#055
森を抜けて歩くこと一時間。
鬱蒼とした木々の影が途切れると同時に、レイジ達は小さな街へと足を踏み入れた。
舗道に満ちた喧騒と人いきれが、王都近郊の活気を感じさせる。
コーダの希望で、四人は街の一角にある酒場へ向かった。
扉を開くと、鼻腔を刺す濃いアルコールの匂いが一気に押し寄せ、レイジとレイチェルは思わず顔をしかめる。
コーダは店内をざっと見回し、四人掛けのテーブルを指す。
「少年と少し話をする。好きなものを頼んでそこのテーブルで待っていろ」
レイチェルはレイジを取られたことに不満そうな表情を浮かべる。
対してソフィーは弾かれたように声を弾ませ、席に飛び込むと、酒のメニューなど見もせずにエールを注文していた。
「いいんですか? 仮にも職務中ですよ」
「構わん。使えなければ置いていくだけだ」
「……なるほど」
レイジはどこか納得したようで、同時にどこか同情するような視線をソフィーへ送った。
二人はカウンターに並んで腰を下ろし、店主へ手早く珈琲を頼む。香ばしい香りが立ち上がったところで、コーダが切り出した。
「さて。この状況を作るのに少し手間取ったが……ようやく聞ける。イリュドの中心街 《アークレーン》にいたはずのキミが、なぜここにいる」
「僕もよくわかってないんですけど……」
レイジは気持ちを整え、簡潔にこれまでの経緯を語った。
聞く側のコーダは一切表情を変えない。淡々と事実だけを拾い上げようとするその姿に、自然とレイジは説明を慎重に選ぶようになっていた。
「……つまり、自分の意思でなく、その"マホウジン"とやらでここへ飛ばされた、と」
「この世界に"魔法"があるかも怪しいので、魔法陣と呼べるかどうかもわかりませんが。同じ説明をソフィーさんにもしたんですけど、全然信じてもらえなくて」
コーダは小さく息を洩らす。それは笑みと呼べるほど大きくはないが、ほんのわずかに口元が和らいだ。
「常識で考えれば、おとぎ話だからな」
「コーダさんまでそんなこと言うんですか」
「信じない、とは言っていない。ここにいる以上、事実なのだろう。その"マホウジン"は恐らく一子相伝だ」
「イッシソウデン? なんですか、それ」
「キミに分かりやすく言えば、一族以外には真似できない"秘伝の技"だ。当主が次代へ継ぎ、外部へ漏らさないよう守る。そういう系統だ」
「歴史ある伝統技って感じですか?」
「概ねあっている。王都の貴族社会では意外と多い……と、少し逸れたな。つまりキミたちは、その"術"でイリュドからここへ飛ばされたわけだ」
「そうなんです! 僕たち完全に被害者なんですよ」
「私を指名した理由も理解できた」
レイジは深く頭を下げる。
「本当に感謝してます。コーダさんがいなかったらどうなっていたか……あの人、あることないこと言い出すんですから。なんで連れてきたんですか?」
「都合のいい駒が欲しかっただけだ。巻き込むなら、多少事情を分かっている者がいい」
「巻き込む……? 何にですか?」
コーダがカップを揺らしながら、レイジへ横目を向ける。その視線は冗談の気配を一切含まない。
「キミたち二人の状況を表す言葉がある。何かわかるか?」
(質問に質問が返ってきた……)
レイジは困惑で眉間に皺を寄せる。
少し考え、しぶしぶ答える。
「えっと、『迷子』とか?」
「違うな、そんな甘やかしたものではない。『違法入国者』だ」
酒場のざわめきが、ほんの一瞬だけ遠のいた気がした。
その言葉の意味がようやく脳に届いた瞬間、レイジの口が大きく開く。
「な、なんでそうなるんですか⁉」
やっと絞り出したのは、現実を否定する叫びに近い声だった。
「仔細を把握しているのは私だけだが——違法入国は大罪だ。特にイリュドから王都へ強行突破した場合、死罪になった判例もある」
「し、死罪……!?」
思っていた以上に大きな声が酒場の空気を震わせた。
客たちの視線が一斉にレイジへ向き、彼は慌てて頭を下げて謝る。
小声で言い返しながらも、レイジの頬はひきつった笑みに固まっていた。
「……そんなの聞いてないですよ。僕たち、帰れないんですか?」
「首都セイオルの正門を堂々と通って帰るのは、まず不可能だ」
「じゃあ……どうすればいいんですか」
レイジの喉が乾いた音を立てる。
「正規の手段では無理、という話だ。──だが心配はいらん。キミは私というコネクションを最大限に活用するといい。私にかかれば"あらゆる手段"で人目を忍び、王都を抜けることもできるだろう」
その「くどい言い回し」から、レイジは過去の仕事を思い出し、悟った。
「……で、何をすればいいんですか。調査ですか? 聞き込みとか?」
「なんだ、仕事が欲しいのか? そうそう、キミにぴったりの案件があったのだ。しかしイリュドにいるキミを巻き込むのは避けたかったのだが……まさかキミのほうから"違法に"出向いてくれるとはな」
「違法は余計です! わかりましたよ、手伝えば帰れるんでしょ!」
「おお、仕事をしてくれるのか。それは助かる。無理やり協力させたみたいで心苦しいな」
「絶対思ってないでしょ!」
「私は"仕事をしてほしい"など一言も言っていないというのに」
「言ってないけど、言ってますよそれ!」
氷が溶けてグラスの壁を滑り落ち、小さな音を立てた。
ひとしきりやり取りを終えたところで、コーダの瞳が細くなり、空気が張り詰める。
「──さて、本題だ。実を言うと、キミがこちらに来てくれたのは渡りに船だった。おかげで勝機が見えてきた」
「大げさですよ。僕にできることなんて限られてますって」
「いや。キミにしかできない"大役"だ。なぜなら──キミは《子供》だからな」
「子供?」
「ここ数ヶ月、王都周辺である組織が暗躍している。少年少女だけで構成された闇組織だ。私たちはそれを《幽路》と呼んでいる」
「幽路……さっきソフィーさんも言ってましたね」
「ああ。最悪のタイミングだったよ。幽路が活発な状況で、キミが突然現れた。構成員だと思われても無理はない」
「それであんなに疑ってきたんですね……って、まさか」
コーダはひどく自然な調子で告げた。
「察しが良くて助かる。──ちょっと幽路に潜入し、内部から壊滅させてきてくれ」
「簡単に言いすぎですよ! だから僕のこと正式なメンバーって言ってたんですか……」




