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今日はまだ終わらない!



 二十三年間で最も疲れた日かもしれない。

 俺が不要だと拒絶した人間関係や、置き去りにした物たちを一気に取り返したような気分もして主にメンタル面の被害が大きい。

 もう帰り道は何事も無い事を祈る。

 これが既にフラグってやつかな!?

 今日だけで色んな要素を詰め込まされて、正直に言うとその場で情報は処理できず、ようやく後になって理解に及ぶ体たらくだ。

 休ませろ。


「いや、初っ端が朝チュンで始まってなるほど、ってなるか!」


 大体、このタイムリープはいつ終わるんだ?

 創作物で見るタイムリープは、変えたい現在の事象の原因が起こる時間に意識が移動し、解決されると元の時間に帰される。

 俺の場合は、どうだろう。

 何故この時間軸に飛ばされたかも分からない。

 死を回避する為というならば、山村慶次も学校には存在せず明美とも仲が良い時点で、問題は解決以前にそもそも存在しないというのが答えだ。

 いや、まだ安心はできない。

 仮に高校にいなくとも、校外では接点を持っている可能性がある。

 後で、明美本人に『山村慶次』を知るかどうかを探るか。……その前に、ご機嫌取りという重い仕事が残っているけどさ。


「……戻ったら、俺の『今』はどうなるんだろう」


 タイムリープが終了した時の事を想像する。

 明美の生死は分からない。

 何故なら玉突き事故だから、まず高校生の俺が解決できる範疇を逸している。

 変化があるとすれば、俺の人生だ。

 ここまで環境や交友関係が激変していたら、就いている職も、住んでいる家も、人との交流も、何も変わっていないなんて事はまず無い。

 確実に、死ぬ前との相違を見せつけられる。


「……未来でも朝チュンだったらどうしよ……!」


 俺の人生しっちゃかめっちゃかにしやがって!!

 マジでどうするんだよ。

 未来に戻ったら、また違う女性と一緒にベッドの上で目を覚ますとか?……洒落にならんわ!!

 いや、それに匹敵する衝撃に備えた心構えでいなければ駄目かもしれないな。

 タイムリープの原因である『問題』の解決の仕方も慎重に選ばなければ、最悪は生き返らなければ良かったなんて展開に見舞われる。


「まあ、その問題は地道に探すしか無いか」


 甘えた考え方だが、まだ初日だ。

 今はまだ正体を現していないだけで、これから段々と解決すべき問題が浮き彫りになる可能性も否めない。

 取り敢えず、今日の俺……マジでお疲れ様。

 でも、サボってた今日の分の授業は総復習しておかなくてはならない。……この、角田のノートでな!


「うっざ!今さら父親面すんな!」


 何から復習しようか計画を立てながら階段を歩いていたら、上階から怒号が鳴り響いた。

 自分に対する物ではないが、あまりの音量に情けないくらいに肩が跳ねて、その場に固まった。

 しばらくすると、早足で階段を駆け下りる足音が接近してくる。


「っそが!………て、カズ?」

「お、おお。随分とご機嫌斜めだな。びっくりしたぞ」


 悪態をつきながら現れた足音の正体は、獅山燐だった。

 いつも以上の険相の迫力に気圧されて、一瞬だけ反応が遅れた。


「……悪い。ちょっと色々あってさ」


 俺の横を過ぎて、獅山が下へ行く。

 着いていくか悩んでいると、すぐそこの踊り場で立ち止まった獅山が俺に振り返った。

 じっ、と無言で見つめ合う時間が過ぎる。

 何か用があるなら言葉で言って欲しいんだが……。


「カズ。この後は暇?」

「いや。今日の授業、考え事してたら午前中のやつ全部聞き逃しちゃってて復習しなきゃならん」

「ふーん」

「何か俺に用か?」

「別に。暇なら街で連れ回そうかなって考えてたし」


 獅山の発言に俺は思わず背筋が凍った。

 つい今朝に獅山と部屋にいた疑惑があって、看過されたとはいえ俺たちが街で一緒に歩いていたら信憑性が増してしまう。

 折角の安全を手放すような真似はしたくない。


「すまんな。今日は」

「……あっそ」


 断ろうと口を開いて、やや残念そうな獅山の反応に喉が引き攣って声が止まった。

 ……俺を誘った意図は分かっている。

 さっきまで激怒した獅山と相対していた話し相手は、「父親面するな」という台詞から考えて理事長だ。

 きっと、朝の一件で叱責されたのである。

 自分の評価にも繋がる粗相なので、理事長も心中穏やかではなかった筈だ。獅山にその怒りをぶつけるように説教したのは想像に難くない。

 理事長の言い分に対しても強く反発していた獅山だが、俺の目の前にいる彼女は父の叱責で傷ついているように見えた。


「…………」


 き、今日は復習しないとヤバいし。

 如何に『昨日までの俺』が優秀だったとはいえ、俺は毎回試験成績で十位圏内を辛うじて死守しているレベルだ。

 それにタイムリープ関連の諸問題がある。

 人に構ってる余裕なんて、余裕……なんて……!


「……はあ。甘くなったな、俺も」

「ん?何か言った?」

「いや、何でも無い」


 俺は階段を下りて、獅山の隣に移動した。

 スマホをポケットから取り出し、自身の連絡先を画面に表示して彼女に見せる。


「連絡先、交換しようぜ」

「え?」

「本当に悪いが、今日は無理だ。けど、予定が合った付き合うよ。何なら、俺が知る秘蔵の一人でも楽しめる穴場スポットを教えてやってもいい」


 俺の提案に獅山が面食らっていた。

 顔の険しさが消えてきょとんとした顔になっており、普通に可愛い女の子になっている。

 うあー、恥ずかしい!

 少し柄でもない事をしたのもあって、相手の反応が混くてドギマギしながら黙っていると、獅山が突然噴き出した。


「ぷはっ!今日無理なのは変わらないのかよ!」

「だって、頭の出来がギリ特待生だから勉強しないとまずいんだよ」

「試験とか参考書三分眺めてたら大体イケるだろ」


 はあ?

 喧嘩を売っているなら買うぞ。

 微塵も勝てる気はしないけどな。


「俺は獅……燐みたいにはいかないっての」


 あ、危ねえ!

 獅山って心の中の呼び方のままで話そうとしたら睨まれた。

 そういえば朝に下の名前で、って言ってたよな!


「俺ってば、要領良くないから」

「そうなの?」

「勉強以外は、極めて普通だぞ。将来は地方公務員だし」

「へー?」


 喧嘩三昧の不良生徒である事を除けば、人が羨む才能を掻き集めたような存在だ。

 野性的な生命力に漲って輝いているように見える美しい容姿。

 その上で喧嘩が強いと豪語するだけある身体能力の高さと危地における判断力。

 そして、俺や勉強を頑張る人間からすれば処刑沙汰に繋がりかねない発言すら軽く言ってみせる高い学習能力。

 どうやったら、こんな世界のバグみたいな人間が生まれるのか知りたい!!


「容姿といい頭といい運動神経といい、おまえに神は二物も三物も与えやって……不平等にも程があるだろ」

「へー。あたしって可愛いんだ?」

「少なくとも俺よりはな」

「比較対象が平均だから自信にならねー」

「これ以上、天狗になられても困るからな」


 それに比べて、俺はザ・凡庸である。

 今はオカルトじみた現象に巻き込まれてはいるが、この事情を除けば至って普通の人間だ。

 俺と比べられて喜んだり悲しんだりする人間はいないだろうな。


「……なあ、燐」

「ん?」

「おまえ、何でこんな俺とあんな事したんだよ。自分で言うのも何だが、特待生以外はまるで秀でたステータス無いぞ?」


 朝の事について、少し自虐的な事を言うと獅山からデコピンされイタァアッッ!!

 相変わらずの威力で、頭が後ろに弾ける。


「ぬ、ぐぉおお……!」

「ばーか。怪我の手当してくれた借りをチャラにしたって言ったろ」

「そ、それだけで……?」

「……それに、あの時は自棄になってたんだよ。『自分勝手で有名な獅山家』の娘ってレッテルばっかで、誰もあたしがどんな人間か真っ向から見ないじゃん?だから……ああいう事すれば、印象変わるかなって」


 いや、個性は際立ってるけどな!?

 現代で不良という物の方が珍しいまでもある。

 理事長の娘でありながら喧嘩三昧というのは、獅山家の人間だからで説明はできないインパクトを備えているのは間違いない。

 でも、本人にとってはかなりのコンプレックスだったようだ。

 誰もが獅山家だという色眼鏡で自分を見る。

 だから、下劣だと蔑まれても印象が変えられるならば構わないと恩返しを建前にして『昨日までの俺』を使った……と。

 頑なに燐と呼ばせたいのも、『獅山』が嫌だからか。


「悪いな。純粋に恩返ししたいって話じゃなくて。でも、良い夢見れたから文句無いだろ?」

「良い夢見たのは俺じゃない俺なんだけどな……!」

「は?」

「いや、こっちの話」


 どうしようもない話だ。


「じゃあ、予定が合ったら二人で遊ぶか」

「お、おう?」

「その時にでも、燐がどんな人間かを教えてくれよ」


 俺がそう言うと、獅山――じゃなくて燐が自身のスマホを出して、連絡先の交換を始めた。

 俺のSNSアプリから、『リン・タイガー』という名前の連絡先が新規登録されたと通知が入る。

 いや、名前ダサ……。


「あのさ、カズ」

「ん?」

「あたしさ、昨日まであんたの事を誰にでも良い顔する扱いやすくて変なヤツだと思ってた」

「面と向かって泣かしに来てる?」


 その評価は『昨日までの俺』だけど、聞いていると胸が痛い。

 きっと、他の人にも思われているかもしれないから。


「でもさ、あたし今のあんたの方が好きだ」


 燐が微笑んで告げた言葉に思わずドキリとする。

 こんな正面から、特に飾らない直截な「好き」を向けられた経験は無かった。いや、死ぬ前までも好きどころかラブレターだったり、バレンタインで本命チョコを貰った記憶すら皆無だけどな。


「あ、勘違いすんなよ?ラブじゃないから」

「わ、分かってるっつの。精神年齢二十三歳を舐めんな」

「何その変な年齢設定。やっぱ面白いじゃん、今日のカズ」


 燐がひらひらと手を振って先に下階へと下りていく。


「じゃ、次はベッドの上以外で語ろーな」

「こら!」


 ゲラゲラと笑いながら燐は姿を消した。

 相変わらず品のない笑い方だが、さっきまでの憂いの影が顔から消えていたから良しとしよう。

 これで、俺も心置きなく今日の復習に集中できる。


 さて、今ので残りカス状態だった体力も使い果たした。


「うちの娘と随分親しいようだね、乙倉和稀くん」


 だから、もう勘弁して下さい。








 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 素直に「面白そうだぞ!」 と期待して読めている序盤の展開が気になっています。 今後どのように話が進んでいくのか楽しみです。
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