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フリーは、この状況で一騎討ちを仕掛けてくるオルタナを見て思う。
けして強くは見えないが、王国騎士団の男だ。
剣の技術や身のこなしは、衛兵をはるかに超えているはずだ。
敵はもう勝った気でいる。
だからこそ衛兵や魔導機兵を使わずに、一人で向かってきている。
何より魔力が尽きかけている魔導士を相手に、騎士が気張る必要もないのだろう。
絶体絶命ではあるが、フリーの笑みは消えない。
それは彼の中では、この包囲された状況から仲間たちを逃がせたことで、もう目標が達成されているからだった。
外にはリットとガーベラがいる。
二人の性格からして、この騒ぎで屋敷に入って来ようとするはずだ。
窓から庭に出たメロウたちを、彼女らが逃がしてくれる。
アテンティーヴ王女の確保は失敗したが、メロウ姉さんと仲間たちさえ生きていれば問題ない。
姉さんが、メロウ·リフレイロードがいれば、自分たちは何度だってやり直せるんだ。
「なぜそこまでするんですか? いやはや、ずいぶんと義理堅いというか。君ほどの忠誠心をみせる人間なんて初めて見ましたよ」
「忠誠心か……。それとはちょっと違うかな」
「ほう。よかったらいろいろ聞かせてもらえませんかね。後学のためにも」
オルタナが剣を握りながら歩を進めてくる。
フリーはロッドを構え、反撃の体勢になった。
もう魔力も残り少ないとなると、接近戦から隙を見て魔法を放つしかない。
勝てないまでも逃げなければ。
自分にはまだやりたいこと、なりたいものがあるのだ。
そもそもこんなところで死んだら、大魔導士など夢のまた夢。
メロウたちを逃がして自分も助かる。
ここまでやってこその未来の大魔導士だと、フリーはオルタナへと飛びかかる。
「うおぉぉぉッ!」
ロッドを突き出し、体全体で突進していく。
反撃を恐れずに前に出る。
フリーは腕力こそ低いが、その鬼気迫る突きの連打にオルタナは驚かずにはいられなかった。
この者は本当に魔導士か?
それにしては戦法が泥臭すぎる。
「良い踏み込みです。君には剣の才があるかもしれない。だがッ!」
躱し続けていたオルタナの反撃が始まる。
向かってくるロッドを弾き、より距離を詰める。
それからグリップを返し、柄頭をフリーのこめかみに思いっきりぶつけた。
「ぐはぁッ!?」
その一撃でフリーが吹き飛ぶ。
こめかみが割れたのか、血を流しながら風に吹かれた案山子のようによろめく。
だが、倒れない。
地についた足に力を込めて踏ん張り、再びロッドを振り上げる。
ポタポタと赤い雫を垂らしながらも、フリーは前に出続けた。
「こんなとこで終われないんだ! ボクも、あいつらも、メロウ姉さんも……終わってたまるかぁぁぁッ!」
これはすぐには倒せない。
オルタナはそう思うと、衛兵や魔導機兵に指示を出し、シュガーたちの応援へ行くように言った。
それから何度も同じ図となったが、フリーは片目が潰れようが肩を斬られても決定的な一撃は避け続け、気がつけば二人は廊下をかなり移動していた。
「はぁ……はぁ……。強いなぁ……。なんで一発も当たらないんだよぉ……」
「ふむ。魔法を放つ隙を狙っているようですが、上手くいかないものですね。まあ、逆調や不順こそ人生みたいなものですから、この辺りで諦めてください」
オルタナの細目がフリーを捉え、剣を突き出した瞬間。
突然、横にあった壁が崩れ、そこから金色の髪を束ねた女が飛び込んできた。
ガーベラだ。
彼女は戦槌で外から壁を破壊し、屋敷の中へと侵入してきたのだ。
「無事だろうな、フリー!」
ガーベラはフリーの名を叫びながら戦槌を振り、オルタナの胴体へぶつける。
オルタナは間一髪のところで剣を戻して防いだが、凄まじい衝撃で壁に叩きつけられた。
それでもすぐに体勢を整えて、現れたガーベラと対峙する。
「イタタ……。慣れないことはするもんじゃないですね。危うく死ぬところでした」
「死にたくないなら去れ。次はないぞ」
ガーベラは戦槌を構え、オルタナもすぐに剣を握り直す。
得物の長さでいえばガーベラのほうが優位だが、懐に飛び込めばオルタナの剣のほうに分がある。
傍で見ていたフリーは、ガーベラに声をかけようとしたができなかった。
それは、向き合う二人から凄まじい威圧感を覚えたからだった。
思わず体が震えてしまう。
先ほど死にかけたときよりもずっと恐ろしい。
気迫、殺気、凄味なんでもいいが、ガーベラとオルタナ両者の体からは、何か畏怖をせずにはいられない何かが放たれている。
「なら去らせてもらいますか。はっきり言って君には勝てそうにないしですし」
「嘘をつけ」
ガーベラが返事をした後――。
オルタナの細い目が大きく開いていた。
それと同時に、戦槌と剣が二人の体に向かって動く。
ガーベが胴体を狙って振り、オルタナは飛び上がって躱し、その勢いで彼女の頬を斬り裂いた。
互いに致命傷にはならなかったが、オルタナは両手を上げて下がっていく。
そのおどけた様子は、先ほどと同じ人物とは思えない姿だ。
「良い剣筋だ。さぞかし名のある剣士なのだろうな、あなたは」
「リフレイロード王国騎士団のオルタナ·オルランドです。あッ、別に覚えなくていいですよ。できることなら、君みたいな人とはもう戦いたくないですから」
「私はメロウ·リフレイロード王女の騎士、ガーベラだ。こっちの男は未来の大魔導士フリーという。私たちのことは覚えておいてもらおうか」
ガーベラが自らとフリーの名を伝えると、オルタナは片足の甲冑を外し始めた。
先ほどの戦槌の一撃がかすっていたのか、足具の甲冑は原形がないほど砕けている。
「あーまた怒られちゃうなぁ。甲冑もタダじゃないんですよね。では名前は覚えるので、今度会ったら弁償がてら酒でもおごってください」
オルタナはそう言うと、辟易した顔で二人の前から去っていった。




