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第四話

議長が静かにマイクを引き取る。


「話が途中だった気がしないでもないが、報告者が中座してしまった。それに財務官殿より良い意見を伺うことができたのでまずそれでよしとしよう。なおかの男に関しては口添えもあったので今回の非礼はある程度軽い処置で済ませることとする。治安に関しては資料を見てもほぼ説明は終わっているのでこれで一区切りとしよう。話の流れとしても財務官殿から財政と経済成長についての報告を受けることとしたいが、皆さんよろしいかな?」


周囲からは異論は出ないようだったので、議長は財務官を指名しマイクを手渡した。


「議長、ありがとうございます。それでは僭越ながらこちらが配付した資料をご覧いただきつつ説明を行って参ります」


各自の前には関連資料として置かれた冊子……というより書物と称した方が適切な厚みの書類の束があった。


「今回お配りしたものは現状における概論から書かせていただいています。量としてはかなり多くなっておりますので、ここでは細かい説明は省いて参ります。ご希望の方には個別でレクを行いますので後にご要望を承ります」


ここからが長かった。延々と彼はしゃべり続け、同席していた人間もほとんど聞いていないにもかかわらず彼は一人で演説を続けた。


彼が話していた要旨はこうである。


・世界は魔力を動力とする文明を確立しつつある。

・トーキョー経済は前世における19世紀までの金本位制、産油国の経済、及びそれをベースにした経済基盤が下地となっている。

・ここに魔力電池という容量を明確にしつつ蓄積しておけるシステムを構築できた。

・これの利権をトーキョーが一極独占できていることで、世界のエネルギーインフラと基軸通貨を同時に握ることが可能となった。

・魔力本位制で経済は活性化している、しかしモデルである産油国経済や金本位制とおなじく金融的な自由が創造できないシステムである以上、慢性的なデフレと景気低迷が続いている。反面他国との為替相場が事実上無視できることから金融のトリレンマからは自由でいられる。特に他国が魔力電池を採用することで為替市場が不必要になり、トーキョーが世界市場全体のコントロールできる立場にあるメリットは計り知れない。

・個人における魔力生成量に差が生じていることに加え、流動性も不足し続けているため貧富の差が慢性的に発生している。これは制度設計上どうしても発生するが現在のところやむを得ないと考える。現場からの声は確認したが概ね予測の範囲内である。

・資金に相当する魔力供給量不足からのデフレに対抗するため、魔力生成機関を構成させて公共投資の原資として市中に魔力を放出している。一定の魔力をここから供給できるようになったため、景気刺激策としてのカンフル剤として一定の効果が出ている。また魔力流動性が過剰になった際には、世間に明るみにはしていないが魔力電池に備えられている機能により徴税も兼ねて魔力の徴収を行い引き締めを行えるようになっている。

・トーキョー以外の街に入る際に関税として魔力電池からの徴収を行っており、これによりトーキョー以外の街などの魔力経済の停滞と景気減退を加速させており、トーキョーへの移住促進にもつなげている。これを積極的に推し進め他国との経済格差を優位に保てるのも重要なポイントである。

・ゆくゆくはこれが正常に稼働し、景気調節機能を発揮することが期待される。余裕ができ次第貧困層への最低魔力補助も行う予定ではあるが時期尚早であるので将来課題とする。

・魔力は人口増加による人々の魔力生成と共に発展するので、万難を排して人口規模を増やしていくことが急務である、よってトーキョーの膨張政策と設備投資は経済発展に寄与するものであるのでなんとしても成し遂げねばならない。

・経済成長と逆に民主主義の発展は人為的に抑制させている、故に人々に知らせない金融調節や徴税が行えている、これらの情報公開は将来への課題とし、今は世界の安定とさらなる経済発展に注力すべきである。


「……以上となります。何か質問などありましたらお伺いしますが、ございますか?」


誰も手を挙げなかった。その場にいた人間はまず彼の専門的な経済の話しについて行けていない。また、先ほど追放された男の顛末も目にしたばかり。めったなことを口走ったり反抗的な態度を見せれば自分もああなってしまう。目立ちたくはないしなんとかやり過ごすしかない。その場にいた全員がそう考え、結果として全員が口をつぐんだ。

財務官としてもそれは予想の範疇だった。ここに経済学の知見を持っている人などいないのは確認済み。そこに専門知識でマウントを取れば誰も刃向かえまい。数名が眠そうな表情をしたりあくびをかみ殺しているのも見て取れた。故にここで質問の機会を与えたのは儀礼的な意味しかない。


十数秒、間を取って彼は言葉を継いだ。


「えー、どなたからも質問がございませんでしたので、これにて私の発言を終了致します」


彼が着席するとどこからともなく安堵のため息が漏れてきた。


議長がマイクを引き取った。


「予定ではこれで報告は終了であるが、他に報告するものがいれば挙手を」


皆は周囲を見渡しつつ様子をうかがったが、特に反応はなかった。実際問題として、退場騒ぎのあとの長い演説で疲れ果てていたのである。全員の総意としてもうこれで帰りたい、引き上げたいと願っていた。違うのはさっきまで悦に入っていた財務官くらいである。


「ではこれで今回の会合を終了する。皆、ご苦労だった」


三々五々、皆がドローンへ乗り込むため移動を始める。だがその場を立って自らが動くのではなく、座っていた椅子がそのまま床に沈み込んで椅子ごと移動するのである。椅子はそのままドローンに飲み込まれ、参加者は座ったまま帰路についた。こういうところも妙なこだわりが感じられる。




しかし、誰もが気づかず視覚に捉えられないところに部外者が潜んでいた。それも複数。

そう、隠蔽で周到に存在を秘匿した魔女の分身である。


今回の会合に関しては、議長に張り付いていた分身が情報共有を行い、分身が分身を生み出す形で参加すると見込める主要なメンバーの半数以上に個別に張り付かせていた。

トーキョーの周囲には高度で高感度の魔力センサーが存在するので、中央部周辺ではさしもの魔女も移動するだけで感知される危険が伴う。とりわけ魔女との情報共有を行うと高確率で関知される。これは既に今まで何度も試しては失敗していた。もちろん魔女の分身は情報共有で周囲の分身と情報を残せていれば単体を残す必要はない、なので関知された段階でその分身はその身を消滅させ一切の証拠を残さなかった。

議長のところにはそれらの観測データが送られて会合の議題にもなったが、謎の組織による諜報活動が明るみになって証拠隠滅を図った、くらいまでしか分析をすることはできず、それ以後その動きが止まったことから懸案事項のまま棚上げとなっている。


それらの試探の結果、不自然にならない速度で移動し他のドローンなどを追尾する形で姿を隠して情報共有を行わなければ関知されないことが判明したところで魔女はカツウラの本体とは切り離してトーキョーに特権昇格をさせたサブを数名配置し、トーキョー側で情報の蓄積を自由にやらせていた。いざとなればトーキョーに配置した分身全てを切り捨てられる体制にしてある。ただ蓄積している情報がもったいないからそれは最終手段である。サブたちには更に分身を作成する機能も許可していることから、必要に応じて本体からの指示がなくても分身を新たな人物へ配置することが可能だ。


沈み込む椅子に追随し、分身たちはドローンの駐機場に同行した。さすがにドローン内部まで付いていくのは危険性が高いのでドローンに平行して自ら飛行する。例によって誰にも認識されないので周囲には一切の反応はない、とはいえ認識できるものには極めて異質な光景である。守護霊もしくは背後霊が取り憑いて追尾しているようにしか見えないからだ。


そしてさきほど、新たな分身が生み出されていた。まだ追尾されていなかった件の追放された副官のところへ。係官に取り抑えられ会合の部屋から連れ出される瞬間に新たな分身が付いていっていた。




階段で彼と係官、そして新たな分身はドローン駐機フロアへ降りていく。

そこには警察車両のように白黒パターンに塗装されたドローンが駐められていた。普段は副官が業務で使っているものと同型だ。


「……俺のキャリアもいよいよおしまいか。捕まってこいつに乗せられる側になるとは思ってもいなかったな」


ドローンからは彼より階級の低いヒラの警官が現れる。


「え!セルジオさんじゃないですか!これは一体どういうことですか?」

「聞かないでくれ。ヘマをやらかしてな、お前たちの世話になることになった。粛々と業務を遂行してくれ」


彼、セルジオはかつての部下に力なくそう告げた。彼らも察したのか、そのままセルジオを拘束ロープにつなぎ、ドローンに押し込む。


言うまでもなく彼らには認識できないが、分身もドローンに付き従うような格好となっている。


警官がドローン内部の制御盤を操作し、ドローンの扉が音もなく閉まった。プログラムされた航路をドローンは自動制御で航行を開始する。



やがてドローンはトーキョーの境界線にある入場ゲートまでやってきて停止した。

両手を拘束されたセルジオ、それを両脇から警官二人がガッチリと抱える。

ゲートから出たところで彼の拘束が解かれる。周囲にはトーキョーに入ろうとしている審査待ちの人々が列をなして並んでおり、物々しいその光景に好奇心の目を走らせていた。


警官の一人が手にした紙の書面を目の前に掲げ、中身を読み上げる。


「セルジオ殿へ。これよりあなたはトーキョーから追放となる。これの効力は無期限。特別な事情がない限り、あなたはトーキョーに近づくことも禁止となる。許可なく入ろうとした場合には命の保証はしかねるので注意されたし」


セルジオはそれを気力のない顔で聞いて、力のない目でトーキョーの街並みを見上げた。


この世界で最先端の都市。そこで自分は街の治安を守るために奮闘し、誇りある仕事をしてきた。昇進も果たし、ついに都市の運営を司っている会合にまで参加できるようになった。だがそこで激昂してしまい、追放処分にまでなってしまった。

ああ、今までの苦労が水の泡だ。自分は何のために生きてきたのか、それすらも分からない。


彼はここまで連行してきた警官の顔を見た。職務に忠実で勤勉ないい警官だ。自分もそうだったからよく理解できる。……ここに座り込んでいては彼らに迷惑をかける。追放になったからにはここから離れなければいけない。セルジオは追放となってまでもやはり根っからの警官気質が抜けていなかった。


秩序を守り、社会を平穏に。かつて所属していた世界から見放されてひどい目に遭っていても彼の気質はそれを選択したのだった。命乞いをしたり減刑を願ったりするのは彼の性に合わない。見苦しい真似をするくらいならこのままここを離れて行き倒れよう。




とぼとぼと彼は気の抜けた足取りでトーキョーから距離を取っていく。行き先などない。このまま行けば恐らく力尽きてどこかでのたれ死ぬだろう。だが生きる目的を失った彼にとってはそれも悪くない気がした。

ゲートからは街道が伸びていたが、なんとなくそのままそこを歩いていては目立つ気がするので、山林の間を縫って彼は歩き始めた。当てなく彼は歩いて行く。このまま朽ちて行き倒れても構わない。




しばらく歩き続けたところで、唐突に頭に柔らかいものが当たった感触があった。慌てて目の前をよく見たが何もない。どういうことだ?

もう一度周囲を振り返って注視したが、やはり何もない。手を伸ばすと柔らかな感触がある。気のせいかいい匂いまでしている。


「それ以上そこを触るな。気が変わってお前を焼き尽くしそうになる」


唐突に誰かの声がした。セルジオはあまりのことに驚き、直立不動の姿勢になってしまう。


「よいか、今から足元を見よ。お前に伝言がある。読み終えたら証拠を残さぬよう消すのだぞ」


目に見えない存在はそう彼に告げた。すると足元の土に棒でひっかいたような線が現れ、文字となっていく。




ここから街道沿いに戻り、そこを歩いて行くが良い。人目を気にするならば街道から距離を置き、沿って歩くが良い。

途中で道が分かれるが、右側の道を行け。

そのまま行けば海が見えてくる。見えてきたら左を見よ。案内の看板がある。

お前が目指すところはカツウラだ。そこで新たな生き方を見つけよ。




……その名は何度か聞いたことがあった。商売人が仕入れ先として懇意にしている生産地だと口に上らせていた記憶がある。なるほど、そういうところなら静かに暮らせるかもしれない。


最後に書かれた文字はこれだった。




なお、トーキョーで当たり前の暮らしはカツウラにはないと心得よ。水道はない。便所は臭い汲み取り式しかないし羽虫も飛び回る。魔力で手に入る物資も限られる。ドローンも数少ない。へんぴな場所ゆえ不便であるが我慢せよ。




セルジオは、それを読んで今更ながらトーキョーの生活が快適であったことを噛みしめていた。

……慣れるにはしばらく時間が必要かもしれないな。


だが、ついさっきまで絶望の淵に佇んでいたことを思えば些細な話であるとも思った。トイレが臭いくらいなんだ。生きていける、それだけで十分じゃないか。ついでに自分の役に立てる仕事があって魔力が稼げる宛てがあればもう何も言うことはない。


地面の文字を足の裏でこすって消しながら、セルジオは新たな暮らしを想い明るい表情になっていくのだった。




……遠ざかっていく彼を見やって分身は空へと浮かんでいった。トーキョーのサブからの指示通り彼を誘導し必要事項を伝え終えた。彼の足を止める際に胸を強く握られたのが本能的に拒絶反応となり言葉に出てしまったが、あのくらいであれば許容範囲だろう。

トーキョーからかなり離れたのでこれなら本体と情報共有が可能だ。そう判断し、分身は呼びかけを開始した。

すぐに本体から反応がある。サブから託された情報も含め、本体に必要な情報を伝達していく。

トーキョー全体の情報も含んでいたため、時間はやや長くなった。しかしこれで役目は終わった。さて、これで余計な分身は活動を停止して……


と思ったら、本体から指令が来た。……新たな役目を伝達する。今から先ほどの男に付き、カツウラまで間違いなく誘導せよ。途中の障害などあれば都度対応せよ。その後カツウラ到着後も彼の情報を逐一監視して報告せよ。


指令には現在のカツウラの最新の状況も含まれていた。それを踏まえて行動せよと言うことなのだろう。


分身は自分の頭を攻撃魔法で粉砕して果てようとかざしていた手を下ろし、彼が向かった先へ飛び去っていった。

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