第一話
「はいまいどぉ!じゃあお代よろしくね!」
屋台の店主が串を片手にしながら魔力電池を取り出してきた。
……今回、魔女は人間たちの様子をうかがうため、街にやってきていた。
彼女は生きるための栄養は必要としていないので空腹にはならない。だが消化器官はあるので食べ物を摂取して消化することはできる。味覚もあるし、娯楽の目的で美味しいものを食べるのは大好きだ。
今魔女がいるのは彼らが新たに都市を造成してそこに設立した国家、『トーキョー』。ここ十数年で一気に規模を拡大して一方的に国家樹立を宣言した場所である。人口は既に50万人を突破しているようだ。
魔女は普段は成人女性としての姿をしていたが、今回は人間たちの根源的な性格を利用するため幼い女児の姿を取っていた。
ある程度の情報は取得していたが、実際に庶民がどのような生活をしているか、確認するために屋台の肉串を買い求めたのである。
魔女は差し出された魔力電池に幼い身体の手を伸ばした。そして加減を間違えないように魔力を限界まで絞って電池の下の金属部に震える指を伸ばす。指先につけた水を狙いを定めて狭い器に一滴だけ、可能な限り少なく落とすイメージ。
「あら、自前の魔力かい?でも辛そうだね、払える?」
店主が気遣って声をかける。どうやら『電池を持たない子供が乏しい魔力を振り絞って対価を支払っている』ように見えたらしい。それはそれで好都合。弱々しく見えた方が人間は油断し警戒しないものだ。そういう対応をしてもらえるように彼女は今の偽装をしているのだ。
魔力を出し過ぎないように、普通の人間が出すようにほんのりと。五段目の十等分された目盛り1つの魔力を受け渡すことに成功した。気を抜くと魔力を出し過ぎて電池をフル充電にしてしまい騒動になる。何度もやらかしているから成功してほっと一息。
電池の目盛りは十等分されたゲージが五段に並んでいる。下のゲージが全て埋まれば上のゲージ一つの目盛りが点灯する仕組みだ。魔女にかかれば電池全てを点灯させる魔力を注ぐ方が極めて楽だ。こういう極小の魔力を出すのはとても神経を使う。
ちなみに電池同士であれば目盛りを指定して受け渡しが可能なことから利便性はさらに高い。電池を三段目程度まで充電したら標準的な家族が一ヶ月遊んで暮らせる程度の価値になる。全て充電したら一年以上豪遊可能とも言われているが、そこまで貯める事例は滅多にない。
ゲージ一つに満たない金銭の授受は昔使われていた硬貨が使われていたりする。しかしこちらは価値が定まらないことも多くてトラブルも多い。
「うん、これでいいよ。またね!」
電池の目盛りを確認した店主が勘違いをしたまま頭をなでてきた。今は小さな身体で来ているから相手がそういう行動で来るのも想定済み。むしろそうされるだろうと思っていたのでニコニコしてなでてもらう。端から見れば電池を持たせてもらえない子供が親の目を盗んで買い食いに来たと思われているだろう。一般的にはお使いで電池を持たせてもらって買い物をするのもあまり見かけない。何しろ電池そのものも高価であり、電池を失うのは家庭の稼ぎをまるごと無くしてしまうのと同義であるので。
……それにしても最近の人間たちの仕組みは都合が良くなったものだ。驚いたことに魔力が経済の根幹となっている。こうやって魔力をほんの少し分けてあげればなんでも望みの物が手に入るのだ。つい最近(魔女の体感時間は数十年が一瞬)までは金属の硬貨を使っていたのに。
あれを手に入れるのは面倒だった。人間たちのなかで仕事をして対価をもらわなければお金が手に入らない。だが人間と関係を築きたくない魔女にとってはそれが一番難しかった。結局分身を一体犠牲にして男に呉れてやって欲求のはけ口になった方が楽だから、数年に一度は文字通り身体を売っていた。慣れてしまえば別にどうと言うこともないし、ひどい扱いを受けたら相手を焼き殺して滅してしまえばいいだけだから特に問題もない。ついでに使い捨ての分身も周囲を巻き込んで自滅すれば証拠も残らないし面倒もない。これはどうやっても死なない魔女ならではの方法だった。
だが今はどうだ。どれだけ使っても一切底が見えない無尽蔵の魔力でいいのだ。こんないい方法が出てくるとは本当にありがたい。とはいえ魔力を持ちすぎているのがバレてしまうとそれはそれで面倒なので受け渡しに気を遣う。しかし分身を使い潰すよりリスクも少ないのでやはりありがたかった。
魔女も魔力電池は持っている。だが無数の分身に一つずつ電池を携帯させるわけにもいかず、こういう細かい受け渡しには電池を使わない取引が必要だった。
ほんのわずかの魔力と引き換えに屋台で買った肉の串を頬張りながら魔女は周囲を改めて見る。……うん、やっぱり発展の速度が早くなっている。
魔女は永遠とも思える時間を生きてきている。その時間には常に人間が共にあった。人間はいつも愚かだが面白く、見ていて飽きない。百年程度で死んでしまうから親しい人間関係は基本的に構築しないが、集団としての人間たちを眺めているのは楽しいものだ。人間たちの生活はある程度の振れ幅で発展と衰退を繰り返した。ときには恐ろしく退化したこともある。魔女はさりげなく手を貸して、著しい衰退はしないように助けてあげていたから文明がなくなるまでの衰退はしてこなかった。むしろ厄介なのは発展しすぎ。今のように。
人間たちは魔女の存在をほぼ意識していない。昔話で思い上がった人類を神様が怒って天罰を下す、そういう恐怖の物語は伝わっている。だがその恐怖の存在がこうやって幼い身体と共に街をさまよっているとは誰も想像だにしていない。
そういえば、前回はいつ頃だったか?魔女は額にしわを作って記憶を遡る。……うん、四百年くらい前だったか。魔力の使い方に精通したと驕った人間の帝国が世界を支配しようと武力を伸ばしていた。あちこちの都市を占領して、ついには魔女の住む小屋近くまで版図を広げてきたのだ。いちいちやり方が乱暴で目に余ったので、魔女は帝国の最深部の皇室に直に乗り込み、ご自慢の魔道士部隊を力で蹴散らして皇帝を親衛隊ごと一瞬で焼き尽くした。ついでに周辺も見渡す限り焼け野原にした。しばらく人間たちの国家は混乱して文明の水準もかなり下がったが、ある程度魔女が手を貸して魔法技術だけは教えてあげたので衰退はそこそこ食い止められたのだった。
そんな魔女から見ても、ここ最近の文明の上がり方はおかしい。いや、理由はだいたい分かっている。『前世持ち』が増えたからだ。
名前はついていなかったが、過去にも「おそらくこの世界以外の知識や経験を持っている人」がこの世界には現れていた。しかしながらそこまで人数も多くはなかったし持っている知識もさほど著しい高さでも無かったことから問題にはならなかったのだ。ちなみに彼らが話す言語がこっちの世界でも基本となっている。英語と言うらしい。それ以外にも基礎的な科学知識や自然現象に対する造詣は前世持ちの恩恵を預かっている。
それが、ここ百年あまり。魔女にとっては極めて最近の出来事であるが、前世持ちの人数が爆発的に増えたようだ。理由や原理は魔女にも分かっていないのだが、噂などを併せてみても前世持ちの割合が一気に上がっている。この付近はそうでもないが、一部の都市では顕著に増えていて、特にここトーキョーは能動的に前世持ちを集めているようだ。
これは無視できないので、魔女は極めて小さな分身をこしらえて偵察に貼り付けている。だがあまりに文明が進みすぎてあちこち眩しくうるさいので観察ははかどっていない。彼らなりに魔力探知の装置をあちこちに作動させていて怪しい動きをするとすぐ関知されてしまうから、潜ませている分身との情報統合もできていないのが大部分だ。早急に情報を精査しないといけないのだが、これは遅々として進んでいない。
だいたいが、あの連中は騒がしすぎる。何かというと光と音をまき散らしている。見た目も立ち居振る舞いも派手で、自分たちの方が別のところから漂ってきているはずなのに、慎みもなく我が物顔でのさばっている。
ここはまさに前回魔女が滅ぼした帝国のあった土地であり、それまでは天罰を落とされた場所で立ち入ることも畏れていた禁忌の土地として知られていた場所である。そこを彼らは畏れることなくトーキョーとして再開発し、自分たちの技術を注いで見慣れぬ高層建築物を林立させ、前世持ちもそこに集めてきている。
魔力電池も彼らが開発したものだった。目に見えず定量化もできなかった魔力を見える形にして、それを通貨単位にまでして経済の根幹にまでしてしまった。これのせいで彼ら以外が支配していた国家による通貨の発行は形骸化し、世界は魔力を持つ者と持たぬ者の二極化が進んだ。特に魔力を多く使える傾向のある前世持ちが跳梁跋扈する原因ともなり、より一層彼らの傲慢さに拍車をかけている。
魔力電池のシステムはよくできていると魔女も思っている。それこそ計り知れない恩恵も受けている。とはいうもののそれによる人間社会の変貌とゆがみは苦々しい。魔力に優れた者はそれにあぐらをかいて遊んで暮らしており、魔力を使えない者が労役を引き受けることで魔力を対価に得ており、結果として遊んでいる連中の仕事を肩代わりして労働に使われる構図ができあがってしまった。
この世界では古来より魔力とは世界から与えられる恩恵であると考えられている。その大小は個人の資質によってのみ左右されるもので、努力して増やせるものではない。決して身分や立場を決めるものではないはずだ。
しかし、現実として魔力の多寡が人間の生き様を左右している。魔女にとってはそんな人間社会は見たくない。
……そろそろ頃合いか。魔女はそう思う。結局人間は一定期間で教訓を忘れてしまうのだ。強大な力を持っている存在が懲らしめねば種族の存亡の危機に瀕するとは、なんと愚かな存在であろうことか?自分も元はそこから派生したこともあり、魔女は情けなさで一杯になる。
しかし、全てがそういうわけではない。魔女は思い直した。なかには優しく穏やかで思いやりにあふれる者もいるではないか。
目の前にいる屋台の店主もそうだ。こちらをじっと見やり、心配そうな表情を浮かべて……あれ?
「おじょうちゃん、おーい?」
ふと気づくと、拳を握りしめ、せっかく買った肉の串が冷めてしまうくらいに周囲に気を配らず思いに耽っていた現状に我に返った。これはいけない、油断するにもほどがある。
「すいません!ぼうっとしちゃって!ごめんなさい!」
魔女は今の格好に相応な少女っぽい仕草でぺこぺこ頭を下げた。こういうのはあざとくやり過ぎるくらいでちょうどいい。気づかず地が出ていたとしたらこのくらいやらないと中和できないかもしれない。
「だいじょうぶ?なんだか怖い顔になってたけど?何か辛いことでもあったのかい?それとも味がおかしかった?」
この店主は印象通り好人物であるようだ。裏表なくこちらを気遣ってくれている。ただここまでお人好しだと商売で他人を出し抜くのもできなそうだから出世もしなさそうだ。目の前の少女が人間を懲らしめる算段をしていた恐ろしき魔女であるとは思いもしていないだろう。
「だいじょうぶです!ありがとうございます!ごめんなさい!」
そう返しながら念入りに頭を何度も下げる。この手の人物にはこういう仕草がきっと正解だ。
「それならいいけどね。また来ておくれよ!」
さらに念を押すように頭を下げながら遠ざかる魔女に向かって店主がニコニコしながら手を振っている。
ああいう気のいい人間とはある程度知己を得ておくにもいいはずだ。顔と場所は覚えておこう。だが人間はすぐ死んでしまうから必要以上に仲を深めるのはいけない。これ以上喪った友人の顔を増やしたくもないから。辛い思い出は増やさない方がいい。今までの経験で言えば、そういう気のいい人間は誰か悪意ある人物に食いものにされたり騙されたりしてろくな目にも遭わないだろう。きっと長生きはできない。
「……おーい……」
別の分身から情報。女性の呼びかけ。
店主がさらに手を振ってきたのでこちらも笑顔を浮かべつつ手を振り返す。こういう人間同士のやりとりは時代が変わっても不変のものであるようだ。
……一方。
「いやぁ、かわいい子だったなあ。どこの子なんだろう?見覚えがないけども」
手を振ったあと、店主は考え込む。
「たまにいるんだよな、親の目を盗んで買い食いの子供。電池が使わせてもらえないから魔力を絞って頑張って。けど、商売柄黙ってるわけにもいかないし、知ってる家の子だったら親御さんに伝えることになるんだけどね」
店主はかぶった手ぬぐいの上から頭を指でかきむしる。
「どうせ今のも誰かが見てるだろうし、俺のところに事情を聴きに地回りの警察が来るんだろう、めんどくせえ。でも知らない子だし、本当に分からねえから答えようもねえ。だからって魔力を受け取ってるんだから串を売らないわけにもいかないし、俺にはどうしようもないや」
「それにしてもあの年齢で一目盛り支払えるって、たいしたもんだ。先が楽しみだね。親御さんには自慢の子供なんだろうな。でもあんな危なっかしいことをやってるとそのうちやらかすぞ。最近は物騒な話も聞くし、何かあったら夢見が悪いや。今度来ることがあったらそれとなく釘を刺しとくかなぁ」
と、店主は一人ごちるのだった。
※作中にて魔力の価値についてやや矛盾が生じる点が見つかりましたので訂正しました。(2025年8月20日14時26分)