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出たな、容疑者①!!



 授業を乗り越えて昼休憩まで生き残った。


「角田、後でノート見せてくれ」

「良いぞ。何が分からなかった?」

「午前中の授業全部」

「死んでたの、オマエ?」


 正直に言えば、授業内容はほとんど頭に入っていない。

 クラスメイトに関する記憶情報のアクセスで忙しくて、取得した量も多くて頭がパンクしそうだった。

 今晩は復習の作業が忙しくなるが、授業時間を犠牲にした甲斐はあって、クラスメイトとの交流について概ね理解できた。


「やっぱり、俺の知る高校時代の俺じゃない」


 『昨日までの俺』は、やはり紳士的な人間だった。

 聞いていた通り、ウェイウェイと少しチャラい男ではあるが、相手の話によく耳を傾け、一人ひとりに合った優しい対応を心掛ける。


 思い出した第一感想――ホントに誰だよ!?


 まるで俺とは別人だった。

 他人と積極的に交流し、時に人の輪の中心人物になる。

 死ぬ前の俺とは真逆な眩しい人生だ。

 いや方向転換が凄すぎて初っ端から驚かされっぱなしなんだけどね!!

 ただ、今のところ順調な高校生活を送っている。タイムリープをしなかった方が良かったのではないだろうか。


「タイムリープ、か」

「何だよ急に」

「角田。もし自分が死んだと思ったら高校生に戻ってて知らない女の子とウハウハしてたらどうする?」

「全力で喜ぶだろ」

「幸せなヤツだな」


 今さらながらタイムリープについて考える。

 意味としては簡単に言うと、自分の意識だけが時間を超えて未来や過去の自分に乗り移る現象だ。

 これによって本来あるべき形を変えて、『現在の自分』の時間軸に変化をもたらす。

 創作物ではよく見るし、人生に絶望した人間がその全てを変えるサクセスストーリーとしてはよく見る要素で、俺もその手の物語を幾つか読んで胸を躍らせた時もあった。


「でも、妙だよな」

「なに一人でブツブツ喋ってんだよ、乙倉」

「考え事してるんだよ」


 俺がタイムリープする前から状況が変わっている。もう既に俺の知る高校時代が跡形も無いレベルに!


「昔の俺と違うのは……」


 明美とも仲が良く、多くの友人に恵まれていた。

 これだけでも断然違っている。

 そもそも俺の周囲への振る舞い方が、俺の知る高校時代の自分と異なっているのだから。


「……高校時代の俺と異なる?」


 ふと思った。

 そうだよ、昔のままの俺ならこんな事にはなっていない。

 特に、中学最後を経験していればこんな風に手広く人間関係を作っていたりはしないのだ。

 まるで、俺そのものが別人のような……そこまで考えて、一つだけ不吉な可能性に気付いてしまった。


「『昨日までの俺』も、違う誰かが俺に憑依していた状態だった?」


 なんて恐ろしい想像だろう。


「でも、有り得るかもしれない!」

「さっきから乙倉は何してんの?」

「今日の乙倉は一人コントが多いから」

「やかましい!」


 恐ろしい想像だが、納得できる部分もある。

 まず『高校時代の俺』に対し、現在は『今の俺』が憑依している状態、タイムリープの典型的なタイプを体験している。

 だが、『今の俺』が知る高校時代からは明らかに逸脱している言動と人間関係から察するに、『今の俺』が憑依するまでの間に『昨日までの俺=別の誰か』が『高校時代の俺』に憑依していたという可能性か浮上する。

 中学最後に皆から疎外されて捻くれてしまう以前でも、こんな性格では無かった。


「いやいやいや、考え過ぎか……?」


 まず第一に、どうしてそんな事になった?

 その話が正しいと仮定すると、『高校時代の俺』にしてみれば随分と迷惑な話である。

 まだ本当だと確定はしていないが、俺がタイムリープする前から既に過去が改変されているなら、その線は濃厚である。

 高校時代に『別の誰か』が憑依したのは、間違いなく『今の俺』が死んだ後だろう。

 何故なら、俺を殺す時に山村慶次が話していた内容は紛れもなく『今の俺』に自覚のある事だった。

 だから、誰かに過去を変えられたのは死んだ後で間違いない。


「俺が死んだ後、俺は高校一年の六月に憑依。『別の誰か』は高校一年の五月以前の過去のどこかに憑依して、今朝消えた……か?」

「カズ君」

「でも、別人が過去の俺の体に憑依できるのか……?というか、消えたってその後はどうなって」

「カズ君、無視ですかー?」


 誰だよ、考え事中に。

 俺は少しその声が煩わしかったのもあり、顔を上げて睨むように隣を見た。


「カズ君、一緒にお昼食べよう?」

「……あ、明美」

「うん、愛しの幼馴染だぞー?」


 俺の顔を覗き込む懐かしい顔があった。

 長く艶のある黒髪が揺れて甘い香りがして、それに何故かドギマギしてしまった俺は少しだけ体を後ろに引いた。

 もう『昨日までの俺』に何度もアクセスして見た。

 なのに、新鮮な気持ちになる。

 もしかしたら、死ぬ前の俺がちゃんと高校時代の明美を見ていなかった所為もあるだろう。


「おまえ……こんな綺麗だったんだな」

「ひょわっ!?」


 思わずこぼれた本音に、明美が顔を真っ赤にする。

 あ、しまった。

 もっと話すべき事があった筈なのに、今は棺の上の味気ない遺影を見てやっと思い出した顔が、今は生気に満ちた色味を帯びて目の前にある。

 それが無性に嬉しかった。

 ずっと、思い出さないくらいにはどうでもいいと思っていたのに。


「なななな、何言ってるのカズ君!」

「……いや、何でも無い。すまん、忘れてくれ」

「ど、どうかしたの?麦ちゃんから聞いてはいたけど、やっぱり少しだけいつもと様子が変だよ」

「そうか?」

「何か……今日は発情してない」

「俺じゃない俺の話なのに傷付く…………!!」


 発情って何だよ!?

 明美にいつも発情してたのに、昨晩は獅山に発情していたと考えたら、折角見直したばかりなのに『昨日までの俺』への信頼がまた奈落の底に落ちそうだ。


「まだ体調が悪いとか?」

「いや、そんなんじゃない」

「でも、いつもみたいに笑ってくれないし」


 明美との記憶を見たが、俺は普段から彼女を笑顔にしようと明るく振る舞っていた。それこそクラスメイト以上に、やや大袈裟で浮足立ったような態度だった。

 よほど好きだったんだろう。

 死ぬ前は一度だって明美に好意を抱いた事は無いんだけどな。


「……ん?」

「え、明美?ど、どうした?」


 明美が俺の首筋に顔を寄せた。

 突然の事で固まった俺は、すんすんと耳の近くで鳴る鼻の音が擽ったくて目を瞑る。

 気になる臭いでもしたのか、しばらく俺を嗅いでいた明美が笑顔で離れた。 



「…………ねえ、他の女の臭いがするんだけど」



 ……………。

 ……………ホカノオンナノニオイ?

 使い慣れた日本語なのに理解できない言葉が明美の口から放たれた。

 たしか、世界一難しい言語は日本って言われてたし、日本人でも日本語を扱いきれないというのをニュースで聞いたことがある。

 そっか……勉強しないとな!

 理解力が無くて呆けている俺に対し、明美は笑みを深めて俺のシャツの襟首を掴み上げた。


「誰?誰がこんなに濃い臭いつけたの?」

「え、え、に、臭い?」

「おかしいよね。あんなに私にゾッコンだったのに、他の女?」


 他の女とか臭いとか意味が分からない。

 一体、何の話を――と考えている途中、教室の開いた扉の先を通過しようとした獅山燐の姿を見つけたの。

 獅山も俺に気付いて、飴を銜えながらひらひらと手を振って去っていく。


「ま、まさか」


 他の女の臭いって……獅山の臭いの事ですか!?

 嘘ですよね。

 もうシャワーを浴びる時間も無かったから、シートで体を拭くだけで済ませたのだが、どうやら鋭い嗅覚を持つ明美の鼻が拾える痕跡は残っていたらしい。

 明美の鼻ってそんな凄かったっけ?


「もういい!今日は知らない!」

「ちょ、待てって!?」


 機嫌を悪くした明美がその場から早足で去ろうとする。

 俺は慌ててそれを追った。

 駄目だ、おまえにはまだ重要な事を尋ねられていないじゃないか!


「明美!おまえ、『病院に勤めてるんだってな』!?」


 俺から距離を取ろうとする背中に向かって叫んだ。

 無視して行こうとした明美だったが、あまりの声と内容に驚いたのか、足を止めてこちらを見た。

 その表情は、眉根を寄せて「何言ってんの」という顔だった。


「え、病院?……はっ!変な事言って有耶無耶にしようったってそうはいかないんだからね!」


 明美が顔を真っ赤にしてさらに怒り、今度こそ走って行ってしまった。

 うむ、これで理解した。

 俺の質問の意味は、『明美もタイムリープしているか』を判別する為の罠。

 将来の明美が病院に勤めているのは山村慶次との世間話で聞いた。仮に未来からタイムリープしている明美ならば、「どうして知ってるの?」という反応を返すに違いない。

 しかし、蓋を開けてみれば明美は病院勤めの事を知らない素振りである。


「つまり、タイムリープしたのは俺だけ……か」


 これで悩みの一つは解消した。

 死ぬ直前に聞こえた明美の声の謎は置いておいて、彼女自体はこの高校時代にタイムリープしていない。

 てっきり、死んだ俺の意識をここに呼んだのは明美かと考えていたが、違うならば一体何が原因なのだろう。


『逃さない』


 あのドスの利いた声の事も、明美ではない……?


「まあ、次は山村慶次だな」

「なに一人で喋ってんの?」

「うおっ!?……って、なんだ獅山か」

「ウケる。あたし見て逆に安心するとかアンタだけじゃない?」


 胸を撫で下ろした俺に、後ろから話しかけてきた獅山が可笑しそうに笑う。


「てか、良いの?何か揉めてたっぽいけど」

「いや、解決したから良いんだ」

「絶賛お冠って感じだったのに?」

「そ、それは後でフォローする。でも朝からあった明美に関する悩みが解消できたから良いんだよ」

「ふーん?」


 意味が分からない、といった獅山。

 分からなくて良いよ、俺もまだ夢なのではないかと疑っている。


「ところで、獅山は何してんの?」

「あー、いや……ほら」

「ん?」

「あたし朝のホームルームをサボったから後で聞いたんだけど……アンタ、先生にさ、その」


 ごにょごにょと口籠る獅山の反応で察した。

 俺の部屋から獅山が出る場面が目撃されたという用務員の報告についてだろう。

 たしかに心配だよな。

 だが不安に思うことなかれ。そこは『昨日までの俺』が積み重ねたクラスメイトからの失礼な信頼によって回避に成功した。


「安心しろ。その件ならシラを切ったから」

「騙せたのかよ」

「騙せたっていうか、クラスメイトが擁護してくれたんだよ。あとは、色々あっちにも大人の事情があったから見逃された感じだな」

「……はん、理事長の娘だしな。面と向かって喧嘩は売れないんだろ」


 気を悪くしたのか、獅山が低い声で言った。

 がり、と奥歯で飴を噛み砕く音が聞こえた。


「ま、カズが変に責められてないなら別に良い」


 獅山がぶっきらぼうに告げた言葉を聞いて、俺は愕然とした。

 まさか。


「あの獅山が、人の心配だと……?」

「調子乗んな」


 凄まじいデコピンが炸裂して、俺の頭が後ろに弾ける。

 指で発揮できる威力じゃないんだが!?

 俺は痛む額を押さえて獅山を涙目で睨んだ。

 じろりと赤い瞳が俺を見下ろしており、やはり学校中で恐れられるだけあって威圧感は尋常ではない。

 震えて泣きそうなのを我慢する。


「まあ、任せろ。獅山が不利になるような事は言わないよ」

「……昨日と雰囲気は全く違うのに、そういう所は同じなんだな」

「そういうところ?」

「気持ち悪いくらいにお人好しなところ」


 いや、そんな事は無い。

 獅山を売りたくないという感情的な部分があったから嘘を貫いたが、もし先生が再度追及してきたら、実は光速で掌返しをしていたぐらいに保身に走る器の小さき男だよ。

 でも、こうして獅山と話せているので庇って良かったと思える。


「……獅山も、俺が違うって思うか?」

「一皮剥けて、大人になったって感じ?」

「その喩えはシャレにならないからなマジで」


 取り敢えず、後は山村慶次についてだ。

 色々あり過ぎて午前を終えた今、既に瀕死だけどもうひと踏ん張りする事にした。


「あんた、昼飯は?」

「えっと、たしかいつも明美に貰ってたらしくて」

「…………飴、いる?」

「…………」


 ……………昼飯どうしよ。



 


  

 

 

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