さよなら、ハイエリータ!
「やあ、選ばれし人」
学生時代に大学でラテン語を少しかじった気取り屋のパパが、生まれたあたしを抱いて言った言葉。
大戦からの復興には女性の力が必要だって、ウィルソン大統領が認めた年のことよ。あたしはその年に産まれたの。だから、あたしは選ばれてパパとママのところに来たんですって。
ロマンチストなママは感激して、それがあたしの名前になったの。素敵だと思わない?
あたしはパパに似てそばかすの巻き毛で、ママに似て翠の瞳なの。
だからやっぱり二人のところへ、選ばれて来たんだと思うわ。
あたしは少しだけ好奇心が強くて、ちょっと活発な女の子に育ったと思う。ちょっとよ? でも、みんなは『ちょっと』って思わなかったのかも。
たしかに、本を読んでいるよりは動いている方が好きよ。動き過ぎって言われちゃうこともあるわ。
そうしたらいつの間にか、あたしの名前は『活発過ぎる女の子』って意味で使われるようになっちゃった。
近所のおばさんが、いたずらをした小さい女の子を叱るときに
「本当にあんたはハイエリータだね!」
って言うのを聞いちゃったの。
なにもかも、パパが小さいころからあたしのことを、
「お転婆さん」
って呼ぶのが元凶よ。
こんな話があるの。聞いて! 禁酒法がなくなったってラジオが騒いだときのことよ。
パパがこっそり通っていたもぐり酒場へ行ってみたの。パパとママにはないしょでね。一昨年のことで、あたしは十五歳だった。
禁止されなくなったんですもの、あたしでもいいかしらって。ドラッグストアの炭酸飲料提供所とどう違うのかしらって、気になっちゃって。
お店の場所はわかっていた。ベルトでウエストをキュッと絞った、シャツドレスの女性がたくさん歩く通り。お昼にママと何度も歩いた道よ。あたしもお気に入りの赤いベルトをして行った。
そこから中小路に入ったところ。お店の看板が、なんだか退廃的で素敵なの。大人って感じよ。
店内には、たばこの煙がゆらゆらと漂っていた。それに、薄暗い照明が古びた木製カウンターを照らしていた。
人でいっぱいの店内には、レコードのノイズとともにサッチモのトランペットが響いていた。パパがよく口ずさむメロディ。どきどきしたわ。コール・ヒービー・ジービー・ダンス!
お客さんのおじさんが、目を丸くして
「お嬢ちゃん、どこの子だい?」
って言ったの。あたしはパパの名前を言って、パパがいつも気取って言う
「ちょっと嗜みに来たんです」
というセリフを言ったのよ。おじさんは困った顔で笑っていた。
そして、黒いバイアスカットのイブニング・ドレスを着た女性がやって来て、あたしを入り口まで引き戻したの。
「お嬢さん、五年後に会いましょう!」
って言ってね。パパに電話もされちゃった。女性はあたしにルートビアをくれて、それから
「聞きしに勝るお転婆娘ね!」
なんてつぶやいたの。
失礼しちゃうわよね。
あたしは、今年十八歳。
もう立派なレディの歳よ。
だから卒業舞踏会に参加するの。
――誘ってもらえるかしら。まずはディナーから。
「ごいっしょにお食事はいかがですか」
って、あの人から電話が来るのを待っているの。
「物静かな女性が好き」
彼がそう言ってたって、去年ウワサを聞いたわ。まかせて。バーバラ・スタンウィックみたいな、慈愛の満ちた笑顔で黙っているから。きっと、四十分くらいなら。……たぶんね。
鏡を見て、練習しなくちゃ。変な笑い方になったらいやだもの。
だから、これまでずっと気をつけて来たのよ。
肩幅と同じくらいの歩幅で。背筋を伸ばしてゆっくりと。ヒールの音は響かせない。淑女はそうやって歩くんですって。決して走ってはいけないの。
パパ以外の男性と二人きりになってはいけなくて、どうしてもってときは扉を少し開けておくの。あの人と二人になったってよ!
あたしの子育てに追われて狂騒の年代を楽しむ暇もなかったママは、すごく喜んで、忘れていなかった『適切な立ち居振る舞い』をたくさん教えてくれた。よかったわ!
今のあたしは物静かそうに見えると思う。きっとね。
ハイエリータって言葉は、きっと、再来月くらいには『理想的な淑女』を指すようになるんじゃないかしら。楽しみ。
そして、とうとうある日、ママがあたしに言ったのよ。
「男の子から電話が来てるわよ!」
って!
「ハロー」
あたしはちょっと澄まして言った。
「ハロー」
あの人の声だった。
「君をプロムナードへ誘いたいんだ。その前に食事はどうかな?」
もっと前置きがあると思っていたわ。予想とは違うけれど、完璧よ!
あたしはちょっと澄ましたままで、
「あら、いいわね」
って答えたの。
本当はとっておきのマリンルックがよかったのだけれど、
「結局男は保守的な女が好きなのよ」
ってママが言うから、ネイビー生地に白いドット柄のワンピースにした。膝下七インチの丈。靴は白のストラップヒールシューズ。
ママの言うことは間違いないのよ。だって、気取り屋のパパをとりこにしたんだから。ときどき見せる慈愛の笑顔も完璧なの。さすがよね。
あたしは三時間も前から準備して、彼が迎えに来るのを待っていた。
彼は三十分も前にやって来て、家の前で待っていたのよ。
「今日はお誘いありがとう」
「こちらこそ」
目を合わせたかったけれど、できなかったわ。頬が熱くなるのがわかった。だって、彼って、かっこいいんだもの!
せっかく練習した慈愛の笑顔だって、上手くできない気がしてきちゃった。どうしたらいいの? わからないわ!
彼が乗ってきた車はピアス・アローだった。街でポスターを見たからすぐにわかったわ。宣伝文句は『実売価格より見た目がいい』なのだけれど、本当に素敵! きっと金貨証券やウワサの十万ドル紙幣でも買えないわ!
「さあ、どうぞ」
って彼は後部座席のドアを開けてくれて、あたしはお姫様みたいな気持ちで乗り込んだ。
ずっとふわふわした気持ちよ! パパの運転みたいにかっこいいの!
連れてきてくれたのは郊外のレストラン。あっと言う間よ、三十秒で着いちゃった。たぶんね。
彼のエスコートに合わせて入って、引いてくれた椅子に慈愛の笑顔で座った。我ながら完璧な淑女だったわ。
「君、なにか好きなものある?」
彼はメニューとあたしを見比べながら言った。あたしもメニューを開く。……なんだか、よくわからないものばかり!
ロブスター・テルミドールってなにかしら。プライムリブ・ローストは聞いたことがあるわ。
チキン・ア・ラ・キング? 王様? チキンは大好き。けれど、チキンの王様がいいって言ったら、なんだか元気すぎるかしら。毎朝甲高く鳴いてそうって思われない?
あたしがそんなことを考えていたら、
「悩んでる?」
って彼が優しく笑ったの。素敵!
だから、あたしはメニューを伏せてから、せいいっぱいの慈愛の笑顔で
「サラダをいただこうかしら」
って言ったのよ。
彼はちょっと考えてから、
「いいね、いっしょにチキンサラダとパスタにしない?」
なんて、最高の提案をしてきたわ。かっこいい! 彼はきっと米国栄養士会に登録された栄養士なのよ。素敵だわ!
たくさんお話をしたわ。あたし、途中で緊張してフォークを落としてしまったけれど、彼はそれさえも
「美味しいお店はフォークも活きが良いね」
って、冗談に変えてくれたのよ。最高だわ!
それにねえ、彼はすごいのよ。栄養士の上に、読書家なの! 英国の純文学だけじゃなくて、最近売出中の作家の本まで読んでいるのよ。
あたしだってピップが不思議な紳士に硬貨をもらうところまでは読んだし、ママの愛読書が『楽園のこちら側』だって知っているから、彼の言っていることがよくわかったわ。
「ねえ、君。こんな話つまらなくないかい?」
彼が不安そうにそう尋ねて来たから、あたしは慈愛の笑顔で
「とっても楽しいわ」
って言ったのよ。
「じゃあ、明日のプロムナード……楽しみにしている」
ピアス・アローで家まで送ってくれた彼は、玄関まであたしをエスコートしてくれた。
最後に、はにかんだ笑顔で
「楽しかったね」
と言う彼に、あたしは思わず胸が高鳴った。かっこいい!
夜になっても興奮が冷めなくて、何度も寝返りを打った。最高のデートだった! 彼も素敵だった!
ずっと素敵だなって思っていたの。でも、あたしから声をかけるなんて、はしたないことはできないじゃない?
それでも、少しでも彼と近づきたくて、いっしょの科目はがんばって勉強した。だから近代史は大得意よ。リー将軍の軍事的天才性を認めるって他の男子と話しているのを耳にしたから、教科書の南北戦争のところはたくさん読んで、そらで言えるんだから。
プロムナードでは、きっともっとかっこいいんだろうな。 そんなことを考えていたら、気づけば朝になっていた。
昨日と同じピアス・アローが迎えに来た。でも、運転席に彼はいない。だって、今日はあたしのパートナーに専念する日だから。
いっしょに後部座席へ乗り込むと、彼はそっとあたしの手を握った。ドキドキする。すごく。
あたしは白いサテンのロングドレス。ママといっしょに流行りのバイアスカットを研究して、二人で仕立てた自信作。
パパ譲りの巻き毛はフィンガーウェーブに整えて、そばかすだっておしろいで消した。
それに、ママがおばあちゃんから受け継いだ真珠のネックレスとイヤリング。白レースの長手袋もつけた。
ねえ、まるでお姫様みたいじゃない? 上出来よ!
彼は、黒いタキシード。
この世にこんなにボウタイが似合う人なんて、いていいの? 彼は神の御使いなのかしら。
エナメルのドレスシューズ、ポマードできっちり整えた髪。おでこを出していても、やっぱりかっこいい。
彼は、彼のボウタイとお揃いの、臙脂色のコサージュをあたしにくれた。
そしてドレスの胸元にそっと飾ってくれる。
ねえ、あたしたち、最高にお似合いじゃない?
初めて来たボールルームは、柔らかい照明できらきらしていて、まるで夢みたい。あたしはふわふわした気持ちのまま、彼と記念撮影をしてもらった。
カメラマンさんがにっこり笑って、
「素敵なパートナーですね」
なんて言うから、もう舞い上がっちゃった。
ダンスバンドの生演奏が響く中、みんな手を取り合って踊っている。どの顔も、
「世界には二人きり」
って言いたげで、ちょっとおかしい。でも、あたしたちもすぐにその一員になった。
フォックストロットは苦手。テンポに合わせてステップを踏むのが、どうにも難しくて。でも彼は上手にリードしてくれるから、何も考えなくても踊れた。あたし、たくさん笑ったし、彼もうれしそうに笑ってた。
曲調が変わる。甘くて穏やかなメロディに、テノールの独唱が重なる。スローテンポのダンスへ移る合図ね。
この曲は聴いたことあるわ。去年流行ったダンス映画の主題歌。フレッド・アステアが歌っていた。素敵だった! ママといっしょに二十五セントで観に行ったから、すぐにわかったのよ。
――夜も、昼も、あなたのことを考える……まるであたしの気持ちみたい!
「夜も、昼も君を想う。……僕のための曲だね」
彼がそっとつぶやく。彼は優しい目で笑っていて、あたしも笑った。その瞬間、あたしたちが同じ気持ちだって、はっきりわかった。
ぎゅっと手を握られたから、あたしもぎゅっと握り返した。
あまりに素敵な夜で、あたし、ちょっと泣きそうになった。
あっという間の時間だった。子ども向けのラジオ朗読劇で聞いた、シンデレラの気持ちがわかってしまった。
振り返ったボールルームは音楽も絶えて、まるでさっきまでの時間が幻だったみたい。綺麗に着飾ったことも、彼が王子様みたいなことも。
――魔法が解けるのは、まだ早いわ! もう少しこのままでいさせて!
そう思ったのはあたしだけじゃないみたい。
ボールルームを出たところにアイスクリームパーラーがあって、
「ねえ、ちょっと寄り道しない?」
って、彼が誘ってくれたのよ。
あたしは夢中でうなずいた。
夜なのに、プロムナードを楽しんだ人たちでお店は賑わっていた。それでもやっぱり、世界はあたしたち二人だけだった。
何曲も踊ったから喉が乾いて、二人でコーク・フロートを頼んだ。十セントで一息ついてリフレッシュできるなんて、お得よね。
給仕人さんがシロップと炭酸を混ぜて、アイスが宙を舞い、きらきら光る。それをキャッチした瞬間、店内から小さな拍手が起こった。あたしと彼も、顔を見合わせて笑った。
「楽しかったね」
彼は昨日と同じ言葉を言った。
「本当ね」
あたしも心の底から言った。
ママが、自分が若かったころには、プロムナードなんてなかったのよって前に笑っていた。
国が大戦へ参戦することになって、みんなそれどころじゃなかったんですって。
そんな中パパと出会ったのは、偶然という名の運命なんだって。
幸せそうにママは笑ったのよ。
そう言うママに隠れて、パパはこっそり教えてくれた。
「ママのことは、実はずっと前から知っていたんだ」
陸軍に入隊するって決めて、どうせ死ぬかもしれないなら、勇気を出して声をかけようって。友だちにも助けてもらって、自然に出会えるようにがんばったんだって。
パパにとってママは、あたしみたいにかわいくて、純粋で。……もう二度と会えないかもしれないって何度も言ったら、ママはほだされちゃったんですって。ふふ、パパの作戦勝ちね。
……あたしは、どうかな?
彼は、どう思ったかな。
魔法が解けたら……彼はあたしを見てくれるかしら。
パパがママへ声をかけたみたいに。王子様がシンデレラを探したみたいに。
不安になって、泣きそうになって、飲み干したコーク・フロートをじっと見つめた。
「もう行こうか」
彼のその一言が、終わりの鐘みたいだった。
完璧な淑女をがんばったつもり。でも、彼にはそう見えなかったのかもって思った。
迎えに来たピアス・アローが、オーストラリアに停まっていればいいのに。乗ってしまえば二人だけの魔法は消えちゃう。彼のエスコートも終わり。さっきまで軽やかに思えた足取りは、マホガニーのテーブルより重くなった。もう一度慈愛の笑顔を作ろうと思ったけれど、やり方を忘れてしまった。
ママとあたしで作ったドレスは完璧だけど、あたしはぜんぜん完璧なんかじゃなかった。
「ねえ、ハイエリータ」
彼が足を留めて、あたしも止まった。
顔を上げたらピアス・アローが見えちゃうから、あたしはずっと足元を見ていた。でも彼が
「ねえ、顔を見せてよ」
って言ったから、あたしは彼を見上げた。
そしたらね、彼はあたしの顔を見て、ふっと笑って、
「僕もさみしいよ」
って言ったの。
あたしの気持ちがわかっちゃうなんて――彼は王子様じゃなくて魔法使いだったのね!
彼があたしと同じ気持ちなんて、うれしすぎて、舞い上がっちゃった。彼が魔法をかけ直してくれたから、世界にはあたしたち二人だけだった。
「昨日のディナー、僕だけが楽しかったのかと思っていたんだ」
彼は少し眉を下げて、ためらうように言った。その表情がまた素敵なの。
あたしはちょっとびっくりして、
「すごく楽しかったわ!」
って慌てて言った。
「でも、ディケンズの話なんて興味なかっただろ?」
「素敵だわ。ピップ少年のその後が聞けてよかった」
「フィッツジェラルドは?」
「ママの愛読書なの。最高よ」
あたしは必死に言った。なんで彼がそんな風に考えたのかわからなくて。あたし、昨日も楽しくて、彼のことを考えながら眠りに着いた。今日のプロムナードだって、楽しくて、うれしくて、素敵だったのに。
彼は優しく笑った。あたしはどきっとした。
「――うん。わかったよ。今日は、ずっと笑ってくれていたから」
あたし、昨日も笑っていたけれど。ママが得意なバーバラ・スタンウィックみたいな慈愛の笑顔よ。
「昨日も笑っていたわ」
そう言ったら、彼は喉を鳴らして笑って首を振った。
「違うよ。昨日の君は、ずっとおすまし顔だった。サラダなんか頼んでさ」
おすまし顔じゃないわ、慈愛の笑顔よ! って言いたかった。昨日のあたしは、ずっと完璧にそれを作れていた。
今日のあたしは……忘れちゃった。あまりに楽しくて。あまりに夢みたいで。
「……本当は僕とプロムナードなんて嫌なのかと思って、落ち込んでいたんだ」
思わず、ちょっと強めに
「そんなことないわ!」
って言ってしまった。
彼は一瞬、驚いたような顔をして――それから、すごく優しく笑った。
「……うん。わかったよ。今日は、いつもみたいに笑ってくれたから」
「あなたは、物静かな女性が好きだって聞いたの」
お転婆娘なんかじゃ嫌われちゃうから。大きな口を開けて笑うのは、淑女的じゃないんですって。だから、完璧な淑女目指してがんばったの。
彼は少し考えて、ゆっくり言った。
「それは、少し誤解が生じている気がするな。物静かな女性は好ましいけれど。――大きな声で笑う、君はもっと好きだよ」
その言葉を聞いて、あたしは泣きそうになった。
ずっと素敵だと思っていたの。
がんばったの。あたしのこと、少しでも好きになってほしかったの。
「あたし、がんばったのよ」
本当は、もっと違う言葉を言いたかった。でも、なにをどう言えばいいのかわからなくて。結局、そのまま口に出してしまった。
「僕もだよ」
彼が、すごく照れたように言った。
彼ががんばるなんてあるかしら! だって、そのままで素敵なのに。
「あの自動車、わかるかい」
あたしたちの魔法を解いてしまう、ピアス・アローを彼が指差した。あまり見たら、すぐにでも乗らなくちゃいけなくなる気がして、あたしはそっと視線を走らせた。
「すごく素敵な自動車だわ」
「僕のじゃない。運転席にいる叔父のものだよ」
彼は少しばつの悪そうな顔をして、
「見栄を張りたかったんだよ。かっこいいって思われたくて」
と、まるで悪事の告白みたいに言った。
ピアス・アローなんかなくても、彼は素敵なのに。
あたしも告白しようと思った。
「あたし、ハイエリータっていうの」
まるで自己紹介みたいに言ってしまった。
彼は生真面目に
「うん、知ってる」
って言ってくれた。
「あのね、あたしのパパが、あたしをお転婆さんって呼ぶの」
「うん」
「だからね、ご近所の人が、ハイエリータって言葉を、お転婆娘という意味で使うの」
「それはすごいな」
「あたしね、物静かな女性になろうと思ったの」
彼は、あたしをじっと見た。その視線は優しくて甘くて、あたしは溶けちゃいそうだった。
「それは、僕に好かれたくて?」
「そうよ。物静かな女性が好きだって聞いたんだもの」
「……うれしいな」
彼は、あたしの手を取った。そして地面に片膝を着いて、あたしを見上げて言ったのよ。
「ハイエリータ。僕も君が好きだよ。正式にお付き合いしてくれるかい?」
魔法が解けてもお姫様でいられるなんて、すごいことだと思わない? あたしはすぐにうなずいた。
彼はあたしの指先に、そっとキスをした。
「でも、物静かな女性も好きなんでしょう?」
「好ましいとは思うだけだよ」
「あたし、お転婆娘なのよ」
「それについてだけど」
彼は立ち上がって、あたしの耳元でささやいた。
「今度から、ハイエリータは、愛され娘って意味にしよう」
あたしはいい考えだわって思って、
「そうしましょう」
って返した。
ピアス・アローに乗っても、あたしのドレスはボロボロになんかならなかった。
あたしはお転婆娘なんかじゃなくて、愛され娘になったのよ。不名誉な呼び名とはもうお別れなの。
だからあたし、運転している彼の叔父さんに言っちゃった。
「ハイエリータは、今日から愛され娘という意味です」
叔父さんはミラー越しにあたしを見て、
「それは間違いないね」
って言ったのよ。
さよなら、お転婆娘!