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明日もかよ!?



 後ろから聞こえた声だけで吐きそうになる。

 今日一番で面倒臭い事態だ。


「こんにちは。獅山理事長」


 俺は上階の踊り場からこちらを睨め下ろす人影に対して、慇懃に対応する事にした。

 燐に似て白く一本一本が主張するかのように癖の強い髪の持ち主だ。

 それが普通の顔なのか分からないが、目つきも悪いのも同じだ。

 ただ、彼女と違ってスーツでかっちりときめた服装からは気品すら漂っている。


「知ってるのかな?」

「はい。受験生は高校を調べる際に自然に理事長の名前とお顔は憶えると思います」

「それもそうか」


 本当は忘れてたけどね!

 死ぬ前だって会った事があまり無かったからな。

 それにしたって実物の威圧感は強いな。

 学校のホームページに載っている写真では、威厳のある男性という印象だった。

 噂通りなら、燐が言っていたように周囲から『自分勝手な獅山家』と称されるだけあって、かなりプライドも高い性格に違いない。

 なるべく機嫌を損ねないように対応しよう。


「燐とはいつからの付き合いかな?」

「えっと、数日前からですね」

「さっきの、『ベッドの上以外で語ろう』とは何だ?」


 く、燐のやつ爆弾発言なんて残しやがって。

 おかげで理事長はかなり懐疑的な目を俺に向けてるじゃないか!

 話し方からして、これは尋問だ。

 燐との関係を徹底的に怪しんでいる。

 親心か、獅山家の沽券に関わるといったプライドかは分からないが、どちらにしたって娘と変な噂の立った男の正体を探りたくなるのは当然だ。

 別に俺を詰問するのは悪くない。

 悪くない……けど、明日にして欲しかったなぁ!!

 もう今日は胃が痛い。

 体力を使い果たした死体に全力で鞭を打ってくる理事長に対し、もう笑顔を作るので精一杯なのが実情だ。

 ほんと、勘弁して下さい。


「ああ、それは保健室での事ですね」

「保健室?」

「俺が放課後、喧嘩で傷付いた彼女を保健室に運んで手当した時の事ですね」

「……なるほど。あの怪我の手当は君がやったのか」


 数日前の燐の怪我で思い当たったのか、納得したように理事長が頷く。

 我ながら今日だけでスラスラ嘘が口から出るものだ。怪我の手当は本当だが、ベッドの上については全力で虚偽報告させてもらう。


「それから仲良くなった、という事かね」

「いえ。交流らしい交流は、今日からですね」

「今日?」

「今朝ああいった疑いをかけられた事で彼女がわざわざ俺を心配しに来てくれて、それからあんな風にお互い気安く話せる仲になったんです」


 危険だが嘘を貫き通す。

 さっき理事長が燐に上階で説教していたが、もしそれが燐から事情を聞いた上で叱責していたのなら、俺のこの立ち回りも徒労になる。

 燐が事実を伝えていたら俺は嘘つき野郎という事で悪評だし、燐がもし嘘の報告をしたとしても俺の今話している内容と齟齬があったら確実にデッドエンドだ。


「事情については……燐さんからお聞きになってますか?」

「ああ。何もしてない、用務員が勝手に言ってるだけだとね。それ以外は話してくれなかったが」

「そうですか」


 っぶねええ!

 そうか、燐は合わせてくれたのだ。

 昼休憩の時に俺が嘘を貫き通すといったので、獅山家の人間というレッテルを払拭する為にある意味で獅山家に向けた当てつけで行った『あんな事』の事実も伏せたのだろう。

 そして、「それ以外は話してくれなかった」というのは単純にキレているからなのもあるだろうが、俺の供述と食い違う事を極力言わない為である。

 意外に周りが見えてる子なんだな。

 なら、必要なのはさっき入手した連絡先を使い、後に二人きりで口裏を合わせるだけ。

 今日、俺はこの場を乗り切ればそれで良い!

 ……疲れて死にそう。


「俺から話せる事は以上です」

「本当かな?」

「はい。隠しているとかではなく、話す事がこれ以上無いくらいに未だ交流と呼べる交流がこれしか」

「……ふむ」


 何だか玩具でも見つけたように目を細めて笑う理事長に俺は鳥肌が立った。

 職場でもこういう面倒臭い人間がいたので、思わずよく使っていた『少しお手洗いで席を外しますね』戦法を使いそうになって、逃げたい衝動をぐっと堪えた。


「助かるよ。君のような人間が燐の近くにいてくれて」

「え?」

「これからもし、燐が自棄になって変な事を仕出かしそうになったら、君が止めて欲しい。――頼りにしてるよ」


 すみません!!

 あなたの娘さん、もう自棄になって昨晩トンデモナイ事を仕出かした後なんです!!

 手遅れです、ゴメンナサイ!!


「いえ、こちらこそ。彼女にはよくして貰ってますので」


 それで満足したのか理事長は去っていった。

 ようやくあの鋭い眼光から解放されて、俺は情けなく階段の段差に腰を下ろす。

 もう動きたくない。

 でも学校にいたらまた変なのに絡まれるしな。


「カズ君?」

「え゛っ」


 もう少し休憩してから寮部屋に移動すると考えた矢先、聞いた事の無い声で「カズ君」と呼ばれた。

 ちょ、ほんと、待っ、ええ?

 まだいるの?

 ここで四人目とか、まさかそんな事無いよね。

 クラスメイトは皆が明美や佐々川、山川さんという特定の女子を除けば乙倉君か和稀と呼ぶ。

 カズ君呼びと聞くと、また波乱の予感がするんだが。

 首を回すのも億劫な状態だが、無視するのも失礼なので俺は声のした方を見た。


「カズ君、顔色悪いぞ?」

「うわ四人目ェ……」

「四人目?」

「いや、何でも無い」


 そこに知らない女子がまたいた。

 明るい色の長い髪をポニーテールにし、やや垂れ目でおっとりした印象を受ける少女。

 ただ、身に着けている陸上競技用のウェアで露わになった腹部や手足は、鍛えられた靭やかさがあって力強さも感じる。

 程よく日に焼けた肌につけ珠の汗と露出度から俺はゆっくりと視線を外した。

 興奮はしていない。

 下品な発想も湧いて来ない。

 だって、もう既に一日分のドキドキと体力を使い果たした後だから、人を見ても疲れた以外の感想が何一つ出てこない瀕死状態なのだ。


「いつもより元気ないぞ?」

「昨日までの俺は発情期だったんだよ、明美曰く。今の方が正常だと考えてくれ」

「たしかに、アタシの胸とかよく見てたしね!」

「そうか。不快にさせてたら謝るよ」


 見ていたのは俺じゃないけどな。

 たしかに、さっき見たら今日出会った女子の中でも抜群のプロポーションだった気がする。

 うん、どうでもいい……。


「そ、そんな事無いぞ。……う、嬉しかったし」


 俺の形だけの謝罪に、何故か顔をほんのりと赤くして少女がもじもじしている。

 どういう反応だよ、これ。

 最後の方は聞こえなかったが、聞こえていたところで碌な事ではないと思われる。


「そ、それに今日のカズ君……なんか落ち着いててカッコいい」

「これで?普段どれだけうるさいの、俺……?」

「そう言えばカズ君、今日は部活じゃないの?」

「体調が悪いから、今日は休むんだよ。今は寮部屋に帰る途中で少し疲れたから休憩」

「そっか……」


 少女がそっと俺の隣に腰を下ろした。


「じゃあ、休憩中一緒にいていい?」


 そっとしておいて下さい。

 君が誰か『昨日までの俺』にアクセスするのも面倒なんです。

 ただ、悪意が無い相手に面と向かって断るのも気が引けたので俺は頷いた。

 すると、少女は大袈裟という程に腕を上げて嬉しそうにする。

 …………アクセス、するかぁ。

 ええと、少女の名は――霧谷(きりたに)遙華(ようか)

 陸上部所属で、期待の新人エースらしい。

 明美とは関係無く、オカルト研究部の勧誘の時に話しかけたのが切っ掛けで仲良くなったそうだ。

 マジでコミュ力お化けだ、『昨日までの俺』。


「体調悪いって言ってるけど寮まで一緒に行く?」

「霧谷は部活とかじゃないのか?」

「…………」

「………どうした?」

「遙華」

「…………まさか」

「いつもみたいに遙華って呼んで!」

「もういいってそれ!?」


 またこの展開かよ。

 どうやらカズ君呼びをするほど親しい相手は、下の名前で呼んでいるというパターンかもしれない。


「遙華、部活は?」

「まだ走り込みとかあるけど、こんなカズ君放っておけないよ!」

「ありがとう。でも大丈夫だ」


 俺は膝を叩いて立ち上がる。

 まだ微塵も回復していないが、この場に留まり続ける限り交流が続く。

 本当に回復に努めるなら、体に鞭を打ってでも寮部屋を目指すべきだ。


「それじゃ。遙華も部活頑張ってな」

「えー、もうちょっと喋ろーよ!」

「えー……」

「それとも、アタシの事嫌いになっちゃった……?」


 な、何だ……途轍も無く面倒臭いぞ。

 第一、交流してたのは『昨日までの俺』であって俺からすれば今この遙華に対して好きも嫌いも無い。

 しかし、俺ではない俺とはいえ乙倉和稀を好意的に見てくれている相手を無碍に扱うのも危険だよな。

 今朝のホームルームで人間関係の大切さを痛感した。

 危ない時に助けてくれる人たち。

 彼らがいなければ、白状して獅山を売っていただろう。

 死ぬ前までの俺のままでは、駄目だと思い知らされた。

 大切にしないとな……………明日から!!


「遙華は嫌いじゃないけど、本当に体調が悪くてさ。また今度、万全の時にゆっくり話そうぜ」

「えっ、万全でアタシと向き合いたい!?それってもう、好き――」

「じゃあ、また今度!」


 俺はさっと手を振ってその場を離れた。

 昇降口まで一気に降りて、下駄箱から靴を引きずり出して足を突っ込み、寮部屋まで力走する。

 今日だけで色々な事が分かった。

 タイムリープ問題と山村慶次の不在、疎遠ではなくなった明美、獅山燐と理事長、そして人間関係の大切さ……。

 本当に、濃い一日だったなぁ。

 でも、明日からは今日みたいな勢いで新情報を詰め込まされませんように。


「おい、聞いたかよ」

「ん?」

「先生の話を聞いちまったんだけどさ、明日転校生が来るらしいぜ」

「マジかー。可愛い子だといいなー」


 寮への道の途中ですれ違ったランニング中のバスケットボール部の男子たちの会話を耳にする。

 転校生…………また明日も未知のイベントかよ!!









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[一言] 転校生…展開を考えれば山村慶次の登場だが果たして?
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