誰よりも人間を愛していた。
そのために多くの人間を殺してきた。
全ては世界平和のため、そして自らが絶対悪となるため。
彼女が討ち取られたのは世界のために良かったのか、それとも悪かったのかは後世の者たちが決める事だ。
だが彼女に仕えた私からは、それは悪手だったとはっきり断言させていただく。
この証言も世に出ることはないだろう。
きっと君たちは私たち魔族を許さないだろうし、根絶されても仕方のない事をしてきたのだから。
さて、これで断頭台に立つ前に残す言葉は残した。
パクス=ディエス王国宰相フィーデス・エスティオークはこれをもって最期の言葉とする。
『エリクアス戦史:"魔王の死"』より




