もしものこと
――もしも、目の前で困っている人がいたとしたら、君はどうする?
――助ける? それとも、見て見ぬふりをする?
その子……? は真剣な目で私に問う。人かどうかはっきりわからない。髪は長いし、目は大きい。その上睫毛もふさふさだから性別はメスだと思うけど、兎の耳と尻尾が付いている。不思議な子。歳はどのくらいだろう。私より四つぐらい下だろうか。
それにしても、どうして今訊くのだろう。こんな真夜中に、私のベッドの上にちょこんと乗って。可愛い……けど、よくも私の快適な睡眠の邪魔を……
ちょっとだけぶっきらぼうに兎の子に言った。
「あの、私……学校あるから」
――なるほど。君は見て見ぬふりをするのね。
――ありがとう、参考になったわ。
兎の子はにっこりと笑い、さっと窓を開けて兎みたいに飛び越えていった。
これはいわゆる……キメラというやつかな……? っていうか、夢……だよね?
呆気に取られるばかりだった。真夜中に不審者がベッドにいて、いきなりあんな質問を投げかけられて、まともに答えられるものか。私はそんなに肝が据わっていない。だって、ふつうの女の子だもん。ごくふつうの家庭で育って、ごくふつうの公立中学に通う女の子だよ? 悲鳴を上げなかっただけ、まだましだと思う。
「でも何か……」
妙に引っかかる。どうしてかは、わからないけど。
意味深な質問。胸につっかえるようなこの感じ。あの兎の子のせいなのかな。
どうにも不穏な気配を感じつつも、私はもう一度深い眠りについた。
が、寝すぎてしまう!
「はああ、遅刻しちゃう~」
急いで寝間着を脱いで、制服に着替える。靴下を履いて鞄を持って、ばたばたと自室を出ていく。洗面所で顔を洗って、髪をとかす。お母さん、何で起こしてくれなかったの?
リビングに着いたら、お母さんにご飯の用意を頼んだ。
「寝る子は育つっていうでしょう? 遅刻ぐらいしてもバチは当たらないわ」
お母さんはいつも穏やかで、能天気なところがある。お母さんの長所だけど、厳しくしてくれてもよかったかも。それだと、お母さんのことが嫌いになりそうだけどね。
椅子に座っているお父さんは、新聞を読みながら適当に話に入ってくる。
「父さんが若い頃は、やんちゃしたもんだ。だからお前も、もっとやっていい」
「……はあ……」
甘やかすと、こどもってろくでもない大人に育つものでは?
今この時に私に学校のルールを破れと言っているようなものじゃない。それって、犯罪を助長するのと一緒じゃ……ううん、それは飛躍しすぎかも。でも悪い子になると思うよ。
ごくふつうだとずっと感じていたけど、実は違うのかもしれない。
もっとしっかりと両親と話をすれば、心中で文句を言わなくなるのだろうか。私が気にしすぎなのかな。反抗期って、もしや今現在起こっていることだったりして。
お母さんがラップに包んだおにぎりを私に手渡した。お礼を言って、そそくさと立ち去る。
「行ってきまーす!」
玄関を開けて、大声で挨拶をする。お母さんとお父さんの返事が聞こえた。
毎日のように挨拶を交わして、私の朝が始まる。ごくふつうの、平々凡々な日常。
だけど、あの子が来てから、私の日常は変わった――。