4章_主は私が助ける
彼女は私を連れて、革命軍の基地に向かった。
道中、イデアが話しかけてきた。
「ねえフローレンさん」
「なんですか?」
「あなたはどうして、シャルルさんを助けたいの?」
「……」
「いや、なんでもないわ」
「……」
「いえ、シャルル様は私の命の恩人なので」
「私の生きる理由はあの人の下にあるんです」
そんな私に対してイデアは微笑みながら言った。
「素敵ね」
「……」
私たちは、革命軍の基地に辿り着いた。
中は不気味なほどに静かだった。
イデアさんが歩き出し、私もついていく。
「まずは牢屋を探しましょう」
私たちは薄暗い廊下に入った。
明かりが壁に備え付けられた松明しかないため、足元もよく見えない。
気を付けないと..
フローレンは躓かないように恐る恐る歩いた。
大丈夫...暗い廊下を歩くのなんて、お屋敷で沢山経験したはず。。
「ゴンッ」
あっ。
フローレンは壁にぶつかってしまった。
「えっ!大丈夫ですか!?」
イデアさんが心配そうに駆け寄ってくる。
私は壁に手をついて立ち上がった。
「大丈夫です」
私が言うと、イデアさんはほっと息をついた。
「誰だ」
男の声が聞こえる。
「やばっ、逃げよう!」
イデアさんは私の手を引いて走り出した。
しかし、私たちの行く手を阻むように革命軍の兵士が現れた。
「侵入者だ!」
「臨戦態勢を取れ!」
イデアは静かに呪文を唱え始め、氷でできた手錠を作り出す。
「こいつっ!」
イデアは目前の兵士1人に接近し、
氷で出来た手錠を嵌めた。
「なにっ」
兵士は突如現れた手錠に動揺し、暴れ始める。
しかし、すぐに足元も凍っていき身動きが取れなくなってしまった。
「フローレン!今のうちに」
「は、はい!」
なんとか追ってくる革命軍を撒いて、物陰に隠れることには成功した。
でも、基地の警戒が強まってしまった。
「すいません..私が無能なばかりで..」
「いや、大丈夫よ。むしろ、逃げてる途中で地下への階段を見つけたわ」
「本当ですか!」
「ええ。早く用事を済ませましょう」
「はいっ」
イデアさん、優秀なんだろうな。。
きっと彼女は、たくさん努力をしてきたんだろう。
私も頑張らないと……
そんなことを考えているうちに、牢屋に到着した。
「シャルル様はどこ?」
私は警備中の兵士を扱いて尋問していた。
「は?....」
「誰か!来てk..」
ドカッ
「フローレン。容赦ないわね..」
「えっ、すいません。力入れすぎたかもしれないです」
フローレンは尋問していた兵士を気絶させてしまっていた。
「ま、探すしかないわね」
「そうですね……」
「鍵だけ頂戴するわ」
使われている牢獄は多くはない。
ほとんどは空いていて、かつ中には腐った何かが入っている。
たまに入っている人たちは衰弱していて、決してまともではない。
イデアは牢獄の一部屋に目を付けた。
そこには黒いフードを被った男性が、壁に背を着けた状態で座っていた。
「いた。ジル!」
イデアが指さした部屋に入る。
「ジル!大丈夫?」
「んあ?なっ!イデア!」
やつれていたジルの目から光がよみがえる。
「何よ、そのだらしない格好は」
「まあな....色々...あってな」
「そんなことより、さっさと逃げるわよ」
「あ、ああ」
ジルはイデアに引っ張られて牢獄を出ていこうとする。
フローレンは一瞬ホッとするも、不安な表情は崩さず見守っていた。
「……そうだジル。シャルルっていう貴族も探しているんだけど、知らないかしら」
ジルはイデアの肩を借りながら思考をめぐらせる。
「シャルル・サンミューズのことなら...?恐らくあっち側にいるんじゃないか」
そう言って牢屋の奥を指差す
フローレンは我先に指さす方へ動き出す。
牢屋の一番奥にたどり着くと、そこには空中で手足を鎖で拘束され気絶しているシャルルがいた。
「シャルル様!」
フローレンが呼びかけるも、返事はない。
「もしかして……死んでるんじゃ……」
イデアは恐ろしそうに呟くが、フローレンは諦めずシャルルを助けようとする。
鎖の鍵を解き、落ちてきたシャルルを抱えたフローレンは、革命軍の兵士に見つからないよう急ぎ足でイデアとジルの元へ戻った。
「シャルル様……すいません」
フローレンはシャルルの首筋に手をあてる。
するとゆっくりだが振動が感じられた。
良かった生きてる! 私は少しホッとした。
でもまだ安心はできない、急いでここを離れなければ!
「イデア。俺は一人で歩ける。何ならあっちを手伝ってくれ」
「え?...うん。でもあの子、普通に抱えられてるみたい...」
「...確かに、そう見えるな」
フローレン、イデア、ジルと気絶しているシャルルは地下から登って地上に上がる。
だが、地上に戻った彼らの目の前には、何十人もの革命軍が取り囲んでいた。
「革命軍の基地に潜り込む輩はどこのどいつかしら」
そう言い放つ赤棒のことをフローレンは知っていた。
彼女は先日の戦いでシャルルを誘導した戦士、アカネだった。
「あなたは確か、革命軍のアカネですね」
フローレンは睨む
「ええそうよ。そう言うあなたは、誰だったかしら」
アカネは、杖を構えて魔方陣を敷き始めた。
対してイデアも、氷の礫を生成してアカネに向ける。
それらは一つ一つは小さいが、いずれもナイフのように鋭い。
かすりでも当たれば出血するだろう。
一方、アカネは人並みサイズの魔方陣を数多に召喚し、その各々から火炎放射を吹き出す。
火炎放射は壁となり、氷を溶かし、草を燃やしていく。
「フフフ。そんな氷じゃこちらに届かないわよ?」
「うっ」
「庶民の使う低級魔法で、私たちに勝てると思わないでほしいわ」
イデアはとっさにジルの方を向くが、ジルは焦り際に言葉を返す。
「お前も知ってるだろ。俺は戦闘系の魔法はほとんどない..」
「革命軍に逆らうとどうなるか、見せてあげるわ」
「爆魔法:フレイム・バースト」
アカネは続けて炎の玉を飛ばし、メテオとなってイデアたちに襲いかかる。
ピンチを悟ったフローレンは、シャルルを床に置いて魔法を唱える。
「火魔法:エンブラゼ・ウォール」
フローレンは炎の壁を作り出し、その熱と熱風で隕石を溶かし尽くした。
「なっ!私の火魔法を同じ属性で防ぐなんて」
アカネはこれで決まると思っていたゆえに拍子抜けしている。
また、ジルとアリスも驚きを隠せないでいた。
「次はこちらから行きます」
フローレンは炎を螺旋状に舞わせてアカネに飛び掛かる。
炎は炎の竜巻となり、アカネを囲い込んで渦を巻く。
「この炎!ただものじゃ……」
アカネも火炎放射で対抗し、両者の炎はぶつかり合って互いに空気の中に姿を消す。
「あんたらもボケっとしてないでさっさと殺しなさい!」
アカネは部下たちに命じる。
「い、イエス!行くぞー」
「させない!」
フローレンは炎で壁を作り、アカネの部下の進行を遅らせる。
「なっ!?」
アカネの部下は炎の障壁に阻まれて身動きが取れなくなる。
「くそっ、これじゃ近づけない」
「落ち着け!水魔法で炎を消せば良い!」
「だめだ、炎が大きすぎる!」
「よし、うまい感じに錯乱できたな」
さっきまで焦っていたジルは微かに笑みを見せていた。
「シャドウヴェール」
ジルがそう唱えると、フローレンやイデアたちの周囲が闇にまみれはじめる。
「え、なんですかこれ?!」
「静かにいうぞ。これは一時的な逃走時に使う魔法だ」
「分かりやすく言えば、光の屈折を利用して自分の姿を視認できなくする」
フローレンは感心したように言葉を漏らす。
「そんなことが……」
「今のうちにここをずらかるぞ」
ジルはイデアとフローレンに目配せをする。
「はい」
「わかったわ」
フローレンも頷き、ジルの後に付いて行った。
後ろからはアカネの部下の叫ぶ声が聞こえる。
「なっ!あいつら消えてるぞ!」
「なんですって....!」
「ちくしょー!」
悔しがるアカネたちをよそに、以前フローレンを瀕死に追い込んだ黒棒、ブラックがアカネの前に現れた。
「よおアカネ。機嫌悪そうだが、今来たぞ」
「おっそいでしょ!敵逃げちゃったじゃない!バカ!」
「おいおい、そりゃないだろ。夜に叩き起こされたこっちの身にもなれって」
「うるさい!さっさと追いかけなさい!」
「流石に無理だわ。帰って寝る」
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シャルルが目覚めたのは、自警団の拠点に戻ってくる途中だった。
「ん....お前....たちは...」
「シャルル様!目覚められたんですね」
「フローレン。お前、、」
シャルルは自分が赤国軍の貴族であることを認識する。
「革命軍は...!?」
シャルルがフローレンに問う。
「えっと。」
「無事に逃げてきたのよ。この子があなたを連れてね」
イデアは誇らしげにフローレンの肩を叩いた。
「そう、か……」
「とりあえず今日は休みましょう」
「ああ」
「フロー...レン」
「はい..?」
「よく...やった」
そう言ってシャルルは目を閉じた。
「シャルル様?」
「あら、寝ちゃったのね」
イデアはフローレンの肩をたたく。
「良かった……」
フローレンは安心しきって涙を浮かべた。
しかし、まだ終わりではないことを彼女はすぐに悟り、気を引き締めるのだった。
「....」
ジルもまだ、緊張した顔をしていた。
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翌日。
フローレンはシャルルの寝ているベッドに頭を伏せて寝ていた。
家主であるティファとアリスが部屋に入ってくると、
その光景に思わず笑みがこぼれる。
「クスクス……アンタ何やってるの?」
「はっ、わ、私は」
フローレンは顔を赤らめてシャルルから離れた。
「アンタも相当つかれてるんだから、ちゃんとベットで寝なさいな」
「すいません。ここを離れてもはいけない気がして..」
「なによそれ」
ティファは呆れた顔でフローレンを見た。
「ほら、目覚めた時に知っている人がいたら安心するかなって」
「ああ、そういうこと」
「シャルルは起きたの?」
アリスは素っ頓狂に話しかけてくる。
「...まだ寝てますね。」
「じゃあ、さっそく元気を分けてあげるね」
そういうとアリスは呪文を唱え始め、小さな星型の精霊を3体召喚した。
その星たちは何をするわけでもなくフワフワと浮いている。
「これは、一体なんなのでしょうか..?」
「アリスは小さいけど召喚士なんだよ。そしてこのお星さまたちは生き物に元気を与えてくれるんだ」
「元気...?」
(いわれて見ればなんだか暖かくなってきた気はする..)
「ほら、これでシャルルもすぐに元気になるよ」
アリスはニコニコしながらシャルルのそばに星をおいた。
「アリスさん。ありがとうございます。このお星さまはなんていう精霊なのですか?」
「お星さま!多分!」
「多分?」
フローレンは疑問に思いながらも、シャルルの無事を願う。
(どうか……シャルル様)
ほどなくして、シャルルは目を覚ました。
「……」
「あ!起きた」
アリスがシャルルの変化を2人に知らせる。
シャルルは弱々しく目を動かして辺りを見回す。
「シャルル様!私です!」
フローレンはシャルルの目の行く先で必死に自分を訴えた。
「……メイド」
「よかった……目を覚まされたのですね」
「そうか……お前が、僕を助けたのか」
(なぜだ。なぜこんなに体調が良いんだ)
シャルルは体を起こして窓の外を見る。
外には星々がきらめき、夜の暗さを強調していた。
するとそこへアリスがやってくる
自警団の拠点にジルが戻ってきていることを知ったメンバーたちは驚いていた。
「ジル!お前どこ行ってたんだ」
「探したんだぞ」
ジルはうつむきながら答える。
「ああ、すまないな。少し野暮用があってな」
「イデア。無茶したな。よく無事に帰ってこれたもんだ」
「ええ。なんとかね」
ジルとイデアが皆に囲われていると、遅れてフローレンがシャルルと共にフロントに出てきた。
「フローレン!それにシャルルさんも。もう立てるのですか?」
「ああ。一応、宿屋の女には礼を言おう」
「シャルル?その恰好、ぼろぼろだが、貴族か?」
「大丈夫か。そいつ」
メンバーたちはシャルルを物珍しそうにも心配そうにも眺める。
「お前たち、無礼だぞ。僕はサンミューズ家嫡男のシャルルだ」
「シャルルは腕を組んでメンバーたちを睨みつける。
「いや、貴族なのはなんとなくわかるけどよ」
「ここは今革命軍に占拠されてるしな。貴族だなんのと言われても、ここじゃあな(笑)」
「なんだと……」
シャルルの顔つきが険しくなる。
「シャルル様。どうかお気を静めください。この人たちも味方です!」
フローレンはシャルルに願う。
「は?僕は変なことを言っているのか?フローレン?」
「いえ、そういうわけでは。。」
「ふん、まあいい。お前たちは自警団か?」
「ああそうだ。無法地帯になったこの町の治安を守りたいと、志を持った者たちが集う団体だ」
メンバーの一人が誇らしげに答える。
「そうか、ならば僕の登場を心待ちにしていたことだろう」
メンバーたちは沈黙する。
「こいつもしかして面倒くさいんじゃ..」
1人のメンバーがぼそっとつぶやく。がシャルルには聞こえていない。
「安心したまえ。僕がこの町に来たからには革命軍の好きにはさせない」
「すぐに官軍を招集し、この町の革命軍を成敗してやろう」
「まずは貴様らのトップと同盟の話がしたい」
シャルルは自信に満ち溢れた表情でそう言った。
「....」
「え~と」
「そんな簡単にいかないでしょ(笑)」
「誰が誰とだ?」
「おいシャルル、大丈夫かよ(笑)」
メンバーたちは困惑している。
シャルルはメンバーたちの反応を見て少しイラつく。
が、先に声を発したのはジルだった。
「シャルル殿。あなたのメイドに助けられておいてこういうのは難だが、自警団は革命軍とやりあうつもりはないだろう」
「ああ。そうだな」
メンバーたちはジルの言葉に対して頷く。
「僕たちは今の生活を守りたいだけだ。」
「俺は数週間牢屋に閉じ込められて、尋問された。革命軍が憎いかと言われれば嫌いさ」
「だが」
ジルは周囲を確認し、言うべきか悩みながら言葉を発する。
「はっきり言って貴族も嫌いだ」
この言葉にも、メンバーたちは頷いた。
「っち、なんだ。貴様らも結局は革命軍側か」
シャルルはジルをにらみつける。
するとイデアが話に割り込んでくる
「私たちは革命軍でも貴族派でもない」
「ただ、平和を望むだけよ」
「そんなものは僕だって望んでいるさ!」
「あなたが欲しいのは貴族が支配する世界。自分の平和だろう」
「なんだと?」
「貴族が土地と民を管理することで、町の平和も、安定的な発展も守れるんじゃないか!」
「この100年間赤国を守ってきたのは誰だと思っている?!」
「我々、貴族の先祖だ!」
「いいえ。シャルルさん。それは違うわ」
イデアはまたシャルルを否定する。
「赤国を守り、繁栄させてきた存在は、貴族だけではないわ」
「この赤国の民全員の、毎日の努力の成果よ」
「どういうことだ」
シャルルはイデアに問う。
「あなたは知らないのね。この国がなぜ革命を起こされたと思っているの?」
「そんなの知っている。民が虚言を信仰し始めたからだ」
「この国は国王様のものだ。そして土地と人民は代々そこを治めてきた貴族のものだ」
「人様の家の財を奪って豊かになろうとしているのが革命軍だ。犯罪者だ!」
「革命軍の支配下で生活を営む貴様らも、同罪だ!」
シャルルは怒りを込めて語る。
イデアは呆れながらも反論する。
「あなたは革命が起こった理由を何一つ理解していない。だから革命軍に勝てるわけないのよ」
「もういい。貴様らと話すのも時間の無駄だ」
「いくぞ、フローレン」
「えっ...」
シャルルはフローレンを連れて拠点から出ていく。
イデアはその様子を見て、フローレンを引き留めようと手を伸ばしたが、
その手は届くことなく空虚を掴んだ。
「フローレン……」
(仲良くなれたと思ったのに)
イデアはやるせない気持ちだった
「深追いしなくて正解だっただろうな」
ジルは小さくに答える。
そして思い出したかのように話し始める。
「サンミューズ家の情報は何度か仕入れたことがある」
「爵位も高いし、何より血統を重んじる由緒ある一族だ」
「そして」
「裏では捨て子やならず者たちを奴隷市場で買い入れ、魔法実験の道具にしていた。稀に入る才能のある子は私兵に育て上げることもあったそうだ」
「そいつらには、平民への教育が禁止されている中級以上の魔法も習得させたらしい」
ジルはフローレンに目線を送る。
「……」
(恐らく、あの子は..)