朝からトばすぜ、ストレス!
「山村慶です。家の都合もあり、こちらの高校に転入する事になりました。よろしくお願いします」
ホームルームの時間を使って、山村慶の自己紹介が行われる。
クラス内でどっと歓声が上がった。
肩口で切り揃えられた黒髪と、良く言えば引き締まった表情、悪く言えば感情の機微に疎い表情をしている整った顔立ちの少女だ。
多くを語らず、しゃきっと伸びた背筋。
しっかりとした子だという印象が強くて俺なら少し取っつき難いと思うのだが、何故かクラス内の男子は感動している。
いや、ホント、元気だなぁ。
「はあ、マジか」
「あっ、あの、カズ君」
「ん?」
隣の山川さんが話しかけてきた。
そう言えば、今日は理事長の指示があって日課の本の感想会が出来なかったな。
「どうかした?」
「あ、あの人カズ君が連れて来たの?」
「うん。理事長に呼ばれて、同じクラスだから案内してくれって」
「……か、可愛い子だよね」
「ソダネー」
俺としては不穏な雰囲気がする。
タイムリープ前の高校時代にすら無かった未知の転校生、俺を殺した男と三文字も一致する名前とくれば不審に思わないはずがない。
性別も違うし、顔立ちも立ち居振る舞いすら似気無い少女だ。
それなのに、さっきから悪寒がする。
今気付いたが、片手は落ち着かなくて無意識に刺された箇所を擦っていた。
ううん、不安!
「く、クラスの男子みんなゾッコンみたいだし……きっとカズ君も関わっていく内に……」
「何か言った?」
「へっ?あ、いいいや、何も!?」
「急に声デカ」
ホームルームが終わって、山村慶も席に着いた。
その周囲は、あっという間に人で囲まれる。
山村慶を中心に質問の嵐が巻き起こり、だが渦中にいる本人は一つずつ丁寧に対応していた。
無表情だから勘違いしてしまうが、訊かれた事にはちゃんと答える、意外と真摯な子だ。
「おい、乙倉。これ新手の冗談か?」
「何が」
一方で、こういったイベントは真っ先に飛び込んでいく筈の角田が、人集りからも遠く離れた俺の傍にいる。
「山村慶って、マジにオマエを殺した男と名前が丸かぶりじゃん」
「一文字違う!あと性別!」
絶っ対に違う!
それに、俺はあの少女が明美と恋愛関係になって俺に嫉妬して刺殺なんて未来を思い描けない。
脅威度としてはゼロな筈だ。
で、でも何かお腹が……。
「ファーストコンタクトはどうだった?」
「二言三言交わしたら、それっきり。教室まで無言で歩いてきた」
「刺されるな、きっと」
「これだけで!?」
女子って怖い!!
話題振らなかったり、会話が下手くそなだけで刃傷沙汰になるのかよ。俺の職場でもそんな凶暴性の強い人はいなかったと思うぞ。
いや、新人に陰口叩くグループの女性職員はいたけれどさ。ああいうタイプは男にもいるから、性別に限らないだろう。
「それにしても綺麗な子だな、朝倉さんの恋人」
「だから違うって」
「後で俺も話しかけてみるよ、おまえを将来殺す子に」
「やめろって!?」
さっきから冗談のつもりで言っているのかもしれないが、俺にとっては我が身に起きた事なので全くもって笑えない。
俺たちが見ていた事に気付いたのか、人の輪の隙間から山村慶がこちらを見た。
すっと席から立ち上がり、真っ直ぐ俺たちを目指して来る。
あ、角田逃げた!?
「あの、私に何か言いたい事でも?」
「えっ?」
「こちらを怪訝な顔で見つめながら、ヒソヒソと話していらしたので」
「あーいや……て、転校生が来るとは聞いてたから角田ってやつと男性か女性かで賭けてたんだ。それで俺が負けたから、つい悔しくてそれが顔に出てたかも」
「………そうですか」
「不快にさせてたら謝る。ごめん」
舐めるなよ。
こちとら目上の方のご機嫌取りの為に、即時言い訳が思いつくように体が出来ているんだ。
社会人になってまだ一年だけだったけどな。
小娘相手のご機嫌取りくらい容易い!……あ、明美はほら、何かこう、勝手が違って……ね?
「……いえ、こちらこそ勘違いしてすみません。てっきり悪口を言われていたかと」
「今日会ったばかりの子にそんな度胸ある事は無理だって」
「……私、無愛想なのでよくそういう事で嫌がらせを受けた事があったので」
「大丈夫。そういう連中っていうのは、自分から話しかけたり関わりに行く勇気が無いから、そういう意味の分からない手段でしかアプローチできないヒヨッコなの」
「ヒヨッコ?」
「それで、その内に目的と手段を間違えて大惨事を起こして先生に叱られる運命なんだよ」
中学時代の最後、俺は悪評だけ耳にした知らない同級生からそんな扱いを受けた事があるからな。
そして、エスカレートしていった矢先に教員側に自然と露見して顔を蒼くしながら雁首揃えて謝罪させられる。俺本人はその瞬間まで彼らが嫌がらせの犯人だと知らなかったから何事かと思った。
彼らの公開処刑以降は、目に見えて俺に直接攻撃する人間は減ったな。
その分、陰口は増えたけど。
「ふふっ」
くすりと山村慶が笑った。
え、笑った。
「そうですね。たしかに、私に嫌がらせした人も怒られてましたね」
「でしょ?」
「良かったです。悪い人じゃなさそうで」
「………」
悪い人ではないよ。
その代わり良い人でもない。
極力印象に残らず、気紛れな善意の対象にもならなければ不意な悪意の矛先にもならないよう生きてきた。
今は『五月以前の俺』の所為で絶賛色んな感情の的だけどね!
「そう言えば、理事長から聞きました。私の案内役をする人は特待生だと」
「ああ、うん。ギリ特待生」
「私も特待生です。どうぞよろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
今日二度目の握手を交わす。
少し違うのは、山村慶はさっきより表情が柔らかい事だ。
さっきまで過剰に怯えていたのが失礼に思えてきて、罪悪感が半端ではない。
「また乙倉だ」
「何人目だ?」
「いい加減にして欲しい」
少し離れた位置でそんな声が聞こえた。
あ、あれ……さっそく俺の方が陰口を叩かれている気がする。
でも安心してくれ。
俺のこの会話の仕方は、あくまでその場凌ぎ。
職場でも極力他人に第一印象で悪く思われない工作で、それ以上の距離を近付けるような力まではない。
だから、職場で飲みに誘われた事も皆無だった。
「それでなんですけども」
「ん?」
「校内の案内、良ければ乙倉さんに頼んでも良いですか?」
嫌だ。
そう言えたら、どれだけ楽だろう。
だが、幸い明美との放課後の約束が入っている。
「ごめん。放課後は仲直りの為に友だちの用事に付き合わなきゃいけなくて」
「仲直り?」
「――なんだよ。今日も予定あんのかよ」
会話の途中で俺の隣に燐が現れた。
おまっ、音もなく何処から!?
「乙倉さん、この方は?」
「お、同じ特待生の獅山燐って子。柄悪いけど、中身はそこまで悪い子じゃないから仲良くしてやってくれ」
「そこまでってどういう意味だよ」
ニヤニヤしながら燐が肩を組んでくる。
待て待て待て待て!!
おまえはこの教室に入ってきたら駄目だろうが!
昨日は俺とおまえの事で疑われたばかりなのに、ここで普通に親しく接しているように見られたら確実に疑惑が深まるだろうが!
「……校則違反過ぎませんか、服装」
「敢えて破ってんの」
「せめてシャツは着ませんか?」
「えー、コイツ堅いな。カズ、おまえは別にいいって思うよな?」
「乙倉さん。同じ特待生としてどうかと思いますよね」
俺を挟んでバトルしないで下さい。
山村慶次と名前丸かぶりの少女と昨日の今日で教室にいては駄目なヤンキー女子に挟まれて、それどころでは無い。
「ごめん。ちょっとお手洗い行ってきます」
俺は暇乞いを告げて、教室から離脱した。
その時の俺の顔色が悪かったからなのか、「アイツかなり我慢してるらしいな」とか「トイレ臭くなりそう」とか言われた。
うるせえ!
次の授業には遅れるだろうが、保健室で休もう。
「あれ、カズ君?顔色悪いよ?」
保健室へ向かっていたら、行く手に明美が立っていた。
あれ……髪が短い。
俺の記憶の中にある高校時代の明美と同じ髪型をしている。でも、今朝会った時は背中に流れるくらいの長さだったのに。
「明美。髪が」
「さっき切ったんだ。……戻したんだよ」
「も、戻した?」
「うん。戻ったから」
明美が含みのある微笑みを浮かべた。
戻ったとは、どういう意味だろうか。
「それはそうと、大丈夫?」
「すまん。少し朝食ったパンに当たったらしい……」
「今朝はうどん食べたって角田くん言ってたよ」
「取り敢えず、体調悪いから保健室で休もうと思ってる」
「一人で行ける?」
「ああ」
「そっか。じゃあ、気を付けてね」
俺を心配そうに見ながらも、明美が俺の横を過ぎていく。
彼女が角を曲がって見えなくなるまで見届けてから、俺も歩き出した。
「山村慶次じゃなくてよかったね!」
明美の消えた方から大きな声が放たれ、俺は反射的に素早く振り返る。
でも、そこに明美はいない。
「な、何で山村慶次って………ぷ――――」
その後、廊下で盛大にぶち撒けた。
 




