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幕間

 中隊長ヘルマン・クロスは、机に広げた書類の文字列をただ眺めていた。

 視線は行を追っているのに、内容は一文たりとも脳に入ってこない。

 胸の奥を占めているのは、ひとえに焦燥だった。


 愛弟子レイジと、彼が保護している少女レイチェル——。

 二人が今朝から消息不明になっているという報せが、ヘルマンの思考をすべて奪っていた。


 交際相手のカリナが様子を見に寮へ行った際には、確かに二人ともそこにいた。

 だからこそ、突発的な事情で旅に出た可能性もある。

 しかし、目的のわからない外出が厄介な結果を招いた過去があるのも事実だった。


(まさか、また——)


 胸に黒い予感が差し込む。

 その時、重厚な執務室の扉が不意に開き、ヘルマンの心臓が跳ねた。


「レイジ!」


 名を呼ぶ声は、半ば願望が形になったような勢いがあった。

 だが、入ってきたのは直属の部下イチだった。


「中隊長、気になるのも理解できるんスけど……彼ら、自立を目指してたんスよね? だったら心配しすぎるのは過保護っスよ。暖かく見守るのも、親心ってヤツじゃないっスか?」


「それは……そうなんだがな」


 言い返しながらも、ヘルマンの胸のざわつきは収まらない。

 レイジは潜在能力こそ桁外れだが、本人が自覚していない危うさを抱えている。

 少女レイチェルの安全も、決して万全とは言いがたい。


(ミカがいてくれれば……)


 脳裏に浮かぶのは、半年ほど前、自分の元を去った少女の後ろ姿。

 まだ幼さの残る肩が、小さく震えていた日の記憶——。


 新隊長エドガー・ファルクスが設立した、魔獣・魔人に特化した特殊部隊《鎮魔課アバドン》。

 ミカはその創設メンバーに手を挙げ、そのまま戻ってこなくなった。

 便りの一つもない空白が、ヘルマンの胸を余計に重くする。


「人の事ばっか心配してないで、ご自身の仕事のこともちゃんと考えてくださいね?」


 イチの軽い声が現実へ引き戻す。

 机上のデスクに、いつのまにか新しいファイルが一つ積み増されていた。


 《違法薬物の流通経路について》


 ヘルマンは小さくため息を吐き、書類の束に指先を当てた。

 親としての不安と、中隊長としての責務が、静かに彼の肩へ圧し掛かっていた。

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