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不死の魔女-増長した人類に鉄槌を下し分からせる絶対不敗の存在-  作者: 手の遅いエリオット


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第二十一話

カツウラの入り口が見えてきたところで、空を飛んでいた魔女は一旦地上に降りてきた。

自然に越虚は魔女の足元に跪く。


「ここより先、私は姿を変化させる」

「はい」


そう言うと魔女は光に包まれる。その光が形を失い、越虚が地面に置いていた錫杖の遊輪の隣で新たな金属の輪に変化する。そのまま一本だった遊輪の横に新たな一本が追加され、遊輪は二本となった。


「私はこれよりこの形でお前と共にある。安心するが良い」


越虚は錫杖を取り上げた。遊輪がぶつかり、シャリーンと乾いた金属音が鳴り響く。今までは一本だったのであまり音が鳴らなかったが、二本になったことでシャリンシャリンと動きに合わせてぶつかり、軽やかな音が鳴るようになった。


「……魔女殿、お体に傷などございませんか?」

「馬鹿を言うな。私に傷を付けおおせた者など今までおらぬ。気にせず今まで通り扱うように」


彼は錫杖を両手に持ち、恭しく持ち上げた。


「承知致しました。謹んで使わせていただきます」


越虚の心に魔女が直接言葉を送り込んでくる」


『物が言葉を話すわけにもいかぬから、以後は心の裡に呼びかける。お前も心にて思えば私に通じるから、そのようにせよ』

「はい、承知しました。そのように」


魔女はそのまま本体意識をアイビーへと移し戻した。

越虚は右手に錫杖を持ち、カツウラの入り口へと独り歩を進めていった。


やがてカツウラの街の入り口に近づく。

そこにはアイビーが立っていた。


「こんちは。カツウラへようこそ。歓迎するよ」


越虚は恭しく頭を下げた。


『これも私だ。ここでは気さくな態度をしているのでそういう物だと理解せよ。またお前とこの姿による私は初対面であるので対応を間違えぬよう』


越虚は目の動きで理解したと伝える。潜伏先で言葉遣いを変化させるのは彼もよくやるので、理解は早い。


『お前とは別の街にて知り合いであったと説明することにする。随時心の会話で補足もするのでうまく話を合わせよ』

『承知致しました』


アイビーはいつものように軽やかな足取りで先を歩いて行く。越虚はその後ろを付いて進んでいった。


越虚はあちこちの街を調査して回っている。だからそれぞれの街の繁栄の程度も気になる。

彼から見たカツウラは、建築物こそ簡素なものであったが、歩く人々の顔や人の多さは他の街よりも活気があるように映った。


「ここは良い街ですな」

「そうかい?ここはあたしにとってもお気に入りなんだ。あんたも気に入ってくれるとうれしいな。なんだったら長く逗留してくれても構わないよ?」

「私は流れ者ですので、長居は致しません。ただしばらくは楽しんで参ると致しましょう」


そこに通りがかったのはデイジーとマルティエッタだ。二人は店の仕込みに必要なものが入った大きな買い物袋を抱えていた。

なお彼女らには当然のように魔女の分身がくっついているので、アイビーは接近する前からそれを察知している。

先にアイビーが声を掛けた。


「やぁ、えらく大荷物だね」

「はい。楽しみにしてたイベントですので色々奮発したらこんなになってしまいまして」

「やほー。重たいんだけどいくつか持ってくれない?」

「ドローンを呼ぶには時間が掛かるし、私は非力だから持てないよ」

「んだよぉ、薄情者ぉ」


いつものように屈託の無い会話を交わす彼女たち。


「では私が手伝いましょう。どれをお持ちすればよろしいですかな?」


越虚がデイジーに話しかけた。


「あれ、新顔さんだね。アイビーの知り合い?」

「彼は越虚といって昔知り合ったえらいお坊さんだよ」

「エツキ…ョ?聞き慣れない名前だね」

「私の名前は修行に入った際に戴いた修験名ですよ、後から名乗る名前です」

「ふーん。色々あるもんだねぇ。あ、こいつ持ってくれる?」

「女将さん、一番重いのを渡してる……ちゃっかりしてるなぁ」


彼の姿は一見すると顔に皺の多い年配の男性ではあるが、反面体躯や身のこなしからは精悍な男性のようにも見えて、謎の多い年齢不詳と言った身姿である。あまり見ないタイプであるため、デイジーはやや興味深く彼を観察していた。だが初対面の相手にも積極的に会話を交わし、その人物像を探ろうとするのも彼女特有のやり方だ。


一行はそのまま光遙亭に向けて歩き出した。


「デイジー、これって例の子ども向けイベントのやつ?」

「そだよー。いつもと違ってお子様向けのメニューにしなきゃいけないからね。でもそういう献立を考えるのも楽しいしね、私も子どもたちの笑顔を見たいから張り切っちゃうよ」


カツウラの住人の中で、最近小さな子どもたちが増えてきた。

この世界では前世持ちの転生が多く目立つことから他の国では子どもが暮らしにくいとは言えないが、ここは比較的家族連れで暮らしやすい雰囲気があるので、移住希望者が多いのである。魔力の流通がありながらそれに頼らなくてもある程度自給自足できている経済状況であるのも魅力になっているようだ。

なかでも最近聖王国から引っ越してきた家族の暮らしぶりがやや思わしくなく、両親が慣れない肉体労働に従事している最中に幼い子どもが家で留守番していることをひょんな事からデイジーが耳にした。そこで光遙亭側が持ち出しのイベントとして子どもたちへの無償の食事会を催すことになったのである。最初はその子一人だけだったが、回数を重ねるにつれ人数も増え、今では五人がやってくる。


買い物袋の中身を見て越虚が感慨深げにつぶやく。

「おお、色とりどりの果物がありますなぁ」

「子どもたちは果物が大好きだからね、ありったけ買ってきちゃった」


果物は越虚にとっては思い入れが深いものだった。かつての魔女との生活で様々な原種の果実を見つけてきては持ち込んだのが彼だったからだ。樹木に生る果実は生育まで時間か掛かることもあり、改良までとても時間の要する作業となった。それだけにこうやってみずみずしい果物となって市場に流通していることが彼にとっては嬉しい。


光遙亭に着いてから彼らはイベントの準備を始めた。越虚もテーブルを移動させたり床をほうきで掃いたりと、何くれとなくかいがいしく手伝っている。アイビーは寝っ転がって居眠りをしていた。


「アイちゃんさぁ、そこで場所取ってると邪魔なんだけど!寝るなら二階のベッドで寝てて!」

「うぃー」


ついにデイジーがかんしゃくを爆発させてしまった。


ごちそうがテーブルに並び、準備が整ってきたところで子どもたちがやって来た。セルジオとマサヨシが引率してきている。


「はーい、到着っすー」

「こらこら、慌てるなって!走ると危ないから!……と思えばこっちの子はじっとしてるな。ほら、怖くないから入っておいで」


落ち着きの無い少年はそこら中を走り回っている。反面一番背の低い少女は入り口から中に入ろうとしない。あまりに動こうとしないからセルジオが胸に抱えて連れてきた。知らない男性に抱えられたら嫌がって逃げると思いきや、その子は抱えられるままおとなしい。


「アニキはさすがに女の子の扱いは慣れたもんすねー」

「おい、聞こえの悪い言い方はやめろよ」


越虚は慈愛を込めた瞳で少女を眺め、頭を撫でた。

するとその子が彼を見つめてこう言った。


「えつ……きょ……様?」


思いもしなかった相手から名前を呼ばれ、彼は細い目を見開いてたじろいだ。


「え?なんすか?知り合いすか?」

マサヨシがなにげなく口にする。


越虚はすぐに表情を戻し、再び撫でる手を動かした。


「そうだよ、越虚だ。お嬢さんの名前は何というのかな?」


「……トモコ」


「おお、君のご両親と私はおそらく同郷だな。うんうん」


越虚は目を細め、トモコの顔に自らの顔を近づけてつぶやいた。


「そうか、もしや聖王国でご家族は馴染めなかったのかもしれないな。だとすれば私にも責任がある。すまなかった」


セルジオはそのやりとりで察した。


「あんたは聖王国の人間なのか?」


越虚は少女を抱えたセルジオに顔を向け、表情を硬くしつつもセルジオに対して頭を下げた。


「そうです。過分だが枢機卿を務めております。とはいうものの請われて身分を得た身であるし、任務をろくにこなさずあちこちを流浪しておりますが」

「俺のイメージとは随分かけ離れてるな。トーキョーに布教に来てた奴はいかにも聖職者ぽい衣装を身にまとった高慢な男だったがな」

「聖王国の人間はそちらの方が主流ですよ。私が特殊なのです」


「ちょっとー、通してくれないかなぁ?」


気づくと一行の後ろにアイラが立っていた。手には様々な海産物を抱えている。


「結構色々持ってきてるから身動き取れないんだよ。話をするなら中に入ってくんない?」


それを聞いて一行は光遙亭の中に入っていった。


テーブルの上にはおいしそうな料理が既に並んでいた。


「アイラ-、待ってたよ!それ、そのままこっちに持ってきて-!」

「はいよー!」


厨房にいるデイジーに声を掛けられ、アイラは荷物を抱えたまま奥へと消えていった。


「アイラさん、だいぶお腹が目立ってきたっすねー」

「ああ、だから最近は船にも乗ってないもんな。俺たちが手伝いに行ったら別の意味で大変だった」

「ねー。海岸からの指示でラフォが船を動かしてますけど、水揚げ量がいつもの半分以下なのにあちこち船が動き回るもんだからいつも以上に疲れるっすよー」


ラフォとは年配の副船頭だ。いつもはアイラのサポートに徹していたが、アイラが身重になったところで船の操縦を一時的に担っている。アイラの眼が船上にないものだから、海岸にいるアイラからの大声で船を動かし網を入れているが、これがうまくいっていない。


「だってさー!こっちが指示を出してから船が動くの遅いんだもーん!うまくいかないしあれこれ言ってるこっちもストレスたまるよ-!」


アイラが厨房から顔を突き出しツッコミを入れてきた。


「やれやれ、地獄耳だな」


セルジオが首をすくめた。


「じごくみみってなあにー?」


子どもの一人がセルジオに尋ねてくる。


「おみみがよく聞こえるねーって意味っすよお」


マサヨシがその子の頭を撫でながら代わりに答えた。


「そこ!余計なこと吹き込まない!」


今度はデイジーが顔を出して怒鳴ってきた。


「うへぇ、こっちも地獄耳だぜ」


セルジオが頭をひっかきながら愚痴った。


……


アイラの持ってきた魚がさらに調理されてテーブルの料理が所狭しと並んでいる。

マルティエッタが昼寝をしていたアイビーを起こしてきて、全員が食卓を囲む形で座る。


聖王国の枢機卿である越虚が西洋式のお祈りを述べ、一同もそれに続く。


「天にまします我らが神よ、今日も我々に恵みをお与え下さり感謝致します。我らに愛と祝福が共に永く続きますように」


一同は彼の言葉を復唱し、神に祈りを捧げた。


……テーブルから離れ壁に立てかけていた錫杖の遊輪が鈍く光る。


『これがお前の崇拝している神への言葉なのか?』

『正直に申し上げますと形だけでございます。本来でありますれば最後に神の御名を添えて祈るところでございますが、私は自然の数多の神に寄与しておりますから、そこは省かせていただきました』

『ふむ、なかなか面倒なことだな』


魔女は彼の置かれている微妙な立場を少し理解したようだった。


テーブルでは大人の間に子どもが座って挟むような席順になっている。

「ああほら、慌てなくて大丈夫っすよ。喉につっかえないよう気をつけて」

「これ、おいしいね!こんなの初めて食べたぁ!」

「ほんとねー、うちの魚のいいとこ全部引き出してるような料理だもん、デイジーはまた腕を上げたね-」

「あたしは色んな国の人との交流があるからね、そこの地元の料理法とかも聞いて自分なりに工夫もしてたりするんだ。なかなかだろ?」


子どもの一人は両親ともに前世持ちの血が流れていない生粋の現地人だった。なので家族揃って魔力を持っていない。

今の時代、魔力を持っていない人たちは生まれながらに貧困から抜け出せない宿命と共にあるようなものだ。そして魔力を持たない人は婚姻相手としても忌避される傾向があった。魔力を持たない血筋が家系に入れば将来の子孫が損をすることになると信じられているせいである。

アイビーもデイジーも、そういう人たちを陰から応援して支える事が多かった。この食事会もその一環である。


おいしい食事を囲んでみんなが笑顔になる。アイビーはその光景を眼を細めてにこやかに笑って見つめていた。

それに越虚が気づく。


『子どもの笑顔というものは良いものでございますな』

『ああ。人間は寿命が短いけれども、こうやって文化を代々引き継いでいるんだ』

『さようですな、受け継ぎつつ善き人々が増え続けていく、それこそが人間社会の将来を形作っていくのです』


死ねない魔女。寿命の長い僧侶。

人としての枠を越えた二人が、子どもたちの笑顔を佇んで見守っていた。

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