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第五話

しばらくたったある日。


カツウラではアイビーがすやすやと眠りについていた。……厳密には別の場所で本体が動いているので魔女としては休んでいない。


そこに。


「おーっす!アイビーいるー?」


例によってけたたましい音を立ててデイジーが勢いよく飛び込んできた。


その時、魔女は本体側で作り置きの魔方陣を作る準備と在庫の確認をしていたのだが、アイビーの側に異変があったので急遽それを中断してアイビーに意識を移した。

まったく、デイジーはいつもこうだ。こちらのことなどお構いなしだ。だが彼女の人格総合での判断は十分高いので許容範囲。


「なによぉ。もう少し寝かせてよぅ」


目をこすりながらアイビーは身を起こした。


「おー!今回は早めに起きられたじゃん!やりゃあできるんじゃんねー」


言いながらデイジーはアイビーの頭をぽんぽんと叩いた。……うん、まだ許容範囲。だが一応。


「やめなって!人の頭をぽんぽん叩くな!」


「あら怒った。ごめんね。悪気はないからさぁ」


「ほんとそういうとこよ、そういうのやめてね。ちょっとむかつくから」


「だからごめんてば。そうそう、用事があるんだけどさ」


デイジーはそう言うと、肩から提げたカバンから魔力電池を取り出した。


「これなんだけどさ、なんだか調子が悪いのよ」


「え?電池が?ちょっと貸してみなさいよ」


アイビーはそっと受け取った。なにしろ彼女には『ついうっかり魔力をフル充電してしまう』おそれがあるので、扱いは気をつけねばならない。

魔力ゲージは二段目の半分程度まで残っていると表示されている。


「で、どこがおかしくなったの?」


「んーとね、調理しようと思ってガチャッと差し込んだんだけどさ、コンロが動いてくんないのよ。まだ魔力の残量はあったはずなのに。これ動かないと宿の食事が作れないのよね」


「……あのねえ、アイビー」


「なにかわかった?」


「そうじゃなくてさ、そういうときには魔力を使う機器に問題があるとは思わなかった?」


「……おおう、そういやそうだわ。なんでか電池側がおかしくなったと思い込んでたわ」


「とりあえずそっちに行こうか。見てあげるわ」


「サンキュー、助かる-!」


二人はアイビーの家を出て、デイジーの旅亭へ向かった。

場所はカツウラの街道からの入り口、大通りに面した場所にある。いうまでもなくトーキョーの規模からはささやかなものではあるが、それでも人通りは絶えない。

カツウラでも有数の宿泊施設であり、カツウラに仕入れに来る商人が決まってここに宿を取るのが通例になっている。看板には「光遙亭」と掲げられている。


「ただいま~」


「あ、おかえりなさい女将さん、どうでしたか?」


デイジーが中に入ると幼い風貌の従業員が声をかけてくる。


「あー、電池じゃなく機械の不具合なんじゃないかって話になってね、アイビー連れてきたよ」


「あら、こっちに来るの久しぶりじゃないですか、アイビー先生。いつもうちの女将さんがご迷惑をかけてます」


従業員は小さく会釈をした。


「いいわよ、今に始まった話じゃないし」


「ん?おい、二人ともどういうことか詳しく話を聞こうじゃないか、あん?」


「で、コンロを見たいんだけど案内してもらえる?」


「はい、奥にどうぞ」


「……さらっと無視するなああああ!」


向かっ腹を立てて抗議するデイジーを置き去りにして二人はさっさと奥へ消えた。


「ちょっ、本当に無視する奴があるか!待ちなさいよっ!」


デイジーも慌てて店の奥に小走りで駆け込んでいった。




「……で、これなんですが」


「うんともすんとも言わなくなっちゃったのよ。なんとかなりそう?今からオオタの製造元に問い合わせるんじゃ時間が掛かりすぎてうちの商売が成り立たないわよ」


オオタというのはトーキョーの近くに位置する工業街である。魔法で機能する機器全般、ドローンの製造も一手に担っている。


「ふむ……これは恐らく中の魔方陣が動いてないね」


「なんとかなりそうですか?」


「一度開けて確かめてみますか」


アイビーはコンロにある制御パネルを開け、複雑に入り組んでいる集積回路状のパーツを慎重に観察した。


「ここからここは……うん、動くね。ここから先は……ここも異常なし」


アイビーは手にした細いピンセット状の器具を器用に動かし、そこから魔力を流して部分ごとの機能チェックを行う。


電池との接合部から始まり、操作パネルのコントロール部、エネルギー変換回路と器具を細かく当てて、アイビーは故障箇所の特定を進める。


……なかなか故障の場所が見つからない。アイビーは一旦手を止めて背筋を伸ばして深呼吸し一休みした。なおこれも今まで魔女が人間を観察していてよく行う動作を真似しているだけだ。魔女にはそういう休憩は必要ない。


「あー……この微細魔方陣ってのは何度触っても疲れるわね。とはいえ、毎度思うけどよくできてるわ。魔方陣を細く小さく刻んでモジュールにして、機能ごとに組み合わせて色んな働きをさせてるんだもの。最初に考えた人は天才だね」


この辺は魔女本体もそう思っている。魔女にとっては魔方陣は自らの手で薄い石版に刻み込み、膨大な魔力を通しても破損しない堅牢さが第一。複雑に機能させるなら魔方陣を巨大にすればいい。小さくすると持ち運びは便利になるが単純動作しかできなくなる。それに転送の魔法が使える魔女にとっては在庫の魔方陣を都度手元に引き寄せて使えばいいので持ち運びの利便性など考えたこともなかった。

だが人間たちの発想は出力を抑える代わりにコンパクトに収め、各機能をモジュール化して回路として組み上げ壊れたらアッセンブリー交換して済ませるものだった。これは人間たちが自らの利便性を追求して考え出したアイデアであり、魔女では思いも付かない。

だからこそ人間は見てて退屈しない。魔女が人間と共存している理由でもある。ひっくり返せば、人間が進歩をやめてしまうときが来たら魔女は人間を躊躇なく滅ぼすだろう。まぁそうはならないが。


「で、と。どこだどこだ不具合を起こしてるのは……ああ、ここか」


再びピンセットを当てながら機能チェックをしていたアイビーは、機能不全を起こしていた箇所をさぐりあてた。コンロとして機能しているモジュール近辺に損傷があるようだ。


「ここ以外はどうだ……どうやら大丈夫そうね」


「先生、どうですか?」


「うん、おかしい場所は分かったよ、あとはモジュールを交換すれば動くはず」


「マジか!さすがアイちゃん!」


「これね、日頃使ってるときに結構乱暴な扱いをしてるんじゃないかと思うよ。外からのショックで傷んでるぽいから」


「……わたしじゃないよー」


「女将さん、白状してるようなもんじゃないですかそれ」


一同は笑い合った。


「これはうちにストックがあったはず。ちょっとひとっ飛びして取ってくる。ちょっと待ってなー!」


言うが早いがアイビーは外へと駆け出す。戸口から表に出るやいなや、どこかから現れたドローンに飛び乗り、アイビーはすさまじい勢いですっ飛んでいった。


「……えーと、女将さん」


「……なに?」


「ドローンって、あんなに早く飛べるんですね」


「そだね……」


慌ててアイビーについて外に出た二人はそれを呆然と見送った。




実は、モジュールは持っていない。魔女は微細魔方陣が嫌いなので手元に置いておきたくないのである。

では、どういうことか?


まずアイビーから本体に権限を移し、分身たちに指令が飛ぶ。これは魔女本体からの指令と言うことで最優先。


“特定のモジュールを捜して持ってきなさい”


すると隠密行動を取っていて情報共有ができない分身を除き、全ての分身がそれを捜し出す。

その中でオオタに潜んでいた分身からサービスセンターの在庫に当該モジュールがあると報告が上がる。

その分身は隠蔽の魔法が効果のなくなるギリギリの動きでサービスセンターに突進。在庫からモジュールを発見し、それを確保し本体へ転送の魔法で送り出す。

さすがにここまでやると周囲に発見されるので、その分身はそれまで担当していた任務を急ぎ他の分身に引き継ぎ、自滅。

それが本体の元に届く。ちょうどアイビーの自宅前であった。

それを確認し、本体から分身に命令の終了を伝達。分身たちは通常の任務に復帰。

そして本体がアイビーに権限を復帰させる。


ここまで30秒足らずであった。


アイビーはモジュールを確認すると、速攻でデイジーの元にとって返す。




「お待たせ、取ってきたよ」


「……早いな、どういうことだよ」


「やーねー、二人を待たせたくないから頑張って急いだのに!」


「あー、うん、……ありがとう」


とてつもない早さで戻ってきたアイビーに釈然としない二人であった。




アイビーはピンセットで持ってきたモジュールをコンロの回路内部にある不良品と慎重に取り替える。


「さて、動作確認……ふむ、大丈夫そうだね」


パネルを閉め、魔力電池をスロットに押し込む。


パネルのライトが点滅し、起動した。


「ほい、これで直ったよ」


「アイちゃーん!ありがとー!愛してる-!!」


「こらこら抱きつくな」


「先生ありがとうございました。なんとお礼をしていいやら」


「いいよいいよ、何度も言ってるけど私は魔力は足りてるんだから」


そう、本来こういう労働の対価は魔力で支払われる。だがアイビーは魔女なので魔力は無尽蔵。よって彼女にとって価値はほとんど発生しないのである。


「まあアイちゃんがそう言ってるんだし、お言葉に甘えとこうよ」


「女将さん!そうはいかないでしょ!」


「わかってるって、言ってみただけ」


「じゃあこうしましょう。一週間程度先生のところに女将さんが遊びに行くのを禁止します。それでお礼と言うことで」


「ちょ!?何を言い出すのよ!」


「ふーむ、悪くはないわね、でも一週間は長いから三日でいいかな」


「アイちゃーーーん!!乗らないでええええ!」


と、三人が愉快な漫才を繰り広げているそこに男性が訪ねてきた。


「こちらにアイビー先生がいらっしゃると聞いてきたんですが」


男性は何やら困った顔をしている。


「いるわよ。何かありましたか?」


「実は……」


話をまとめると、長旅で疲れ切った男がカツウラの入り口で助けを求めているらしい。誰か責任者との面会を希望しているとのことだった。カツウラでは外部から来た人間が面会を求めてきた場合、アイビーかデイジーが対応することが通例となっている。特に決められた手続きではないが、慣例として成立しており異論を挟むものもいない。


「こっちも片付いたし、行こうかアイちゃん」


「だね。話を聞きに行こう」


そう返事を返しながらも、アイビーは事態を把握していた。というか魔女として。

分身から「カツウラに到着した、対応求む」と情報が来ていたからである。少し前にトーキョーを追い出されたセルジオその人である。


「……ちょっとごめん、デイジー?」


「どした?」


「ここまで随分時間をかけて歩いてきたっていうからさ、きっとおなかを空かせてると思うよ。なにか軽くておなかの負担にならない食べ物はないかな?」


「……なるほどね。それならここにバケットがあるからいくつか持って行こう」


「そだね。じゃあ行こうか」


「女将さーん、いってらっしゃーい」


見送りを受けてふたりは街の入り口に向かった。




セルジオはようやくたどり着いたカツウラの入り口の門に寄りかかり身体を休めていた。徒歩で来るにはやや距離があったからだ。そうじゃなくても距離が長いときにはドローンを使う生活だったから、何時間も歩くのは体力的にも厳しい。

しかしトーキョーを追放された身となってしまったから、あまり時間を使って移動するわけにも行かなかった。謎の存在からここを示されていたから来ることもできたが、そうじゃなければ生きていたかも怪しい。改めて謎の存在に感謝した。


「……おーい」


遠くから呼びかける声がする。振り返ると二人の女性が近づいてきていた。一人はややふくよかな体格、もう一人はフードをかぶった細身の女性。

恰幅のいい女性は片手にかごをぶら下げていた。


「外から来たのはあんただね?」


「ああそうだ、訳ありでね。ここに町長はいるかな?いたら挨拶をしておきたいんだが」


「カツウラには公の立場でそういう役目の人はいないんだよ。一応私が代行みたいな感じでそれとなくまとめ役をやってるよ。デイジーだ、よろしく」


「俺はセルジオという。トーキョーでは警察官だった。追い出されたけどな」


「あらまぁ、そいつは災難だったねぇ」


二人は握手を交わした。


「で、こっちが相棒兼相談役のアイビー……どした?」


その時アイビーは彼につけていた分身と情報共有を行っていた。ついでに彼に胸を揉まれてつい声を出してしまったのも確認した。不慮の事故なのでしょうがないが、正体がバレてしまってはいけない。アイビーは役付けとして魔女と違う性格と話し方をしているのでまず分からないはずだが、頭には置いておかねばなるまい。


「なんでもないよ。私はアイビー。私もちょっと前にトーキョーから流れてきた口でね、そっちと似たような境遇だよ。よろしくね」


「ああ、よろしく」


こちらも握手を交わした。セルジオは妙な違和感を覚えたが、かすかだったので特に表情には出さなかった。

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