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不死の魔女-増長した人類に鉄槌を下し分からせる絶対不敗の存在-  作者: 手の遅いエリオット


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第二十四話

カツウラの季節も夏真っ盛りとなり、気温も高くなってきた。畑ではナス科の野菜が収穫時期となり、皆がハサミを手に収穫作業にいそしんでいる。傷もなく表面が美しいものはトーキョーの飲食店へと高額で出荷されるため、一つ一つ丁寧に化粧箱に収めていく。地元で消費される分はそこまで気を遣って収穫は行わない。何しろ収穫量が多いのだ。


「おーい、そっちもっと持ち上げろ」

「はいっすー!」


セルジオとマサヨシはスイカを栽培している区画にいた。こちらはまだ収穫に時間が掛かるようだ。大きく甘くなるよう育てないと高く売れないので、一株に複数の実がなっていたら間引いたり、実の下に藁を敷いて傷が付かないようにしたりと、何かと手間が掛かる。実が割れてしまうと一気に価値がなくなるので世話するにも気を使う。高く売れる商品作物は失敗すると損害も大きいので、栽培するにもリスクが大きい。なおカツウラは気候が常に安定しているので、余程のことが無い限りは安定して栽培できる土地である。


「そっちはどうですか?」


グレンが見回りがてらスイカの生育状況を確認に来た。

彼はスイカを手のひらで叩いて中身の詰まり具合を調べている。


「ふぅむ。悪くありませんね。あと一週間くらいで出荷できるかな」


「グレンさーん、こっちの確認お願いしまーす」

「はいはーい、少し待ってて下さい」


別の場所から声が届く。


「相変わらず大忙しだな」

「あはは、僕が最終確認しなきゃいけないところが多くてね、大変ですよ」


小走りで呼ばれた方へ駆け寄るグレンをセルジオは見送った。


作業も一段落してお昼になり、休憩に入った。今日は人手も多く、いつもよりも賑やかだ。

めいめいに畑の脇に敷物を敷き、弁当を広げている。

セルジオとマサヨシの今日のお昼はおにぎりと夏野菜の一夜漬けだ。キュウリやナスを薄くスライスしたものを塩もみして水気を抜き、鷹の爪の輪切りや塩昆布で和えている。気温も高く汗もかきやすいこの季節には、こういう味付けのものがありがたい。彼らも手慣れたもので、このくらいなら自炊して用意できるようになっていた。


「もうすっかり夏っすねー、アニキ」

「そうだなぁ。海で泳ぎたくなってくるな」


セルジオは前世での暮らしを思い出していた。彼が子どもだった頃、住んでいた地域が海に近かったので気温が上がると海で遊ぶのが定番だったのだ。金も掛からないので気兼ねなく遊べるレジャーだった。


「お茶、どうですか?」


物思いに耽っているセルジオの意識を遮るように声を掛けられ、我に返る。


「あ、くださいっすー」

「あっ!はい……どうぞ」


マサヨシがそれに気軽に答えた。そのままカップに注がれたお茶を彼が代表して二つ受け取る。


「ほい、アニキのぶんすよー」

「ああ、ありがとう」


お茶はほどよい具合に冷えていた。麦茶の焙煎した風味が喉から鼻に染み渡る。実にうまい。


……さっき話しかけてお茶を持ってきてくれた相手を見やる。気づけば彼女は他の人のところへお茶を持って行っていた。小柄で可愛らしい印象、やや人見知りするような素振りもしていた。

理屈ではなく、セルジオは彼女に対してぼんやりとした好印象を持った。


午後の仕事も終わり、セルジオとマサヨシは帰路に着いていた。その隣にはよく話すようになった農作業仲間のダンガもいる。

彼は誰に対しても気さくに話しかけ、友だちを増やす才能の持ち主だった。ただ異性関係にはかなり節操がなく、結婚後のアイラに色目を使ってグレンから殴られた武勇伝の持ち主でもある。それをやらかしてなお、グレンの畑で仕事をできているのが彼の人柄のなせる技だ。噂ではあちこちに子どもがおり、責任を取って月に数百の魔力を慰謝料と育児費用として複数支払っているらしい。額や規模など真偽のほどは不明だ。


「アニキ、今日から新居に帰るんでしたっけ?」

「まあな。いつまでも光遙亭に間借りってわけにもいかないからな。ありがたいことに仕事で家賃を払う余裕もできてきた。良い場所に空き家もあったから潮時だと思ったのさ」

「じゃあ今から遊びに行きますよ。どんな家だろうなぁ」

「……せめてそういうのは俺から許可をもらってからにしろよな。まあいいけども」

「じゃあ俺も行っちゃおっと」

「ダンガまで来るのかよ。まあいいや、まだ荷物が片付いてないからお前らも手伝えよ」

「おおっと、急用を思い出した」


きびすを返して逃げようとするダンガの襟首をセルジオがひっ掴む。


「まあまあ遠慮するな。やることやってくれたら茶くらいは出してやる」

「うえー。お茶だけじゃ割に合わないよ」


そこに小柄な女性がすれ違う。


「あら、ファーナちゃんじゃん。そっちも帰り?」


顔の広いダンガらしく、ためらいもなく親しげに話し掛けた。


「きゃ!……ああどうも、お疲れさまです。市場で買い物してから帰ろうと思ってまして」

「そっかぁ、荷物持ちが必要だよね。手伝う……」

「ダンガ、お前はうちで荷物を解く手伝いだ、逃げようとするな」

「うふふ、先約があるなら無理ですね」


セルジオは彼女の顔に心当たりがあった。畑で昼休みしていたときにお茶を入れてくれた子だ。

近くで見ると、セルジオはある思いを胸にした。今まで特に親しく接したことはないのに、どうにも既視感がある。何だろう……


ふいに脳裏に過去の景色が浮かび上がった。そう、ブラジルでの前世の思い出だ。

子どもの頃、彼は悪友たちと海でよく遊んでいた。貧民街で暮らしていた彼らは日銭をガードの緩い観光客のカバンをひったくって稼ぎ、大人から暴力を受けたり警察に捕まったりもしながら無邪気に暮らしていた。そして思った以上に儲かったら海に出て悪友でつるんで遊ぶのが日常だった。思えばその後警官になった男の前歴としてはまずいわけだが、それでも地域や国の事情としては生き抜く必要もあったので、やむを得ないと言えなくはない。


その仲間たちの一人に兄に連れられた女の子がいた。悪事には荷担せずブラジル人としては大人しく気弱で病弱な少女だった。厳しい環境だったから一人だったら生き延びられなかったかもしれない、そんな温和な性格だ。確か名前はマリアだった。ラテン系としてはそこにでもいる非常に良く見る名前だ。

彼女をなんとなく放ってはおけず、セルジオは実兄とともに彼女の世話を焼くことが多かった。もちろん下心もあったが、それはそれとして守ってやりたい庇護欲を刺激される相手だったのもある。屋台から盗んできた果物などを調達しては差し入れていたものだった。

そうやって色々助けてはいたが、環境として悪かったのもあり、栄養状態も万全ではないことも手伝ってその子は成人年齢を迎える前に天に召されてしまった。満足に弔いもできず、質素な墓を建てるのが精一杯であった。その虚しい思い出がセルジオの心を今も曇らせる。


かなり昔のことなので顔も正確には思い出せない。しかし雰囲気が妙に一致する。何より当時助けてやれなかった悔悟の念が今のセルジオに去来する。

目の前の女性はファーナというようだ。名前が違うからおそらく同一人物ではない。仕事に就いているのだから成人しているはずだが、見た目は体格も小さくかなり幼く見える。少女といっても差し支えなさそうだ。


「アニキ、どうしたんすか?」


物思いに耽って立ち止まったセルジオを心配してマサヨシが顔をのぞき込む。


「あ、いや、なんでもない」


慌ててセルジオは笑ってごまかした。ファーナはもう周囲にはいない。恐らく行ってしまったのだろう。……そういえばダンガの姿も見えない。


「マサヨシ、ダンガのやつはどこに行った?」

「あー……あいつ、さっきの子のあとを追いかけて行っちゃいましたよ」


それを聞いてセルジオは元警官としての勘が働いた。あいつ、それを口実に俺の家の手伝いから逃げやがったな。

だがまあいい。ああは言ったが最初から荷物整理は自分だけでやるつもりであったし、独身男性だから荷物もそう多くはない。どうにでもなるだろう。

そうだ。ああいう気弱な娘はダンガみたいな押しの強い男の誘いを断り切れないかもしれない。奴の毒牙に掛かる前に助けてやりたいな。

気を取り直して歩き出すセルジオの隣には変わらずマサヨシがいた。


彼の胸には今もペンダントがぶら下がっている。魔女の分身が変化したものだ。常にそれは彼と共にあり、彼の身を守りつつ見守り続けている。


今のやりとりを見ながら、ペンダントの魔女は彼に佳き人ができぬものかと思案していた。

この分身は魔女本体から繋がりが疎遠になっていて、余程のことが無い限り魔女との情報共有も疎かになっている。その上独自の思考も獲得しつつあり、マサヨシ個人にかなり入れ込むようになった。それに重ねて魔女のベースとしての『善人は子孫を残して繁栄して欲しい』想いもあり、最近はマサヨシと似合いの女性が現れないかと考えていた。


通りすがりの人々をチェックして、マサヨシに好意を寄せていそうな女がいないか観察する。同時にマサヨシが誰かに好意を寄せていないかもその都度観察する。農作業の合間は比較的交流が多いので、何らかの動きがあるのではと注意深く見ていたが、彼は今のところペアとなる女性を見つける意欲が薄いようだ。

いよいよとなれば自分が再び人間の体を復元し自らがつがいになる方法も考えたが、そうなると本体に対して承諾を得る必要が生じる。そうなると真っ先に現在獲得している個性を修正されることは必至だ。できるならそれは避けたいと思う。

……そういう思考をしている事が、すなわち魔女の分身として逸脱している証拠であった。

ペンダントの分身は、ファーナがマサヨシと親密な関係になれば良いのになと思い始めていた。


その次の日、セルジオは光遙亭にいた。部屋の片付けも一段落したので、食事をしに来たのだ。

一通り食事を終えたセルジオは厨房から出てきたデイジーと談笑している。


「それにしても、あんたも良い場所を見つけたもんだねぇ。あそこ、築年数も浅かったよね」

「ああ、良いところを紹介してもらったぜ。家賃も手頃だったしありがたい限りだ」


カツウラでの一般的な住居は、基本的に木造建築である。特殊な工法や工業製品などは使用せず、日本の家屋の伝統的な建築様式に近い。

水回りの工事は必要最低限でされているがご存じの通り電気などの代用で魔力が使われているので壁の配電などはなく、よって壁も藁を練り込んだ土壁が一般的だ。ちなみに便所は汲み取り式で、週に一度専門の人夫が回収に来る。大規模な下水道は敷設されておらず飲料水も井戸に頼っているので致し方ない。

トーキョーでは下水が整備されており水洗便所も普及している。しかしこれはトーキョーが生活環境整備の進歩が速いだけであり、こちらの世界では当たり前ではない。蛇足になるがトーキョーの生活に慣れた人間が他の地域や国家で生活した後に出戻ってくる主な原因の一つでもある。しかしそれも一定以上の住居に限定されており、魔力を自力で出せない貧困者向けのところだと共同便所などになり、お世辞にも快適とは言えない環境ではある。

なお土地柄肉体労働に従事する住民が多くて、仕事から帰ってきた際に体をスッキリ清潔にしたい需要が多いことから、カツウラの住居には玄関と並んで簡易シャワーの水浴び場が併設されているのがほとんどである。


「こ、こんにちわ……」


そこに小柄な女性が訪ねてきた。誰かと見れば昨日セルジオたちと一緒にいたファーナである。


「よお。昨日はいろいろとありがとな。……そうだ、ダンガのやつに変な事をされてたりしなかったか?あいつ、気は良いんだが手癖が悪いから気になってたんだ」

「あ……ありがとうございます。なんか色々聞かれましたけどこっちが黙ってたらなんとかなったみたいで」


それを聞いてセルジオはほっとした。だがあいつのことだからなかなか諦めないだろう。ここは釘を刺しておいた方が良いかもな……


「あら、いらっしゃい!何か食べていく?」

「え……えと、昨日の仕事で魔力をいただいたので、たまには贅沢しようかなって。こないだうちの弟がここで食事して、すごくおいしかったって言ってて気になってたんですよね」

「あーあー、こないだの食事会に来てたんだ。じゃああのときのメニューをいくつか出してあげようか」

「はい、おねがいします」


デイジーとしては子供を招待すれば家族の耳にも入り、新たな顧客獲得につながる目論見が当たった格好だ。

ここ光遙亭は、基本的に街の外から来た人に対して食事と宿を提供する場所だ。カツウラの人は自分で小規模な畑を耕してジャガイモなど育てたり海岸で小魚や貝を捕って自給自足するケースが多く、足りなければ市場で食材を買ったり屋台で買って食べたりする。

光遙亭の料金設定は魔力を持たない人の多いカツウラではやや高価であり、普段の食事ではおいそれと頻繁に通うことは難しい。しかしながら月に一度くらいの贅沢などで利用されたりもする。……また、男女カップルのデートスポットとしても定番となっている。


そしてそのデートで訪れたカップルの仲睦まじい様子をソファーに腰掛けながらニヤニヤと眺めているのがアイビーの日課ともなっている。デイジーとしてはせっかく良い雰囲気になっているのにアイビーが露骨な視線を送っているのは商売の邪魔にもなるので遠慮して欲しいところだが、何度注意しても改めないのでソファーから動かない限りは諦めて黙認している。


今もアイビーは定位置となっているソファーに座ったままセルジオとファーナの様子を観察していた。

あらあらまぁまぁ、ようやくセルジオにも彼女ができそうじゃないの。これは何とかしてゴールインまで誘導してやらないとね。

口元に手を置いて表情を隠しながら、アイビーは不敵な笑みを浮かべていた。


魔女はまだ知らない。縁遠くなっている分身がマサヨシの元でマサヨシとファーナをくっつけられないか思案していることを。

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