俺って意外と才能が!?
「よっ、優踏生。サボる覚悟はできたか?」
早朝に寮を出た俺を迎えたのは、飴を銜えながら壁に凭れて立っていた燐。
この世にそんな酷い挨拶あったのな。
俺は今自分が置かれている状況を再確認して目眩すらしそうだった。
昨晩だって復習地獄だったのにさ。
ノートを借りた角田から「そんな死ぬ気でなる物なのか、特待生って」と戦かれてしまった。
「そんで、今日はどうすんの」
「ぷははっ。期待はしてなかったけど、アンタってデートプランとか立てず相手に丸投げするタイプか?」
「デートできる女子がいた記憶が無い」
「中学時代はキープが六人いたって噂で聞いたぞ」
「噂だ、信じるなよ」
俺だって信じたくない。
中学時代はそんなに爛れた事になっていたのか。
山村慶次による結末云々を差し引いて、俺は高校生になる前に六人の女子の誰か、あるいは全員に殺されていたかもしれない。
噂だよね、噂であって欲しい。
「逆によくそんな男に気を許したな」
「丁度良かったんだよ。それくらいのクズで」
とんでもない低評価に笑うしかない。
「じゃあ、俺がエスコートすれば良いのか?」
「おう」
「燐はいつも校外を一人でぶらついてるんだろ。俺よりもこの街に詳しいんじゃないか?」
「知り尽くしてるからこそ、逆にアンタが何であたしを楽しませるのか気になるじゃん」
「ハードル高ェ……」
明らかに燐が採点者のような立場で俺を見定めるデートになっている。
死ぬ前の高校時代は、一人で楽しめる事を追究してきたから、お薦めの『一人遊び』はあっても『誰かと楽しむ』事は思いつかない。
不評を買う自信しか無い。
昨日の明美とのデートで学んだ女子の喜びそうなポイントは幾つかインプットしたが、燐にまで通用するとは限らない。
ここは身勝手だが、『自分が楽しいと思っている物を知ってもらおう』作戦でいくか。
「じゃあ、取り敢えず歩くか」
燐を連れて街に出る。
俺の実家がある田舎には無い賑わいを見せる商店街は、高校生にとっては遊び場が豊富で退屈にはならない。
だが、日頃から授業をサボって自由気ままに過ごす獅山燐という暇人は、その無聊を慰める為にここらを網羅している事が予想される。
実際に隣の様子を盗み見れば、街を眺めず俺がどうするかをじっと見ている。
「そんなに見られると恥ずいんだけど」
「いや。女子に歩調を合わせるとか意外だなって」
「……この前までの俺はそうじゃなかった?」
「ん?まあ、確かに違ったな。合わせる感じじゃなくて引っ張っていく感じ」
なるほど、押しが強いタイプだったのか。
道理で、やたらと女子との交友関係が幾つも多い。『アクセス』した限り、他の女子と明美の対応に着目すると明らかに後者の方が大切に扱われている。
明美にゾッコンなくせに、手広く女子に粉をかける性格。
やはり、燐の言う通りかなりアレな人間だったのかもしれないな。
「あ、そういえば朝飯食った?急いで来たからそんなに食えなくて俺は少し腹空いてる」
「あたしも既に食ってきた」
俺は空腹を感じて、すぐ近くにあった焼き鳥屋に足を運ぶ。
「いらっしゃい!注文は?」
「じゃあ――『どら焼き』二個で」
「はっ?」
焼き鳥屋でどら焼きを注文した俺に、隣の燐が呆れた顔をする。
そうだよな。
たしかに求める店を間違えていると誰もが口を揃えて言いたくなる非常識な注文である。
だが、これは非常識は非常識でも店側とのみ通じる『合言葉』でもあるのだ。
果たして、俺の注文を聞いた店のおっちゃんがにやりと含みある笑みを返してきた。
「ふ、やるね。君はここに来るのが初めてに見えるけど……まさか一発とは」
「頂けますか?」
「え?え?え?」
困惑する燐の前で、おっちゃんが店奥の方へと姿を消す。
十秒くらいして戻ってきた彼が、紙で包んだどら焼きを俺に手渡した。
俺はそれに対し、黙って代金を渡す。
無言で少し見つめ合った後、店の前から踵を返して俺と燐は再び町を歩き始めた。
「はい、これ燐の分な」
「あ、おう。…………じゃなくて!」
「ん?」
どら焼きに噛りつこうとした俺を燐が制止した。
どうしたんだ、そんなに取り乱して?
「何あれ!?」
「何って、焼き鳥屋でどら焼き頼んだだけだが?」
「何で焼き鳥屋でそれ買えるんだよ!第一、店が表に出してるメニュー表にも無かったぞ!?」
あれ、燐は知らないのか。
「あそこの『裏メニュー』だよ。メニュー表の最初に並んでる四品の頭文字を取っていくと『どら焼き』になってて、気付いて注文すると本当にくれる……しかも美味い」
「だ、代金だって分かってないのに何ですんなり渡せたんだよ!」
「メニュー表の最初の四品の代金の平均がどら焼きの値段になってる」
「え、ええ……?」
どうやら知らなかったらしい。
初見ならば驚くのも頷ける。
高校時代に一人遊びを極めて町を歩き回っていたら見つける事が出来た隠れメニュー。この街にはそういった店主が趣向を凝らした仕掛けを隠す店舗が幾つも存在しており、高校二年は全隠れメニュー踏破に心血を注いだ。
でも、それは叶わなかった。
卒業時に焼き鳥屋のおっちゃんに尋ねられて、今まで見つけた隠れメニューを全て伝えると、「まだ見つけきれなかったみたいだな」と一笑に付された。
友だちがいなくても充実していたとハッキリ言える高校生活で唯一の心残りとしては、この隠れメニューを網羅できなかった事だけ。
今回は、もしかしたら可能かもしれないけど。
「燐が知らなかったなんて意外だな」
「いや昔からここらに住んでるけど、あたしも初耳だっつの」
「隠れメニューの存在自体?」
「当たり前だろ」
「なら、これからはいつも以上に街を注意深く見た方が良い。意外とそこら中にヒントが転がってる」
燐の知らない事も知っている、ここで初めてタイムリープして良かったと思える優越感を覚えた。
本当に今まで未来から来たアドバンテージが無意味な理不尽ばかり続いて来ていたからな!!
あー、どら焼きが最高に美味い!
「す、すごいなカズ」
「全部教えるのは野暮だから、今日は三つくらいにしとくよ」
「全部って、何個あるんだよ」
「俺の知る限りじゃ二十八、だったかな。でも、まだまだあるらしい」
「この街、遊び心満載にも程があるだろ……」
さっきの焼き鳥屋の店主だってクイズ番組が好きだから、つい自分のメニューにも似たような要素を組み込んでしまったのだ。
因みに、この隠れメニューのヒントは、焼き鳥屋が流している『どら焼きパーティーナイト』とかいう音楽だ。
歌詞でもどら焼きが連呼されるので、そのままメニュー表を見て気づくというのが自然な流れだ。
「たしかに、そうじゃん」
「ん?」
「いま全部教えて貰うのは嫌だな」
「だろ?自分で探し出した時の達成感が凄いからな」
「そういう事じゃなくて」
燐がにひひと笑みをこぼした。
「残り二十五個見つけるまで、カズを連れ回す口実が出来るし」
その一言にどら焼きを食う手を止めてしまった。
これで咽なかった俺を褒めて欲しい。
心臓に悪い一言に対して、顔にも出さず足も止めずにいられたのは奇跡に等しかった。
口の中の分を飲み込んで、俺は誤魔化すようにすぐ次の一口と齧り付く。
「見つけてないのあるし、これからまた増えるけどな」
「あたしも探すから勝負な?」
「はいはい」
妙な約束を交わしてしまった。
「やっぱり、美味いわ」
「あたしはもう一個欲しかった」
「え、もう食べたのかよ。朝食は食ってきたって言ってたのに、意外と腹減ってた?」
「腹いっぱい食いたいけど、家じゃそれも許されねーの。厳重な健康管理されてさ、スポーツとかしてねえのに減量生活させられてる気分」
「キチー……」
獅山家って食生活も独特なんだな。
食べ盛りな高校生なら苦に思って仕方ない。
「なら、次も食にまつわる隠れメニューでいくか」
「マジ?やった!」
「しかも、次は無料で食えるぞ」
「その店大丈夫かよ……」
「商品にない物だから経営的には問題無いらしいぞ」
「何だそれ」
可笑しそうに燐が笑う。
不安しかなかったデートの始まりは、意外と好調だった。




