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1.小福木昭平はそこにこだわる


「あなたは108番目の勇者です」


そう告げられた小福川昭平は、言いようのない気持ちになった。


この部屋に来る前に、一通りの説明は受けていた。

自分が既に死んだこと。そして、これから新しい世界へ行くための神託を授かること。

それは昭平が生きていた地球だけでなく、シャボン玉のように浮かぶ無数の世界の、すべての命がそうなのだと。


なるほど、つまり次がまた人間とは限らないわけだ――。

昭平が自然にそう思った。死ぬ前だったら荒唐無稽だと思うような話も、魂だけになってみると受け入れざるを得ない納得感がある。

小福川昭平という存在も、以前は別の何かだった。鳥か、魚か、動物か、それは分からない。

ともかく、次何になるかが今から言い渡されるのだ。


願わくば、また人間に生まれ変われたら。

そう思うが、記憶はひとしく清算されるらしいので、そんな願いには大した意味はないのだと思う。

神託がただ降りて、その通りになるだけ。ベルトコンベアに乗ったネジのようなものだ。


そう覚悟を決めていたのに……、今、何と言われた?


「分かりませんか? 勇者、選ばれし者、世界を救うことを義務付けられた者です。貴方の魂はより高いところへ昇華されました。これは喜ぶべきことなのですよ」


一段高いところに浮かんだ、女神としか形容できない相手が、少し眉を寄せて言った。

昭平の反応が薄かったことが不服なようだ。


「……いや、分かります。まあ漠然としてハッキリとしない役職名だとは思いますが、勇者という言葉は知っています。でも、その前の枕ことばが気になって」


『貴方は勇者に生まれ変わるのです』とだけ言われたなら、シンプルに、驚くなり喜ぶなりできたかもしれない。しかし『108番目の』という部分がどうにも引っかかる。本来の希少価値を下げている気がする。だって普通は1人だろう。


「――ああ、もしかして勇者という役職に就く者が、通算で108人目ということですか? 108代目勇者。総理大臣みたいな」


「いいえ、同じ世界、同じタイミングに108人の勇者が生まれ変わるという意味です」


昭平は眉を顰め、抗議した。


「多すぎますよ。そんなにいっぱいいて何をするんですか」


「言うまでもなく、この世界に受肉した魔王を滅ぼすのです」


「全員? いっせいに?」


「魔王討伐へ至る道程は決してたやすいものではありません。道の途中で膝を折る者も現れるでしょう。最も強く、最も早く、最も賢った、ただ1人が真の勇者の称号を得るのです」


「108いて、真の勇者はただ1人? それじゃあ脱落する107人は勇者候補に過ぎないってことじゃないですか」


「生まれ落ちた時点で結果が定まっていることはあり得ません。道は己で切り開くものです」


「それは誰でも一緒じゃないんですか」


「ただ、特別な資格を持っているか、持っていないかということです」


「資格。つまり、政治家の子供に生まれた方が、政治家になりやすいみたいなことですか?」


「……どう考えるか、捉え方は貴方次第です」


露骨に誤魔化したな、と思いつつ、昭平は観念したようにため息をついた。

どのみち拒否する権利はないのだし、これまでの記憶も、ここでの記憶も次の世界には持ち込まれない。108人目の勇者になる俺も、実際のところ他人のようなものだ。


「――あぁ」


女神はそこで、すっかり言い忘れていたという顔をして言った。


「勇者の資格を有するものよ、いい報せがあります。あなた方には特権として、前世からの記憶を持っていくことが許可されています。姿も今のままです」


「は?! 何故そんな重要なことを先に言わないんですか!」


昭平は思わず、大きめな声で言った。

女神は身を少し仰け反らした。


「せ、説明が遅れただけです。あの、言っておきますけど女神なんですよ。みなさんもっと畏れ多いという態度をしてくださいますけど」


口を尖らせ、人差し指と人差し指を突き合わせる姿は、女神というよりは叱られた幼い少女のようだ。


「ただ転生先の情報をこれ以上細かく教えることはできません。どういう人々がいて、どういう社会を形成しているかは、あなた自身が確かめなさい」


親切なのか不親切なのか微妙だな、と思いつつ『小福川昭平』という人間性が失われるか、否か。

これは重要な問題だ。死や転生の概念が変わってくる。


「勇者の特権……」


昭平はつぶやくように繰り返す。

輪廻転生の繋がりを飛び出すような例外的な存在と考えれば、なるほど、確かにこれは特別な神託なのかもしれない。そして、記憶だけ持ち越されるような話でもないだろう。


「他にも何かあるんですか? 魔王を滅ぼすことが宿命なら、たとえば特殊な能力が与えられるとか、何かひとつを持っていけるとか」


ファンタジーやゲームでありがちな設定を適当に言ってみる。しかし、大当たりだったらしく。女神はまたも狼狽しながら答えた。


「あっ、ええ……と、その通りです」


(なんかやりづらいな)という呟きが聞こえた直後、不意に彼女の背中の翼が動いて、風が吹いた。


白い羽根がゆっくりと翔平の近くへ落ちてきて、やがて胸元で止まり、水滴のような音を立てて吸い込まれてゆく。5秒くらいの間があって、目の前に半透明なパネルのようなものが現れた。それには日本語でこう書かれていた。


『小福川昭平 Lv.1


体力   10

筋力   8

俊敏性  9

魔力   0


特殊スキル:???

特殊アイテム:未選択


昭平はそれをしばらくじっと眺めて、視線だけで女神を見上げた。

女神は「これはさすがにテンションが上がるだろう、さあ気になる部分を質問してみろ」という表情で微笑んでいる。そのドヤ顔は少し癪に触ったが、気になるものは気になる。ここでの質疑応答にも意味があると知ったら尚更だ。


「この数値が今の俺の能力を数値化したものだとして……、特殊スキルと、特殊アイテムというのは?」


「特殊スキルはそれぞれの勇者が成長とともに目覚めていく能力のことです。ただし、現時点では不確定な要素であり、いつ、どのようなものが顕現するかは分かりません」


「女神様にも分からないんですか?」


「――わ、私には分かりますが、教えることはできないのです」


「ではこの特殊アイテムというのはなんです?」


「地球から何か一つ次の世界への持ち込みを許可します。ただし、他の魂や、概念的なものはできません」


地球から、何か一つ。

選択肢が膨大なわりに、状況が特殊なので、確実に有用というものが分からない。


「機械とか武器はどういう扱いになるんですか。車を持って行ってガソリン切れとか、ピストルを持って行って銃弾はなしとかいうオチになるということは?」


「その物が有する機能は保持された状態になるでしょう。燃料や、必要なパーツが尽きるということもありません。しかしながら一度壊れたものは修復しません。なくしてもそれきりです」


「…………」


昭平はステータスパネルを睨み、考え込んだ。

女神は女神らしく言う。


「よくお考えなさい。残りの勇者の資格を有する者たちも、同じ条件であるということも考えておいた方がいいでしょう。彼らは競争相手であると同時に、味方でもあるのですから――」


「決めました」


「えっ早い」


女神の声がやや裏返る。

またもや怪訝な表情にもどった。


「あの、ちゃんと考えましたか? ここでの決断があなたの運命を左右するんですよ?」


「はい、大丈夫です」


「――――そ、そうですか。であるならば聞きましょう。あなたは何を願いますか?」


「ずっと使っている枕を持っていきます」


「あなたは何を言っているんですか」


女神はなかば喚くようにツッコんだ。

いよいよ分からないという風に頭を押さえ、横にあったパルテノン神殿風の柱にもう片方の手をつく。そして取り乱したことを自覚して、深呼吸をする。


「すみません、大きな声を出してしまいました。も、もう一度言ってもらえますか?」


「ずっと使っている枕を持っていきます」


「ああ、聞き間違いじゃない。どうしよう。ええと、では、分かりました、理由を聞いても?」


昭平は淡々と答えた。


「枕が変わると眠れないからです。ほかの寝具は変わっても我慢できるんですけど、枕だけは子供の頃からこれと決まったものがあるので、それを変えたくありません。具体的なことは分かりませんが、108人の勇者候補がひとところを目指すとなれば、かならずしも良質な宿を取れるとは限りませんよね。休息の重要性は言わずもがな。魔王を倒すにしろなんにしろ、睡眠が確保できなければなにも立ち行かないと思うので、だからこそ、俺は枕を持っていきます」


女神は何か一瞬言いかけたが、すんでで諦めたらしい、無言のまま左手を宙に振った。

目の前の光景が白く霞み、足元にあったはずの地面が消え、どこかへ緩やかに落ちていくような感覚になった。

生まれ変わるんだと、昭平は思った。


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