第二十五話
「とりあえず、何か食べるか?今回は俺がおごるよ」
場所は光遙亭。テーブルについたセルジオはファーナにそう言った。
「え?そ、そんな悪いですよ。今日は手持ちがあるから来たんだし」
遠慮するファーナ。だがセルジオは更にたたみかけた。
「構わないって。俺は最近余裕ができてきたから食事代くらいならどうとでもなる。ここで美味しいものを食べて味を覚えて帰って、残った魔力で弟さんに美味しいものを作ってあげなよ」
斜め上を見つつ逡巡する彼女だったが。
「え、えーと……じゃあお言葉に甘えます」
最終的にファーナはセルジオの言葉に素直に従った。
「ほいほい、じゃあ見栄えの良い料理でも出したげるね。セルジオの財布なら遠慮無く豪華な奴作っちゃおうかねぇ。とびっきりのが入ってきたからちょうど良かったわ」
デイジーは多少悪乗りして厨房に戻ろうとした。
「おーい!あまり高いのはやめてくれよ!常識的な範囲で頼む」
セルジオは呼び止めつつ念を押す。……そういえば気になっていたことがあったのでついでに聞いてみる。
「なぁデイジーさん、こないだからいた爺さまはどうしたんだ?もうカツウラを旅立っちまったのか?」
「あれ、そういや知らなかったのか。あの人は二、三日前に出て行ったよ」
「なんだ、そうだったのか。俺も知ってりゃ見送りに行ったのに。で、どこへ向かうドローンに乗ったんだ?」
デイジーは思案深げに言葉を切ってから継いだ。
「それがさぁ、ドローンに乗らず走って行く、そう言ったんだ」
「……走る?どこへ?トーキョーまでか?俺も徒歩で歩いたことはあるが結構距離があるぜ?走り続けでいける距離じゃねえだろ」
「あたしも気になったから、どこまで行くんだって聞いたのさ。そしたら『ちょっと調べておきたい場所がありましてなぁ』としか教えてくれなくて。あれ、下手するとトーキョーより遠くまで行ったかもしんないね。オオタとかそれ以上?」
「さすがにそりゃないだろ。トーキョーで誰かと待ち合わせしてからドローンに乗り合わせとかじゃないのか?」
デイジーは首をすくめた。
「どうだかねぇ。実際軽くこっちに手を振ってからどえらい速度で走り出したからねぇ。人間離れしてたわ、あたしとマルティエッタ二人で顔を見合わせて呆気にとられたもん。アイビーは平然と見送ってたけどね」
そう言ってデイジーは厨房へ消えた。
セルジオは今の会話を頭の中で整理する。わざわざ走って行くと言ったからにはそうなのかもしれない。でも、そうなるとあの爺さまは何者だ?聖王国にはあんな化け物がうようよいるってのかね?物流で行き来しているドローンに運賃を支払って乗せてもらうのは誰でもやっているししない理由がない。そこまで行き先を隠蔽したい理由でもあるってのか?
彼はそう考えつつ、目の前の席でニコニコしているファーナの顔を見ながら自分の魔力電池の目盛りをこっそり再確認するのだった。
……
越虚は、文字通り風のように走っていた。いや、正確には走ると言うより飛び跳ねていると表現した方が正しい。
越虚は自身の固有魔法で下半身の機能を強化していた。それにより驚異的な跳躍力と地面に対する反発力を生み出していたのだ。
彼は足に一本爪の下駄を履いている。山を駆け回る修験者や天狗が身につける類いのものだ。
彼が地面を蹴るとそこがえぐれて周囲に爆発したような土砂が散乱する。
蹴り上げた反対側の足を投げ出すように前に伸ばし、次の蹴りに備える。一度跳ねた体は空中に数秒間浮いたままだ。距離にして数十メートル。一歩のストライドが非常に長い。
ダン、ダンと勢いよく地面を蹴り、まるでダチョウが高速で走っているような雰囲気で駆け抜けていく。両足を高く上げて駆け抜けるその姿は華麗に踊るバレエダンサーのようにも見える。見た目は錫杖を携えた和装の男性であるので見た目と行動のギャップが凄まじい。
さすがにその姿は異様であり、あまり周囲に見られては目立ちすぎて後の行動に差し支える。よって彼は街道から離れた山中を進んでいた。街道沿いから見れば起伏も激しく、歩いて移動するには辛い道のりではある。しかし越虚の駆け足にはさして障害にもならないようだった。
彼は北へ向かっていた。カツウラでも耳にした、『ノヴィ・ソユーズの消滅』を自らの目で調査するためだ。魔女から詳細は聞くことはできた。むしろ首謀者から具体的な話を聞けたのであるから、恐らく世界で一番真実を知っていると言って良い。だが、あまりに軽く説明を受けたものだから実態がどうなっているか掴みづらい。
何しろほとんど思いつきで数万人以上を屠った存在から直接聞いた話であるが、その本人からやった内容をいくら説明されても一向に理解できない。地面を砕いたとか地面をひっくり返したとか言われてもさっぱりと想像できないのだ。
現場を自分の目で観察してみないことには分からないことが多すぎる。その上で仏に仕える身として手を合わせて弔ってやりたかった。あまりに規模が多いのでどこまで弔いになるかも分からないが。
数時間、越虚はひたすら駈け続けた。しかしさすがの越虚もやや疲れを覚えたので、小高い丘に駆け上がったところで足を止める。勢いが強いので立ち止まるにも工夫が必要だが、こうやって斜面を駆け上がれば勢いも殺せて停止しやすいのだ。
そこにちょうどいい大きさの岩があった。てっぺんに腰掛けるのに適した出っ張りがある。越虚は身軽にその上まで跳ね上がって腰を下ろした。
周囲より高い位置になることから見晴らしはかなり良い。周囲の森や川などが一望できるなかなかの眺望だ。
人の手の入っていない落葉樹が生い茂り、空には猛禽類の鳥が悠長に飛びながら地上の獲物を探して円を描き、地には群れを成して移動する草食動物の姿。それらを眺めている越虚は、いつしか前世で山中行に励んでいた頃を思い出していた。あの頃には今のように魔法の支援はなかったから行動範囲は狭かった。
肉体は強化しているもののエネルギーを消費すれば相応に腹は減る。人並み外れた運動量なので必要とするカロリーも当然多い。前世であれば木の実などを食す程度で補えたものだが、こちらではそれでは足りないようだ。
越虚は担いでいた背嚢を降ろし、中から食料を取りだした。
出てきたのは竹の皮に包まれた握り飯だ。半日前にカツウラから出てきた際に光遙亭で用意してもらったものだ。併せて水筒にしている竹筒と壺に入った梅干しも取り出す。こちらは自前で持っていた物だ。
手拭いで両手を拭き清めてから彼は梅干しを片手に握り飯を頬張る。絶景を見ながらの食事は内容が質素であってもごちそうに早変わりだ。彼は景色を見ながら握り飯四つを平らげた。
これで食料として持っているのはいつも携帯している砂糖漬けのドライフルーツだけだ。だがこちらはまだまだ残っているので、数週間はしのぐことができる。しっかり天日干しにしてからさらに砂糖をまぶして徹底的に水分を抜いているから日持ちには問題ない。干しぶどうと合わせて干しデーツもある。独特の甘みと柔らかな舌触りは越虚のお気に入りだ。ただどこでも手に入る果物ではないため数が少ないのが難点。
ここまで半日駆け抜けて、距離としてはかなり稼いだ。だが北部に位置するノヴィ・ソユーズ跡地まではまだまだ遠い。
食料や飲み水確保も考え、途中の集落など捜して補給する必要がありそうだった。しかし彼もこの世界で旅慣れている。立ち寄る集落の目星は付いていた。今はそこを目指している。
彼は午後も駈け続けていた。夕日が地平線にそろそろ沈もうとする夕暮れ時になって、何とか目的の集落へとたどり着いた。
するとそこに大型ドローンの集団が停泊している。一つが二十メートルはありそうなかなり大型のもの。それが百台近く固まって駐められている。かなりの規模だ。……これは補給できる物資も根こそぎ持って行かれているかもしれないなと越虚は思った。そうなると住人ではなくこの隊商の責任者と交渉するべきかもしれない。
越虚がドローンの集団に近づくと、見張りに立っていた人物から誰何を受けた。
「誰だ!?何者だ!」
「こんばんわ。旅をしている者です。ドローンがたくさんいるので気になってしまいました」
警備していた男は越虚を上から下まで観察した。手に金属棒で武装をしているようだが、旅装としては自然な格好に見える。自然な笑みを浮かべる表情に他意はなさそうだ。
越虚は、ドローンの表面に『Takaida』の刻印があるのを確認した。
「もしや、これらはオオタの高井田製作所関連のドローンですか?」
それを聞いて警備員は目つきが少し穏やかになった。しかし警戒姿勢は崩さない。
「ああそうだ。これは高井田製作所の旅団だよ。北部の異変に対処するため派遣されてきたんだ」
それを聞いて今度は越虚の顔色が変わった。つまり恐らく目的地は一緒。ならば取り入るすべも期待できそうだ。
「おお、さようでございますか。不肖私は神に仕える身分でありましてな、こちらも北で大変な事態が発生して多くの方がお亡くなりになったと聞き及び、弔いの祈りを捧げられればと思い旅をしているところなのです。もしよろしければこちらの皆さまの旅の安全祈願もして差し上げたい。可能なら率いていらっしゃる責任者にお目通りを願えれば有り難い。いかがでございましょう?」
そして一言付け加えた。事前の情報が正しければこれが一番効く。
「私は越虚と申します。セント・グレゴリオ聖王国所属で日本生まれの僧侶でございます。よければ日本語で話せる方がいらっしゃいましたら母国語で胸襟を開いて話をしたいと思っておりまして」
警備員はそれを聞いて警戒の度合いを下げた。その話が本当であれば少なくとも脅威対象ではなさそうだ。
「分かった。今から伝えてくるからここで待っていて欲しい」
……
「いやぁー、あんたはんは面白いお人やなぁ-。色んな人がいてはるもんやわぁ」
「いえいえ、こちらこそ大変興味深いお話を沢山お聞かせいただきました。この出会えた機会を御仏に感謝致します」
「何を大げさな話にしとんのん!大層な言い方しなはんな!ホンマおもろいわ-」
先ほどから数時間が経過している。
越虚はしばらく待ってから民家の一室に案内され、ノリヒロ社長の元に連れてこられた。
彼が名乗り、日本人であることを告げると社長は即座に不慣れな英語から日本語、というか大阪弁に言葉を切り替え、愚痴も交えながら早口で喋り始めたのである。
越虚も僧籍を持つ者であるから相談や悩みを打ち明けられた際に親身に話を聞くのはお手の物。たちまち二人は意気投合し、夕食を共にしながら賑やかに会話を交わしたのである。
「……なぁゲンイチ、社長はかなり上機嫌だけど一体何の話をしてるんだ?」
日本語を話せない社員が隣の男性に小声で話し掛ける。相手は日本から漂着したエンジニアだった。彼、ゲンイチは技術指導で海外に赴任した経験もあるので英語が元々堪能である。
「心配は要らないよリーガ君。社長は同郷の人間と他愛ない日常会話を楽しんでいるだけだ。もっとも社長の方言がきつく挙げ句に早口で私ですら全ての内容を把握し切れていないけどね」
それを聞いて相手のリーガも胸をなで下ろしたようだ。
「それならいいんだ。ノリヒロ社長の機嫌が良いなら最高だからな。これで余計な仕事のネタが増えなければもっといい」
彼らの仕事は社長の機嫌を損ねないようにしつつ会社全体のパフォーマンスを良好に保つことだ。勿論彼ら自身も優れたエンジニアであり製造部門で数々の功績を打ち立てているのだが、社長の能力が高い上に気分次第で仕事が左右されてしまう為に、社長をなだめておだてて良い気分にして仕事に励んでもらう係になってしまっている。正式な身分は社長付秘書だ。
なにかと面倒を押しつけられる立場となってしまってはいるが、肩書きが付いたことで手当が追加されているので待遇としては悪くない。
社長が越虚から分けてもらった梅干しを半ば強引に口に突っ込まれ、酸味に悶絶する様を社長にゲラゲラ笑われるのも恐らくその仕事の一部なのに違いない。
「それにしてもあんたはん、ドローンに乗らず歩いてきたってほんまなんか?カツウラやったっけ?ここからやと結構距離があるやろ?」
「そうでございますね。私は自分のドローンがございませんで」
「は?いや自分のやのうて、物流でなんぼでも走ってるドローンあるやろ?あれに魔力払うて乗合で乗せてもろたらええやんか」
「は?」
越虚が今度はキョトンとした表情になる。そしてそこで初めて理解した。カツウラを出る際に何度もドローンを使えと進言された真の理由に。
彼は魔力革命が起きる前から旅をしていた。そして山々を猛烈な勢いで駆け抜けるのが当たり前だった。それ故『ドローンが頻繁に通っている物流網が人的交流にも寄与している』最近のトレンドを知らなかったのだ。
「いやぁ、これは間抜けでしたな。何しろ何百年も生きておりますから最近のことは勉強不足でございまして」
「はぁ、えらい長生きでんなぁ。ほんま、けったいなお人や」
社長は冗談で言っていると判断した様子。
お互いに話も弾み、かなり雰囲気もほぐれてきた。越虚は今までの朗らかな笑顔から一転して目つきが鋭くなった。
「して、社長殿。目的地のノヴィ・ソユーズに関しての情報はどのくらい掴んでおられますか?」
その瞬間、ノリヒロ社長も酔ってたるんでいた表情を引き締めた。
「あーあ。あんたはんも食えんお人や。それが目的かいな」
「はい。お互いに同じところを目指しておるのですから、ある程度は事前にすりあわせもできましょう」
「まあな。手札を予め見せとくのも戦術ではあるわな。かまへん、情報の適時開示といこうか。但し全部やないで。全部さらけ出したらストリップショーとしても興ざめや」
「それについてはこちらも同意します。私も本国に伝えてない情報などありますからな。誰に対しても同じでございます」
それを聞いてノリヒロ社長はそれまで見せていなかった本当の笑顔を見せた。
「あはははははは!そらほんまにおもろいがな!ええがな、それくらいやないと信頼できる交渉相手とは言えん!ええやろ、あんたとは長い付き合いになりそうや!」
社長が越虚に右手を勢いよく突き出した。越虚は即座にその手を握り返す。
機嫌が良くなってしまったもので、越虚は思わず力の加減を間違えた。
「痛い痛い痛い!アホ!エエ加減にせえ!」
・社長の大阪弁のニュアンスに関する補足
あまり大阪人の喋る言い方や表現の仕方などで知られてない要素がありそうなので書き加えておきます。
社長は最後に「本当の笑顔」になりますが、それまでは面白がってはいるものの顔は笑ってません。面白いとか口では言うのですが、それは言葉だけのものです。
これ、実際の大阪人もこういう言い方をしたりします。「オモロイなぁ」「けったいやなぁ」「ケッサクや」「色んな人がおるもんや」……こういうのは案外『お前は変わってるな』以上の意味がなかったりします。ただ興味を抱いて続きの話を聴きたがっているケースは多いです。なので大阪弁でそういう言われ方をされた場合はそういうニュアンスが含まれているかもと思ってるくらいがいいかもしれませんね。
以上、言葉通りにとらえて失敗した経験がいっぱいある本人からお伝えしました(;´Д`)




