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フリーとファクトは慌ててガーベラを止めようとした。
先ほどはしょうがないにしても、現状はネイルとシャーリン本人が制してくれたことで場が収まったのだ。
ここで蒸し返すのは、いくらなんでもやりすぎだ。
「あーズルいぞ、ガーベラ! ターバン女とはあたしがやるんだ!」
だが、押さえていたリットが喚き出したので、ニ人は動けなかった。
ガーベラが詰め寄ると、シャーリンは彼女に微笑みを返す。
シャーリンは周囲にいた仲間たちを下がらせながら、ガーベラに向かって口を開いた。
「ついでついでって、さっきからそればかりじゃないの」
「そいつは気がつかなかった。では、改めて手合わせを願いたい」
答えたガーベラは、握っていた戦槌を一振り。
風圧がシャーリンの全身に吹き、彼女はさらに笑みを深くする。
そこへネイルが駆けてきたが、彼はシャーリンの指示を受けた仲間たちに阻まれて動けずにいた。
再び不穏な空気が流れる。
フリーとファクトは焦っていた。
しかし、シャーリンの機嫌が良さそうなこともあって、先ほどのような集団で襲われるといった脅威は感じない。
あのターバンを巻いた女は何を考えているのか。
国から追われているメロウと姉妹分になるなどやることがメチャクチャだ。
リットを押さえつけながら、フリーとファクトは顔を歪めるしかなかった。
もうガーベラは止まらない。
一度決めたら最後までやる。
彼女はこの場で必ずメロウの居場所を知ると決めているのだ。
ならば噂に名高い|盗賊万歳《ヘイル トゥ ザ シーフ》の幹部の実力を見てやろうじゃないか――と、彼らも覚悟を決めた。
ガーベラは仲間内でも、あの流刑島パノプティコンでも腕力だけならば誰よりも強かった。
女性でありながら屈強な男を相手に、一歩も引かない胆力も持っている。
そういう意味ではメロウやリットも近いタイプなのだが、ガーベラは特に気が強い。
それと口には出していなかったが、メロウの姉貴分になったシャーリンのことが気に入らないのだろう。
自分が認めた相手でなければ、ガーベラはたとえ地位が高い者でもぞんざいに扱うところがあった。
「やれやれって感じね……。でも、いいわよ。相手になってあげる」
「そいつはありがたい。では、早く武器を取ってくれ」
「私は武器は使わない。まあ、たまにガントレットくらいは付けるけどね」
「あなたは……魔導士なのか? そうは見えないが」
不可解そうにしているガーベラに対し、シャーリンは手をクイクイと動かして手招きした。
それが始まりの合図と思ったガーベラは、戦槌を構えていきなり振り上げる。
そして、目の前にいるシャーリンに向かって彼女の横っ腹を狙って振り落とした。
凄まじい風圧が舞い、それでもシャーリンは動かずにいる。
このままでは斜めから振り落とされた戦槌が、彼女の脇腹に突き刺さる――素人でもわかる結果になると思われた。
「度胸があるね。気に入ったよ」
戦槌は空を切った。
ガーベラの腰の入った一撃は虚空をえぐるように振り抜かれ、そこにいたはずのシャーリンは彼女の背後に立っている。
一体何が起きたのか。
フリーとファクトは驚きを隠せず、誰よりもガーベラが得体のしれないシャーリンの力に震えていた。
三人は瞬き一つしていない。
それなのに、どうやって一瞬で真後ろに移動できたのだ?
これが|盗賊万歳《ヘイル トゥ ザ シーフ》の幹部の力なのか。
言葉を失ったガーベラたちにシャーリンが言う。
「心配しなくてもメロウにはすぐに会わせてあげるよ。それと、あんたが言った大姉さんっていいね。今度から新入りにはそう呼ばせるか」
シャーリンはガーベラの肩をポンっと叩くと、訓練場を去っていった。
リットを押さえたまま、フリーとファクトが彼女のもとへ走り出す。
「おい、ガーベラ! 大丈夫か!?」
「なにがあった!? あの女はなにをやりやがったんだ!?」
心配そうに声を張り上げたニ人に、ガーベラは何も言うことができずにいた。
彼女はただ俯きながら戦槌をそっと下ろしている。
自分だけではなく、彼らもシャーリンのしたことを理解していないことに、ガーベラは畏怖の念を抱かずにはいられない。
催眠術や超スピードのようなものではない。
もっと別の力。
こちらが一撃放っただけで、圧倒的な恐怖だけがガーベラの心には残された。
「ガーベラ! さっきのはなに!?」
だがリットだけは変わらず、左右からフリーとファクトに押さえながら叫ぶ。
「あのターバン女のことを大姉さんなんて! そんなのあたしは認めないよ!」
「リット……お前という奴は……」
「ああ、図太いと言うかバカと言うか……」
「あれを見てビビらねぇのかよ……」
三人はシャーリンの力の片鱗を味わっても変わらないリットを見て、呆れながらも笑い、すっかり恐怖が消えていた。
上手くは言えないが、こいつにはどうも励まされるところがある。
その強さは、メロウ姉さんに少しだけ似ている。
三人はそう思った。
「テメェら……なにやらかしてんだ、バカ野郎どもがぁぁぁッ! ムカつく、マジでムカつくぜ! もうすぐでどうしようもないことになるとこだったんだぞッ!」
彼ら彼女らのもとに、ネイルが凄まじい形相で駆け寄ってきた。
リットがそんな彼と言い争いを始めると、三人は笑いが止まらなくなった。




