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――シャーリンに連れられてネイルといた町を出たリットたち四人は、とある貿易都市へと来ていた。
町からは一週間もかかり、馬車での移動でクタクタになっていたが、彼女たちはようやくメロウと会えることに喜びを隠せずにいる。
屋台が並び、活気のある街並みもあったのだろう。
街を歩く誰もが笑顔でおり、さらにめずらしい物が売っているのもあって、四人は今にも馬車から飛び出して行きそうだった。
「そんなに見たいなら行っていいよ」
「本当にいいの!? 大姉さん!」
シャーリンの一言にリットがパッと顔を明るくすると、彼女は「ただし」と言葉を付け加えた。
この貿易都市は、リフレイロード王国の中心に近い場所にある。
そのため、これまで通ってきた町や辺境に住む兵士とは士気も練度も違う。
もしこの街で揉め事を起こしたら、そんな連中がすぐに集まってきて、あっという間に捕らえられて牢屋行きになってしまう。
シャーリンの忠告に聞き、フリーがからかうように笑う。
「でも、やってみなきゃわかんないでしょ。大姉さんだって、ボクらの実力を全部知ってるわけじゃないんだからさ」
「わかってないねぇ。ここはもう国の圏内なんだよ。あんたたちがどこの出身か知らないけど、現在の国内情勢で圏外は言っちまえば無法状態さ。でも、ここには法も秩序もある。ちょっとした小突き合いだけでも兵士が集団ですっ飛んでくるんだ。ここの連中は、あんたらがいた島の魔導機兵みたいに優しくないよ」
フリーは不服そうにしながらも、シャーリンにもう言い返さなかった。
それは、戦争の結果が兵士の数で勝敗が決まるように。
今の自分たちでは、王国の兵士に敵いそうにないことを、理屈で理解できたからだった。
「辺境じゃ泣く子も黙る|盗賊万歳《ヘイル トゥ ザ シーフ》も、ここじゃどこにでもいるギルドの一つでしかないしね。メロウに会いたいならお行儀よくするんだよ。じゃないと、捻り潰されて明日にはカラスの餌にされちまうからね」
「わかったよ。じゃあ、ちょっと見てくるね」
リットはシャーリンの話を聞くと、いつもの軽い調子で返事をすると馬車から飛び降りた。
彼女は石畳の地面に着地すると、仲間たちに早く見に行こうと手を振っている。
しょうがないなといった様子で、ガーベラとフリーも馬車を降り、リットの後に続いた。
ファクトはシャーリンのほうを見て、大姉さんたちは街のどこに向かっているかと訊ねる。
「街の外れに労働者の居住区がある。まあ、スラム街だよ。そこにいるから適当に楽しんだら来な」
「ああ。でも、本当にいいのか、オレら行っちまってさ。あいつら、大姉さんに釘刺されててもぜってぇになんかやらかすぞ」
「息抜きも大事だからね。それに忠告はしたんだ。問題を起こせば自分たちがいけないことをしたって、自覚しやすいでしょう」
「罪悪感をコントロールしようってのか……。怖い人だな、あんたは……」
「そいつは褒め言葉として受け取っておこうか。それにしてもあいつら、あんたが場所を訊かなかったら、一体どうやって私らと合流するつもりだったのかね」
「考えてねぇだろうな……。まあ、そいつがオレの役回りだよ」
ファクトは乾いた笑みを浮かべながら馬車を飛び降り、手を振っているリットたちのもとへと走っていった。
シャーリンは離れていく彼ら彼女らのことを、暗い表情で眺めている。
何もなければいいが、と。
リットたちは賑やかな商業地域を進み、ときには屋台で人数分の果物や串焼きを購入。
貿易都市グルメに舌鼓を打ちながら、ブラブラと街の雰囲気や買い物を楽しんでいた。
屋台の並んでいた通りを抜けると武器屋が目に入り、リットたちは外にあった樽に入った剣や槍を見ることに。
「ねえ、魔法剣って槍とか斧にもできるのかな? でもそれだと魔法槍? 魔法斧?」
「原理は一緒じゃないのか? たしかにそんな呼ばれ方は聞いたことないが、メロウ姉さんなら知っているかもな」
リットとガーベラが武器を手に取ってそんな話をしてると、何やら店の前で騒ぎが起こっているのが目に入った。
小さな子供がガラの悪そうな男たちに絡まれている。
周囲にいた者たちの会話から、どうやら子供が男にぶつかってしまい、服が汚れたとかなんとかで揉めているようだった。
リット、フリー、ガーベラの三人は、その様子を見て身を乗り出そうとする。
「おいおいお前ら!? 何をするつもりだよ!? 大姉さんから大人しくしているように言われてんだろ!?」
ファクトが慌てて止めると、彼女たちはニッコリと笑顔を返す。
「大丈夫だよ。ちゃんと大姉さんに言われたように、お行儀よくするから」
「別に喧嘩しようってわけじゃない。ちょっと大人げないと言ってくるだけだ」
「それに、子供が困ってるのを放っておけないじゃん」
リット、ガーベラ、フリーは順々にそう言うと、ファクトが止めるのも聞かずに子供と男の前へと行ってしまう。
やはりこうなるかとファクトは頭を抱えたが、彼はため息をつきながらもすぐに三人の後を追いかけた。
その顔は、自分はたしかに止めたぞと言いたそうだった。




