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#071

 メインストリートから外れ、草木の増え始める郊外へと足を進めると、青い屋根の平屋が見えてきた。

 風雨にさらされ色あせた外壁はもはや本来の役目を果たしていないようだが、丸みを帯びたドーム屋根と頂に残るエンブレムが、この建物がかつて聖堂だったことを物語っている。レイジは思わず息を呑んだ。


「ここがジャスティスクラブの集会所だ。他にもいくつかあるんだけど、ここが一番広いんだぜ?」


 ノインが胸を張って言うが、両開きの木製ドアは片方が大きく破損し、もはや誰の出入りも拒まない。

 大きな手でその崩れた扉を押し開き、中へと踏み込む。レイジも一歩遅れて恐る恐る続いた。


「ここには何人くらい集まるの?」

「人数は日によってバラバラだけど、常に誰かが出入りしてる。俺も今はここを拠点にしてるんだ」

「ということは、流動的に拠点を変えてるんだ?」

「ま、俺は同じ場所にじっとしてるの向いてないからな。着の身着のまま生きていくのサ」


 扉の先には、外観からの想像通り広い身廊が広がっていた。

 ひんやりとした空気と、古い木の匂いに混ざる埃のにおいが鼻をかすめる。


「おい、ノイン。テメェ、どこ行ってた?」


 側廊の暗がりから強い声が響いた。

 レイジがそちらを向くと、髪を頭頂で結んだ恰幅の良い青年が、苛立った足取りで近づいてくる。


「ガラン。もう身体は大丈夫なのか?」

「話しを逸らすな、勝手にどこ行ってんだって聞いてるんだよ」


 ノインは悪びれる様子もなく笑った。


「いやあ、散歩だよ。それより紹介したい人がいるんだ。――レイジだ」


 今言うタイミングではないだろ、とレイジは心の中で叫びかけたが、どうにか口を閉じて笑顔を作った。


「ど、どうも……レイジです」


 ノインの声が響くと、側廊や奥の部屋から小さな影が次々と姿を現した。

 年齢も性別もまちまちの子供達が十、二十……いやそれ以上。

 孤児がこの街にこれほど集まっているのかと、レイジは改めて現実を知る。


「よそ者を連れてくんなよ」


 ガランが不満げに言いながら、レイジのすぐ目前まで進み、上から下まで値踏みするように見下ろした。


「レイジは友達なんだ。困っていて、俺達の力を借りたいって言ってる」

「ダメだ。こいつは運が悪そうだし、きっと足手まといになる」


 理不尽な戦力外通告だった。

 レイジは思わず反論する。


「いやいや、失礼でしょ。僕、こう見えても……」


 “騎士の師匠がいる”と言いかけて、慌てて口を閉ざす。

 ここで騎士団の話など出せば、警戒されるだけだ。ノインが騎士団に良い印象を持っていない以上、余計な波風は立てたくない。


「こう見えてもなんだよ?」

「……逃げ足は速いんです」

「ああ?」


「そうだ、レイジは俺について来られるくらい速いし器用なんだ。ジャスティスクラブに入ってもらおうと思ってる」


 ノインのフォローはありがたい。だが、レイジはまだ入ると言っていない。

 内心で「話が早い」と苦笑するしかない。


「だからよ、その『ジャスティスクラブ』ってのがダセェんだよ! いいか、ここでハッキリさせておいてやる。仲間意識持ってんのはテメェだけなんだよ!」


(……公認の名前じゃないんだ。ちょっと安心したかも)


 ノインは腕を組み、目の前の少年に言い聞かせるように言った。


「お前、まだそんなこと言ってるのか。俺たちは同じ目的を持った仲間――ジャスティスクラブなんだ。ガラン、お前もな」


 その声音はいつもの軽さを含んでいたが、責めているわけではない。

 レイジは二人の間に漂う微妙な空気を読み取り、口を挟まず静かに成り行きを見守った。

 とにかく、今日ここへ来た“本題”に辿り着くこと。それ以外の余計な衝突は避けたい。


 だが、彼の願いとは裏腹に、場の緊張はむしろ増していく。


「そろそろどっちが上か、決めるときが来たか?」


 ガランが一歩踏み出し、背の高いノインを見上げながら挑発的に睨みつけた。

 対してノインはというと、相変わらず飄々と笑っており、圧を受けている様子すらない。

 その落差がガランの苛立ちをさらに煽っているのは明らかだった。


 レイジはさすがに止めるべきかと迷いかけたが、その瞬間、緊張を吹き飛ばす声が響いた。


「はいはい、喧嘩はおしまい!」


 澄んだ声とともに、側廊から小柄な影が駆けてくる。

 ツインテールの少女が姿を現した途端、ノインもガランも急に距離を取って視線を逸らした。

 どうやら二人にとって逆らいにくい立場らしい。


「アルル、どっちが上だと思う?」

 

 ガランが半ば意地になって聞く。

 アルルと呼ばれた少女は呆れたようにため息をつき、整った鼻筋と大きな瞳をレイジに一度だけ向けた後、きっぱりと言い放った。


「どっちが上かって? どっちも下よ。そもそも上も下もないのが私たちでしょ? 先生に怒られるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、レイジはようやく理解した。

 彼らの組織には上下関係は存在しない。

 互いが互いを助け合う――それが“正義”という名のもとに結ばれた彼らの形なのだと。


 しかし、ガランはなおも不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「フン、人手を増やしても足手まといになるならいらないがな」

「レイジが足手まといになるか、試してみるか?」

 

 ノインがわざと挑発するように笑顔を向け、再び二人の間で火花が散る。

 レイジはたまらず声を上げた。

 

「あの、僕は聞きたいことがあって来ただけなんだけど……」


 その言葉が終わる前に、アルルがノインの耳をつかみ、グイッと引っ張った。


「ああもう! あんたが余計な面倒の種を拾ってきたんでしょ!」

「痛い痛い、取れる! 軟骨はデリケートなんだから!」


(いや僕、面倒な種扱いなのか……?)

 

 レイジは内心でツッコむしかなかった。


 ノインを引きはがしたアルルは、今度はレイジの前に立つ。

 つぶさに全身を眺め回した後、容赦ない一言を投げた。


 アルルはレイジの前に立ち、じっと観察するように目を細めた。


「レイジだっけ? うーん、かわいい系だけど……ガランの言う通り、幸薄そうなのは本当ね」


 その直球の評価に、レイジは苦笑するしかなかった。


「はは……運は悪いかもですね」


 気の利いた反論も浮かばず、肩をすくめるしかない。


 ノインが笑いながら彼の肩を軽く叩く。


「レイジ、俺が言っていた“人探しの得意な子”っていうのは、このアルルなんだよ」

「そうなんですか?」

 

 レイジは思わずアルルを見直す。年若い少女に見えるが、ノインが誇らしげに言うほどの何かがあるのだろうか。

 しかしアルルは少し頬を膨らませた。


「あのね、私人探しが得意なわけじゃないんだけど」

「アルルの占いはとっても当たるんだ!」

 

 ノインは無邪気に胸を張った。


 その言葉に、レイジは内心で複雑な思いを抱く。

 ——占い。

 期待していた実務的な情報収集とは異なる方向で、少しだけ落胆してしまった。


 そんなレイジの心境を見抜いたのか、アルルは意地悪くも自信満々な笑みを浮かべる。


「当たるのは本当なのよ? ……さては、信用してないって顔ね」

 

 彼女は腰に手を当てると、提案を投げかけた。

 

「じゃあこうしようよ。レイジは今晩、私たちの“革命遊戯”に参加する。その報酬として、私がレイジの探し物を見つけてあげる。どう?」

「革命遊戯?」

 

 レイジは目を瞬かせる。


「アルル、それはナイスなアイデアだ。ぜひレイジにも参加してもらおう!」

 わざとらしく手を叩いたノインが嬉しそうに揺れていた。

 

「ナポレオンにでもなったつもりですか。革命ってもしかしてクーデターとか考えてます?」

「誰よナポレオンって。そんな大規模なもんじゃないわよ。今晩はガロンが動けないからその穴埋めってこと」

 

 アルルはあっさりと斬り捨て、軽く手を振った。

 

「ただ参加してくれればいいだけよ」


 大げさではない、と言わんばかりの口調だったが、レイジの胸には不安が残る。それでも、今は一秒でも早く手がかりが欲しかった。


「……わかりました」


 考えるより先に、言葉が口から出ていた。

 それを聞き、ノインが安心させるように柔らかい声で言う。


「大したことじゃないさ。すぐ終わるよ」


 その笑顔が、レイジの不安をわずかに和らげた。

革命→革命遊戯に名前が変わってます

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