第二十三話
ここは世界の工業生産を一手に担う工業都市、オオタ。
そこでも技術力の高さと工作精度の高さで一目置かれている工場があった。
表の看板には『Takaida production center』の表記。並んで『高井田製作所』の日本語表記がある。
ここに限らず、英語が主言語となっているこの世界では日本語は標準扱いされていない。子どもに対する教育でも日本語は教えられていない。だが、日本からの前世持ちは一定数いるので、彼らの中では漢字も使われていた。
こういう看板などに日本語を併記する場合、それは『ここは日本からの転生者がいます』との意思表示ともなる。
エッチング処理された銅板のレリーフ看板。それは加工の精緻さを外部に示すプロモーションともなっていた。
「なんやてえええええええええええええええええええええ!!!!」
工場の作業フロアで男の怒声が鳴り響く。
彼の名はタカイダ・ノリヒロ。前世の漢字では高井田憲裕。
前世において彼は生粋の機械加工職人であった。彼の右腕はゴッドハンドと称され、素手でミクロン単位の凹凸を感知して削り分け、ワイヤー加工でも極めて精緻な金型を起こしてみせた。ただ商売が下手で取引先ともトラブルが多く、世間が不景気になった辺りで拉致に近い状態で他国へ“技術協力”されそうになり、送られる貨物船で隙を盗んで船縁から身を投げて命を落とした経歴がある。その後こちらに漂着したが、こちらでもその技術を遺憾なく発揮してオオタにその人ありと謳われるほどとなっている。
彼の欠点は標準語である英語の覚えが悪く、とっさにコテコテの関西弁で怒鳴ってしまうところだ。見た目ではハゲ上がった頭が目を引く。だがそれを指摘するとこれまた機嫌が悪くなるので、周囲ではその話題を出すのは禁句となっている。
魔導モートルからベルトで動力を伝達されているプレス機械やローラー圧延ラインから金属加工を行う轟音が鳴り響く工場内。彼の大声はそれを上回る音量だった。
それぞれの加工設備を操作して作業を行っている工員たちが、何事かと手を止めてそちらを見やっている。
「社長、荒れてるなぁ」
「英語じゃなく日本語の方言で怒鳴ってるよ。あれは相当にカッカきてるやつだな」
「うへぇ、ありゃあかなりヤバい事態が起きたんじゃないかな。俺たちの仕事にも影響があるかもしれないぞ」
工員たちがひそひそと話し合っている。
先ほど叫び声を上げたノリヒロは、それに気づいて電話の受話器を離して怒鳴りつけた。
「何しとんねん!手ぇが止まっとるがな!仕事せぇ!」
それを聞いて全員が慌てて作業に戻る。
工員たちはほとんど日本語の大阪弁は解さないので細かい意味は分からなかったが、少なくとも話を止めて仕事に戻れというニュアンスは伝わった。
それを見届けて彼は再び受話器にかじりついた。
……
電話の受け手は『かつてノヴィ・ソユーズと呼ばれた場所』にいた。
『話がちゃうやないかい!材料の仕入れが止まったらうっとこの仕事も止まってまうんや!納期を守れなんだら、せっかく今までこしらえてきた高井田の信用が落ちてしまう!面目丸つぶれや!』
「そうは言ってもさぁ、発注先が全部吹っ飛んでんのよ。おいらだってバイヤーとしての誇りがあらぁね。そいつを何とかして守りたいけどもさ、無い袖は振れないってぇのさ」
『そこをなんとかでけんのかいな!おたくかてプロやろがい!』
彼は電話先でまくしたてているお得意様の無茶ぶりに頭をかきつつ、あえてのんびりした口調で穏やかに返した。
「よろしいですか社長、物づくりにかけちゃぁ右に出る者がない凄腕の社長。あんたのご立腹にも当然の理がありまさぁね。しかしねぇ、おいらが目の前で見てる光景を目の当たりにしたらそんな話も吹っ飛んじまうってんですよ」
『……そこまでアカンのかいな?』
うまく相手の憤りを躱せたようだ。
「いいっすかい、社長。おいらの目の前にはノヴィ・ソユーズの工場どころか建築物から何も残ってねぇんですよ。痕跡すら捜さないとわからねえ。おいらはね、ここが知ってる場所なのかどうかすら何度も確かめたんだ。もしかしたら建物ごとどこかにお引っ越ししたんじゃねえかとすら思って周囲も捜してみたよ。結論から言えばそれもねえ。全部ぶっ飛んだんだよ」
『んなアホなぁ、殺生や』
「全くでさぁ。新たにあったのは避難キャンプへの道筋を示すやっつけごしらえの立て看板だけ。それに沿って歩いて行ったら小さなテントや掘っ立て小屋がありましたよ。そして夥しい墓の数々だ」
「世話してる人がいましたからね、どうなってんだいと事情を聞きましたよ。そしたらノヴィ・ソユーズにいたはずの人が根こそぎ命を落としたらしいと。数万人いたはずの市民がみんな人間の形も残さないくらいに無残な姿になっちまったと。幸運にも生き残った人はいたらしいんだが、無傷の人は全くいなくて、その少ない生き残りすら僅かな食いものを奪い合って殺し合いになったってぇんだよ。話す側も辛そうだったし、おいらももらい泣きしちまったよ」
「そのお方は聖王国を離れて放浪の旅をしてたラビだって話さ。とにかくあまりにも多い犠牲者を弔わなきゃってんで、身元不明な人は片っ端から弔って墓をこしらえ、生き残った人の世話もしてたらしい。今もてんてこまいの大忙しでいらっしゃる。おいらもついでに墓掘りを手伝いつつ話を何とか聞き出した。こんなのおいらがやるとは思わなかったぜ」
『……さよかぁ。あんたはんも大変やったな』
「最近になって、あちこちから残骸をあさる連中が出てくるようになった。金目のものがないかってな。浅ましい連中でなぁ、死体を漁っては宝石や貴金属がないかまさぐりやがる。ありゃあろくな死に方しねぇな。ただ奴らは使えると踏んでな、おいらはそいつらと交渉もしてる。あいつらには価値がないと思われた鉄くずや金属片を二束三文だが買い付けてるよ。連中は無学だから衝撃を加えたら爆発するような弾薬や薬品も素手で回収してくる。それをトン単位で魔力十未満で引き取ってんのさ。なにせ周囲に人里もないからな、野積みの場所には困らねえ。おいら以外はゴミにしか見えてないから盗まれる心配もねぇしな」
『それをワシに引き取らせようっちゅう魂胆やな?』
「さすが社長、話が早ええや!そうさ、運ぶ手間は掛かるが玉石混淆のゴミの山だ!あんたなら選り分けていいのを拾えるだろ?最低でも鉄くずまでは保証できる、あんたならそれも精錬して材料に変えられるはずだ」
『おお、今思い出したわ!ワシが前世でくそガキやった頃に焼夷弾の燃えかすとか拾って爆発させて遊んでたもんや。親父の代やと焼けた兵器工廠が爆撃されたあとに屑拾いがわんさか沸いて落ちてるモン根こそぎ拾いまくったらしいしな。戦争が終わった後には宝の山があるもんなんや』
「相変わらず社長の思い出話は面白ぇや。でも空振りに終わってないってのは理解してもらえたかい?」
『ああ、悪ぅはないわ。当てにしてたモンがのうなったのは激痛やけどな、プランBがあるなら最悪ではないわな』
「じゃあもう切るぜ。ここまで遠いと魔力消費も大きいから長電話もしたくねえからさ」
『ちょっと待ってくれ。一つだけ可能なら頼んどきたいねんけども』
「なんです?難しいのはごめんですぜ」
『鉄に関してやけどな、さすがに鉄くずを精錬して鋼鉄にするのは設備も掛かるしこっちにはノウハウもない。そっちの生き残りでその筋の職人がおったら確保してくれへんか?人間だけで……いや待った燃料もや、魔力やと鉄を融かすカロリーが足らんからコークスも調達してくれ』
「社長、簡単に言ってくれるなぁ。だがおいらも調達に関してはプロだ。何とかしてみせらぁ」
『よっしゃ!ほなな!』
彼は通話を切った。なお電話と称してはいるが、見た目はほぼ無線機である。
彼、コウイチ・シブカワは電話機から魔力電池を取り外してメモリを確認した。
「予想はしていたがえらい減りようじゃねぇか。通話で五十も減るとかやってられねえな」
一般的にこの世界の電話では通信距離に比例して魔力を消費する。通常なら五くらいしか減らないので、今回のケースはかなり消耗が激しい。
「コウイチさん、電話は終わりましたか?」
そこに、黒衣でユダヤ教徒の象徴と言える帽子をかぶった男性が近づいてきた。
「ダヴィッドさん、終わりましたとも。スポンサーとの話はなんとかなりそうですよ」
彼はそう返答した。先ほどと違い標準語の英語で会話をしているので、口調はやや丁寧だ。相手が同じ日本人だと彼は東京下町言葉になる。
「相手は同じ日本の方だったのですね。いつもと違って特徴的なイントネーションでお話しになるのを興味深く見ていました」
「これはお恥ずかしい。みっともないところを」
「とんでもありませんよ。私の血筋は“命のビザ”で救われたのですから。日本に対しては大いなる感謝と敬愛を抱いております」
彼、ダヴィッド・ローゼンベルクはドイツ系ユダヤ人だ。前世の先祖がナチスドイツから脱出する際に日本から発給されたビザで逃げ延びた経緯があり、それ以来一族は日本に多大な感謝を受け継いでいる。
「ダヴィッドさん。お取り込み中かと思いますが、さっきのスポンサーからのたってのお願いがありましてね、聞いていただけますか?」
「ええ!日本人のあなたに感謝を返せるならこれ以上の喜びはない。私にできることならば」
「そう言って下さると正直助かる。相談なのですが、ノヴィ・ソユーズでの生存者の中で工業関係に携わっていた人はいませんでしたか?」
「うーん……これはまた難問ですね。ご期待に添えるかどうか解りませんが」
彼は生き残りの人が静養しているテントを見やった。そこでは美しい歌声を響かせている年配の女性がいる。コウイチはそれが気になった。
「あの女性はどなたですか?」
「あのお方は聖王国から同行していただいている治癒魔法の使い手さんです。ああやって歌うことで魔法を発動させているんです。彼女の力のおかげでかなり皆さん回復されています。正直、あの方がいなかったら生き残れる人はもっと少なかったと思われます」
コウイチは、その歌声に何か聞き覚えがある気がした。というか……
「あの人、日本人ですか?」
「やはり同郷の方だとすぐ気づかれますね。その通り、彼女は日本で子ども向けの歌手をされていたそうです。その道ではかなり高名な方らしく、名前は知らないけれど歌は聴いたことがあるとの方が結構いらっしゃいますよ。前世ではガンで闘病されていながらも苦痛に耐えながら最期までステージに立ち続けて力尽きたそうで」
なるほど。コウイチは子どもの頃に聴いた童謡を思い出した。顔には見覚えがないが歌声は大変なじみ深い。
日本の自然を、豊かな風景を歌う女性。情感に訴えてくるその歌声は、彼の心も癒やしてくれているようだった。
せっかくの機会だ。これほど心を揺さぶられる場面に居合わせていながらそれをふいにする手など無い。社長には悪いが、もう少し楽しませてもらおう。そうコウイチは思うのだった。
ダヴィッドは、ふいに何かを思いついたようだ。
「コウイチ、道が拓けるかもしれません」
「何か良いアイデアでも?」
「ここに保護されている方で、実家に戻られた人がいます。その方が言うには近くの炭鉱側の集落で家族が暮らしていて、一刻も早く自分の無事を知らせたいと仰っておられました。そこへ行けば何かつかめるかも」
それを聞いてコウイチは神の啓示を受けた気分になった。そうだ!大都市が災害で滅んだとて、周辺の集落が無事ならそこに人がいるじゃないか。なるほど、跡地に屑拾いに来ている人間もそこから来ている可能性もあるな。しかも炭鉱があるという。ならば鉄鉱石の採掘もやっていておかしくない。あれだけの鉄鋼の生産をしていたノヴィ・ソユーズなのだから採掘にも大いに力を入れているだろう。現地を見てみなければ確証はないが、粗鋼生産設備くらいは残っているかもしれない。
「ありがとうございます。確かに道は拓けますよ」
「やぁ、明るい顔になりましたね。何よりです。あなたに幸運がありますように。もし改宗されるならいつでも相談に乗りますよ」
「あー、ありがとう、考えておきます」
コウイチはユダヤ教が戒律にうるさい宗教だというのを思い出し苦笑した。
……
「みんなー!話をするから集まってくれ-!」
電話の通話を終えたノリヒロ社長は大声で工員たちを呼び集めた。彼は共通語である英語がまだカタコトなので声はでかいがたどたどしい。
「あー、唐突に作業が止まって不安に思ってることだと思う-!誠に申し訳ない-!今から詳しい説明とこれからの方針を言うから聞いてくれ-!」
一同は社長に注目している。
「最初に-!鉄と石油の供給が止まったことが確定になったー!よって資材が最低でも数ヶ月は来ない-!」
「あー、だから業務は在庫だけで回さないといけないー!今の在庫もそこまで余裕はないので-、大柄な物は生産できなくなると思って欲しい-!」
「ベアリングなどの小物で高付加のような物品の生産がしばらくはメインとなる-!みんなもそのつもりでシフトを組んで欲しい-!」
「とはいうもののー、これを放置してたら長くは持たないので-、現在現地にて新たな生産設備の調達と再開発に入ってもらってるー!当初の予想よりは悪くはないようだがー、それでも施設の建設からになるから時間は掛かる-!」
「えー、それもあってここから現地に応援要員を送ることになった-!移動は長いしいつまで出張が長引くかも分からないがー、悪いようにはしないから手伝ってくれる人は申し出て欲しい-!」
「当然ながらワシも現地に行くことになる-!ここはしばらく留守になるから、ここの運営は残る者に任せることになるー!判断が難しい状況になったら電話でワシに聞いてくれればいいからー!」
「これから半年から一年、高井田製作所は厳しい時期となる-!みんなにも苦労を掛ける-!でもこれを乗り越えてワシらはもっと強くなる-!仲間同士助け合って乗り切ろう-!」
最初は不安の色が浮かんでいた工員たちの眼に光がともり、らんらんと輝きだした。みな、社長の情熱に共感して入社してきた者たちだ。彼のアジテーションに気合いが高まっているようだ。
「やるぞー!エイエイオー!」
拳を突き上げる社長の掛け声に工員たちが共鳴して腕を突き上げた。彼らは日本語の掛け声は理解できなかったが熱い気持ちは充分に伝わっていた。




