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第八話

セルジオが最初に仕事場として選んだのは海だった。一番人手を必要としていると聞いたし、そこまで知識と経験もいらないという話でもあった。なによりトーキョーにいたセルジオとしては海というものに憧れもあり、一度は船に乗って沖合に出てみたかったというのもあった。


岸辺の船だまりで出迎えてくれたのはアイラだった。


「やっほー!あんたが新入りさんだね!話は聞いてるよ」

「やぁ、俺はセルジオだ、よろしく」


二人は固い握手を交わした。


「トーキョーですごい仕事に就いてたんだってねぇ、それがうちみたいな荒っぽい仕事を手伝ってくれるんだろ?大丈夫?」

「ああ、それなりに体力は人並みだと思う。まずは何でもやってみたいからこき使ってくれて構わない」

「ほほー、言ったね?じゃあ遠慮しないから覚悟してよ?」

「まぁ、お手柔らかに頼むよ」


会った場所から船に歩いて行く二人。セルジオは警官の観察眼でアイラを見た。

女性ながらがっしりとした体格をしている。トレーニングで育てた筋肉ではなく、仕事で長年力仕事を続けてきた均整の取れた肉体だ。


「……悪いんだけどさ、あたしはもう決まった男がいるんだわ。色目を使うだけ損だよ?」


アイラは視線を感じて釘を刺した。


「ああ、すまん!そんなつもりはないんだ、昔の仕事の癖が抜けてなくってな」

「ふぅん。まあいいけどさ。うちの連中はガラの悪いのもいるからそういうのは揉め事のネタになるかもだから気をつけてよね」


アイラは並んだ船の中でもやや大型のものに勢いよく飛び乗った。続いてセルジオも手を貸してもらって船に乗り込む。


船には既に船員が数名乗り込んでいた。

みんながっしりした体型で日に焼け、いかにも海で働く男といった風体だ。


「みんなー、今日はお試しで新入りが来たよ-、よろしくねー」


「よう、アイラ。そいつが噂のやつだな?」


「よろしく、セルジオだ。何も分からないから迷惑をかけると思うがよろしく頼むよ」


セルジオは一人一人と握手を交わした。

アイラはその間に船の中央のキャビンに向かっている。


「もやいを外す前にまずは出航準備だ」


アイラはキャビンの扉を開けて中に入り、肩から提げていたポシェットから魔力電池を取り出した。


操縦席の電池スロットに魔力電池をセット。操縦パネルのランプが点灯する。


「えーと、まず各部の異常チェックと。……動力部問題なし、操舵系問題なし、排水ポンプ問題なし、羅針盤問題なし、浸水もなしっと」


彼女は手慣れた様子でパネルに目を走らせ、警告灯が点灯していないのをチェックした。


セルジオは他の船員から指示されながら見よう見まねで準備を手伝っている。


「チェック終わったよー、もやい外して-」


アイラがキャビンから顔を出して怒鳴った。すぐさま一人が岸のボラードからロープを外す。手際よくロープを巻き取りデッキにまとめていく。


「レッコ完了-!」

「確認しました-」


一人が外し、隣の男が指さし確認でチェック。


「じゃあ出港-!」

「おー!」


アイラの掛け声に船員が答える。


いかにも船乗りらしいやりとりにセルジオは目を輝かせていた。


隣の男がセルジオの肩をポンと叩いた。


「うちはいつもこんなノリでしてね。まあ慣れてってください」


「いやいや、こういう雰囲気は好きですよ。男らしくて憧れるというか」


「あのさー、あたし女なんですけど」


キャビンで操船を担当しているアイラがすかさずツッコむ。一同は笑い合った。


「じゃあ漁場に着くまでに漁具の用意をします、手伝ってもらえますか?」


「おう、喜んで!」




と、セルジオがはしゃげていたのは沖合に出るまでだった。


船が速度を上げ、波しぶきをあげて外洋に出たら一気に揺れがきつくなる。


……船に慣れていないセルジオが船酔いを起こしてへたり込むのにそう時間は掛からなかった。




船が漁場に着き、アイラの指示で網を投入し、魚が掛かって重たい網を引き揚げる。これを五回ほど繰り返し、喫水が目に見えて下がるほど獲物を満載して船はカツウラの港に帰投した。


港には帰りを待ちうけている作業員がいて、接岸してロープを掛けて固定し、船倉からマストのジブで吊り上げた網ですくった魚を水揚げすると、そこに殺到して手早く選別と運搬を開始していく。


……あれ、俺は陸地に残り、こっちで手伝った方が役に立てたのでは?

まだ船酔いが醒めず動きの鈍いセルジオは心からそう思った。




「申し訳ない。ここまで酔うとは思わなかったよ。全く役に立てなかった」


船から下りても未だに足元がおぼつかずしょげるセルジオをアイラが明るく元気づける。


「しょーがないですって!みんな最初はそんなもんですから!落水しなくてよかったよかった!」


「……それ、慰めになってますか?」


「あっはっは!どーだろ!」


肩を落としたままのセルジオの背中をさすりながらアイラは明るく笑うのだった。


アイラは笑顔を振りまきながら市場の建物に入っていく。色々手続きなどがあるのだろう。

それを見ながらセルジオはしみじみと思った。何から何までトーキョーでは見られない風景だし、人々の顔にも活気がある。やはりここはいいところだなぁ。


セルジオは改めてさっきまで乗っていた船を振り返る。見た目は地球で見たような漁船のようなデザインだが、性能は全く違う。

そう、作動音はするもののエンジン音はしない。スクリューもないようだ。魔力で動いているのだからよく考えればそれで当然なのだろうが。

すっかる抜けたと思っていたのだが、案外前世の既成概念は残っているものなのだな、と彼は再確認した。


アイラがこちらに戻ってきた。一緒に出向いていた船員たちも一緒だ。


「みんなー、お待たせ-!今日の取り分配るよ-!!」


「おー!!」


アイラが左手に持った魔力電池をぶんぶん振り回している、手から離れて落とすのではないかと心配になる勢いだ。しかし一日の稼ぎの分配なのだから分からなくもない。


余談ではあるが、こちらの世界ではトーキョーでもカツウラでも同様に、給料は日払いで支払われる。魔力電池で分配するのに加え、給与からの源泉徴収や税金や各種経費の天引きなどがないため、月ごとに集計する必要がないのだ。……魔力電池には電池同士の魔力分配時に一定数吸い上げてトーキョーに搾取されるシステムが組み込まれているが、これは一般に公開されていない。庶民側でも計算が合わないやりとりになることが多々あるので『そうなっているのではないか』と囁かれてはいる。公式な通知では『魔力の受け渡し時に伝達ロスが生じることがあるが誤差の範囲内』として抗議は受け付けていない。

このあれこれで一気に簡略化が可能になったのも魔力電池が凄まじい勢いで普及の進んだ理由でもあった。しかしながら他の国家では金属の貨幣を流通させていた頃の方が税金の徴収はやりやすかったことから、それもトーキョーとの軋轢を生んでいる一因となっている。


「んじゃ、まず船の経費をさっ引いて-」


ポシェットに入っている電池に手持ちの電池の端子部分を重ね合わせ、魔力を送る。

電池の三段目表示で5つ移動した、つまり500。


「んで、あたしの持ち出し魔力とか込みで450もらうねー」


アイラは懐から自分の電池を取り出し、移動させる。


「ほい、あとはみんなの取り分だ。今日は2000近くの売り上げがあったから一人260でーす、ごめんけどセルジオは今日は見習い扱いになるからちょい少なめにさせてねー」


それに関してはセルジオも異論はなかった。というか何もできなかったからもらえるだけでありがたい。


船員たちがめいめいの電池で魔力を受け取る。セルジオも一番後ろに並んだ。


「……じゃ最後、セルジオさーん」


彼の電池に200が入った。


「え、少し多すぎないか?」


「そうかな、さすがに一日拘束してるし、基本のお手当としては妥当じゃない?」


他の船員たちもうんうんと頷いている。

船に乗っていたが航行中はずっと役立たずだった彼にとってはもらいすぎの印象があった。

しかし異論もないようだしそういうことならば返すのもおかしな話なので、おとなしく受け取る。

「いいじゃない、もらえる物はもらっといて。うちとしては助かったし、これから仕事以外でもお世話になるかもしれないし、これも持ちつ持たれつだよ」


「そういうことなら。ありがたく受け取るよ。ただ、船酔いを克服できるまでは船に乗らず岸辺の仕事の方がいいかもしれないなぁ」


「あっはっは、そうかも。でもあっちは雇い主が市場になるから手取りはもっと少ないはずだよ。それでもいい?」


「俺としては宿代が稼げればまずは構わない」


「いやいや、上は目指していこうよ。魔力はいくらあっても困らないんだし」


「その辺の話はまた。それよりも気になってることがあるんだが構わないか?」


「いいよ、でもここはいったん解散にするからね。みんなお疲れさま-!次もよろしくね-!」


男たちはお互いに賑やかに会話しつつ手を振って分かれていった。


「……で。話は光遙亭でしようか?お腹も減ったでしょ?」


「そうだな。食いながら話をするか」




ずっと隠蔽で身を隠しつつ様子を伺っていた分身は、ここまでの動きを本体に対して情報を送っていた。

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