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不死の魔女-増長した人類に鉄槌を下し分からせる絶対不敗の存在-  作者: 手の遅いエリオット


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第十九話

アイビーは例によって暇そうにカツウラの海岸を眺めていた。デイジーは光遙亭で観光に訪れた団体客の接客に大忙しだ。


「アイちゃーーーーん!!手伝ってえええええ!」

「私に何を手伝わせるってのよ。役に立てる事なんてないよ?」


恨めしそうな表情をするデイジーからの視線をかわし、街外れの海岸までやって来たというわけだ。


もちろん、魔女のやることに人間の常識は通用しない。


魔女の本体として活動をしている彼女は、分身からの情報共有を受けていた。例によって大量の分身が本体の周囲に浮かんでいる。


主に確認するのはトーキョーのことだ。

うまい具合にノヴィ・ソユーズの生き残りを誘導してトーキョーに住まわせ、活動拠点を設置できたので細かな情報が取りやすくなった。姉のマーシャに街中を歩かせて色々と見て回らせているので、魔女だけでは把握しきれない事柄も得やすくなっている。平行して彼女が持っていた固有魔法についても解析中だ。唯一魔女の隠蔽を見通せる力。放置はできない一方で解析すれば新たな魔法への道も開ける。久々に魔女の知らない魔法が手に入りそうであった。

姉の情報によれば街の区画により物価が異なっているとか、貧富の差が明確になっていることに加えて貧民が立ち入れない区画もあるという。特に最近になって特別区画が設置され、トーキョーの行政の手が及ばない地域までできたらしい。そこの情報はまだ取れていないので、隠蔽を掛けた魔女を何体か配置して探ることにする。これらの情報は魔女だけでは気づかなかった。総合すると貧富の差の拡大に伴い貧困者を中心に不満が拡大しているらしい。だがこれはトーキョーでなんとかするべき問題であり、魔女が関与する話ではない。それが制御不能になって世界に影響を及ぼすまでは静観だ。

それとなくセルジオとマサヨシにも聞き取りを行っていたので、彼らが去った後の警察の質が低下しているらしいのも窺えた。彼らは現場において存在感が大きかったらしい。セルジオは現場の効率に、マサヨシは現場の雰囲気作りにそれぞれ寄与していたようだ。彼ら二人が抜けただけで、トーキョーの警察組織に悪い方への変革が生じていると推察される。

カツウラの状況は人口の推移を含めそこまで変わっていない。盗賊団などが時たま近寄っては来ているが、接近前に巡回している分身が察知し焼き尽くしている。敢えて生き残りを帰らせて情報を持ち帰らせることもできるが、ここでは全滅させて痕跡も残さず消し去っている。そういう良からぬ事を企む連中はいくらでも沸いてくるし、教訓を渡してもそれを生かし切れない知能の低い者が多いようだから、手加減するより焼き尽くした方が手間がない。魔女は善良な人間には非常に親身に接するが、そうでない者には過酷に接することが多い。悪人を取り除くのは雑草をむしるのと同じ感覚だ。


上空にいる分身から伝達。最近カツウラ近郊で晴天続きにより気温が高めで、やや空気が乾燥しているので湿度を高めてはどうかとの意見具申だ。

それを受けてカツウラ周辺にいる分身に指令を飛ばす。住民の健康状態、及び農作物の生育状況を調べよ。

ほどなくして返答が帰ってきた。住民の数人に空気の乾燥に起因すると思われる体調不良が認められる。作物にも若干乾燥による生育不良があるようだ。ここ数週間の降水量がやや少なく、ため池の水位も下がり気味だ。

情報を精査した魔女は分身にさらなる指令を飛ばした。カツウラ西部の海で湿度を上げよ。

ここからの行いが人間の常識を越えるものだった。


まず分身の十数体が海水に自身を突っ込ませる。魔女は空気がなくても活動可能なので水中でも水の抵抗以外の支障を受けない。

そこで高熱魔法を発生させる。分身の周囲が一気に加熱されていく。一気に水分が気化して海上に蒸気が発生した。その一部だけボコボコと泡立ち湯気の陽炎も発生している。

それを近辺で観測している分身が一時的にサブへと昇格し、周辺の分身に状況を知らせた。少々蒸気の発生が多すぎるようなので火力を下げるように。

それに伴い海中の分身が魔法出力を下げた。蒸気の泡が減り、発生した泡が海面へ届く前に小さくなり消えていくようになった。だが海面には湯気が若干立ち上っている状態が続いている。

それらの状況を受け取った魔女は、その場にいる分身たちにもうしばらくそれを続行するように命じた。

すぐに効果は出ないだろうがこれで湿度が上昇して降雨も増えるだろう。やり過ぎると周辺気温の上昇に拍車を掛けるので、環境からのフィードバックも心がける。


そこに近づいている人影を察知した。一旦情報共有は停止してアイビーの人格に戻る。

近寄っていたのは最近引っ越してきた家族だった。張り付いていた分身の情報では、どこかの宗教国家から抜け出してこちらに来たという。こちらに近づく様子がないので再び魔女の人格に戻す。


宗教……魔女にとっては面倒な過去を思い起こさせる。試しに力を誇示して人間たちに崇められる存在になってみたのだが、何故かそこから権力争いに巻き込まれた。しかもそれなりに時間を掛けて組織を育成して、使える人材も多かったことから切り捨てるのが惜しくなったところだったので安易に終わらせるわけにも行かなかったのだ。

とはいえ、最終的にどうしようもなくなり収拾がつかなくなったため百年後に全員燃やし尽くして跡形もなく塵にして消し飛ばしたのだが。もうあんな面倒なのはこりごりだ。やはり親しい人間は最小限にして身軽でいる方が気楽で良い。


楽しげに風景を堪能している両親と少年の家族三人。人間はこうやって小さな幸せを噛みしめて淡々と生きているのが一番幸せそうに見える。きっと、高望みしたり成り上がろうとする欲が人をおかしくさせるのだろう。

魔女は今までの試行錯誤の末にカツウラをそういう人間が集まるようなところとして誘導を行ってきた。その企みもかなり結実してきているように思える。子供が増えるというのも魔女にとっては好ましい。良い環境で子供が成長するのは実に微笑ましいことだった。

さきほどサブに昇格させた分身に環境整備の権限を渡して魔女本体は再びアイビーに戻った。

家族連れに笑顔で手を振りつつ軽い足取りで彼女は戻っていく。……光遙亭はしばらく多忙なようなので太陽が沈む頃までもう少し時間を潰そう、そう思いながら。


……ところは変わって。


穏やかな午後。セルジオはカツウラの街中を散策していた。当たり前のように隣にはマサヨシがくっついている。


「ねーねーアニキ。何か食いましょうよ。腹が減ってきたっすよ」

「そうだな。この辺の屋台で何かつまむとするか」


ここは海産物と農産物の街だ。だからそれらの新鮮素材をシンプルに焼いて出す屋台が並んで出ている。周囲には椅子とテーブルも置かれていて、さながらフードコートのようだ。見ようによってはビュッフェのカフェにも似ている光景だ。

屋台で目立っていたのは貝類を売る店だった。アイリのような船で漁をする漁師以外に沿岸で貝や海藻を拾ってきて売る人間もいる。そういうのは市場に出回るほど多量にさばけないのでこうやって屋台で調理されて食べられるのが主流だった。なお干し貝柱として加工されて高級食材として珍重されるものもある。


二人は魚介出汁のブイヤベースに鉄板焼きの魚とホタテ、アサリのパスタを手にしてテーブルで食べ始めた。三品ともなると結構なボリュームだ。

どれも塩味をベースにしたシンプルな味付けだが、新鮮な食材だから手を掛けなくても充分にうまい。アクセントに使われている香草が更に食欲をくすぐる。

二人は食べている間は無言になり、一心不乱に頬張っていた。


「ふぃ~、食った食った」

「ここのは時々来るが、やはりうまいなぁ。光遙亭で食べるのもいいが、こっちも捨てがたい」

「あそこ、今日はえらく忙しかったですもんね」

「ここは眺めも良いし、観光にも人気らしいぞ。カツウラに大型ドローンがあんなに詰めかけてるのはなかなか見ないよな」


食べ終わった二人が食後の会話を楽しんでいると、どこかから子供の泣き声が聞こえてきた。

警官としての職業本能で二人は立ち上がり慌てて周囲を見渡す。


すると数十メートルほど離れた場所で子供がわんわんと泣いていた。

セルジオとマサヨシはすぐにそこに駆けつける。


「おい、どうした?迷子か?」

「たぶんそうすね」

「よーしよし。心配しなくて良いぞ。坊や、名前はなんて言うんだ?」

「……マテオ」

「おお、そうか。マテオは両親とはぐれたのか?」

「……ママがいなくなっちゃったの」

「そうかそうか。俺たちが捜してきてやるよ。マテオはここでじっとして待ってような」

「……うん」

「じゃあマサヨシ、俺がこの子の面倒を見てるから、お前は親御さんがいないか見てきてくれ」

「……俺が見てますからアニキが捜してきてもらっていいすか?」


違和感を感じるセルジオ。だがそれはそれで構わない。


「わかった。じゃあ頼むな」

「了解っす!」


マサヨシにはまだ、トーキョーで魔力配布の際にやらかした記憶がトラウマとなって残っているようだった。不特定多数の市民に対して呼びかけを行う行為は、どうしてもあの日の光景がフラッシュバックしてしまうようだ。子供の家族を捜す、それだけであるのにどうしても怖じ気づいてしまった。肉体を傷つけられた体験とセットになると、こういうものはなかなか癒えないものである。


「この辺で子どもとはぐれた方はいませんかー?マテオのお母さんはいませんかー?」


呼びかけを続け走り回るセルジオ。その一方でマサヨシのささいな違和感に心の隅で考えていた。まだ何か引きずってるんだろうな。


「どうすか?気分は落ち着いたっすか?」

「うん」

「そりゃいいや。アニキはすげえからよ、すぐに母ちゃん見つけてくれるよ。良い子で待ってような」


まだぐずっている子どもに言いながらマサヨシは自分の心を落ち着けようと胸に下げたペンダントを思わず握りしめる。何か心の支えが欲しいときに彼が無意識に良く行うおまじないだった。

……そのペンダントは、魔女の分身が擬態したものである。


あれからずっと、その分身はペンダントとしてマサヨシと共にあった。彼の胸元で彼の暮らしを、言動を、行動を観察していた。


いつしか魔女としての共有記憶から遠い昔の思い出がよみがえる。

あれはまだ魔女が分身をうまく生かし切れなかった時代。情報統合を行えずそれぞれが人格を持っていた頃だ。

魔女の分身が平行して存在していたことからそれぞれが別の人間に入れ込んでしまい、最終的には人間の勢力争いに加担して魔女同士が骨肉の争いを行うまでに発展してしまった。結果として人間が非常に少なくなるまで死んでしまい、魔女もそれが原因で過去の記憶の多くを失ってしまった。

その時の頭目の一人がマサヨシのように気の良い朗らかな男だったのだ。誰にでも好かれて全員から話を聞いて共通項を探してまとめようとする度量の深さ。誰かのために生きようとし、誰かを助けるためなら自らが傷つくのをいとわない。だが彼自身に明確な判断力が欠落しており誰かの意見にすぐ乗ってしまうことから集団を正しく導く能力を持ち合わせていなかった。

それ以後、魔女は分身に対して勝手な行動を禁じた。制御できない分身は容赦なく廃棄処分とするようになった。情報共有を緊密に行い、意見具申も頻繁に受けるようになった。


魔女は、基本的に善き人を大事にする。共にいて心地よいからだ。だが人はすぐに寿命が絶えてしまう。そして次の世代が同じように善き人である保証はない。悪しき心の持ち主であることの方が魔女の体感的に多かったようにも思う。だからこそ環境で人の善性を増やすように仕向けてきたのだ。それの行き着いたのがカツウラであった。

その想いはペンダントに偽装している分身にも当然受け継がれていた。


この分身は本体から遠く離れた関係にある。一般的に魔女の分身は本体から近しいものから生み出されたものが関係が深くなり、世代をまたぐと遠くなる。なので基本原理として重要な仕事は本体かサブを任されている世代からできた分身に行わされることが多かった。

だが、ペンダントの分身はかなり世代が遠い分身から緊急的に生み出された経緯があり、その上でなし崩し的に特殊な任務に就いたものだから基本原則から離れた存在であった。

もちろん、本体からの指令は届いている。何かあれば情報共有も行われる。ハンドリングは効いている格好だ。しかし本体側から遠いことから情報伝達も遅く、意識に昇りにくいことも手伝って行動に制限が掛かりにくい状態にあった。管轄のサブも明確に割り当てられていない。本来はトーキョーにいるべき分身だったからだ。役割としてカツウラに戻ってしまったので指示系統が確定していない。


かくして、ペンダントの分身は本体からやや離れた存在になりつつあった。人格も独自なものを獲得しようとしていた。

マサヨシに対して庇護欲を持ちつつあり、魔女全体の行動原理から逸脱しつつあった。いわばまだセキュリティーリスクがそこに残っている証左でもあった。これはまだ魔女本体に伝わってはいない。


マサヨシのところに女性を連れたセルジオが戻ってくる。

小走りで駆けながらマサヨシに手を振っている。


「ね?アニキは頼りになるんすよ。良かったっすね」


笑顔になった子どもに嬉しそうに話しかけるマサヨシ。それを見てペンダントの分身もつられて喜んでいた。

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