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タイムリー……いや違う!?




 それは、俺にとって初めての葬式だった。

 死んだのは、小学校から高校まで一緒だった幼馴染の女性。

 ただ、最近の創作物で見るほど親しくもなく、中学の受験期辺りになって特に関わる機会も減り、高校ではほとんど口も利いていない。

 高校を卒業し、大学を卒業して公務員の職に就いて一年経った時だった。

 幼馴染の彼女が事故死し、その葬式を執り行うので出席しろと親から強制され、仕方なく地元へと帰って来た。


「明美ちゃん……!」


 幼馴染こと朝倉明美の遺体を納めた棺を見送りながら、俺の隣では男が一人涙している。

 話によると、明美と高校でクラスメイトだった頃から交際していたらしい。

 名前は山村慶次。

 男の俺から見てもアイドルかと見紛う眉目秀麗な男だ。

 高校の頃に明美とクラスメイトだったという事は、同じ学校なので話題になって俺の耳にも届いていそうなんだが……。

 葬式に出席するのは、俺なんかよりも明美と親しい人物たちだ。俺の知らない顔が沢山いるし、その全員が本気で泣いている反応から皆の中心的な人物なのだと察した。


「すまない、和稀くん」

「え?何で俺に謝るんですか」


 山村慶次がおもむろに顔を上げ、俺――乙倉和稀に謝罪した。

 謝られる理由に思い当たる節が無いから思わず変な声で話してまった。

 山村慶次とは、今日が初対面だ。

 今まで迷惑を被った事は一度も無い、筈だ。

 それとも、まさか憶えていないだけで俺と何処かで出会っていたのか。


「明美がずっと君に謝ろうとしていて。だから僕が代わりに謝ろうと」

「代わり?明美が俺に何かしたっけ……?」

「中学の時、明美は君が好きだったんだけど素直になれなくて君に告白したい女の子に君のある事ない事を吹き込んだりして牽制して……それが原因で君は学校で悪者扱いされたって」

「……あれは、そういう事か」


 中学の頃、突然俺の悪評が広まった。

 話を聞けば身に覚えの無い事ばかりだったし、中学卒業間近で俺は地元を離れた遠くの進学校を受験していたから、別に良いかとそのまま流していてのだ。

 あれは、明美の仕業だったのか。

 でも、今さら犯人が彼女だと知っても思う事が無い。噂に端を発した被害も、特に無かったからだ。

 際立った虐めは無かったが、よく無視はされた。

 仲良くしていた友人からも仲間外れにされたかな。

 ただ、寂しくはあったけど冷遇するクラスメイトたちの対応についても憤った事は一度もない。

 だから、別に重く受け止められる事実では無いが、明美本人には辛かったらしい。高校でも一緒だったから、殊更に意識させられたんだろう。

 ん……?

 俺が好きだった……?

 ああ、だから地元から遠い高校でも何故か一緒だったのか。


「僕と付き合い出したのも、最初は君に意識してもらう為だったとか……明美は、最後まで君にした事を悔いてた」

「大丈夫です。特に傷付いてませんから」

「お、怒ってないのかい?」

「もう何年も前の話ですし、今度墓参りの時にでも明美に気にするなって言っときますよ」

「……ありがとう」


 また山村慶次が泣き出した。

 勘弁してくれよ。

 俺が困っていたら、次々と彼の周りに人が集まりだして嗚咽で震える背中を慰める。いつの間にか一番傍にいたのに、人数に比例して彼を囲む人の輪が厚くなっていき、気付いたら遠くへと弾き出されていた。

 葬式も終わった事だし、そろそろ帰るとしよう。

 

「あ、待ってくれ。カズ君」

「えっ。か、カズ君?」


 その場を離れようとした俺を、山村慶次が呼び止める。


「あ、すまない!明美からよく話を聞いていたから、つい呼び方が伝染ってしまって」

「あ、ああ、いえ。久し振りにその愛称で呼ばれてびっくりしただけなので。お好きに呼んで下さい」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

「それで、何か用でも?」


 呼び止めた用事を聞こうとしたら、彼は少し困ったように笑った。


「今から、僕と明美の家に来てくれないかな?同棲してたんだけど、実は生前の明美が君宛てに書いた手紙があるんだ」

「俺宛てに?」

「いつか渡すんだって意気込んでたし」

「は、はあ」


 明美の手紙か。

 薄情に思われるが、俺は明美の死を山村慶次や皆ほど悲しめないような人間だから、果たしてその手紙を受け取っても良いのかと躊躇われるが、俺宛てならば受け取らないと人としてアウトな気がする。


「分かりました」

「ありがとう。じゃた、今からご案内するよ」


 そう言って、山村慶次が微笑んだ。

 自然に垂らした腕の先で、彼が拳を固く握ったのが見えた。



 数時間後、俺と山村慶次はマンションに着いた。

 六階あるマンションから見下ろす街の景観に見惚れながら、二人の住んでいた部屋まで直行する。

 意外と良い所に住んでいたんだな。

 今まで実家ともあまり連絡を取り合っていなかったし、明美がどんな仕事に就いていたかも知らない。

 

「明美って、どんな仕事を?」

「病院に勤めてたよ」

「俺、詳しく聞いてないんですけど事故死って何があったんですか?」

「玉突き事故で」

「ああ……そう、ですか」


 尋ねておいて気まずくなり、会話が途切れる。

 部屋に着いて、山村慶次が扉を開けて中へと誘う。

 見た限りでは、とても綺麗な場所だった。

 よく整頓されているし、玄関には二人が遊園地で遊んだり旅行に行った写真が飾られている。

 俺もまた彼に導かれるまま入り、靴を脱いで部屋に上がった。

 それから明美の私物が保管されている部屋へ向かったが。


「ん?何だこれ」


 その部屋には、何も無かった。

 まるで全てを片付けられた後のようである。

 唯一、ブルーシートが床に布かれていた。それからカーテンも閉め切っていて空気も悪い。


「あの、すいません。何も無い――」

「うあああああ、死ねええええ!!」

「えっ」


 次の瞬間、背後から山村慶次が包丁を片手に襲って来た。

 躱す間も無く、お腹を深々と刺される。

 え、ちょ、何これ。

 お腹の中を鋭く裂いた切っ先の当たる部分を中心に激痛が走る。痛みで声も上がらず、包丁を引き抜かれると同時に力が抜けてその場に倒れ込む。

 そして、俺を見下ろす山村慶次と視線が合った。


「僕と一緒にいるのに、カズ君カズ君ってオマエのことばっかり!!いいかげんにしろよな!高校の頃からずっと殺してやりたいって思ってたんだ!葬式に来るって聞いたから、こうして準備してやったんだ!死んだ後、バラバラにして山の裏に捨ててやる!」


 さっきとは別人のような雰囲気だ。

 何で殺され、駄目だ、頭が回らない。

 意識が遠くなっていって、俺は死ぬんだと漠然と自覚しながらも、やっぱり後悔とか憎悪とかも無かった。

 まさか、死因が逆恨みとはね。

 交際してるのに山村慶次の前で過去の恋を話す明美もだが、遠回しのアプローチだったとはいえそこまで慕ってくれる女の子に無関心だった俺も俺だな。

 ずっと、波のない人生を送って来たからな。

 何のトラブルも無い、平和な日々が送りたかった。

 中学の頃の体験で、俺は人間への興味関心がほとんど失われた。噂程度で簡単に変わってしまう人間関係も嫌だし、そうならない深い関係を築くのも面倒くさくなったからだ。

 気遣いらしい事は喋れるけど、人を思う気持ちが全く伴わない。

 だから、今まで波のない、何も無い人生を望んでいた。

 誰にも迷惑かけず、普通に一人で死にたかった。

 ただ、やはり山村慶次のように誰かに多大な傷を残してはいたらしい。


 あーあ、生まれ変われるなら、もう少し人を思い遣れるような人間になろう。

 全てを切り替えて、人とあまり関わらないようにしようと決心した高校の時みたいに諦めたりしないように。


『じゃあ、私と青春やり直す?』


 懐かしい声がする。

 これは、俺が知る明美の声だ。


『そしたら、考えてあげるよ』


 しません。

 生まれ変わりなんて冗談だし、きっと次の人生があったとしても俺は今度こそ最初から誰にも迷惑をかけない、一人きりの人生を始める筈だ。


『ふーん、そっか』


 ぬるりと、泥のような何かが頬に触れている気がした。

 耳元に誰かの吐息を感じる。

 死んだ筈の俺の体に、何かが感覚を与えてくれている。


『逃さない』


 ドスの利いた声と共に、俺の意識が真っ白に染め上げられた。







 遠くから音が近付いてくる。

 何処かで聞いた覚えのある音だ。

 そういえば、高校の時は毎朝これで起きていたっけ。


「………………………何事!?」


 気が付くと、俺はベッドの上にいた。

 枕元で喧しく鳴るアラーム時計のスイッチを押して起き上がる。

 ここは、俺が住んでた部屋じゃない。

 正確には、就職を機に一人暮らしを始めた部屋と違う。――高校の寮で借りた俺の部屋だ!

 でも、たしか既に卒業と共に退去したはずだ。


 ちょ、ちょっと待て?

 何か悪い夢でも見てるんじゃないか?

 確か山村慶次に家に誘われて殺された筈なのに、どうして未だに呼吸している!?

 傷は――と思って、包丁で刺された腹部を調べたが傷は無かった。

 ふと上着の裾を捲った手に視線を移すと、何だか爪が綺麗になっている事に気づく。

 俺、就活以外では爪とか整えなかったくらい自分の外見に無頓着だったんだが、おかしいな。


「んー………」


 不意に隣から誰かの声がする。

 もぞり、と俺の被っていた掛け布団が引っ張られた。

 不思議に思って、俺は自分のいるベッドを改めて見直して―――――――。



「お、お、お、女の子ォオオオオオオオオ!!?」


 

 そこに、全裸のまま俺の隣で眠っている女の子がいた。







 

 









 

 


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