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第五十四話 「人間ではない」という可能性

 文化祭当日。

 校内放送からはチャイムの代わりに文化祭のテーマ音楽が流れる。中庭には屋台が立ち並び、行列の中には見慣れた制服の他にも、他校の学ランやセーラー服、保護者の姿がちらほら見受けられた。


 寒空の下、かじかんだ両掌を擦り合わせる。買い集めたホットドックやら焼きそばやらを腕に抱えながら、私は本番前の舞台裏までデリバリーサービスをお届けすべく、人波を掻き分けて進んだ。


 びゅう、と風が通り抜ける。首元に寒気を覚えた私は巻いていたマフラーに顔を埋めた。


 ふと横を見やれば、おどろおどろしい茶色の着ぐるみに身を包んだ生徒が隣を通り過ぎていく。

 得体の知れない茶色の生き物は「世界一のカレー」と書かれた看板を掲げ中庭を闊歩していた。看板の縁にはポップな吹き出しで「美味しいよ!」と書かれているのだが、如何せん着ぐるみが全てを台無しにしている気がしてならない。なお、私のすぐ後ろで死神が「食欲を減退させる恐れがある」と懸念の表情を浮かべていた。



 (いよいよ、本番かあ)


 私達の出番まであと少し。自分の台詞などたった二言三言なのだが、思えばここに至るまで幾つもの苦労を乗り越えてきたものだ。

 花のスパルタ演技指導の数々を思い浮かべながら私は苦笑を浮かべた。しかしそれも今日で一つの作品へと昇華し完結するのだと思うと、何だか不思議な感覚がした。腹の奥底がむず痒くなると同時に、気分が高揚していく。



 体育館前に辿り着いた頃には、既に大勢の人が入場待ちの列をなしていた。扉の前に貼られたスケジュール表では、私達の出し物が次の時間の枠に表示されている。授業参観で見掛けたことのある人影もちらほらあって、私は逃げるようにしてその場を立ち去った。


 舞台裏の分厚い扉を開けると、用具班は機材の最終調整を、役者班は各々台詞合わせを行っていた。

 手前には花と満咲の姿があった。クラスメイト達に熱心に演技指導を行っていた花と付き添いの満咲に昼食を手渡す。更に奥へ向かうと、黄色の華々しいドレスに身を包んだ主役の姿があった。

 壁際で一人、長台詞を反復する永美。私が声を掛けると彼女は一瞬驚いたように目を丸くしていたが、すぐさま凛とした表情に戻って、私を迎え入れてくれた。


 「まだ、お昼食べてないかと思って」


 幾つか購入してきた屋台グルメの中から一つを選んで差し出す。中世の貴婦人であるジュリエット様に()()()()は似合わなかったけれど、件の貴婦人は気にすることなく茶色のそれを受け取った。

 それにしても、現代B級グルメを割り箸で嗜むジュリエット嬢の姿は些か滑稽に映る。


 「あら。この焼きそば、なかなかイケるじゃない。未玖にしてはまあまあのチョイスね」

 「ありがとう、って、私にしてはってどういうこと!」

 「飲み物はそうね。取り敢えずそこの()()()()()でいいわ」


 黒髪の御嬢様は私の腕に抱え込まれた蛍光色の紙パックを所望した。

 え。お茶とかあるけど、その組み合わせでいいのかな。


 「まさか、焼きそばとイチゴ牛乳を一緒に……」

 「何か問題でも?」

 「い、いいえ」

 何でもございません……。


 パチリと開かれた両目がこちらを向く。彼女は満足そうに微笑んでから「さあ、化学反応を始めるわよ」と謎の意気込みを示してみせた。「化学反応」の意味を理解した私は思わずああ、と声を漏らした。

 クラス一の美人は今や見た目こそ中世のレディそのものであるが、中身はただの門田永美マッドサイエンティストなのだ。そんな当たり前の事実を認識した私は、黙ってガクリと肩を落とす他なかった。


―――――――――――――――――――――――

第五十四話 「人間ではない」という可能性

―――――――――――――――――――――――


 ブザーが鳴り、最初のシーンが始まる。

 暗がりの中で響くナレーションの声。パッとステージが照らし出され、薄暗い空間から中世ヨーロッパの世界が浮かび上がる。私の目はステージに釘付けになっていた。


 舞台の上にあるのは、完璧なジュリエットの姿。クラス一の秀才の演技を前に、舞台裏から覗く私はただ見惚れていた。


 『まあ、なんて素敵なドレスなの。ジュリエット』

 『ありがとう。実はこれ今日のために(わたくし)自ら縫ったドレスなんですのよ。使用人達とも一緒になってそれはそれは試行錯誤の日々でしたわ。けれどそのお陰でこうして季節にぴったりの仕様に仕上がったんですもの、見てくださるかしら、この可愛らしいかぼちゃの表情! 紫色と橙色の組み合わせも素敵でしょう? フフ、我ながら中々傑作な仕上がりだわ、それにね、』

 『ま、まあ。すごいわn……』

 『今宵は先日インストールしたアプリで出会った殿方もいらっしゃるというお話ですものね、今宵こそは絶対に素敵なお方をゲットしてみせますのよ!』


 ジュリエットは相手の台詞も待たずに、食い気味でまくし立ててからステージの上を舞い踊った。

 黄色い華ドレスがクルクルと回る。軽快な音楽に合わせて赤や橙の舞台照明がステージを照らす。弾む様に早口を並べながら機敏な動きを繰り出すジュリエットの姿に、観客席からもちらほらと驚きと笑いの声が上がっていた。


 「やっぱり、花ちゃんらしい脚本だよね」


 隣から小声で話し掛けてきたのは、ジュリエットの友達役であるシンデレラ――もとい、親友の満咲だった。

 それにしても『ロミオとジュリエット』にシンデレラを登場させようとは。相変わらず有名作品同士を喧嘩させているとしか思えない。観客の誰かに怒られたりしないだろうか。一介の登場人物に過ぎない私は額を押さえることで精一杯だった。


 純白のドレスに身を包んだ灰被り姫は「普通こんなジュリエット思いつかないよね」とつけ加え、クスリと笑った。肩から流すサイドテールがふわりとウェーブを描く。青いシュシュが目に留まり、雪の結晶をモチーフにしたドレスに色が映えてよく似合っていると思った。

 そんな彼女の瞳には、ステージの上で軽やかに舞う黄色の華が映っていた。


 「永美ちゃんは凄いよ」


 一瞬、満咲の言葉に驚いた。

 その台詞はとても、永美と仲違いをしている人間のものとは思えなかったから。


 「うん。この台詞を噛まずに言えるなんて、永美は凄いよね」


 私は曖昧に笑い返した。

 彼女はステージを眺めたまま言葉を続けた。


 「私さっき、永美ちゃんに言われたの。『自分が間違ってた』って」

 「…………」

 「正直、驚いたんだ」


 舞台を眺めながら、満咲は困ったように眉尻を下げ、頬を緩ませた。

 ステージ上では相変わらず完璧な「ジュリエット」がスポットライトに照らされている。ロミオ役の男子生徒が歯の浮くような台詞でジュリエットを口説いている。


 『君はこの舞踏会の中で一番素敵だよ。とても輝いている』

 『まあ、素敵なお方! きっとこの方こそ()()()に相応しいお方ですわ』

 『君の声。その無邪気な微笑みはまるで、悪戯な小鳥のようだ』

 『あなたもよ。この私の心を奪っていく殿方は今までにいませんでしたわ! もうあなたしか目に映りませんもの。ロミオ、あなたのためなら私は何だってしますわ。ええ、私なら何でもできますもの。たとえあなたが何処へ行こうと……』


 「ねえ、未玖」


 満咲の視線の先には、軽やかに踊り舞う永美の姿があった。


 「私は永美ちゃんを、もう少し信じてみることにする」


 その言葉を聞いた瞬間、今までの満咲と永美を取り戻せた気がして嬉しいと思った。

 けれど同時に、心の奥底に小さな棘がチクリと刺さったような感覚がした。些細な痛みはきっと気のせいに違いないと思った。そう自分に言い聞かせた。


 「うん」


 咄嗟に脳裏を過ぎったのは、本番前に永美が漏らした言葉。


 《聞こえるはずのない声が聞こえてしまう。見えるはずのないものが見えてしまう》

 《私きっと、もう、駄目かもしれない》

 《ねえ。あなたは……()()()()()よね?》


 胸の奥に生じた嫌な予感を封じ込める。私は何事も無かったように笑ってみせた。



 いよいよ私の出番がやってきた。

 私の台詞は二言三言しかないのだが、遠くの方で花監督が親指を立てているので無駄に緊張してしまった。


 両拳を握り締め、深い呼吸を一つ。

 舞台が暗転している間に、村人夫婦役の私は同じく村人役の神峰君と顔を見合わせてから、共に舞台へと移動した。


 パッと音がして、白い照明が私達を照らす。と同時に、反対側の舞台袖からジュリエットが入ってきた。

 シーンは山の中。山で暮らす二人の老夫婦が、山中で迷ったジュリエットと遭遇する場面である。


 どうしてジュリエットが山の中に迷い込んだのかというと……


 『まぁ、私を心配して下さる優しいお爺さん。実は私、とあるお方のために探しものをしていたんですの。でも、どうやらその途中で迷ってしまったようですわ』

 『ほうかい、ほうかい。で、お嬢さんはこんなところで何を探しておいでかね?』


 舞台の奥にある音響装置から流れる風の音。手作りの樹木の背景が葉を揺らす。

 相変わらず神峰君のお爺さんが本当に山暮らしのお爺さんをしているので、私は思わず自分の役割すら忘れ感心してしまった。


 『実は、この山の奥にあるという伝説のきのこを探しているのですわ! それはそれは大層美味だというお話ですから私どうしてもあのお方のためにそれを見つけ出したくて……』


 それにしても、きのこって何なんだろう。

 やっぱりこの劇、どんどん方向性がおかしくなっているような……。


 『きのこ、とな? わしぁ狩り専門じゃからのぅ。いっつも山菜採っとる婆さんなら知っとるかいの。ほれ、婆さん、何か知らんか』

 『きのこ。そ、そういや、前に山菜採り行ったとき、妙に鮮やかな色した、でか、でっけぇきのこがあったかね』


 嗚呼、最初の台詞で噛んでしまうとは。

 ごめんなさい、クラスの皆さん。ごめんなさい、主役のジュリエット様。でもジュリエット永美様ならこんな出来損なった婆さんのこともフォローして下さるに違いない。


 (あれ)


 一瞬の沈黙。ここは彼女の台詞のはず。

 チラリとジュリエットを見やると、冷たい視線と目が合ってしまった。村人衣装にドッと汗が滲んでいく。


 (ダメだ。本番に限って台詞を噛んだから怒ってらっしゃる……!)


 先程の自分の失態を後悔しつつ、心中に焦りが募っていく。永美の周りで澱んだ炎が燃えているような錯覚に陥った。

 けれどその後、彼女の台詞は何事も無かったかのように続いたので、一瞬冷え切った肝は次第に元の温度を取り戻していく。同時に、次は無いと悟るのだった。


 『まあ! 本当なのねお婆さん。で、そのきのこ、一体何処で見掛けたんですの?』


 先程の沈黙など嘘のように、彼女の微笑みは完全な「ジュリエット」だった。

 寧ろそれが恐ろしくすらあったのだが、そんなことは口が裂けても言えない。「一瞬、永美が般若に見えたよ」なんて言ったら一生実験動物にされかねない。この恐怖は墓場まで大事に抱えて持っていくとしよう……。


 『あ、あっちじゃ』


 そして、緊張のあまり声が裏返ってしまいました。


 (あ……)


 駄目だ。後で殺されるかもしれない。

 森の奥を指差す人差し指が震え出す。気がつけば花達に特訓をしてもらった日々が走馬灯のように駆け巡っていた。ごめんなさい、クラスの皆さん。ごめんなさい、主役のジュリエット様。私レベルではこれが精一杯でございました。


 完璧な演技の「ジュリエット」と比べると温度差甚だしい限りではあったものの、私の「お婆さん」としての役割はここで終了した。


 ――はずだった。


 『…………』


 とあるトラブルが発生するまでは。


 舞台に流れる、無言の沈黙。一回限りの舞台を包む、独特の緊張感。

 私達を照らす白いスポットライトが焦燥感を煽る。


 ここは永美の台詞のはず。私は森の奥の方を指さしたまま、恐る恐る彼女の方にチラリと目をやった。

 そして、信じられない光景を目にした。


 「…………!」


 言葉を失い、その場で立ち尽くすジュリエット。

 虚空を眺める珈琲色の瞳。中途半端に開かれた口。青ざめた彼女の表情を見た瞬間、私は唐突に理解する。


 《花は永美が演じるのを想定してこの長台詞にしたって言ってたよ。このアクの強いキャラは永美にしか出来ないだろうって》

 《クラス一の秀才、我らが永美は何でも出来る『天才』だから》


 (もしかして永美、台詞を……)


 私は忘れ掛けていた当たり前のことを思い出した。

 門田永美は決して完全無欠な存在などではなく、私達と同じような弱くて脆い人間なのだということを。


 ドクン、と心臓が鳴る。

 腹の奥底から熱いものが込み上げてくる。


 あまりの沈黙の長さに会場がざわつき始めた。舞台袖でクラスメイト達が、一体何が起こったのかと騒いでいる。

 台詞。台詞さえ分かれば、この状況を打開出来るはず。


 (でも、私に出来ることなんて……)


 考えるんだ。きっと何か出来るはず。

 考えろ。何かあるはずなんだ。何か、何か、何か……!


 意識を脳に集中させる。

 一つ一つ、頭の中で解決の糸を辿っていく。


 「…………!」


 突如、視界が光に包まれるような感覚がした。咄嗟に両目を瞑ると、瞼の裏側に鮮やかな映像が流れ込んでいく。


 それは過去の記憶だった。


 映像は少しずつ、過去の記憶を遡っていく。鮮烈な音や感覚を伴って、浮かび上がっていく。


 ――昨晩永美と話をした時のことが。

 ――神峰君と並んで話をした時のことが。


 リアルに、鮮明に。

 ()()()()()()()ありありと。


 ――満咲に忠告される直前に手渡した飲料の()()()()が。

 ――最初に花に手渡された千円札に印字された()()()が。


 ――初めて手にした台本に目を通したときに目にした文字の羅列が。


 そのときの映像が、そのイメージが、文字が流れ込んでくる。

 森の中。迷い込んだジュリエット。村人夫婦に対するお礼と別れの言葉。脳裏に浮かんだ羅列の意味を理解した瞬間、私は行動していた。

 何故こんな事が出来たのかは分からなかったけれど、考えるより先に、私の足は一歩先へと踏み出していた。


 ざわめく会場。永美は虚空を見上げたまま座り込み、譫言を繰り返していた。

 私は永美の元まで行き彼女を抱きしめた。


 『辛かったろう。ここまでずっと一人で歩いて、彷徨って来たんじゃからの』


 咄嗟に考えた、「お婆さん」としての台詞を伝える。


 「  」「  」


 彼女を抱き寄せ、耳元で誰にも聞こえないようにジュリエット本来の台詞を囁いた。

 それは、この劇のジュリエットらしい大袈裟なお礼の台詞。



 『まあ、助かりましたわ』

 『この御恩は、()()()()()()()……』



 舞台裏からパラパラと拍手が沸き起こる。それは観客席にまで広がり、やがて舞台全体を包み込んでいく。

 「流石、天才」「演技がリアルだった」その場にいた全員が次々と門田永美の名演技を称えていく。


 前半の幕が下りていく。沢山の拍手に包まれながら、永美は最後までジュリエットの演技を続けていた。

 抱き合っていたのでよく分からなかったけれど、私の背中から聞こえてくる彼女の声は震えていた。泣いて感謝するその仕草が「ジュリエット」の大袈裟な演技なのか、それとも「門田永美」の本心なのかは、私には分からなかった。


  ☆★☆


 警察署地下の資料室。

 整頓された棚に段ボール箱が並ぶ。薄暗い部屋の奥には二人の男の姿があった。


 「門田さん。勝手にこんな事したら怒られちゃいますって」


 すぐ背後で小声を震わせる宮田に構う事なく、呼び掛けられた白髪混じりの刑事はガムテープで閉じられた箱を次々と開封していく。相変わらず頑固な上司に、若い刑事は力なくげんなりと肩を落とした。


 (だから、ガムテープだったのか)


 先程持参するよう命じられた手元のガムテープの意味を理解し、宮田は溜息を一つ付け加えた。閲覧済みの段ボール箱を()()姿()に戻していく作業。それが彼の仕事だと理解した宮田は、意気消沈しながら作業に取り掛かった。

 整理棚の隅に視線を移した門田は、ふと、一番奥にある段ボール箱に目を留める。


 (『倉庫内転落事故』……何でこんな所に、事故の資料が)


 段ボール箱を取り出し、手持ちのカッターナイフで開封する。中には捜査資料の束が整頓されていた。門田は順番に目を通していった。「捜査報告書」事故死。「供述調書」事故死。「鑑識報告書」事故死。「死体検案書」事故死。書類は全て同じ結論に至っていた。

 それから門田は、箱の底に灰色の封筒を見つけた。封筒の表には「XX(ダブルエックス)」と書かれたラベルが貼ってあるだけで、その他の情報は載っていない。糊付けされた封筒を開くと、中には複数の資料に加えて一冊の雑誌が入っていた。


 (二十年前の雑誌だな)


 地下の空間にキリリ、と刃を仕舞う音が響く。

 雑誌には所々付箋が貼られ、誰かのメモ書きが残されていた。付箋の貼ってある頁を開いた瞬間、門田は思わず息を呑んだ。


 (まさか……!)


 記事の中で取り上げられていた一つの事件。倉庫で発見された男女三人の遺体。いずれも原因不明の不審死を遂げていた。

 付箋には乱雑に「事件性」「証拠」と書き殴られた文字が残されていた。


 「門田さん、それ……!」


 背後から彼の手元を覗き込んだ宮田が声を震わせた。

 門田の手先が冷たくなっていく。こめかみを嫌な汗が流れた。


 「二十年前のものだ。これが蒲田未玖の仕業なら」

 「…………」

 「まだ、()()()()()()()はずだが」


 地下倉庫内を緊張が包み込んでいく。薄暗い部屋にチク、チク、と腕時計の秒針音が響く。

 宮田は低い声で零した。


 「不死身……」


 今だけは、到底刑事とは思えない部下の言葉を咎める気も起きない。

 門田の目は雑誌記事の文字を滑り流れていく。《原因不明の不審死! 一体彼らの身に何が?!》見覚えのある文言。明確に印字された年月日。それらが事実を奇怪に歪ませていく。


 「もしかしたら僕達が相手にしているのは、()()()()()()()()()のかもしれませんよ」


 段ボール箱に囲まれた倉庫の中、嫌な沈黙が流れる。

 脳裏に浮かんだ滑稽な仮説は強く頭を振って掻き消した。そんなことがあるはずないのだ。


 (あなたのお嬢さんがそう教えてくれたように、ね)


 上司の背中を見下ろしながら、男はゆっくりと口角を吊り上げた。

 門田刑事は唐突に感じた寒さに身震いを一つするのみで、その事実に気がつくことはなかった。

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