そのいち
今回はお立ち寄り頂きありがとうございます。本作は約1万字の異世界ラブコメになっております。全4話、本日中に全部投稿する予定ですので、よろしければお付き合いくださいますと嬉しいです。
土曜日の昼下がりの、王宮の一室。
そこで私と、私の婚約者ということになっているブロンド髪の美しい王太子殿下はいつものように向かい合っていた。2人の間に流れる気まずい空気。それから少しでも逃れようと私はティーカップに手を付けるけれど、私と殿下の関係のように冷め切った紅茶は、あんまり美味しくなかった。
紅茶の味では逃れられなかった私は、殿下の視線から逃げるようにティーカップに視線を落とす。揺れる水面に映るのは腰まで伸ばした金髪に空色の瞳をしている、ちょっとやつれた侯爵令嬢。そんな今の自分を見ていると、余計に虚しくなってきた。
次期国王である殿下と、その婚約者が付き合い始めてから今年で10年になる。物心つく前に親に結婚相手を決められた2人の関係は子供の頃ならいざ知らず、最近、とくにここ3年間は完全に冷め切っていた。私には殿下よりも好きな人がいるし、殿下だって私よりも好きな相手がきっといる。だけれども国や家族の期待を一身に背負っている私達は、自分のわがままなんかで結婚相手を選ぶことなんて許されなかった。そして今日も、婚約者として2人きりの時間を過ごすことを私と殿下は強いられていた。その間に当然、会話なんてない。
「そう言えばヘンリエッタ――君の妹が亡くなってから今年でちょうど3年、か」
ふと思い出したように殿下が言う。その目は懐かしむような、それでいてどこか寂しそうで、殿下が今の私に対しては絶対に向けてくれそうにない視線だった。でも私は、今は亡き姉妹に嫉妬心が起きたりなんてしなかった。私個人としては殿下に好かれようがどうでもいいし、それよりももっと大切な感情――今は亡き私の姉妹に対する感情がこみあげてきたから。
――今の私は彼女に顔向けできるようにちゃんとやれてるかな。ちゃんと頑張れてるかな。
ふとそんな考えが頭を過っては自嘲しちゃう。こんな、婚約相手と冷め切った関係になっているようでは天国にいる姉妹が安心できるはずもなかった。
「彼女は水色のショートカットが綺麗な、天真爛漫な女の子だったな。今頃ヘンリエッタがいてくれたら、ぼく達の関係をうまく取り持っていてくれたかな」
ぽつり、と殿下は意味ありげな言葉を呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇
それから数時間後。地獄のような気まずい時間をやり過ごした私は王城から逃げるかのように迎えの馬車にいそいそと乗り込んだ。そんな私のことを、殿下は当然のように見送りに来なかった。まあ私達の今の関係としてはそれくらいの方が正しいし、ちょうどいい。
馬車に乗り込んだ瞬間。私は頭に手をやり、金髪を脱ぎ捨てる。その途端、現れたのはブロンドの美しかった姉と対照的な、スカイブルーの短髪。そんな私を見て、私の専属メイドのルナはいつものようにたしなめてくる。
「もう、お嬢様ったら! まだ王城の中なんですから、ちゃんとお姉様を演じてください」
ルナのいつもの小言。そんなルナに、私はいつものように頬を膨らませて反論する。
「別にいいじゃん。誰からも愛されていたお姉様をうまく演じられないような私のことなんか、誰も見てないよー、だ! ルナだって、ちゃんとお姉様のことを演じられていない私と殿下の関係が冷え切っていることくらい知ってるでしょ」
自虐するように私が吐き捨てると、ルナは辛そうに目を伏せて、それ以上は何も言ってこなかった。
そう。ハンブルク侯爵家の第2令嬢であるわたし・ヘンリエッタ=ハンブルクは本当は殿下の正式な婚約相手じゃない。殿下の正式な婚約相手は私のお姉ちゃん・リモナ=ハンブルクの方。そして妹であるヘンリエッタは2年前の事故で、世間的には死んだことになっている。
私とリモナお姉ちゃんは髪色を除けば、見た目がそっくりな姉妹だった。でも、そんな私達の性格は真逆。生真面目で、清楚で、貴族令嬢の鑑のようなお姉ちゃんに対して、私はお転婆でトラブルばかりを起こしては、周りの貴族に呆れられるような女の子。そんな対照的な私達だったけれど、私達姉妹は世間的に見ても仲がいい方に入るんじゃないかと思うくらいには仲が良かった。私はよくできたお姉ちゃんのことを誇りに思っていたし、お姉ちゃんは羽目を外すことが多い私のことをいつも微笑んで見守り、時たまフォローを入れてくれた。お姉ちゃんが度々フォローを入れてくれたこともあり、私のお転婆さも『次女だから』ということで大目に見られていたところもある。
そして、私達と同年代であるこの国の王太子殿下の婚約相手にお姉ちゃんが選ばれたのはある種の必然だったと思う。そんなお姉ちゃんと殿下の婚約を、私は妹として祝福することはあれど嫉妬したりすることはなかった。お姉ちゃんも幸せで、私も自由に生きられて幸せ。そんな、みんなが幸せな日々がいつまでも続くといいな、そう願っていた。でも、そんな私達の幸せは3年前、呆気なく崩れ去った。
3年前に一族で避暑旅行に出かけた私達を襲った事故。そこで妹である私だけが命を落とした――世間的にはまあ、そう言うことにされている。でも、真実は違った。あの日亡くなったのは、本当は私じゃなくってお姉ちゃんの方だった。でも、一族としては王太子の婚約相手であるリモナお姉ちゃんを失うわけには行かなかった。みすみす次期国王の婚約者を手放すなんて、政治的にあり得ないことだったから。そしてその日を境に、本当は生きている私はお姉ちゃんの代わりに死んだことにされ、屋敷の外では私は、『リモナ=ハンブルク』として振舞うことを強いられたのだった。
私が今後お姉ちゃんと生きていくこと。それを受け入れることに全く抵抗感がなかったと言ったら嘘になる。お姉ちゃんと私は見た目はそっくりでもその生き方や性格は全く違うし、本当の自分を一生殺して生きていくなんて、想像しただけでぞっとした。でも、いくらお転婆娘の私でも14歳になれば貴族として一族のために動かなくてはいけないことぐらいわかっている。それに、お姉ちゃんだって私がお姉ちゃんの代わりを務めあげた方がきっと天国で喜んでくれると思った。だから私は私なりに、必死にお姉ちゃんを、王太子殿下の婚約者を演じた。でも。
私がお姉ちゃんを演じることなんて、最初のコンセプトから無理があったんだ。私の演技は所々解れだらけで、お姉ちゃんが築いてきたはずの殿下との信頼関係は私がお姉ちゃんに成り代わった途端に音を立てて崩れ去っていった。そして今、殿下と私の間の関係は冷め切り、『婚約』という名前だけの関係で辛うじて繋がっているにすぎなかった。
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特に本作は『女性向け』ラブコメを目指して書いてみたものなので、そう言う観点からコメントなどありましたら特に勉強になります。
あと、因みにですが本作のヘンリエッタは私の代表作に登場するヘンリエッタとは一切関係ございません。