塩を送られる麗香
一夜は私に助言をせず、浅川の動向を見守ることにしたらしい。
私の脳には一夜の声は届かない。離れていると届かないみたいだ。
私はというと……、すぐ横の教室に来た。ここで位置を確認しながら浅川と同じポーズを取ってみる。逆ということは、左右対称にすれば、呪術は解けるはず。
でも、なにも起こらない。空気が変わった気配がしない。
「……そう簡単には、解けないってこと……」
手を下ろし、ため息をつく。
もう一度クラスに戻って、さっきの浅川と正反対のポーズを取ってみた。
「……面白いことをするよね」
浅川の後ろに行って、同じポーズを取る。なにも起こらない。
一夜は無表情のままでなにも言わない。
「ボクのポーズを真似たところで、この術は解けないよ」
「……でも呪術を解くにはそうするしか……」
「場所が大事なんだよ、場所が」
「場所?」
浅川はヒントをくれている。妙に親切だな。
「呪術はかけるよりも解く方が難しい。かけた本人以外が解くのがね。なんでも順番があるように、これにも順番があるんだよ。閑さんはわかるかな?」
「浅川……。本当は、みんなを死なせる気がないんじゃ……」
浅川はクスッと笑って、眉尻を下げた。
「それはどうだろうね。他人にはボクの心はわからないよ」
多分、一夜にはわかる。浅川の気持ち。私にはわからないかもしれないけど……、人の気持ちを理解できる一夜なら、わかると思う。目配せしてみた。
――……。僕にだって、わからないことはあるのよ。
そうか、一夜にも浅川の心情までは読み取れないのか。
浅川もきっと、悪い人じゃないと私は信じる。人の命をなんだと思っているのかとは、説教できないからね。
私は正義の味方じゃない。善人でもない、ふつうの女の子だったんだから。
関係ない人の命だったら、助けようと思ったかどうかなんてわからない。
私には関係ないって、切り捨ててしまえば終わり。人の繋がりって薄いから、誰か一人の言葉で切れる縁だってある。だから……その時にならなければわからない。
その時になれば、私がふつうの女の子じゃなくなったかどうかがわかる。
「ありがとう、浅川。敵に塩を送るって、浅川みたいな人のことを言うんだね」
「ボクは敵とは思っていないよ」
「味方なの?」
「さあ。ボクに訊かないでくれよ、閑さん」
浅川が私を睥睨する。私の足がちょっとだけ竦んだ。