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#030

 大剣の一閃が迫る。


 空気を裂く唸りが、鼓膜を震わせた。


 レイジは息を呑み、身をひねるようにしてかわす。


 小柄な体が功を奏した。大人では避けきれない角度の斬撃を、ギリギリの間合いで滑り抜ける。


 すれ違いざま、逆手に構えたナイフを振り抜き、刃先から細かな衝撃波を放った。


 衝撃波が男の外套を裂き、わずかに黒血が散る。


 確実に効いてはいる。しかし、決定打には遠い。


 ――状況が悪い。


 相手は明らかに力量が上。しかも、あの大剣。


 一度でもまともに受ければ、身体が持たないだろう。


 次の瞬間、左から大ぶりの一撃が唸りを上げて襲い掛かる。


 レイジは反射的に屈み込んだ。


 風圧が髪をかすめ、背後のコンクリート壁が爆ぜる。


 破片が飛び散り、粉塵が視界を覆った。


(これを生身で食らったら……おしまいだ)


 歯を食いしばり、粉塵の中から地を蹴る。


 足元の傾斜を利用して、一気に飛び込んだ。


 中央のステージへ――二人は勢いのまま、転げ落ちるように斜面を滑り落ちていく。


 荒れた床材が砕け、木片が宙を舞った。


 だが、落下の最中、レイジの脳裏に違和感が走る。


 ——軽すぎる。


 子供の体重で、どうしてここまで押し負けずに動ける?


 まるで、相手が意図的に力を抜いたような……そんな感覚だった。


 着地の衝撃が背骨に響く。


 その瞬間、男の手から大剣が離れ、床を滑っていった。


 これは好機だ。


 レイジは反射的にナイフを手放し、それへ飛びついた。


 両手で柄を掴むと、腕がしなるような重さが伝わってくる。


 握るだけで精一杯の質量。けれど、不思議と振れないわけではなかった。


 息を整える暇もなく、男が顔を上げた。


 その瞳には、薄く笑みが浮かんでいる。


(まさか……わざと?)


 レイジは大剣を構え直し、震える膝を押さえつけるようにして一歩踏み込んだ。


 呼吸が荒い。肺が焼けつくようだ。だが、ここで退けば――命はない。


 全身の魔力を腕へ集中させる。


 握る手がしびれ、刀身がわずかに鳴動した。


 振り抜いた瞬間、大剣の軌跡に沿って光の線が走り、空気が爆ぜた。


 ――放て。


 次の瞬間、轟音とともに広範囲へ衝撃波が放たれる。


 振り下ろした刃が描いた軌道が、黒衣の男を正確に捕らえた。


 直撃。


 男の身体が宙を舞い、壁際まで吹き飛ばされる。石壁が砕け、瓦礫が崩れ落ちた。


 レイジは息を詰めたまま、その光景を見届ける。


(やった……のか?)


 力が抜け、重みを失った大剣を地面に突き立てた。


 だが、すぐに異変に気づく。


 刀身が、崩れていく。


 金属が風化するようにポロポロと形を失い、灰のように床に散っていった。


 どうやら、魔圧撃に耐え切れなかったらしい。


 レイジは肩で息をしながら壁際を見やる。


 黒衣の男は、瓦礫の中で動かない。


 気絶しているのか、それとも――。


 その時だった。


 ――ゴゴゴゴッ……!


 ホールの床が低く唸り、レイジの足裏に震動が伝わった。


 地面が鳴っている。いや、違う。何かが這い寄ってくる。


 音が徐々に大きくなり、空気が重たくなる。


 まるで、見えない圧が迫ってくるようだった。


(な、なんだ……?)


 ステージ袖の闇が、ふいに蠢いた。


 次の瞬間、轟音とともに黒光りする脚が現れる。


 ——蜘蛛。


 それも、人間の背丈をゆうに超える二メートル級の大蜘蛛だった。


 複眼がぎらりと光り、レイジの体を映し出す。


 喉がひくりと鳴る。


 思わず足が一歩、後ずさった。


(……嘘だろ)


 さっきまでの戦いが、まるで前座だったかのように思えた。


 レイジの視線の先、ステージの袖には――糸に絡め取られ、ぐったりと吊り下げられた小さな人影があった。


 細い腕、淡い髪。脳裏に、令嬢の特徴がよぎる。


「……おい、まさか。本当に関係してたの?」


 喉がひりつく。


 レイジは足元に転がっていたナイフを拾い上げ、逆手に構え直す。


 蜘蛛の黒い眼がこちらをとらえた。


 無数の脚が石床を擦り、ギシギシと嫌な音を立てる。


 明らかに興奮している。標的を完全に認識した音だ。


 心臓の鼓動が、ひとつひとつ体を叩くように早まっていく。


 そのとき――壁の方から、鈍い音が響いた。


「……っ!」


 さっき叩きつけたはずの黒衣の男が、壁の中からゆっくりと這い出してくる。


 マントの埃を払い、歪んだ笑みを浮かべながら再び大剣を抜いた。


 前方には大蜘蛛、背後には大剣の男。二対一。


 逃げ場はない、喉が乾く。脚がわずかに震えた。


 蜘蛛が脚を踏み出すと同時に、男も地を蹴った。


 同時に来る。止める暇など――


 その瞬間、空気を裂く金属音が頭上から響いた。


「……ワイヤー?」


 次の瞬間、鋭い風圧。


 コーダが半壊した天井から飛び降り、渾身の蹴りで蜘蛛と男を同時に吹き飛ばした。


 床石が砕け、土煙が舞い上がる。


「掴んだな、少年。よくやった」


 低く響く声。コーダは冷静にワイヤーを巻き取り、男の腕を絡め取る。


「コーダさん!」


「剣士は引き離す。お前は蜘蛛をやれ」


「は!? また僕に任せるんですか!?」


 心の中で叫びながらも、レイジは自分の頬を叩いて息を整えた。


 ――やるしかない。ここで引いたら終わりだ。


「よっしゃ……やってやる!」


 再び構え直した瞬間、ぬめるような音が響いた。


 視線を落とす。腹の奥に、冷たい何かが刺さっている。


「……えっ?」


 それは、蜘蛛の糸だった。


 束ねられ、硬化したそれは返しのついた槍のように変形しており、レイジの腹を深々と貫いていた。


 痛みが、少し遅れて脳に届く。


 視界が一瞬、白く弾けた。

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