ゆいこのトライアングルレッスンM
小説家になろうラジオの通算9回目となる大人気企画「ゆいこのトライアングルレッスンM」に投稿した作品です。
ゼミの課題を提出してラウンジへ向かうと、ひろしとたくみが待っていてくれた。
「ゆいこ、お疲れさま」
読んでいた本を閉じたひろしが、私に柔らかく微笑む。
「おーう、お疲れ」
続けてたくみからも労いの言葉がかかる。だがひろしとは対照的に、向けられた視線はすぐに手元に戻ってしまった。何やら軽快な音も聞こえる。
「何してるの?」
気になった私はたくみに近寄り手元を覗き込むと、その正体はすぐに知れた。
「ゲーム?」
「あぁ。懐かしくてついダウンロードしちまった」
「スマホでも出来るようになったんだな」
そのゲームは私も知っている有名なシリーズだった。主人公が仲間と共に世界を冒険し、絆を深めて魔王を倒すという王道のRPG。
「最近リメイクされたらしくてさ。昔よくプレイしてたから」
嬉しそうに話すたくみのスマホには、四人の男女が一列に並んで草原を駆け巡っていた。映像は格段に美しくなっているが、ドット絵とお馴染みのBGMに乗せて進む様子は、確かに昔やり込んでいた者の心を擽るのだろう。
そしてふと気付く。
「ひろしってゲームするの?」
たくみの横で合槌をうっていたひろしが一瞬目を見開く。が、すぐにいつもの表情に戻ると、そっぽを向いてぼそりとつぶやいた。
「俺だって、ゲームくらいする」
「こいつ何気にゲーム好きだぜ。つっても、ジャンルは偏ってるけどな。一つのゲームを長くプレイするタイプだ」
「そうなんだ! 意外!」
「……い、いいだろ別に」
ひろしはぶっきらぼうに告げると、この話は終わりとばかりに持っていた本を鞄に押し込んだ。少し乱雑な仕草とほのかに赤く染まった耳が、普段冷静な彼と異なりなんだか可愛いと思ってしまう。そんなに恥ずかしがる事ないのに。それなりに付き合いも長いが、新たな一面が見えたようで嬉しい。
「なぁ」
私と同じく笑っていたたくみが、スマホをこちらに向けて尋ねた。
「もし俺たちがこのゲームの世界に入るとしたらさ、どんな職業につきたい?」
画面はちょうどモンスターと出くわした所で、キャラクターが攻撃や回復などを駆使して立ち回っていた。確か職業によって使えるスキルや強さが変わってくるんだっけ。
「そうだなぁ。私はやっぱり魔法使いかな。回復の呪文をバンバン唱えて皆を助けるの!」
「となると、魔法使いっつーより僧侶だな。なんかお前っぽい」
「そうだな。優しいゆいこによく似合ってる」
「ふぇっ!?」
何気なく言った事なのに褒められてしまい、思わず変な声が出てしまった。こちらを見つめるひろしと目があって、慌ててたくみのスマホを凝視する。
「そ、そういう二人はどうなのよ!」
内心ドキドキする胸を抑えつつ話を振ると、たくみが操作している手を止めてうーんと唸る。画面はこちらの攻撃ターンのようで、四人のうちの一人を指差した。
「俺はこいつ。盗賊だな」
「盗賊?」
「そう。素早くて敵からアイテムを盗んだり、攻撃も守備も出来る。色々と重宝するんだぜ」
「たくみは器用だからな」
「まーな!」
たくみがふふんと胸を張る。確かに部活にこそ入っていなかったがスポーツは出来る方だったし、なんでもそつなく熟すイメージはたくみにピッタリだ。
「そう言うひろしはどうなんだよ」
「……俺は」
画面の中では僧侶が回復を唱えていた。ひろしは立ち上がって覗き込むと、その僧侶の隣を指差して答えた。
「戦士、だな」
「その心は?」
「攻撃はもちろん防御力も高い。それにいざって時、仲間を守ってやれるからな」
そう言って私を見つめるひろし。せっかく収まったドキドキが、またぶり返してくる。何か言わなきゃと思うのに、口はぱくぱくと動くだけでちっとも音になってくれない。
「お二人さーん、仲良いのはいいけど、そういうのは他所でやってくれません?」
からかい混じりのたくみの声に、私はハッと我に返った。
「っ、そんなんじゃないってば……、きゃあ!」
この空気をどうにかしようと叫んだ私は、勢い余って足がもつれてしまった。前のめりになり、このままじゃ転ぶ! と思ったのに、どういうわけかいつまで経っても痛みがやって来ない。
恐る恐る目を開けると、しっかりとした腕と温もりに包まれていた。
「怪我はないか?」
真上から聞こえるひろしの声。
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
「ったく、危なっかしいなぁ。ちゃんと戦士サマに守ってもらえよ」
「もう、たくみ!」
なおもからかうたくみに騒いでいると、ギュッとひろしに抱き寄せられた。
「俺は構わない。ゆいこを守りたいと、一緒にいたいと思ってた」
至近距離で言われて、みるみるうちに顔が赤くなる。ひろしにも伝わりそうなくらい鼓動が脈打つのが自分でも分かった。
だから、たくみがぽそりと放った言葉は、私の耳についぞ入る事はなかった。
「俺もゆいこの心が盗めれば、よかったのにな……」




