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3.木こりのキイス

カンッ、カンッ、カンッ。


一定の間隔で振るった斧の刃は吸い込まれるように同じ切れ込みと向かっていく。黒色の樹皮が削がれ、内部の白色がどんどん露わになってくる。それを何度か繰り返したところで、上から下へ貫くようなミシミシミシという音が鳴り、まっすぐ生えていた幹が向こう側へ倒れて――、雪煙が舞う。


幾度となく繰り返してきた作業だが、生命力の塊のような太い樹木が地面に横たわった時、言葉にできないような胸のすくような感覚がした。

キイスは腰に手を当て、体を伸ばす。


1人での暮らしは不便で寂しいが、気楽でもあった。

流れ着くようにこの土地にやってきたけれど、40年間この暮らしを続けているということは、つまり性に合っているということらしい。歳を重ね、以前より体が動かなくなり、日に日に斧が重くなっていることだけは心配だが……。


「ん」


ふと、視界の端に影が動いたので、キイスは身を固める。

人型の魔物かと一瞬思ったが、どうやら違う。毛皮のコートを着た15、6歳の少年のように見える。少年はキイスの存在に気付いているのかいないのか、森を横方向にずんずん歩いていって、どこかへ行ってしまった。


魔物でないにしろ珍しい、と首を傾げる。

この森はキイス以外にはほとんど立ち入ることはない。雪原を超えた先に小さな町があるが、その周りにはもっと安全で、恵みあふれた森がある。人里から離れ、夜になると魔物がうろつくような場所に好んで立ち入る物好きは少ない。


迷子か、それとも何かの見間違いか。

そう思って、倒した樹木をさらに切り分けにかかろうとすると、さっきとは逆方向へ少年の人影が歩いていくのが見える。少年は胸元と正面を見比べるようにしながら、またどこかへ行ってしまった。


何か探し物でもしているのだろうか。……こんな何もない森で? 

森の日暮れは早い。もう何時間もしないうちに、アンデッド族が徘徊し始める。手出しをしなければ襲われることはないが、あの少年はそれを知っているだろうか。


やにわに心配になって、キイスは幹の影にまぎれて見えなくなった少年の背中に向かって声をかけた。


「あまりこの森をうろつくと危ないぞ」


雪化粧のされた静かな森に、老人の声がこだまする。

しかし待っても返事はなく、少年の姿はそれっきり見えなくなった。追いかけようとしたが、自分の方がが日暮れに間に合わなくなったらどうしようもないと思い直し、切り分けた木材をソリに乗せて、斜面を下った。


コンコン――。

キイスの山小屋のドアがノックされたのは、彼が帰ってから1時間ほど経ち、夕日が山際へ沈みかけた頃だった。


「すみません、キイスさんはいらっしゃいますか」


扉の向こうで、声がする。

さっきの少年だと直感で分かり、急いで扉を開けた。そのすぐあとに「なぜわしの名前を知っているんだろう」という疑問が湧いたが、それよりも少年の風貌に目を取られた。


少年は黒髪で、凹凸の少ない顔をしていて、茶色の毛皮のコートを着ていた。こんな人里離れた森を歩き回る物好きにしては、あまりにも小綺麗だ。つい昨日買ったかのような新品に見えた。


「キイスはわしだ。無事だったか、心配しとったんだ」


「僕を知ってるんですか」


「昼間に森で見かけた。声をかけたが聞こえなかったらしい」


「ああ、集中してたので。すみません……。僕は小福木昭平と言います。大変不躾なんですが、今夜寝る場所がなくて。いえ、一晩くらい野宿でもしようと考えていたんですが、ちょっと危ない気配がしたもので」


「もう魔物が出たか」


昭平と名乗った少年は、キイスの問いかけに対してこくりと頷いた。

肩越しに森の方向を見やる。半分夜の影がかかった森の奥に、青白い炎がゆらめくのが見えた。キイスは引っ張るように昭平を小屋の中に招き入れる。


大したもてなしは出来ないがと言いつつ、キイスは取っておいたパンやチーズを振る舞った。あまり自分のことを話したがらない少年だった。そのかわりに、この辺りのことや、国のことを聞きたがった。俗世間から離れているので都会の事情などとんと知らないが、少年はキイスよりもさらに疎いように見えた。


この小屋に2人分のベッドはない。

クッションを並べ、ブランケットをかぶせて床に寝かせた。果たしてどこから取り出したのか、昭平は上等な枕を取り出して、あっという間に眠ってしまった。


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