1 よし、ゼリーを没収しよう
「紀章さん。今日も朝昼晩全部ゼリーで生きるつもり?」
日曜日、ゼリーしか食べない不健康保護者、鬼火野紀章にしびれを切らした少年は、紀章のゼリーをすべて没収した。
「……啓さん、返してください。一番手軽に食べられて栄養があるのはそれなんですよ」
紀章は眠そうな顔で少年にそう言った。
啓、ドМの中学三年生。
全くうちの保護者は……とでも言わんばかりに大きなため息をついた。
「紀章さんには手軽に食べられる方がいいっていうのは分かってます。紀章さんの上司は仕事がいやすぎて天井裏から逃げようとするほどの逃げ上手なんですもんね」
啓はわざとらしくそう言って紀章に哀れみの目を向けた。
今日は紀章も仕事がない。せっかくの日曜日なのだ。時間もあるのにゼリーですまそうとする紀章は、もう立派なゼリー依存症だった。
「ですが……」
紀章は少し引き下がる。啓はその隙を見逃さず、紀章に笑顔で圧をかけた。
「紀章さん?」
「ぐっ……」
「き、しょ、う、さん?」
目が笑ってない。
そう思いながら紀章は、「……はい」とため息交じりに返事をした。
・・・
「じゃあ今からスーパーに行きます」
「えぇ……」
啓の言葉に明らかに面倒臭そうな声を出す。その目は、外出は面倒だと語っていた。
「目は口ほどに物を言う。もう少しポーカーフェイスを意識しましょう」
「そういう啓さんも、ポーカーフェイス全然じゃないですか」
「むっ……家だからです」
「じゃあこっちも家だからです」
双方一歩も引かない言い争いが始まりそうになったところで、啓が引く。
このままではスーパーに辿り着くどころか、玄関に行くことすら難しそうだからだ。
「はいはい。とりあえず外に行きましょうね~」
「いや~」
いやすぎて五体放置する紀章を引きずり玄関に連れていく。
「紀章さんっていつ引きずっても軽いですよね。何キロですか?」
「……55」
「ウソはいいです。本当は?」
「50キロです」
思わず「かるっ!」と言いそうになり、出かけた言葉を無理やり飲み込む。
まあ、言いたいことは大体伝わっていそうな気はしていた。
・・・
「さて、来ましたよスーパー。とりあえず、鶏肉と……あ、あと、牛乳も……」
啓が冷蔵庫の中身を思い出し、指を折りながら買うものと栄養のあるご飯を考えていると、持っている籠が少し重くなった。
「……紀章さん?」
籠にゼリーを入れた紀章の名前を呼ぶと、「ゼリーは万能食ですよ?」と真顔で告げられた。
こっちまで不健康にするつもりかこの不健康ゼリー依存症保護者め。
「油断も隙も無い。戻してください」
ため息交じりにそう言う啓を前に、紀章は思った。
(さっきからずっとこっちばっかり我慢して……不公平だ)
「食べたくなければ、そっちが食べなければいいだけじゃないですか?」
紀章が少し啓を睨むと、啓は大きく目を見開き、食材に伸ばす手を止めた。
大して怒っているわけではない。紀章の方が身長が高いから見下ろしているように見えるだけ。
しかし啓ビジョンでは、冷たい顔で見降ろされているようにしか見えない。
思わずゾクッと何かが湧き上がって来て、無意識に口角が上がっていた。
紀章はそんな啓の反応に気づくと、「あっ、いや……」と焦ったように口を開いた。
「……紀章さんは、無自覚のSだよね」
「ええ!?」
・・・
買い物が終わり、スーパーの外で、啓は買い物袋をボーっと眺めていた。
結局買った物の大半は、ゼリーだった。
「……俺、人生で初めてゼリーに負けた」
「…………何訳分からないこと言ってるんですか?」
「すみません」
二人はそんな会話をしながら、家へ向かって行ったのだった……。
次回、啓、ゼリー料理に挑戦する。




