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シャーリンは入ってきたのがリットだと気がついたが、振り返ることはなかった。
ただ窓から空を見上げているだけだ。
「みんな待ってるよ」
リットは歩を進めて中へと入ってくる。
「どうすればいい? あたしは何をすればいい?」
「勘弁してよ……。もうどうしようもな――ッ!?」
「ダメだよ」
リットはシャーリンに近づくと、彼女の肩をグイッと引っ張った。
強引に自分のほうを見るようにすると、リットは言葉を続ける。
「あたしはまだ止まれない。メロウ姉さんの夢はまだ生きてるんだ。教えてよ、シャーリン。あたしは何をすればいい?」
「だからもう終わってんだッ――!?」
声を荒げたシャーリンの胸倉を掴み、リットは思いっきり引っ張った。
そのときのリットの顔には表情がなく、反対にシャーリンの顔は激しく歪んでいた。
メロウが死んで頭がおかしくなったのか。
シャーリンはリットの顔を見てそう思った。
悲しみも怒りもなく、何か強い意志に突き動かされているような、今のリットの姿はシャーリンの目にそんな風に映る。
「メロウ姉さんは言ったよ。シャーリンと姉妹になったのは、あんたが姉さんと同じ夢を持っていたからだって。フリー、ガーベラ、ファクト、あたしたち全員で聞いたんだ」
シャーリンは何も言い返すことができなかった。
知ってるなら話が早い。
だが、その夢にはメロウ·リフレイロードが絶対に必要だった。
彼女だけが自分の夢を――この国を変えられると、シャーリンはメロウが死んだ今、夢は消えたのだと歯を食いしばる。
まともな人間ならば。
ネイルや彼女の仲間ならば、今のシャーリンからその気持ちを察することができただろう。
しかし、リットは止まらない。
シャーリンのことなど微塵も気にせず、彼女は言いたいことだけを口にする。
「ねえ、何人殺せばいいの? 貴族や王さまを殺せばいいの? ねえ、シャーリン。早く教えて、教えてよ。あたしはどうすれば姉さんの夢を叶えられる?」
「やれやれだね……くそガキ!」
シャーリンは、胸倉を掴んでいたリットを振り払った。
力任せに振り払われたリットは壁へと激突し、大きな衝撃音が部屋に響き渡る。
そんな音に負けずに、シャーリンは声を張り上げた。
それまでふさぎ込んでいたのが嘘のように、リットに喰らいつかんばかりの勢いで叫ぶ。
「ああ、わかったよ! もうどっちに転んでも地獄なんだ! だったらメロウと私の夢の実現をあんたに、あんたらに見せてやるッ!」
「そうだよ……。姉さんとシャーリンの夢を見せて……」
無表情だったリットの顔が微笑む。
覚悟を決め、吠えたシャーリンを見て笑みを浮かべている。
「誰でも殺す……。なんでも壊す……。メロウ姉さんの夢を叶えるためだったら、あたしはなんだってやってやる」
笑うリットの言葉を聞き、シャーリンの顔にもまた笑みがこぼれた。
それは、これから始まる無謀な戦いの前にするには、ずいぶんと楽しそうなものだった。
――リットがシャーリンと顔を合わせる少し前。
フリーとガーベラは、砦内にある庭で食事を取り終えた頃だった。
ガーベラは庭にあったイスから立ち上がると、テーブルに立てかけていた戦槌を手に取る。
そんな彼女を一瞥したフリーは、テーブルに突っ伏す。
「なあ、シャーリンの大姉さんが戻ったらしいけど、なんか訊こうとか思わないのか?」
訊ねられたガーベラは、いつもの素振りを始めた。
戦槌を片手で持ち、左右の腕を交互に使って限界が来るまで振り続ける訓練だ。
彼女はメロウと出会ってから、余程のことがない限り、この日課を欠かしたことはない。
フリーは当然知っているが、メロウが亡くなった後でも止めずに続けている。
「もう大姉さんはいらないだろう。シャーリンでいいじゃないか」
規則正しい呼吸をしながら、ガーベラはそう答えた。
質問に答えたわけではなかったが、フリーはそれもそうかとテーブルに肘をつく。
「よう、お前ら。思ってたよりも元気そうだな」
そこへファクトが現れた。
失った右腕に包帯を巻いた姿は痛々しいものだったが、悲壮感はどこにもない。
実に晴れやかな顔でフリーとガーベラの前に現れ、残った左腕を振って挨拶をしていた。
「ファクトもね。右腕を斬られたのに元気なもんだ」
「ああ、お前の魔法がなかったら死んでたけどな。マジで助かった」
ファクトは軽口を叩くと、フリーの隣にあったイスに腰を下ろした。
それからテーブルの上にあった木製のコップを手に取ると、誰の者かもわからないのに飲み干す。
それを見て、ガーベラが戦槌を振りながら言う。
「おい、それは私のだぞ」
「固いこと言うなよ。それより大姉さん、いや、シャーリンが戻ったんだろ?」
「ああ。だが、何の指示もない。リットの奴も部屋から出てこないしな」
「えっ? そうなのか? さっきあいつが廊下を歩いてるのを見たぞ」
ファクトがそう言うと、フリーとガーベラは互いの顔を見合わせた。
そして笑みを交わし合うと、フリーはイスから立ち上がり、ガーベラが戦槌を振るのを止める。
ファクトは一体何事だと不可解そうにしていると、ガーベラが彼の首根っこを掴んで歩き出した。
「おいおい!? いきなりなんだってんだよ!?」
「いいからいいから」
フリーは引っ張られていくファクトにそう言い、ガーベラが彼の後に言葉を加える。
「あいつが動いたんならすぐに始まるぞ。それに備えて、お前は良い作戦でも考えておけ」




