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プロローグ

その魔女は、負けたことがない。負けを知らない。

本人は負けたいと願っている。そして滅ぼされたいと思っている。しかしその願いは叶っていない。


その魔女は、死なない。死にたくても死ねない。

本人は死を願っているが、どうやっても死ねない。大抵の無茶はやり尽くした。世界を壊す寸前までやってみたがどうあがいても死ねなかった。


その魔女は誰よりも長く生きている。長すぎて本人もいつから生きているか解らなくなっている。

肉体の組成が人間のものなので人間から派生したらしいのは自覚できている。つまり先に人間がいて魔女が生まれたのは確定している。しかし人間側の歴史が引き継がれていないこともあって、その生い立ちは一切分からない。魔女本人が覚えていないので、つまりは一切が謎である。おおまかに人間たちは数千年ほど文明を築き勃興と衰退を繰り返している。魔女はそれをずっと生きて眺め続けている。


その魔女は人間が大好きである。何しろ自分が退屈するのが嫌なので、暇潰しに人間たちの生活をつぶさに観察するのが日課になっている。短命である彼らの生き様はくるくるとめまぐるしく変わり、そのくせ過去にあった出来事をなぞるように誰かが知らず繰り返す。そういうのを見るのも大好きだ。人間はすぐ死んでしまうので魔女は友だちどころか知り合いすらごく一部の例外を除いて作ろうとはしない。傍観者として気配を消して観察するのがいつもの日課となっている。


その魔女は無数にいる。正しくは本体とそれに付随する無数の分身たちである。分身の姿形やサイズや年齢は自由に変更が可能である。本体はよほどのことがない限り寝台に横たわり日がな一日眠っている。何もしても死なない、つまり食事も睡眠も休息も魔女には必要がないのだが、本来の力を発揮するには睡眠はある程度必要らしいので本体は一人で眠っている。なお分身もある程度は休息を必要とするようなので、分身同士で分担を決めながら交互に睡眠を取っている。だが分身としては十数分も眠れば足りるようなのでそこまで問題にはならない。分身は例外を除いて本体といつでも精神を統合できるし、あえて分離して行動することもあるが、定期的に全ての分身の行動や経験は本体に統合されて蓄積され活用される。魔力も全てで無尽蔵に使え、能力も本体と分身でさしたる差は出ない。

表向きは怠惰に見えて同時に勤勉でもある。本体が寝ている間にも数え切れない分身が意識を同調させ、膨大な魔方陣を作成し、人間たちを観察し、住まい近辺を見回り、あらゆる場所を探検して人間の生活に脅威となる自然現象や地殻変動を早期発見して対処する。必要となれば火山を吹き飛ばし、地震の元となる断層を縫い合わせ、地中に潜ってマグマの流れさえも変えてしまう。そう、人間たちが滅んでしまっては退屈になるから、人間の住環境を快適にするために働いているのだ。

人間はそのことを知らない。魔女も教えない。恩を売っても利益がないし、変に勘ぐられるのも困る。生活にも困っていないので人間たちと取引の必要もない。人間たちの生み出す嗜好品目当てに人間のふりをしてお金を稼いだりして買い物をすることはある。身体は使い捨てができるので考えつく限りありとあらゆる享楽的行為をしてやれば金は簡単に稼げる。なので金銭にも困ることはない。悩みと言えば人間たちがすぐ金銭の単位を変えてしまったり硬貨の種別を変更してしまうので忘れていたらお金が台無しになるくらいだ。

結果として魔女は時間と共に価値の変わりにくい貴金属を溜め込む癖がついている。それが時として仇となる。人間たちにとっても天変地異が起こらないので危機感は薄れる。なにしろこの世界には自然災害からの教訓や逸話が存在しないのだ。……魔女が起因するもの以外は。


その魔女は、おおよそ数百年に一度、人間に厳しく向かい合う。

自分が最強と自惚れ増長するのはいい。強さを誇示するのもいい。人間同士で戦争するのも見飽きた光景だ。知識を蓄え世界を知ったつもりになるのも許容している。

だが、許せないこともある。

人間が魔女の存在を知り、それを脅威に感じ、軍勢を差し向けて討伐に来ることだ。もしくは金品を溜め込んでいると噂になり、それを目的にして強奪に来られるのも面倒だ。

死にたがっている魔女にとって、討伐されることは構わない。討伐できるならしてもらいたいくらいだ。お宝が欲しいのならば交渉すればいくらでも持って行かせて構わない。時間はたっぷりとあるので蓄財などすぐだからだ。だが力も知恵も及ばないうちに身の程を知らない人間が刃向かってくるのが我慢ならない。言葉を話す害虫が殺虫剤ですぐに駆除されるのに定期的に群れで刃向かってくる様を想像してもらえばそのうっとうしさを多少は理解できるだろう。

これも今まで幾度となく繰り返してきた。人間側の周期として数百年、長くても千年くらいで、人間は過去の過ちを忘れ思い上がり、伝承を作り話だとせせら笑って同じ間違いを繰り返す。

魔女もそうなるのを分かっているので、それとなく過去の討伐の結果人間側がどうなったかという記録を人間側に読ませている。だが子供が言うことを聴かない時に親が叱りつけるような昔語りは、現実にあったことでさえ誇張されていると勘違いされてしまう。数万の軍勢が瞬時に消え去り大都市が焼かれて地獄と化した。そんな真実も伝承のフィルターが載ってしまえば信憑性がなくなってしまう。


故に、ため息をつきながら、魔女は襲ってくる人間に逆襲し、人間を分からせる。圧倒的な力で叩き潰す。せめてそれから数百年は間違いを起こされないように念入りにすり潰す。必要とあれば人間の都市集落まで赴いてそこに住まう人間たちもことごとく一瞬で焼き殺す。その恐怖が新たな伝承となるように。暇潰しの種が尽きてしまっては元も子もないので、全て殺すまではしない。必要に応じて魔女は人間の味方と敵を分身を使って自演もしてみせる。神を演じることもある。しかし信仰を集め崇められるのも嫌なのでほどほどにする。過去に住まいが信仰の聖地と化して手ひどい目に遭った経験があるからだ。


これは、もう何度繰り返されたか分からない、絶対不敗の魔女が増長した人間を分からせるお話である。

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