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そのさん


 そんな、ジャックとのちょっとしたトラブルがあった日から更に1週間後。私はいつものように王太子殿下との無為な数時間をやり過ごし、帰ろうとした時だった。


「――あれ、出口どこだっけ」


 もう殿下の婚約相手になってから3年も経つというのにわたしは不覚にも王城の中で迷子になってしまった(例によって殿下は私を送り迎えなんかしてくれないし、冷め切った関係であることが公然の事実である私を案内してくれる王宮の使用人なんていないから、私は独りぼっちで出口まで辿り着かないといけない)。そうしてわたしが王城内を彷徨っている時だった。


「急げ~、急がないとヘンリエッタの所に先回りできなくなるぞ」


 聞き覚えのある声がして私ははっとする。でも即座に、『ありえない』と思う。だってここは王城。私の本当に好きな人――ジャックがいるはずがないんだから。


 好きでもいない相手と数時間も一緒にいたから疲れすぎて幻聴を聞いちゃったんだろう。そう自分を納得させようと試みる。頭ではそうわかってる。分かってるけれど……。気付いたら私の足は自然と声の聞こえた方へと駆け出していた。そして、声がした部屋を開けかけのドアの隙間からそぉっと覗いた瞬間。


「「えっ」」


 私と、私と目が合った相手が同時に呟く。そしてその相手は私と目が合った瞬間、今まさに頭に乗せようとしていた銀髪の鬘を取りこぼす。そう、そこにいたのは――今まさにジャックの姿に着替えようとしていた殿下の姿だった。


「ジャック……いや、殿下? ど、どういうこと? まさか、私に優しくしてくれたのは全部嘘だったの? 私のことを騙して楽しんでたの? ――って、そりゃそうだよね。私や私の一族は本当のお姉ちゃんはもう死んじゃってるのに、そのことを殿下に隠し続けてきたんだもん。逆のことをされ返されたところで文句を言える立場なんかじゃないよね……」


 絶望が心を真っ黒に染め上げる。これまで辛うじてわたしの心を支えてきたものがぽっきりと折れる音が聞こえた。私なんかになく資格なんてない、そう思いながらも涙がこみ上げ、私はその場に泣き崩れようとした、その時。


 ふわっと身体が浮く感覚がした。気付くとバランスを崩そうとしていた私のことを殿下がお姫様抱っこしていた。それを私はこんな状況なのにもかかわらず一瞬、『嬉しい』って感じちゃう。そんな殿下は真剣そうな表情で私のことをまっすぐ見つめてきていた。その瞳は他ならない私が大好きな人のもの――ジャックのものだった。そしてジャックは私の頭にそっと手をやり、優しく私の偽りの金髪を脱がせた。そしてその下から当然、私自身の水色の髪が顔を覗かせる。そんな私の本当の髪に指を絡ませながら、ジャックは恍惚とした表情で語る。


「これまで君を騙すような形になってしまったことは謝るよ。でも――ぼくが君を、ヘンリエッタのことを心の底から愛していることは本当だ。1週間前に囁いたあの愛の言葉は嘘なんかじゃない」


「……そんなこと、すぐには信じられないよ。私のことが好きって言ってくれるなら、なんで別人の振りをして私に近づいたの? なんで本当のことを言わずに、毎週毎週の『婚約者』としての時間はつまらなそうにしていたの? 」


 ジャックにお姫様抱っこされて嬉しい気持ちを押し付け、不貞腐れたように矢継ぎ早に尋ねる私。そんな可愛げのない私に対してジャックは不機嫌な顔一つしないで1つ1つ、真摯に答えてくれる。


「ぼくが公爵家の人間だと偽って君に近づいたこと――それは、出会ったばかりの時の君は『リモナ』を演じなくちゃ、っていう強迫観念が今以上に強かったから、早速一番偽らないといけないぼくに君がリモナじゃないことを気づかれたら君が壊れてしまうと思ったからだよ。それからの君との貴族同士の関係が心地よくって、つい本当のことを話せないでいてしまった。


 ……そして君との時間をつまらなそうにしていた理由? そんなの決まってるだろう。だってこの時間のぼく達は『王太子』と『婚約者リモナ』でいなくちゃいけない。大好きな人が自分の目の前で我慢に我慢を重ねて、本当の自分を押し殺している――そんなの普通の神経の人なら耐えられるわけがないじゃないか! 」


 そこで私ははっとする。殿下が私との時間をつまらなそうにしていた理由――それは誰よりも私のことを好きでいてくれた裏返しだったんだ。そうわかると、違う意味の涙がこみ上げそうになる。でも。


「……それって、本当の婚約者だったお姉ちゃんのことはどうでもいいってこと? 確かに私は……ジャックのことが好きだけど、それとこれとは話が違う! ジャックのことが大好きなのと同時に、私はお姉ちゃんのことも好き。そんなお姉ちゃんのことを簡単に捨てて、裏切って簡単に私に乗り換えちゃうようなら、私はジャックのことを軽蔑する」


 ジャックのことを睨みつける私。そんな私に対してジャックは柔らかく微笑んで「それは違うよ」と答える。


「リモナとぼくは最初から愛し合っていたわけじゃない。別に冷め切っていたわけじゃないし、寧ろリモナが亡くなる直前まで、男友達としては親しかった方だと思う。でも――リモナがいた時、毎週土曜日の午後ぼく達は何の話をしていたか知っているかい? 」


「……別に知らないけれど」


「リモナはいつも妹であるヘンリエッタの話をしていたんだ。君がリモナのことを深く愛しているように、リモナも君のことが大好きだった。そんな妹の話を楽しそうに語るリモナのことを見ている時間は、ぼくにとって幸せな時間だった。そしてリモナの話を聞くうちに、ここまで愛されている妹ってどんな人物なんだろう、と言う好奇心がどんどん大きくなっていった。


 まだリモナが生きている時。ぼくはお忍びで王城を抜け出して何度かヘンリエッタのことを見に言っていたんだ。実際に目にした君はいつも明るくて、天真爛漫で、ぼくは生まれて初めての感情を君に抱いてしまった。だからヘンリエッタ。ぼくの初恋相手は最初から君だったんだよ。そしてリモナにその気持ちを正直に伝えた時、リモナはなんて言ったと思う? 」


 懐かしむような目になって言うジャック。


「――『そうでしょう、私の妹は可愛いでしょう。でも、私の目が黒いうちは可愛い妹は渡さないんだからねっ! ただ、もし私が死んじゃうことがあったら、あなたがあの子のことを幸せにしてあげて。それは義兄としてでも、恋人としてでもいいから』って、リモナは言ったんだ。ほんと、君のお姉さんは重度のシスコンだったよ。だから――君とぼくの関係は、リモナ公認だ」


 お姉ちゃんが実際にその台詞を口にしているところが目に浮かぶ。想像しているだけで再び涙が滲んできた。ほんと、お姉ちゃんったら私のことが大好きなんだから。婚約相手の前でくらい、ちゃんと嫉妬して見せてよ。そんな風に思いながらも、私はお姉ちゃんが私のことを思ってくれていることがわかってものすごく嬉しかった。


「ヘンリエッタが、ぼくの初恋相手が事故死した。そう知った時、ぼくは気が気じゃなかったから独自に調査をし、本当に命を落としたのはリモナの方だという真実にすぐに辿り着いた。そしてリモナの死はものすごく辛いことだったけれど、結果としてぼくは初恋相手とお近づきになることができた。でも、せっかく初恋相手と――相手はリモナを演じているとはいえ――お近づきになれたのに、実際にぼくを待っていたのは、無理して演じ続ける初恋相手の姿だった」


「……」


「ぼくはすぐに君をこの苦役から救ってあげるにはどうしたらいいか、と考えた。もう初恋相手の彼氏になりたいとか、そういうことはどうだってよかった。そして考えたのが公爵家のジャックとして、君の心の支えになることだった。さっき言った通り、ぼく自身のままでは君が壊れてしまいそうだったからね。第三者である必要があったんだ。


 でも、彼氏にならなくていいと誓ったはずなのに、貴族同士として過ごした君との時間はぼくにとってものすごく楽しくて、ぼくはもっともっと君と先に進みたくなった。誰の前でも堂々と、ありのままの君といられるようになりたいと考えるようになってしまった。そしてぼくが辿り着いた結論。それが先週、公爵家のジャックとしてぼくが口走っちゃった『婚約破棄』なんだよね」


「婚約破棄……」


 言葉を反復する私にジャックは頷く。



「そう。ぼくがありのままにヘンリエッタとお付き合いするためには一度、リモザとぼくの関係をリセットさせなくちゃいけない。そうじゃないと、ぼくと『ヘンリエッタ』はお付き合いできないから。だから、ある時からぼくは、リモナとぼくの関係は冷め切って自然に破局したように見せかけるようになった。そうやってリモナと自然に婚約破棄できる状況を作り、改めて、今度は他ならない『ヘンリエッタ』としての君と婚約を結ぼうとぼくは画策した。


 本当はもっと関係が破局してから切り出すつもりだったけれど……ヘンリエッタ、君も、この話に乗ってくれないかい。そしてお姉さんの振りをした君じゃない、ヘンリエッタ自身として、ぼくのパートナーになってくれないかい? 」


 大好きな目でまっすぐ見つめられ、私は答えに窮しちゃう。


「で、でも、本当の私は死んじゃってることになってるし……」


「そんなの君は関係ない。事実を隠蔽したのはあくまでハンブルク侯爵家だ。それに、例えリモナと婚約破棄したところで王太子妃は同じハンブルク侯爵家から出ることになるんだ。そんな隠蔽、誰も咎められないよ。というか、ぼくが咎めさせない。そんなことよりもぼくは、ぼくが愛した君らしい君と太陽の下で胸を張って、一緒に歩きたい。だから――どうか、ぼくの手を取ってくれませんか」


 そう言って恭しく私の前に跪くジャック――否、王太子殿下。そんな殿下に私はまだ少しだけ逡巡しちゃう。でも最終的に。


 私は殿下の手をとって小さくはにかむ。


「はい、こちらこそ不束者で、落ち着きがない女の子ですが、よろしくお願いします」


 私のその言葉に殿下も小さく笑って言う。


「もう知ってる」

 ここまでお読みいただきありがとうございます。更新が遅れてすみません。あとエピローグを適当な時間にアップして本作は完結ですが、まあ本編はほぼほぼここでおしまい、と言うことになります。割とシンプルなストーリーではありましたが、どうでしたでしょうか。せっかくお読みいただいた以上、どこかしら心に残るものであったならば作者として嬉しいです。

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[良い点] あああ。すごい [気になる点] 自分への呪いが王子様まで苦しめていたとは
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