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#053

 《魔法陣》を中心に風が渦を巻き、レイジとレイチェルの身体が宙へと舞い上がった。

 瞬く間に景色が遠ざかり、高度がみるみる増していく。気づけば二人は、雲に手が届くほどの高さまで昇っていた。


「レイジ!」


 風圧でかき消されそうな声が響く。


「大丈夫、離れないで!」


 空中でレイチェルの手を引き寄せると、抱きとめながらレイジは導かれる先へと視線を向ける。


(もう相当な距離を移動してる……どこまで行くんだ?)


 眼下には果てしない山脈が連なり、遠くには銀色に光る大河が走っている。

 流れのきらめきを目で追いながら飛び続けるうち、やがて色彩が鮮やかさを取り戻していく。赤茶の屋根がいくつも見えた。集落だ。


 高度を保っていた身体が、徐々に傾きを増し、頭を下にして地面へと落下を始める。


「ちょ、ちょっと待って! このままじゃ頭から落ちるって!」


 慌てて体勢を変えようと身をひねるが、次の瞬間、白いもやが全身を包み込んだ。

 冷たさが肌を刺す。——雲の中だ。


 積雲を構成する水蒸気が方向感覚を奪っていく。


 その時、レイチェルの小さな手が滑り、指先が離れかけた。


(まずい、このままじゃレイチェルが——!)


 離れかけた手を、レイジが掴み返した。

 そのまま腕を引き寄せ、首元へと抱き込む。


 ——厚い雲を抜けた。


 先ほどは遠くにあった集落が、いまや眼前に迫っている。

 空一面を覆う曇天が、陽光を遮っていた。


(着地の瞬間に賭けるしかない……!)


 自然と抱きかかえる腕に力がこもる。

 落下速度と風圧からおおよその高度を測り、レイジは右腕に魔力集中させた。


(まだ高い……!)


 落下の勢いはさらに増していく。

 視界の端に、針葉樹の(こずえ)が幾重にも連なるのが見えた。

 二人の身体は、すでに対流圏の下層へ突入していた。


「レイチェル、下を見るな! あと、酔うなよ!」


 レイジは体勢を変え、落下方向へ身体をきりもみ回転させる。


「——魔圧撃(マナスティル)ッ!」


 振り抜いた手刀から放たれた衝撃波が、真下の民家を正確に撃ち抜いた。

 屋根が轟音を立てて弾け飛ぶ。


 その刹那、レイジはレイチェルを抱きしめ、背中から地面へと突っ込んだ。


 ——爆音。


 凄まじい衝撃が屋根を粉砕し、暴風が周囲を駆け抜ける。


 骨の芯まで響く衝撃が全身を貫いた。

 レイジが目を覚ますと、すぐそばにレイチェルがうつ伏せで転がっているのが見えた。


「いって……レイチェル、大丈夫?」


 レイチェルは顔を上げ、不安げな表情で匍匐(ほふく)になって近寄る。


「私は平気だよ。レイジは……?」

「僕も無事だ。それより——ここは……」


 舞い上がる埃の中に、割れたテーブルの天板や折れた椅子の足が散乱している。

 見上げると、曇天の下にぽっかりと空いた天井の穴。

 民家の二階を突き抜け、崩れた木材が衝撃を和らげていたらしい。


 レイジは腰を押さえながら立ち上がり、レイチェルに手を差し出す。

 彼女の小さな手をしっかりつかみ、引き上げた。


 半壊した家屋を隔てて、喧噪が近づいてくる。

 割れた窓枠からそっと外を覗くと、轟音に引き寄せられた人々がすでに周囲を取り囲んでいた。


(騒ぎになってるな……)


「はいはい、ちょっとどいてねー」


 笛の音とともに、人並みをかき分けて進む影がひとつ。

 金属の擦れる音が耳に届く。騎士団の制服を着た若い女性が、器用に身体をひねりながら最前列へ出てきた。

 慣れた手つきで杭とロープを使い、手際よく規制線を張っていく。その横顔には、現場を見極める鋭さがあった。


(騎士団まで出てきたのか……。正直に話して、保護してもらうしかないな)


 レイチェルに一瞥(いちべつ)を送り、レイジは割れたドア枠をくぐって外へ出る。

 群衆のざわめきが一段高まり、驚きと警戒の視線が彼に注がれた。


 そして、女性騎士と目が合う。

 整った鼻筋に、クリーム色のウルフカット。眼鏡の奥の瞳が光を反射する。


「えっと……こんにちは。いい天気ですね。——あ、曇りか」

「一雨きそうだと思っていたけど、まさか人が空から降ってくるとはね。こんな田舎町についに現れるとは、罠を張って待った甲斐があったわ」


 少し話がかみ合っていない気もしたが、会話が通じただけでもレイジは内心で安堵する。

 だがその刹那、彼女は腰の細剣を抜き、切っ先をレイジへ向けた。


 慌てて両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す。しかし、鋭く向けられた刃は一向に下がらない。


 耳元の魔導通信装置に短く声を送る。


()()不審者を()()()()()。直ちに応援を」


 銀の刃が、まるで獣の眼のようにレイジを捉え、逃がす気配はなかった。


「お願いだから僕の話を聞いてー!」


 * * *


「あの、僕ほんとに何もしていなくて」

「白を切る気? 少なくとも君のせいで家屋は破壊されているわね。バネットさんも気の毒に」

「ああ、バネットさんのご自宅だったんですね。後で謝らせてください」


 底冷えする打ちっぱなしの床。窓には鉄格子がはまり、入口には屈強な騎士が二人。

 強行突破など、考えるまでもなく不可能だった。


 レイジは無抵抗のまま取り押さえられ、この騎士団の拠点へと連行された。

 地下に設けられたこの小部屋は、まるで取調室のようだ。


「君、名前は?」

「レイジといいます」

「そう、レーズン君ね、まあ私は名乗らないけどね。ソフィーはもう大人だから、個人情報を軽々しく漏らしたりしないの。レーズン君はまんまと私の罠にハマったってわけ。気づかなかったでしょう?」

「レイジです……ソフィーさんはこの辺りの担当騎士なんですね」

「な、なぜ私の名前を!?」

「自分で言ってましたよ」

「……限られた情報から推察したというのね。恐ろしい推理力。なかなかやるわね」


(見た目は頭良さそうなんだけどな)


「では、もう一度状況を整理します。間違いがあれば指摘しても構わないわ。受け付けないけど、聞くだけなら聞いてあげるから」


 ソフィーは早口で事のあらましを語った。

 それはまるで別人の話だった。レイジが少女を家屋に閉じ込め、暴行したという筋書きにすり替わっていたのだ。


「うん、間違いしかないです」

「具体的にどこが間違いなのか、説明してもらえる?」


 レイジはありのままを話した。魔法陣のようなものを見つけ、そこから飛ばされたこと——。

 だが、この世界の常識からすれば、どれも信じがたい話だった。


「信用してくれという方が無謀ね。作り話なのが見え見え。さあ、仲間は何人? 居場所や情報を吐けば、多少は罪が軽くなるかもしれないわ。知らないけど」


 ソフィ―の声がわずかに冷える。

 その提案に、レイジの心が揺れた。

 しかし、ヘルマンやカリナ、ミカ——仲間の顔が脳裏を過り、すぐに頭を振る。裏切ることはできない。


「仲間……。僕は仲間のことは絶対に吐きません。裏切るなんて、できませんよ」

「そう。硬い絆で結ばれているのね。でもね、そんな"悪の絆"あってはならないの。いつの時代だって悪が栄えたためしはないの」

「貴女に何がわかるんですか! ヘルマンは強くて、カリナさんは外科医でイリュドを支えてるんだ!」


 仲間を否定され、思わず声が荒くなる。


「イリュド……? まさか、もうイリュドまで手を回しているの!? もちろん予想はしていたけどね。恐ろしい……すぐ小隊長に知らせないと!」


 散らばった違和感の断片が、レイジの思考の中で一つに繋がった。

 確認するように、口が自然と動く。


「『イリュドまで手を回す』って……ここはイリュドじゃないんですか?」

「はあ? こんな平和な田舎町がイリュドなわけないでしょ」


 その一言で、レイジは悟った。

 ここはイリュドではない。自分たちは、どこか遠くの地方に飛ばされたのだ。


「なんか、さっきから話が噛み合ってるようで、噛み合ってないですよね? 一体僕を何だと思ってるんですか?」

「最近活発な組織、《幽路ゆうろ》のメンバーよ」

「ユーロ……? お金の話じゃなさそうですね」

「お金、そう。二週間前の金品強盗事件も、《幽路ゆうろ》の犯行。君はその時実行犯? 囮? 事前調査? さあ、とっとと答えなさい」


 完全に誤解されている。

 彼女の頭の中では、レイジは何か犯罪組織の一員にされていた。

 それを覆すには、決定的な証拠が要る。


「ソフィーさん、ヘルマンを呼んでもらえませんか? 僕の師匠なんです」

「誰よそれ。さっきも名前が出たけど。そうか、実行犯の名前ということね?」

「違いますって。中隊長のヘルマン・クロスです」


 ソフィーとの会話は摩耗した歯車の如く噛み合わず、レイジの顔には疲れが出始めていた。


「この王都で中隊長はそう多くないけど、ヘルマンなんて聞いたこともない」

「今、"王都"って言いました!?」

「そうよ、王都。今さら何を言ってるの? もしかして地方の難民キャンプ出身? その服装、セイオルのスラムみたい」


 その瞬間、レイジは理解した。

 ——自分とレイチェルは、"王都"まで飛ばされてきたのだ。

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