17
「闇夜を照らす猛る炎よ、出でよ」
フリーの右手に炎が現れる。
「吹き抜ける風よ、我が手の中で荒れ狂え」
次に左手に風が巻き起こる。
両手に現れた炎と風を、フリーは同時に兵たちへ放った。
兵たちは炎と風が同時に現れたことに面を喰らったのか、為す術なく動けずに身を固めている。
同時に別属性の魔法を唱えるのは、かなりの高等技術だ。
フリーはメロウから基礎的なことを習っただけだったが、それを使用してみせた。
独学というのもあったのだろう。
魔法や魔術に関して、フリーは体や感覚で覚えることに長けていた。
フリーを拾ってくれた師は、彼を騙してその罪を着せただけで、魔法のことは何も教えてくれてはいない。
師の家にあった文献や本を読み、フリーは自分の力だけで魔法を覚えたのだ。
それが、メロウの知識と合わさったことで、彼の才能に磨きがかかった。
もはやこの場で、フリーに敵う魔導士はいない。
「ファクトだってらしくないことをしたんだ。ボクだってやらなきゃカッコつかないだろ」
「ああ、今夜のうちの男どもはどうかしてる。普段からそうだといいんだがな」
「ギャップは大事だろ? 一面しかない人間に魅力なんてないじゃん」
「よく言う」
ガーベラはフリーを見て笑みを浮かべると、甲板に転がった小舟を持ち上げた。
大人が数人がかりで吊り上げるような小舟を抱え、彼女はそれを海へと放り投げる。
船の下からバシャーンと音が鳴ると、ガーベラはマスタードから奪った剣を構えた。
「付き合うぞ、フリー。やはりお前だけでは不安だ」
「こういう場面でそういうことを言うかねぇ……。せっかくのボクの見せ場なのに」
甲板にフリーの長髪とガーベラの金色の髪が揺れる。
リットもニ人に続いて戦おうとしたが――。
「リット! ともかく姉さんだ! お前は姉さんを連れて逃げることだけ考えろ!」
「姉さんが生きてればボクらの勝ちだ。それに外に出てからも大変だろうからなぁ。なんとかしてみせろよ、リット」
ガーベラとフリーに、メロウを連れて逃げるように言われた。
リットは涙が止まらなくなっていた。
嫌だ。
自分もここで戦いたい。
仲間を見捨てたくない。
これではファクトのときと同じじゃないかと、彼女は身を震わせていることしかできなかった。
動かないリットにしびれ切らしたガーベラは、彼女を強引に担ぐと、海の上にある小舟へと放り投げる。
そして小舟に落ちたリットの上に、メロウのことも投げ落とした。
「マスタードを倒したみたいだから少しは見直したが、やはり愚鈍だな、お前は」
「ガーベラ……」
「早く行け! それとも私たちがこんなことぐらい死ぬと思っているのか!?」
ガーベラは向かってくる兵らをなぎ倒しながら声を発し続ける。
「見くびるなよ、リット! アナザー·シーズニングだがなんだか知らんが、兵隊風情にやられるほど、私がヤワな鍛え方をしていないの知っているだろう!」
「大丈夫だよ、ボクがちゃんとフォローするから。だから姉さんと外で待ってな」
リットはニ人の声を聞くと、涙を拭って歯を食いしばった。
それから彼女は、メロウを自分の体に引き寄せると、小舟にあったオールに握る。
そして小舟が進む逆方向を向き、思いっきり漕ぎ始めた。
「メロウ·リフレイロードを逃がすな! 早く小舟を出して追いかけろ! マスタードさんの無念を晴らすんだ!」
陸へと上がったシュガーが叫ぶが、大混乱の中で兵たちも指示通りには動けない。
慕うマスタードへの想いも虚しく、リットとメロウが乗った小舟は帆船を離れていった。
もう今から船を出しても届かない距離だ。
離れていく小舟を一瞥し、ガーベラとフリーが高笑いする。
「成功だな。あそこまで行けばもう追いつけまい」
「やったね。だけど、一応念には念を入れとこうか」
フリーはそう言うと、帆船にあった他の小舟に向かって手を翳した。
小さな雷が落ち、吊っていた縄が切れて小舟が甲板に転がってくる。
すると、ガーベラがわかっていたかのように動き、ひっくり返っている小舟を踏み潰して穴をあけた。
これでもう帆船を動かさない限り、リットたちを追うことはできない。
自分の仕事はここまでだと、ガーベラとフリーは互いに顔を見合わせた。
その頃にはもう暴動も収まりかけていた。
魔導機兵が船に入ってきたのだ。
甲冑姿の機兵らは、確実に囚人たちを制圧していく。
魔導機兵には、よほどの強力な攻撃か、または魔法を使わなければ通じない。
今この場で機兵たちを倒すことは不可能だった。
「ここまでか……」
「まあ、計画は成功したし、ボクは満足だよ」
ついに魔導機兵に囲まれたガーベラとフリーだったが、ニ人のその笑みが消えることはなかった。
――幸いなことに今夜の海は穏やかだった。
流刑島パノプティコンから陸までは、帆船でおよそ半日ほどだったとファクトが言っていた。
休まずに漕いでも丸一日はかかりそうだ。
それに、到着してからのことも考えねばならない。
リットは、自分が任されたことがいかに大変であるのかを、今さらながら考えていた。
メロウの治療。
身を隠すための場所の確保。
当面の生活資金など、考えることもやることも山ほどある。
「でも、やらなきゃ……こっからはあたしの仕事なんだ」
まだまだ油断できないと、改めて覚悟を決めたリットだったが。
次の瞬間、突然小舟全体が揺れ始めた。
一体何事かと彼女が慌ててメロウを抱くと、海から出てきた人影が小舟に乗り込んでくる。
「……テメェらだけで逃げる気か? あんッ!?」




