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2.マッピングにこだわりがある


全身に肌寒さを感じて、小福木昭平は目を覚ました。


女神の神託の部屋で会話を交わしてから、どのくらい時間が経ったのか――。

いつのまにか意識が途切れていたので、時間感覚は分からない。


ともかく、目を覚ました場所はまったく見覚えのない雪原だった。

どこまでも続きそうななだらかな雪面。時折痩せ細った木の枝が生えている以外は、なにもかもが白色で覆い隠されている。雪原を取り囲むような岩壁、そして、そのはるか向こうに聳える鮫の歯のように尖った山。

別に写真でしか見たことはないが、多分エベレストよりも高い。より正確に言えば、その鋒は黒い雲に突っ込んで全貌は見えないので、更にとてつもなく高い可能性もある。


ひょっとしてあれが、女神の言っていた魔王の根城だろうか。

まあ、今からそんな心配をしても仕方ないが。


昭平は雪原に寝そべっていた体を起こし、立ち上がった。

さっきまではぼやぼやとハッキリしていなかった自分の体は、再び実態を得て、使い慣れた形を取り戻していた。身に纏っている服装は見慣れない異国めいたものだが、皮と毛皮で防寒対策がなされていた。


さて、脳は覚醒して、記憶もはっきりしている。

女神の説明に嘘がなければ、昭平はこの世界に「108人目の勇者候補」として転生し、そのために特別な力を授かっている。


「ステータス」


そう手元に向けて言うと、半透明のパネルがぽうっと浮かんで現れる。

数値は前回見た時と内容は変わっていないが、新しく気付いたのは画面の端にある切替ボタンのようなマークだ。指で触れてみると、【アイテム】というタイトルのマス目状の画面が表示された。一番左上のマスを続けて押す。


ボフンと音を立てて手元によくよく見慣れたマイ枕が現れる。

重さも、触り心地も、くたびれ加減も全てそのままだ。

不承不承という感はあったが、あの女神はきちんと約束を果たしてくれたらしい。

「収納」というボタンを押すと、枕はまた煙のように消えた。


以前の世界のゲーム概念と通じる部分が多いのはたまたまか。それとも、地球出身の昭平の感覚に合わせてくれているのか。なんにせよ、直感的に操作ができるのはありがたい。

もう一度切替ボタンを押す。

ステータス画面に戻ると思ったが、新たに【マップ】という画面が開いた。


中心部に青白い光が点滅していて、周囲3センチほどの円が表示されている。それ以外の部分は黒く塗りつぶされて見えない。試しに歩いてみると、円がかすかに移動した。

現在地が雪原のど真ん中なので分かりにくいが、実際に行った場所が詳細な地図として反映されるのだろう。


一度行った場所にはいつでも戻れるようなゲームシステムもあるが、この世界に瞬間移動的概念があるかは分からない。このあたりは難易度とか土地の広さにもよる。


それよりも気になるのは、マップ画面右上に表示されたバナーだった。


『! 最初の町:ラザロを目指せ』


なるほど、初期配置がこんな何もない場所なのだから当然の配慮という考え方もあるが、わりに親切な設計だなと思う。

肝心のラザロという町がどこにあるかだが、それはマップ画面の端に表示されたオレンジ色の矢印が示しているようだ。


雪原は円状に取り囲むように岩壁に囲まれているが、矢印の方向を向けば、どこかへ続いていそうな細い道が確かに存在している。他に目印もなし、とりあえずはこれを目指すしかない――。


普通はそう考えるだろう。

しかし、昭平はくるっと踵をまわして全く別の方向へ体を向けた。


進む先にあるのは雪原を囲う岩壁。

壁ぎわには枯れ木が少しばかり群生していたが、他に目立つようなものはなく、人影はおろか生き物の影さえない。それでも昭平の足取りには迷いがなく、ザホザホと音を鳴らし、まっすぐな足跡がのびていく。


やがて岩壁に突き当たった。

マップ画面上には、中心から西へ向けて、歩いてきたルートが綺麗に記されている。

昭平は岩肌に触れ、南を向いて、外縁をなぞるように歩き出す。


暗闇に覆われていたマップがじわじわと明らかになる。

昭平はそれを画面上で確認しつつ、辺りの様子にも注意を払いながら、黙々と進んだ。


周りの風景が次第に明るくなっていることに気づく。

見上げれば灰色の雲の向こう側で、太陽が頂点を目指しつつあった。まだ午前中だったことに今更気付く。そのせいか、支給された衣服のおかげか、はたまた勇者候補の特権なのか、身体的な寒さはほとんど感じない。


しかし疲労感はある。野球グラウンド4つ分くらいの広さの雪原をくまなく歩き回るのは、当たり前に大変だった。しかし、そのおかげでいくつかの収穫を得ることができた。


一つ目は、この雪原の名前が『カイシ雪原』だと分かったこと。

これはマップが30%ほど埋まった時点で開示された情報である。


二つ目は、この世界に魔王以外のモンスターが存在することが分かったこと。

遭遇したわけではない。アイテムを拾ったのだ。

『鋏兎の耳』と『猫鴉の羽根』というものである。

普通の木の枝や石などはアイテム扱いされないが、モンスターが落としたらしいこれらの素材はアイテムBOXに収納することが出来た。モンスターの詳細や使い道などは表記されていなかったが、せっかく拾ったのだし、荷物になることもないので持っておくことにした。


三つ目は収穫というべきか微妙ではあるが、カイシ雪原の全てがマップ上で表示されたタイミングで【カイシ雪原の探索が完了しました】というポップアップが出て――、すぐに消えたこと。能力値が変化しているということも、持ち物が増えているということもない。ただのトロフィー的な扱いなのだろう。


さて、昭平はようやく満足いき、矢印の方向を目指し始め――ない。

ここまできても昭平の視線は、提示された目的地には向けられなかった。


今度は、反り立った岩壁に指を引っ掛け、上に登ろうと試み始めたのだ。

凹凸が少なく湿っていて、なおかつ4メートル以上はあるので、とても登れそうには見えない。しかし探索中に目星をつけていたのだろう、昭平は絶妙に傾斜がなだらかになった部分に足を引っ掛けて、ぐっと上にジャンプした。


「――ッ」


ズルリ、と雪のついた靴が岩壁を一瞬滑りかけるが、すかさず体重を壁に預けることでそれを防ぐ。別のとっかかりを掴み、体をにじらせるように上に持ち上げる。

結局1分くらいかかったが、昭平は岩壁の上に登ることに成功した。


カイシ雪原を一望する。

雲の切れ間から差した太陽が、真っ白な雪原に反射してキラキラと光っている。そこを縦横無尽に残された足跡。それを満足げに眺めた後、昭平は背後を向いた。


岩石地帯に隔てられた向こう側には、黒い針葉樹の森があった。


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