第十七話
場所はトーキョーのタワー最上階。
彼は執務室でその報告を聞いた。
「ルーディガ財務官。信じられませんが……」
「報告書は受け取った。精査して判断する、下がっていい」
彼は極めて現実的な考え方を持っている。よって荒唐無稽な報告を最初は信用しなかった。
だが、報告書に添えられていた映像データを見る限り、信用せざるを得ない。
「一つの軍事国家が」「巨大な人影と交戦し」「地殻変動によって一瞬で全滅した」
これだけ聞いていれば出来の悪いアクション映画としか思えない。だが、実際に都市が壊滅し、何人かの生存者から聞き取りも行ったという。衰弱が激しかったことから供述にせん妄が混じっていたのではないかと憶測も添えられているが、とにかく天変地異によってごっそりと都市が消え去ったのはファクトを伴う事実であるようだ。
彼は報告書に載っていない事象にも気がついた。それだけの規模の災害であったにもかかわらず、トーキョーではほとんど地震が観測できなかったのだ。
基本的な科学知識を持っていれば思いつける。地続きの大陸であれば多少なりとも地震波の伝播はあってしかるべきなのだ。
しかも推定で地震規模はマグニチュード9から10ではないかともいう。災害の状況から察するに、既存の地震被害のレベルを遙かに超える。それなのに余震もなければ周囲への被害も計測できる下限近く。
……ここまで来ると神の存在が天罰を下したと考えた方が自然かもしれない。恐らく神にすがらなければ生きていけない連中が集まったセント・グレゴリオ聖王国の枢機卿たちはそう判断するだろうと思う。
だが彼は前世から功利主義で無神論者であった。理性と科学と経済を自らの考え全ての根元に据えて彼は神の信仰を捨てていた。それは前世でビジネスジェット搭乗中に対空ミサイルで撃墜されこちらへ漂着してからも変わらない。自らの判断基準を放棄して神に縋るのは無学な連中のやることだ。知性と知識があれば大抵のことは理解できるのだ。全ての事象には原因と結果がセットとなっている。形而上的に発生する現象などはないのだ。
よってこれも、まだ観測されていない不確定要素が絡んでいて調査が不十分なのだろう。オカルトなど論評に値せず。おかしな条件を設定しては正確な判断も誤る原因となるから、一切考える必要はない。よってまだ情報が足りないのだ。結論を導くにはまだカードが足らない。こんな手持ちで勝負のベットはできない。
財務官は独自にノヴィ・ソユーズ跡地への追加調査を命じた。議長には事後報告で片付ければ良いだろう。
……
あれから一ヶ月。カツウラの季節はそろそろ夏本番だ。
そうなると耕作地では当然の問題が発生する。
雑草の繁殖だ。農業において、作物以外に意図しない植物が生い茂るのは栄養を奪われ収量の減少や作物の生育不足に直結する。だから可能な限り邪魔な雑草として取り除かねばならないのだ。農業とは地道な作業。それはここでも変わらない。
そして、カツウラの農産物は品質の高さを売りにしていた。なので農薬は必要最低限しか使わない。魔法も万能ではなく、雑草だけを除去することも不可能である。魔法ドローンでは目標の雑草だけをターゲットして除去はできない。やろうとしても育てている作物ごと枯らしてしまう。よって、どうしても人力でやらねばならなかった。
「うへぇぇぇぇぇぇぇ……」
「ほら、手を動かせ。せっせとやらないときりがないぞ」
セルジオとマサヨシは人手としてかり出され、手に鎌を持って雑草処理をしていた。
二人とも野外作業が多くなり、すっかり日に焼けている。肉体労働が主体となっていることから全身の筋肉もしっかりついて、逞しい体格となっている。セルジオはトーキョーにいた頃はデスクワークも多く腰を痛めることが多かったが、今やすっかり健康的になり持病ではなくなっている。姿勢を低くして雑草と格闘していても腰に負担は掛からない体となっていた。
マサヨシはかがんだ姿勢から腰を伸ばし、周囲の畑の様子を見た。広大な畑は一面に広がっていて、雑草が生い茂っているエリアはまだまだ多い。
「アニキー。これ無理っすよ。俺たちだけじゃ到底どうにもなりませんて」
「そういうなよ。どこも男手は足りないらしいんだ。ある程度は俺たちでやらないと。……てか、アニキって言うなって」
「いいじゃないっすかぁアニキ-。アニキはアニキだもん」
「やれやれ……」
マサヨシはセルジオとここで再会した際にはたいそう驚き、数少ない知り合いがいたことに安堵し、それ以来アニキと呼んでベタベタと慕ってくるようになった。食事も一緒、仕事にもついてくるし海で一緒に船酔いし、こうやって畑仕事にもくっついてくる。放っておくと風呂や寝床まで共にしようとしてくるのでそれだけは拒絶していた。
「あー……でも、ここの生活はなんていうか、いいっすねー。自然にふれあって地道に作業するの、生きてる感じがしますよー。人間、こういう生活がいいんですよ、きっと」
「あーそうかい、気に入ったならもっと作業のスピードを上げて頑張れ。お前の本気を見せてくれ」
「いやそれはそれ、これはこれっす。気合いでどうにかなるもんじゃないっすから」
セルジオは苦笑する。
だが確かにトーキョーでの生活には余裕もなくやりがいも薄く、どんなに頑張ったところで報酬にも結びつかず、小さな失敗でなじられて恫喝される日々であった。モチベーションは市民の生活を守って周囲の保安を維持する職務上の義務感であり、自分としては誇れる仕事であろうと努力はしていたが、周囲の環境としては噛みあわずに苦しむ場面も多かったように思う。
それに比べてここはどうだ?押しつけられる仕事はないし、食事はおいしいし、気のいい連中ばかりで居心地も悪くない。……農作業の仲間たちが妙に筋トレガチ勢で、互いの筋肉の育ち具合を褒め合ったり妙な掛け声を掛けまくったり、セルジオの筋肉の付き方を観察してトレーニング方法のアドバイスを頼んでもいないのに教えてくれたりするのがやや気にはなるが、それも生返事で返していればいいので最近は慣れてきた。
「どしたんすか、手が止まってますよ」
「ああ、すまない、考え事をしていてな」
となりで無心に雑草と格闘しているマサヨシをセルジオは見た。考えればこいつにも苦労を掛けたものだ。唐突に現場を離れてから後任に据えられて大変な目に遭ったと聞いた。あの署長からひどい扱いも受けたという。それというのも自分があの会合に説明役として呼ばれた立場なのに不用意に口出しをして不興を買ったせいである、結果的に自分が悪かったわけだ。
ともあれ、ここで再び共に生活することになったことを今は喜びたい。そして将来的にはこの場所で治安維持に関する仕事をしたい。それがセルジオの天職だと自分では思っているし、このカツウラに欠けた役職だとも思っているからだ。こうやって前職の相棒も来たわけだし……
再び何か考え込んで手を止めているセルジオ。ため息をつきながらマサヨシはそれを横目で見つつ作業を黙々とこなしていた。
その様子を遠くから見つめている人影が二つ。
「うん、新入りの彼もすっかり元気になったね。良かった」
「食いっぷりもいいから料理を作るこっちも気持ちよくなるくらいだよ」
話しているのはアイビーとデイジー。散歩の途中に立ち寄ったようだ。
季節も初夏になり、通り抜ける風が心地よい。二人は高台になっている丘の頂上付近で佇んでいた。
そこは周囲の景色も開けており、海も見通せる絶景ポイントだ。
「あ、そうそう。アイちゃんさー」
「なぁに?」
「うちの常連のお客が電話で言ってたんだけど、北の地方でおっきな災害があったらしいんだよね」
それを聞いてアイビーは表情が固まる。
「聞くところではさ、地面がグラグラ揺れてあらゆるものが吹っ飛んだとかって。怖いねー」
「へー。地面が揺れたんだ。珍しいこともあったもんだ」
「まあね、あたしもそんな事が起きるなんてまずないでしょーって返したんだけどさ、その人はそっち方面で商売してたらしくて、当てにしてた相手がいなくなって、仕入れが無駄になり首が回らなくなるって嘆いてたんだわ」
「へー。そりゃ大変だね-」
アイビーは生返事で相づちをうつ。反面魔女としての意識はやや情報が早いと感じていた。彼女はあらゆる商人とネットワークを持っているので、こういうときは真っ先に聞きつけている。名実共にカツウラの情報通だ。
「あー。思い出したよ。地面が揺れるってのは前世持ちの人が言ってた『地震』って現象だ。こっちでは起こらないけど前世の世界ではしょっちゅう起きてたって話だよ」
「さすがアイちゃんは博識だね」
魔女は滅ぼした連中が喚いていた言葉を思い出していた。
母なる大地。大地の神。彼らは確かにそう言っていたはずだ。
彼らは地震が起きない大地を求めてあの場所に居着いて、地震が起きないことが神の存在証明としていたのかもしれない。なれば地震が起きて大地が砕けたのが神罰として受け止められる可能性もあるか。
……これが言い伝えになると、また魔女が信仰の対象になるかもしれぬ。そうなるとまた厄介になるな。
しばらくあの姿になるのは控えよう。そう自分に言い聞かせる魔女であった。
遠くから呼びかける声がする。
「女将さーん!すいませんが戻ってきて下さーい!」
マルティエッタがデイジーを呼びに来たようだ。
「あいよー!」
呼びかけに大声で返事してからデイジーはアイビーに振り返った。
「さ、帰ろっか?」
「そうだね。帰ろう」
帰る場所がある。それは本当にありがたいことだ。
魔女にとってはとても短い時間。きっとデイジーもすぐに死んでしまう。そうなればまた孤独になるだろう。同じような気のいい友だちができる保証もない。ことによっては数百年を独りで暮らすことになるかもしれない。
アイビーはデイジーの屈託のない笑顔に微笑みを返すのだった。
……
「ユーリ!また無駄遣いしてる!そんな役立たずな物を買ってどうするのよ!」
「いいじゃないかマーシャ姉さん。魔力なら一杯あるんだし、運動不足はいけないって言ったのは姉さんだよ」
トーキョーの高層住宅。そこにマリーヤとユーリの二人が生活していた。
ユーリは自転車にまたがって乗り回している。室内で。
最近トーキョーで流行りだしたアイテムが自転車である。魔力ではなく自分の脚力で進む乗り物。魔力を多く持つ富裕層はドローンで移動するので、ここトーキョーでは道路の整備もほとんどされておらず、自転車で移動するには向かない。荷物を運べるわけでもないし、極めて非効率だ。
なのでここで自転車と言えば『魔力を持て余した富裕者が広い部屋で遊びで乗る趣味の道具』であった。中には護衛の配下を連れて凸凹だらけの道路をツーリングする例もあったが、わざわざ貧困者の目の前をこれみよがしに闊歩するのは酔狂で危険な行為であった。
ユーリは自転車で部屋の中をぐるぐる回って遊んでいる。ここはフロア面積が広いので回るだけなら乗れなくはない。
マリーヤにはそこに魔女の姿も見えていた。
彼女の目にはユーリが魔女の群れの中を突っ切って走っているのが映っている。魔女たちはぶつからないように道を空けて避けている。表情はかなり迷惑そうだ。
彼女にはその光景がとても危なっかしく感じる。だが見えていることをユーリに伝えることができないので咎める言葉も出てこない。
魔女の一人がマリーヤに近づき、小声で話しかけた。
「気にせずともよい。どうせ戯れごとだ。好きにさせてやれ、マーシャよ」
最近、魔女たちも彼女のことを愛称のマーシャと呼びだすようになった。
本来家族や友人から親しみを込めて呼ばれる愛称であるので、化け物の魔女にそう呼ばれる筋合いはない。虫唾が走る。だがそれに対して抗弁すると機嫌を損ねてしまいそうなので、やめさせられない。とても気に入らないが受け入れるしかないようだ。誰にも打ち明けられない秘密ばかりが増えていく。
「姉さん、大丈夫?」
険しい表情になった姉を見かねてユーリが自転車を降りて話しかけてきた。
「悪かったよ。そこまで気に入らなかったらやめるよ。ごめんよ」
ああ、やはりユーリは優しい。心配そうな表情で彼女をのぞき込んでいる。
でも、どうしてそんな顔つきになっているのかを打ち明けられない。それがさらに彼女を苦しめる。
「別に乗るなって言ってるわけじゃないよ。気づかいしてくれてありがとうね」
なんとか表情を和らげてマリーヤはユーリの頭をなでた。




