第十六話
魔女が彼女、マリーヤと会話を重ねるうちに、この場所の情報がかなり判ってきた。
この都市では前世に強いこだわりがあり、魔法を否定している人間が集っているという。
前世の技術をこちらで再現し、前世の生活をこちらで大々的にやろうとしている。
あまつさえ、その版図を拡大させ、将来的には世界を力で征服する野望を抱いているらしいと。
そのうえ、前世の統治システムをこちらに持ち込み、世界を一元的に支配して管理しようと目論んでいるとも聞いた。
目の前の彼女の顔がどんどんひきつっていく。これは恐怖におののく顔だ。何度も逆らう者どもに対して力を振るった際に目にする表情だ。別にそういう表情は好きでも嫌いでもないが、人間が絶望に震え命乞いをするのは果てしない数を見てきた。
そうか、私は今、そういう表情を浮かべているか。魔力も抑え切れていないのか。
そうだ。かくなる上は彼らは敵だ。滅ぼさねばならない。跡形もなく消し飛ばさねばならない。よからぬ事を企む人間はことごとく念入りにすり潰してしまわねばならない。手を抜いたら魔女に再度攻撃を加える愚行を繰り返す、それが思い上がった人間の常だ。わずかに生き残るものはいるかもしれないが、逆らう気力が失せて数百年は逆らうのを諦める、そのくらい徹底して思い知らせてやらねばならぬ。この世界にふさわしくない思想も害悪だから、それを信奉する奴は根絶やしだ。
何度も魔女はそうやってきた。そうして人間どもを分からせてきた。再びその時が来たのだ。
さて、そうなればどのように滅ぼしてやろうか。
彼らの建物は鉄と前世の知識で石を練った建材を豊富に使った頑丈で堅牢な構造になっているようだ。木造のような燃えやすい建造物ならすぐ焼けるのだが、いかにも燃えにくく手こずりそうだ。
それについては威力の高い数メートル四方規模になる魔方陣の在庫に余裕があったはずだ。あれを数発放つだけでかなりの火力にはなる。
あと、恐怖心を植え付けてから滅ぼす必要もある。姿を消したまま魔法で焼き尽くすのは手間が掛からなくて簡単だがつまらない。後々まで語り継いでもらわねばならないのは面倒ではあるが手を抜くと自分に跳ね返る。
そういえば目の前にちょうどいいのがいるではないか。こいつで試してみるとするか。
魔女は一旦魔方陣を収めて魔力を抑えた。するとマリーヤの恐怖の表情がやや和らいで見えた。
姿を人間態から肉食動物や伝説上の獣などに変化させてみた。だが彼女はそのどれにも特異な反応を見せない。
結局、魔女は単純でいつものやり方を選ぶことにした。
その前に確認しておこうか。
「お前にとって大事な人間はこの男だけか?」
「はい。彼が一番大事な人です」
「それ以外に命にも等しい価値があると思っている持ち物はあるか?」
「いえ、ありません。私たちの命以上に大事な物はありません」
「よろしい。では準備をする。お前は男を連れてここから出るのだ」
そう言い残すと、魔女は人間の姿に戻り、窓から外に出る。そして姿はそのままぐんぐんと巨大化していった。
……
「だめであります書記長同志!攻撃効果ありません!」
「ええいっ!こちらの体制が整わぬうちに攻めてこられるとは!しょうがない、現在空へ攻撃可能な兵器は全て出せ!総力戦だ!」
唐突に空に現れた巨大な人影。空を覆い隠すほどである。女性のように見えるが、下半身までは視認できないので明確には分からない。大まかな概算ではあるが高さは1000メートルを超えているようだ。
この世界で、技術も未熟な世界で覇権を握るために牙を研いできた。共産主義の元で結集し軍事で征服するつもりだった。魔法などとふざけた力に頼る連中など鉄の暴風で吹き飛ばせるはずだった。
そう信じていた党の高級幹部たちの前に、想定などできなかった怪物が姿を見せたのだった。
ノヴィ・ソユーズの中央委員会はそれを確認した瞬間、即座に脅威であると認識し、軍に対して直ちに攻撃を命じた。
まず最初に歩兵たちが隊列を組んでその目標に向かった。しかし人影は地上から浮かんでおり、とてもではないが攻撃は届かない。
続いて建物の屋上に据え付けられていた大口径の砲塔が水平方向から空に向けられ、ようやく量産が開始されたばかりの122ミリ砲弾が空気を切り裂き発射される。
開発時から最大仰角での実包発射はまだ実験されていなかったことから砲身の破裂も心配されたが設計通りに砲弾は想定の高さまで届いた、しかし空の人影に当たったのかさえ視認できない始末だ。まだ時限信管は開発が間に合っていない。一応着発信管と炸薬は入っている榴弾である。
「ええいっ!構わんからありったけを撃ち込め!」
軍の最高司令官は基準砲の側で怒鳴りつけていた。ここまで対象が大きいと照準を合わせるどころではない。しかし統制射撃システムの都合上、基準砲の照準に向けて一斉射を行わねばならず、当たったかどうか分からぬまま砲塔の列は同じ方向へと貴重な砲弾を浪費し続けていた。混ぜられている曳光弾の光が空へと吸い込まれていくが、巨大なシルエットの手前でそれは見えなくなる。
「観測用に複葉の偵察機を飛ばせ!空から観察して状況を知らせろ!」
司令官は次に副官へ怒鳴りつけた。虎の子の大口径砲がまるで通用していないので焦りが態度に出てしまっている。
念入りに偽装されていた格納庫の入り口が開き、布張りの軽量な小型機が離陸していった。まだ搭乗員は慣熟飛行が修了していなかったから、飛び立ってから隊列を組むのも時間が掛かる。……偵察飛行には編隊を組む必要などないが、訓練でやっているまま惰性で無駄な編隊を整えていた。
しかし、対象物へと近づいた段階で小型機は地表から視認できなくなった。
「申し上げます。偵察機一個小隊が各個発進しましたが、飛行直後から通信が途絶しております。現在通信の回復を模索中であります」
副官からそう返答され、司令官はさらに怒気を強めた。
「なんたることか!情けない、全て無力化されたと考えるべきではないか!」
そこに、空から大音量で英語の声がとどろいてきた。
「お前たちの攻撃はそんなものか?魔法に頼らぬ攻撃とはここまでお粗末な物なのだな。もっと大掛かりな物を期待したが失望させてくれる」
「ふざけおって!言わせておけば!」
書記長は傍らのマイクロフォンを取り上げた。
「外部のスピーカーにつなげ!」
スピーカーを介して彼の声が大音量で鳴り響く。相手が英語で怒鳴ってきたので彼も英語で言い返す。
『こちらはノヴィ・ソユーズ中央委員会である!貴様は我が国の領空を侵犯している!直ちに退去せよ!』
既に実力行使を開始してから警告というのはどう考えても順番がおかしいのだが、そこにいた全員が気が動転していたため、そこに疑義を挟むものはいなかった。
一発ごと旋盤で削り出して製造している砲弾はすぐに底を尽きた。弾薬も化学合成のペースが伸びなかったことからこちらも看板だ。
兵たちは23ミリ対空機関砲や、手持ちの半自動小銃まで持ち出して空へと撃ち上げるが、口径の大きな砲ですら効果がなかった相手に意味があるとは思えない。しかし手段がそれくらいしか残っていなかった哀しさ。まさに豆鉄砲の様相を呈していた。
……
魔女は呆れていた。もっと凄まじい火力が出てくると思ったのだ。連中の前世から持ち込んだ技術という物を見てみたかった。科学技術という未知が多い分野の粋が見られるならと期待していたのだが。蓋を開けてみれば散発的に金属の破片を飛ばしてくるだけだ。この程度、人間側に開示している防御魔法でも防げる程度である。羽虫のような機械も飛来してきたが、ドローンのように自由に飛べない有様だ。鬱陶しいので軽く追い払ったら砕け散って霧散した。前世の連中、この程度の物しか実用化できなかったのか?だとしたら恐るるに足らずだな。
だが、こうも思い返した。彼らを攻め立てるのが早すぎたかもしれない。もう少し熟成させれば彼らの技術と装備がもっと完成された段階で出てきた可能性がある。そう思えば勿体ないとすら魔女には感じられた。もし次の機会があるなら今度は放置する期間を長くしてみるか?
だが、マリーヤから語られた話から伺い知れたこの都市の現状は、もう魔女にとって許されるレベルではなかった。攻撃としては稚拙だが、率いる連中の性根が腐っている。害虫は退治てやらねばならない。
さっき火を噴いていた鉄の筒に向けて魔法を放ってみた。試し打ちなので火力は最小だ。
一発目で筒は赤熱し、五発目でドロドロに融けた。
その光景に悲鳴をあげて逃げ惑う人間にも撃ってみた。一発でそいつは焼け焦げた。やはり魔法に対して何も防御策がない。
相手が弱すぎる。歯ごたえはまるでない。ただの殺戮と破壊だ。楽しめないので、そろそろ大規模魔法で吹っ飛ばすか。
そう思ったところだった。
魔女に地上から喚く声の一部が届く。
『……貴様の行動は我々の権利を脅かしている!我々には慈悲深き大地の神々のご加護があるのだ!母なる大地を汚すものに対して我々は断固として戦わねばならぬのだ!』
書記長の抗弁は長々と続いていた。もう実力でどうにもならないので口頭でまくし立てるくらいしかやれることはないと悟ったのだろうか。
それが魔女に届いた。
「ほう?大地の神々?母なる大地と?」
『そうだ!我ら民族は安寧なる大地を賜り、そこに根ざして暮らすのだ!この大地を護り大地からの恵みを持って我々は生かされているのだ!それを脅かすものには全力を持って戦うのが宿命であるのだ!』
それを聞いて魔女は思わずにやりと笑った。空に浮かんだ歪んだ笑顔が彼らの肝を更に冷やす。
「大地と言ったか?もしやと思うがお前たちが暮らしているこの土地はお前たちの神が与えたとでも主張するのか?」
『ここは地震もない安全な場所だ。地下資源も豊富にある。天候も安定している。故に我らが暮らすために神が用意してくれた約束の地としか思えぬ!だからここは全力で死守せねばならない!祖国を!大地を!護る!』
それを聞いてカカカと魔女は高笑いした。
「面白いことを言うではないか。お前たちの運命は今、ここで決まったぞ。興が乗った、ここにお前たちの墓場を作ってやろう」
……
「同志!これは危険なのではありませんか?我々はあいつに言ってはならぬ事を……」
詰めかけている党の高級幹部たち。彼らは書記長に対し口々に抗弁を述べ立てた。
「やかましい!貴様らはどちらの味方なのだ!粛正されたいか!」
会議に使われている大広間は侃々諤々。もはや議論ではなく非難の応酬でしかなかった。
その喧噪をつんざいて、足元が揺らぎ始める。地鳴りが彼らの喚き声をかき消す規模になるまでそう時間は掛からなかった。
……
魔女は一帯の地下に潜っている分身たちに、つなぎ止めている断層を剥がして意図的に動かすように伝達した。プレートの接合面も解放した。
ここは周囲三方向から大陸プレートが押されて沈み込んでいる場所であり、活断層や亀裂も無数にあった。魔女はそれらの動きを抑え込み、地盤それぞれが擦れるのをコントロールし、地震が起きないように操作をしていた。
それを止め、むしろ加速して地盤を砕くように作用させたのだ。
地盤が一斉にきしみ始める。岩盤が割れてさらなる破壊へと連鎖する。地震が断続的に発生し、波が反響するようにさらなる地震へと折り重なっていく。地鳴りで収まらない轟音が鳴り響く。
本来であれば百年規模で放出される岩盤のひずみエネルギーが一気に解放され、凄まじい勢いで周囲の地表を壊し始めた。
地表では物理的な波が発生し、地面が脈打ってうねる。瞬間的に上下数メートルにわたり地面が揺さぶられて地震波が地上にある全てを飲み込み始めた。
轟音。轟音。轟音。
激震に次ぐ激震。
大地が信頼を裏切り、あらゆる物を揺さぶり破壊し尽くす。
地盤が折り重なり、地層が褶曲していく。百年、千年と時間を掛けて積み重なる地質変動が、ものの一瞬で形成されていく。
もしこの場に地球物理学者がいたならそれを間近で観察して記録に残したがることだろう。だが実際には地殻が割れて砕けている最中であるので観察どころの騒ぎではなかった。
こうして人類が未だ体験したことのない地獄がここに顕現してしまったのであった。
ノヴィ・ソユーズが誇る鉄筋コンクリート製の建造物が、想定外の力が掛かりいとも容易く破壊されていく。
彼らの高層ビル群が、トランポリンで跳ねるように地面を弾んで砕けていく。
地震に驚き建物に避難していた多くのの住人たちが、それに伴い鉄とコンクリートのミキサーの中で見るも無惨に生きながら押しつぶされていく。
核攻撃にも耐えるよう堅牢に設計されていたトーチカ構造の司令部も、大地が砕けてはひとたまりもない。
想像もしていなかった被害に絶対安全と思われていた空間が瞬時にへしゃげた。声を出す間もなく、党幹部たちが肉片と化していく。
誰しも想像し得なかった地獄絵図であった。十数万人の市民たちの命が瞬く間に潰えていく。
ここまでの大破壊が起きたら、他の大陸なども無事では済まないだろう。しかし、驚異的にも周辺数キロ範囲以外に地震はほとんど伝わらなかった。一時的に周辺から引き揚げた分身たちが囲むように再び地面へと潜み、全力で地震波に対して位相波をぶつけて相殺していたのだ。さすがに近隣では地震を観測したが、その他の主だった都市や国家には被害が出なかった。
地表の物体が全て砕け散った。地面は均され、荒野と化した。大きな瓦礫が点在はするものの、およそ人間が平穏に暮らせる土地ではなくなった。
この日、ノヴィ・ソユーズという地名がこの世界から消え去った。
百名ほどの人間は生き残った。奇跡的に命を保てた幸運な者たちである。しかし、ケガだらけで弱った者たちが住む場所を追われてはその後生き延びられる保証はない。
ケガが悪化して死ぬ。食料がなくて死ぬ。残り少ない食料を奪い合って死ぬ者も出た。
最終的に生き残れたのは五名だった。彼らは語り部となり、恐ろしい物語を語り継いでいくことになる。
こうして魔女の憂さ晴らしは成功裏に終わったのであった。
……
「姉さん!この肉、すげえうまい!こんなの初めて食べたよ!」
「うん、そうだね。おいしいねユーリ」
ここはトーキョーの上流階級向けの住居の中。ここはトーキョーでも限られた人間しか住むことは不可能だ。住むには家賃相当として一ヶ月に魔力を1200支払わねばならない。それはすなわち、自分でそれだけの魔力を産み出せるか、または『他人から魔力を収奪できる』人間である証明でもある。
その代わり、居住者には高レベルの安全が保証されている。フロアも高層に位置していて、ドローン飛行規制の高度より上だ。接近する物体は自動で攻撃して撃ち落とすので、あらゆる危険が排除されている。希望者にはケータリングも対応しており、衣食住全てを部屋から出ずにすませることができる。それらは追加の魔力を支払わねばならないが、そもそもその程度の支払いに耐えられないようではここに住む資格はない。
魔力を大量に使える人にとっては天国だ。贅の限りを尽くす生活を送れるのだ。
トーキョー市民権は魔力で手に入った。この場所も魔力で購入した。他の場所からやって来た二人だったが、魔力を多めに支払うとトーキョーの職員は何でも言うことを聞いてくれた。多めに支払った分は賄賂として受け取ったのだろう。その職員とは個人的に面接しており、その都度魔力を受け渡すだけで満面の笑みを浮かべて便宜を図ってくれるようになった。
……その魔力は代償として受け取っているものであるが。どうやって魔力を得ているか訊かれなかったのはありがたかった。
愛する弟は夢のような生活を堪能し、この世の春を謳歌している。
弟が楽しそうに笑っている。それはマリーヤにとってかけがえのない宝物であった。夢に見た生活が実現したと言っていいだろう。
だが、彼女の顔には作り笑顔が浮かんでいる。心から楽しめないのだ。
マリーヤの目には彼女にしか見えないおぞましい光景が映っていた。
その豪奢なフロアには、姉弟以外の存在がいたのだ。
魔女の分身。それが幾人もいる。
何も言わず、きままに空中に浮かび漂っている。
時折マリーヤやユーリの顔の前を横切り、薄気味の悪い笑顔を浮かべている。
何かのきっかけで同時に同じ方向を見ることがある。それもまた気味が悪い。
傍らではさらに気味の悪い光景が繰り広げられている。
分身が自らの腕を斬り落とす。すると離れた腕が人型に形作られていき、新たな分身となっていく。そうやって生まれた分身が部屋の壁をすり抜けて出て行くのだ。
あの時、あの場所が無残に崩壊した直前。
二人は得体の知れない銀色のUFOに載せられ、拉致され連れ去られた。有無も言わせず唐突に。
マリーヤの魔力を帯びた目には、魔女が彼らを抑えつけてUFOらしきものに押し込む姿が見えた。ユーリはそれが見えなかったことから激しく暴れて抵抗していた。魔女が彼を指さし『大人しくさせろ』と思えるジェスチャーを無言でしていたので、マリーヤはユーリを強く抱きしめて口を手で塞いだ。それでも興奮しているユーリの顔を正面から見つめて優しい表情を浮かべてやると、彼もやや落ち着いた様子となった。
そこに、凄まじい衝撃音と振動が襲ってくる。
ハッチがまだ閉じていなかったので姉弟はそちらを見た。
次の瞬間、それを見てしまったことに二人は後悔した。
さっきまでいたノヴィ・ソユーズが砂場のお城が雨で流れるように瓦解していく、それを目の当たりにしたのだ。恐らく見ただけではCG合成映像だと思えただろう。だが外から伝わってくる衝撃がそれが現実だと知らしめた。
外からの衝撃が弱くなってきたところでハッチが音もなく閉まりUFOが動き出した。いや、動くと言うより突進した。
だが加速も感じず、揺れもなければ風の音もしないのだ。
UFOの外殻が開くと、そこには見知らぬ大都市の摩天楼が目の前だった。
あとからその場所がノヴィ・ソユーズ『だった場所』から遠く離れた『トーキョー』と呼ばれる都市国家で、魔力でお金を払えるシステムで動いていると聞かされた。元いたところでは魔力は国家に捧げるそこまで価値のないものだと聞かされていたが、うって変わってこの場所ではそれこそが重要なのだという。窓口で魔力を提供する道具だと思い込んでいた四角い箱が『魔力電池』と呼ばれていて、それを一人一つずつ持つのだとも教えられた。
それを受け取った瞬間、横にいた魔女が彼女の手を掴み、彼女の指に添えるように魔女も同時に箱に触る。すると魔力電池とやらの表示が一瞬で全て点灯した。それをその場で見ていた窓口の職員が驚嘆の表情となる。
すると、魔女が彼女の耳に口を近づけ、周囲に聞こえない小声で指示を出した。言ったとおりにしゃべれと言うことらしい。
「魔力はあります。ここに住まわせて下さい」
それからはあれよあれよと物事が片付き、高級住宅に住むようになり、一切の危険もなく食の心配もなく病気の心配までもなく、魔女が分け与える魔力でほぼ全てが叶うようになった。
ユーリは最初こそ恐れ怖がっていたが、贅沢な生活が当たり前になるようになってからはうってかわってそれを満喫するようになった。
魔法で姿が見えているマリーヤには魔女の言うとおりに動くことを強制されている。それさえ受け入れてしまえば彼女にも安らげる場所が確保されているので、割り切ってしまえばいいはずだ。だが……さきほどのように亡霊のような魔女の群体と共に生活するのは気が滅入る。いつでも目に見えるところにいるのだ。しかもそれは『彼女以外に見えない』のだ。口外するなと厳命されているから逆らうこともできない。逆らえばすぐ殺される。
ユーリは元々前世から英語が上達していない。こちらに来ても簡単な会話以上は使えなかった。しかし外に出なくても暮らしていけるとユーリは英語を覚える気力がなく引きこもりになっていた。
それでも弟の幸せが守られるのならば。
彼女は自分が辛抱して現状を受け入れることを選んだのだった。




