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#054

 女性騎士ソフィーとのやり取りの中で、レイジはようやく自身の置かれた状況を理解した。

 王都まで飛ばされ、騎士団からはあらぬ容疑をかけられている。

 ——加害者は自分で、被害者はレイチェル。理不尽な構図が、既に完成していた。


 胸の奥で、いくつもの考えが渦を巻く。

 ソフィーはヘルマンを知らないと言った。であれば、何を話しても「苦しい言い訳」にしか聞こえない。言葉を尽くすほど、疑いが深まるだけで、完全に四面楚歌だった。

 打開策を探した末、彼は「第三者に誤解を解いてもらう」しかないと結論づけた。


(困ったな。王都に知り合いなんて——……あ、いたわ)


 レイジは椅子に座り直し、咳払いをひとつして口を開いた。


「……あの、洗いざらい吐きます」


 突拍子もない言葉に、ソフィーはわずかに身を引き、右手で眼鏡のブリッジを押し上げた。レンズ越しの視線が鋭く光る。


「ふふっ、私の計算された取り調べ術が功を奏したわね」

「違います。対応していただく騎士さんを指名させてもらえますか?」


 * * *


 緊迫した取り調べが始まって二時間、レイジは騎士団拠点の地下牢で、わずかに安堵の表情を浮かべた。

 鉄格子を隔てた対面の人物は対照的で、腕を組み眉間に皺を寄せ、冷たい視線をレイジに向ける。


「いいか。私の時間は有限だ。キミはそれを理解しているのか?」

「……いつも暇そうにイリュドまで来てるじゃないですか」


 軽口を叩いた瞬間、相手は眉を吊り上げ、声を荒げた。


「『暇そうに』とは何だ。あれは私の綿密なタイムスケジュールに基づいた行動だ。キミのおかげで今日は人生初の残業を経験することになりそうだ」

「あはは、僕でよければお礼に手伝いますよ……コーダさん」


 レイジと王都を繋ぐ唯一のコネクション——コーダ・エイルフォードが、仁王立ちしていた。

 コーダを目の前にして、ソフィーはなぜか嬉しそうに目を輝かせる。


「エイルフォード()()()()()、お噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です! その者が、上空から突如現れ家屋を破壊。民間人の少女に暴行を働こうと——」

「だから、違いますって!」


 でたらめな話を全力で遮ると、コーダは小さくため息をついた。


「状況は把握した。この容疑者は推察通り幽路の()()()()()()()だ。よって身柄を首都に連行する。被害者の少女からも事情を聞きたい。すぐに手配を」


 短く簡潔な指示が飛ぶと、ソフィーや騎士たちはきびきびと準備を進める。


「承知しました! 全身全霊、直ちに取り掛かります」


 上官の命令は絶対。それが騎士団の秩序であり、その上で平和は成り立っているのだ。


 * * *


 ものの数分でレイジの腹部には縄が掛けられ、数名の騎士とソフィー、コーダ、そしてレイチェルと共に拠点を出発した。

 外はすでに夜の帳が降り、冷たい風が頬を撫でる。

 ぞろぞろと列をなして進むその様子は、まるで葬列のようだった。

 もっとも、今のレイジは処刑を待つ罪人か、散歩させられる犬にすぎなかった。


 拠点から伸びる田舎道は、手元の明かりを失えばすぐに迷い込むほど暗い森へと続いている。

 湿った土と木々の匂いが鼻をつくが、レイジには呑気に森林浴を楽しむ余裕などなかった。

 しばらく歩くと、木々の切れ間にいくつかの切株が並ぶ開けた場所に出た。

 森を抜ける際の休憩地点なのだろう。

 最後尾を歩いていたコーダが足を止め、全体へと声をかける。


「ここからは人数を減らして護送する。……そうだな、ソフィーを残して他は戻れ」


 突拍子もない指示に、すぐさま「しかし」「何かあっては」と不安げな声が上がる。

 だが、コーダは眉ひとつ動かさずに言い放った。


「この程度の小物、いくら暴れようと返り討ちにできる。——それに、これは提案ではなく、命令だ」


 命令は尊厳よりも重い。

 正式な命令が下った瞬間、騎士たちは一様に背筋を伸ばし、無言で踵を返した。

 やがてソフィーを残し、彼らの足音は闇に溶けていく。

 去り行く背を見送るソフィーは、なぜか唇を噛みしめていた。その瞳は、羨望にも似た濡れた光を帯びていた。


 周囲の気配が完全に遠のいたのを確認すると、コーダはレイジに掛けられていた縄を乱暴に解いた。


「ちょ、ちょっと! もう少し優しくしてくださいよ!」

「縛るのは得意なんだがな。解くのは専門外だ、我慢しろ」


(……サディストの極みかよ)


 思わず口をついて出そうになったが、再び拘束される未来を想像して、レイジはぐっと飲み込む。

 縄が解かれるやいなや、レイチェルが駆け寄ってきて、彼の腕を掴んだ。


「縛られて大丈夫だった? 痛くない?」

「平気だよ。ありがとう、レイチェル」


 レイジは息を整え、すぐにコーダへ頭を下げた。


「とはいえ、本当にありがとうございました。コーダさんがいなければ、今頃僕たちどうなっていたか……」


 そう言いながらソフィーに冷たい視線をやると、彼女は状況が飲み込めず、おろおろと目を泳がせていた。


「ど、どういうことですか!? 幽路のメンバーなのに、なんで縄を解いちゃうんです!? まさかコーダ中隊長補佐も悪の組織の一員……!? 騎士団に潜入したスパイなんですか!?」


 一人で妄想を暴走させるソフィーに、どのタイミングで止めるか迷うレイジだったが、先にコーダが口を開いた。


「幽路のメンバーだからこそ、解放したんだ。だが、私はスパイではない。これは現在進行中の特殊作成の一環だ。きっかけを作ってくれたことに感謝する、ソフィー」

「そ、そんな! 私はただ、騎士として当然のことをしたまでです! その……賞与のために! いえ、国民を守るために!」


(いやもう、ほぼ前者だよな)


「できれば、この作戦に君も強力してほしい。どうだ?」

「わ、私がですか!? 私なんて普段は洗濯係や補給係などと呼ばれている身ですが……いいんでしょうか!?」

「君はそのような雑用係ではない。私が見込んだ。そうだ、緊急班に組み込もう。上司は誰だ?」

「ヴァルト小隊長であります!」

「……あいつか。話は私から通しておく。早速、森を抜けたら行くぞ」


 コーダの中で"何か"が動いている——。そう察したレイジだったが、今は彼女を信じるしかなかった。


「行くって、どこへです?」

「決まってるだろう。珈琲だ」

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