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 <幕間>

 荒れた廃屋は夜の帳に沈み、昼間の雑然とした猥雑さとは違う、冷たい緊張が漂っていた。


 壁のひび割れに影が落ち、床には埃と古い血の匂いが混じる。


 灯りといえば、擦れたランプの薄い光だけで、物音は吸い込まれるように小さくなった。


 床に転がる剣士を数人の男が囲む。目の前に散らばった武具の金属音が、夜の静けさをいっそう際立たせる。


 誰かがためらいなく、奴の頭部をブーツで蹴りつけた。


 鈍い衝撃とともに剣士はぎこちなく体を起こす。


「ここは……俺は、どうしたというのだ」


 頭を振ると、周囲の男たちの視線が一斉に襲いかかる。


 蔑みと期待と、どこか残酷な好奇が混ざった視線だ。


 レイアウトの中で、自分がどう見えているかを即座に探る習性が身体に残っている。


 ——仕事に失敗した。


 直感が即座に答えを返す。


 簡単な人攫いの護衛。仕事のはずだった。


 だが頭の奥で、断片が苦くよみがえる。


 背後にいた子供の顔。刃を振るったあの瞬間。


 致命の一閃を確かに与えたはずなのに、次の瞬間にはその子が立ち上がり、こちらへ刃を振っていた。


 常識がひっくり返されたような短い感覚。


 夢か幻か、あるいは見誤りか。だが事実は一つ。背後を取られ、敗北した。


 男たちの中に走るざわめきが、さらに彼の羞恥を押し広げる。


 人攫い集団の折檻を受けるという屈辱。


 その言葉だけで胸の奥が冷たくなる。


 ギロリと男たちに圧を与えるだけで、彼らは一歩引いた。


 恐怖ではなく、尊敬でもなく、単なる畏れ。


 彼はその反応に、微かな満足と、同時に深い侮蔑を感じた。


 自ら名乗った『片目剣士のバロック』——誇り高き名は、いつのまにか『片手剣のバロック』やら妙にチープな二つ名に変わり果てていた。


 周りが付けた嘲笑交じりのアダ名は、己のアイデンティティを削いでいくように痛い。


 だが嘲笑に取りつかれても仕方がない。


 名は変わっても、技と剣は消えない。ならば、剣で語る他に道はない。


 血の匂いと埃の中で、バロックは自分の手を見つめる。


 手のひらに残る震え、筋の浮き。


 敗北の余韻が身体に刻まれている。


 だがその震えはやがて、熱へと変わるはずだ——いや、変えてみせる。


 剣の刃に、恨みを刻み込むように研ぐのだ。


 当面の標的は、名も知らぬイリュドの少年剣士に定まった。


 理由は単純だ。敗北の記憶が何を求めているかを、バロックは知っている。


 名誉を取り戻すため、恥をそそぐため、そして――自分をあざ笑った世界に答えを返すために。


 暗闇の中で、彼の目は小さく爛々と光った。片目でも、視線は確かに獲物を捉えていた。

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