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福岡之職業野球選手列伝   作者: 滝 城太郎


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第3話 玄界灘の潜航艇  武末 悉昌(1922-1998) 筑紫丘高校

福岡高校、修猷館高校、筑紫丘高校ときて福岡市内名門校御三家の揃い踏みである。筑紫丘高校の出身者というとタモリがダントツの知名度を誇るが、それ以前には南海ホークスでエースを張ったOBもいたのだ。もっとも武末が在学していたのは旧制中学時代で、現在のような「ガオカ」という呼称はないから、母校のことを何と呼んでいたのかちょっと気になる。それはともかく、武末在学時は筑紫中学といえば弁論大会では九州一円で名を馳せた進学校である。そういう学校から日米野球で3Aシールズをてこずらせた投手が生まれたのだから大したものだ。

 日本プロ野球界最初の本格的アンダースロー投手武末ほど数奇な運命に翻弄された野球選手も珍しいだろう。

 福岡県筑紫中学(現・筑紫丘高校)卒業後に満州に渡った武末は大連高等商業学校(現在の国立大学経済学部、経営学部に相当)に進学するが、その間ずっと野球部に所属し、オーバーハンドの本格派投手として鳴らしていた。

 満州中央銀行に就職したところまでは、自身の描いていた人生航路を着実に歩んでいたが、昭和17年に現地で応召され、一旦野球とは縁が切れてしまう。ここから先の彼の人生はまさに苦労の連続であった。

 平壌で終戦を迎え、ソ連軍の捕虜となった後、シベリア送りになる寸前に収容所を脱走して、ようやく12月末に帰国できたのは幸いだったが、福岡の実家に戻ってみると、すでに戦死扱いで戸籍が抹消されていたという。

 その後、地元大手の福岡銀行に再就職してようやく生活が安定し始めたが、このまま何事もなく平穏無事な日々を送っていれば後年の武末はなかった。運命の神はまたしても武末の人生に干渉してきたのである。

 事件は部下の女性社員に窓口をまかせて武末が食事に出かけている間に起こった。女子社員がちょっと席を離れている隙に五千四百円もの大金が盗まれてしまったのだ。出納係の責任者だった武末は全ての責任をかぶって退職。彼の月給は八十円だったからその返済は容易ではなかったが、折しも石炭景気で炭坑夫の給料が良かったことから杵島炭坑で働くことにした。そしてこれが武末を再び野球の道へと導くきっかけとなったのだった。

 昭和20年代の初めといえば、娯楽に飢えた国民の間で野球人気はうなぎのぼりだった。当時活気に満ちていた炭坑町でもよく野球の試合が行われており、経験者というだけの理由で武末も炭坑チームの一員となった。

 元々投手としての才能があったのだろう、ほどなく杵島の武末の名は地元でも有名になり、残りの借金を全額負担するという好条件でノンプロの西日本鉄道に引き抜かれることになった。

 当時の武末の心境としては実業団でやっていければ御の字だったようだが、それにしても戦争中に一度壊した肩でエースを張ってゆくにはいささか心もとない。そこで思いついたのがアンダースローだった。 

 野手の間を強いゴロで抜くためのレベルスイングが主流の時代、理屈の上では打者は下から浮き上がるボールに対して接点は一点しかなく、武末はそのポイントさえずらせば凡打に打ち取ることができると考えたのだ。

 全ては自己流でコントロールもでたらめだったが、珍しい投法と適度な荒れ球が幸いして23年度の都市対抗では連戦連勝。全5試合に完投し2完封を含む6失点というナイスピッチングで西鉄を優勝に導いた。

 すでに都市対抗出場前からプロからの誘いを受けていた武末はプロ入りを決意していたが、この優勝で武末株はさらに上昇し、巨人、阪神、南海の三球団の競り合いとなった。

 武末自身は最初阪神入りを希望し、事務所を訪れてみたところ、担当者が不在ということで全く取り合ってもらえず、仕方なく同じ大阪の南海に入団したというのだからいい加減なものである。

 23年の12月から阪神と南海の巡業試合に加わったが、プロのレベルは想像以上に高く、都市対抗の優勝投手も阪神自慢のダイナマイト打線の前ではバッティング投手でしかなかった。実際、24年度のペナントレース予想でも、「変則的なピッチングだけに最初は打者も戸惑うだろうが、それに慣れてしまってからが問題」といった悲観的な意見の方が多かった。

 それでも妻子を福岡に残し、坊主頭で大阪に単身赴任してきた武末の野球にかける情熱はこんなことくらいで揺らぎはしなかった。研究熱心な彼は、リリースポイントが低く、それが投手寄りであればあるほど、打者は球道を見極めにくいという考えに基づいて、マウンドの傍らに草の塊を置き、投球時にそれが手に触れるまで重心を落とす練習を重ねた結果、ついに右膝が地面に触れるほどの低い位置から投球する独特のフォームを完成させた。

 打者からすると投手の右足首の横から飛び出してきたボールが地を這うようにして接近し、プレートの手前でぐぐっとホップしながら今度は外角に切れてゆくのだから、よほど慣れない限りは目がついてゆかない。俗に「武末の二段カーブ」と言われたこの球は高低差が生命線で、球速はそれほどなくても、打者は戸惑い、面白いように三振が取れた。


 21勝17敗、防御率3・13(第7位)は、大エース別所なき後の南海投手陣の中では最高の成績で、新人ながら183個の三振を奪い、奪三振王にも輝いている。もちろん今日なら文句なしの新人王だが、新人王が制度化されるのは翌年からのことで、武末は最優秀新人との評価を得ながらも残念ながらこのタイトルは手にしていない。

 その代わり、新人ながらこの年の11月に来日した3Aのサンフランシスコ・シールズとの対戦メンバーに選ばれ、全六戦中二戦に登板。いずれも敗戦投手になったものの、全日本の投手の中ではシールズを最も手こずらせた。年度優勝チームである巨人のことを「アメリカなら1Aクラス」とこきおろしたシールズの選手達も武末だけはなかなか打てず、「足の横から球が出てくる」と驚いていた。

 この時の好投が認められ、年末の東西対抗メンバーにも選出された武末は、西軍の第一戦先発投手の栄誉を担ったが、ここから再び彼の運命は急転直下してゆくのである。

 12月1日の第一戦が雨で延期になったことが悲劇の始まりだった。この日、宿舎である中野ホテルに残っていた武末のもとに水商売風の年増女性が訪ねてきた。最初は居留守を使った武末も、ロビーでわめき散らす声が聞こえたのか、部屋から出てきて、迷惑だからとっとと立ち去るようにたしなめたところ、女性は懐に隠し持っていた剃刀でいきなり斬りつけてきた。

 利き腕を斬られロビーを血で塗らした武末はそのまま病院に搬送されたが、スキャンダルを恐れた協会側はこの刃傷沙汰を隠蔽し、武末の東西対抗欠場理由を階段での転倒による負傷と発表した。

 ユニフォーム姿の武末は野球選手よりむしろ銀行員といった風情で、今で言う「イケ面」とは程遠いように感じられるかもしれないが、当時はちょっとニヒルでインテリ風なところに魅かれる女性ファンが結構多く、実は相当なモテ男だったのである。


 昭和25年、故郷福岡に新球団西鉄クリッパーズが誕生したのを機に、武末は古巣の西鉄に戻ることになった。これは元々南海とは一年契約であったうえ、同じノンプロ上がりの同期である江藤らと比べて薄給だったことなど、条件面で折り合いがつかなかったことによるものだ。

 西鉄での最初の二年間は、ルーキー時代ほどでもないにせよ二桁勝利を挙げてオールスターに選出されるなど、主力投手の一人としてチームを引っ張った。

 チームの大幅な若返りを図ろうとする三原構想により古参選手が大量に処分された昭和二十八年のオフには、トンボユニオンズにトレードされた。十九試合に先発し、三勝四敗、防御率二・九五というのは、最下位球団の投手としては健闘した方だろう。

 現役の投手としては優勝を一度も経験することがなかったが、昭和三十七年からはピッチングコーチとして西鉄に復帰し、翌年の西鉄最後の優勝に貢献した。

 その後も二軍監督やスカウトを歴任し、昭和四十六年まで西鉄に在籍した。

武末投手というと、私が社会人になって間もない頃の同僚に偶然ながら武末投手の息子の元カノがいたことを思い出す。まだ武末元投手が健在の頃で、彼女は自宅の住所も知っていたし、本人とお会いしたこともあると言っていたので、あの時彼女の伝手を使って紹介してもらって、学生時代や都市対抗の話を聞いておくべきだったと後悔している。

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