幕間
戦場の残滓が、まだあたりに漂っていた。
焦げた金属と血のにおいが混じり、焼け落ちた壁の影を騎士団員たちが慌ただしく行き来している。
ミカ・アルドゥーネは、その喧騒の端でひとり、崩れた瓦礫に腰を下ろした。
何かが終わった、そんな空気。
しかし、胸の奥では何も終わってなどいなかった。
——見たのだ。あの瞬間を。
数十分前、仮面の集団の一人——《ツヴァイ》から得た情報で、彼女は現場へ駆けつけた。
だが、そこで目にしたものは、レイジではない。
人の形を保ちながらも、どこか歪に崩れた”それ”——魔獣とも魔人ともつかぬ、黒い異形と戦うバロックの姿だった。
息をするのも忘れて見守る中、”黒いそれ”は脈打つ心臓のようにうねり、やがて収縮して球体となった。
次の瞬間、その中から——レイジが飛び出した。
まるでその黒を脱ぎ捨てるように、バロックを打ち倒した。
あの光景が、脳裏から離れない。
廃工場で魔圧撃を放った時の異常な魔力の感覚。
彼は一体、何者なのだろう。
——問うべきではない。そんな直感があった。
それを言葉にしたら、もう後戻りできなくなる気がした。
「ミカ・アルドゥーネ隊員、ご苦労だった」
低く、穏やかな声が背後からかけられた。
振り向いた瞬間、胸の奥が少しだけ和らぐ。
そこに立っていたのは、かつて訓練院で剣術を教えてくれた恩師——エドガー・ファルクスだった。
「副隊長……あ、いえ。もう部隊長になられたんでしたね。失礼しました」
「構わないよ」
エドガーは微笑み、彼女の表情を見て眉を寄せる。
「ひどく疲れた顔をしているね。今回の件で周囲にも被害が出た。だが、こういう時こそ——」
「あの!」
ミカは思わず声を張り上げ、エドガーの言葉を遮った。
「たい……小隊長が上げた、魔人の報告書の件です!」
エドガーの瞳がわずかに揺れる。
「……なんだね。違法薬物が関わっているという、あの件か。それが、今回も?」
「関わっているかは、わかりません。でも……人が魔人になるって、どういうことなんでしょう」
自分の声が震えているのがわかった。
「子供がそうなることも……ありえるんですか? それに、魔人になっても、また人に戻れることは……」
言葉が途切れる。
怖かった。答えを聞くのが。
エドガーはしばし黙し、そして静かに問う。
「ミカくん。君は——”何か”を見たのかい?」
ミカは、ほんの一瞬ためらってから、頷いた。
「バロックは魔人と戦っていました。でも、その魔人は……レイジくんだったんです。あの子の姿に、戻ったんです」
エドガーはわずかに目を細めた。
そして、やさしくミカの肩に手を置く。
その掌の温もりが、妙に重たく感じられた。
「そうか。人が魔人に、ね……報告ありがとう」
穏やかな声のまま、しかしその瞳はどこか鋭さを帯びていた。
「でもね、ミカくん。——こうは考えられないかい?」
エドガーの声が、低く落ちる。
「”魔人が、人に化けている”とも」
ミカの目が見開かれた。
額を伝う汗が冷たく感じられる。
胸の奥で、何かが崩れ落ちた気がした。
レイジの笑顔と、あの黒い影が、重なって見えた。




