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第九話「獣人族の少女」

「ん、ん………」


 小鳥の囀る音で、徹は目を覚ます。

 ぼんやりとした意識のまま空を見上げると、空のてっぺんに太陽が昇っていた。

 

「昼じゃねえか!?」


 その事実に気付いた徹は、一気にまどろみから覚醒すると勢いよく状態を起こす。

 しかし寝床の環境の悪さ故か、背中や腰に痛みが走る。


「いってて……」

(あれ…?ここどこだ?てかなんで俺はこんな所で寝て…?)

「大丈夫か、陛下?」


 今自分がいる場所、そしてこの現状に混乱する徹に、最近覚えた愛くるしい声が聞こえる。

 振り向くと、『ミレナリズム』の登場キャラにして徹最愛のユニット、ヴィルヘルミーネが心配そうな顔で見つめていた。


(あ、そうだ。俺は昨日この世界に転移しちまったんだ…)


 それに気付いた徹は、情けない姿を解き自分が格好いいと思う動きで立ち上がる。

 こんな時間に起き、情けない恰好を見せたにもかかわらず、ヴィルヘルミーネは徹を尊敬の眼差しで見つめていた。


「すまないな、ヴィルヘルミーネ。どうやら少し寝すぎてしまっていたらしい」

「陛下が謝ることじゃないさ。昨日はお疲れだったんだろう?熟睡されていたからな、起こすのも忍びなかったんだ。……おはようございますだ、陛下」

「あ、ああ。おはよう」

(う~~~~~ん………幸せ!!)


 最愛のユニットと朝の挨拶を行えていることに、徹は無上の喜びを感じていた。

 社会人になってから数年、長年独り暮らしをしていた徹にとって挨拶を行える相手がいるだけでも幸せなのに、それが憧れのユニットヴィルヘルミーネだというのが喜びに拍車をかける。

 異世界転移という命が危ない状況になってしまったが、ヴィルヘルミーネが側にいてくれるだけでこの世界も案外悪くないと思えてくる。

 

「クラウディア、ただいま戻りました」

「……ぅぉ」


 そんな二人だけの空間に、どこからともなくクラウディアが現れる。

 まさに闇から現れたようなクラウディアに、思わず叫び声を上げそうになってしまった徹だったが魔王のプライドで無理矢理に抑える。

 クラウディアの持つスキルに、【闇へ染まる者】がある。このスキルの効果は『このユニットがいるマスに隣接しない限り、他文明のユニットはこのユニットを目視できない』というものだ。このスキルは敵に発見されずに一方的に敵の情報を集めることが出来るためとても重宝するのだが、どうやらこの世界では『物理的に隣接しないといることに気付かない』といった効果になっているようだ。そのため徹にはクラウディアがいきなりそこに現れたように見えた。

 いつかゲームのスキルが現実ではどういう形と表れているのかを調べようと、徹は脳内のメモに書きいれる。


「それで、どうだった?」

「はっ。現在我々がいる大森林は非常に広く、一晩ではこの森の全貌を明らかにすることしかできませんでした。そのため周囲の地理は未だ未調査であることをお許しください」

「それなら仕方がないさ」


 徹は天を見上げる。空なんてほとんど見えない程葉っぱが生い茂っているような深い森だ。逆に十時間ほどで森の全てを明らかにしたことを褒めるべきだろう。


「森の様子はどうだった?ここで生活できるか、魔物たちはいるかなどだ」

「はっ。川や資源、それに果実なども豊富で農作の基盤が整えば十分に生活できるかと。しかし魔物が多く見られたので排除する必要はあるかと」

「どんな魔物だ?」

「大した魔物はいませんでした。豚鬼(オーク)大鬼(オーガ)など私だけでも対処できるでしょう」

「ふむ……」


 豚鬼(オーク)大鬼(オーガ)も『ミレナリズム』に存在する魔物の一種だ。『ミレナリズム』において魔物とは、お邪魔キャラのような存在だ。マップにランダムで『魔物の巣』が現れ、そこから無限に沸き続ける。放っておけば一つの都市が簡単に滅んでしまうので早急に対処する必要がある。魔物の巣から現れる魔物はその時に発生した魔物の巣によって固定される。ゲーム開始直後だと小鬼(ゴブリン)しかでない魔物の巣しかできなかったりと、ある程度予想は可能だ。

 豚鬼(オーク)大鬼(オーガ)も割りと序盤から発生する可能性がある魔物だ。序盤のうちだと中々の強敵で、開始直後に見たらリセットも考える程厄介な敵だった。【鉄器】の研究を終わらせた後生産できる【剣士】ユニットでも中々手こずる序盤の難所だ。

 しかし、こちらには『グリントリンゲン』最強の戦闘ユニットヴィルヘルミーネや斥候ユニットにしては珍しく戦いも得意なクラウディアがいるので然程苦戦はしないだろう。


「この森は南が短い十字架のような形をしていました。周縁部には人の手が加わっており、恐らく森の近くに文明が存在するかと」

「なるほど。人間は見たか?」

「いえ、見ませんでした。しかし東には足跡がいくつかありました。形からして鎧のような物を着ていた者かと」

「鎧……昨日の騎士たちか…?」


 徹は昨日自分たちを襲ってきた騎士たちを思い出す。クラウディアの言葉では彼たちは東から来たらしい。この森の東側には人族の文明があるかもしれない。


「また、ここから然程遠くない場所に魔物の巣を見つけました」


 クラウディアのその言葉に、徹の瞳は興味津々の色に染まる。


「本当か」

「はい。豚鬼(オーク)小鬼(ゴブリン)が巣食う巣です。魔物にしては装備がしっかりしている者が多かったり中には恰幅の良い者もいました。近くの村や都市から略奪をしているのかと愚考します」


 豚鬼(オーク)小鬼(ゴブリン)は今の徹たちからすれば脅威ではない敵だ。これなら昨日考えていた一つの計画を実行できる。


「よし。その巣を滅ぼしに行くぞ」


~~~


 不快ではない浮遊感と、矢のような速度で後ろに流れていく森の景色。

 徹は森の中を電車を思い出させる速度で移動していた。


(この速度で移動できるのは便利かもしれないが……この格好はちょっとな?)


 徹は今、ヴィルヘルミーネにお姫様だっこのような恰好で担がれていた。陛下自らご足労をかける訳にはいかないと二人に押し切られ、このような形で移動しているのである。

 ただえさえ男の自分が女性に担がれるという屈辱を感じるのだから、せめておんぶのような無難な格好にしたかったのにいつの間にかこのような形で抱き上げられていて何も言えなくなっていた。


「この先は足場が悪い。ヴィルヘルミーネ、くれぐれも気を付けろよ」

「分かってるよ。陛下にお怪我させるわけないだろ?」


 猛スピードで走るヴィルヘルミーネを先導するように、クラウディアは器用に枝から枝へ飛び移っている。


(流石は魔族と闇妖精(ダークエルフ)のハーフという設定だな…森というものを熟知している)


 『グリントリンゲン』のUU(ユニークユニット)は、魔族と何かしらの種族のハーフと言う設定になっている。『ミレナリズム』には普通の人間である【人族】やヴァルターのような【魔族】、獣の耳や尻尾を持つ【獣人族】など多種多様な種族が存在するが、クラウディアは長い耳や褐色な肌から分かる通り【闇妖精(ダークエルフ)】の血が混ざっている。それだけでなく【魔族】のようなツノや尻尾が生えており、そこもクラウディアのチャームポイントだと徹は勝手に思っている。


(でも魔族が持つ翼は持ってないんだよな…。まぁ森を走る時とかは邪魔そうだけど)

「陛下、どうかしたか?」


 クラウディアを見つめていた徹に、ヴィルヘルミーネが声をかける。

 思わず徹はヴィルヘルミーネを見つめる。すると、爬虫類のように縦に割れた瞳孔を持つ赤い瞳に射抜かれ、思わず顔を赤くしてしまう。

 この瞳や、(ドラゴン)のような翼や尻尾を持つ通り、ヴィルヘルミーネは【魔族】と【龍人族】と呼ばれる種族とのハーフだ。


(【龍人族】は火を吹いたり凍える息を吐いたりできるんだよな…。ハーフのヴィルヘルミーネはレベルアップしないと使えないけど。…あぁ、レベルアップした彼女たちを早く見たいなぁ。きっとかっこいいんだろうなぁ…)

「主、着きました」


 徹が遠い未来を夢想していると、ヴィルヘルミーネの足が止まる。

 ヴィルヘルミーネはまるでお姫様を扱うように徹をゆっくり立ち上がせるとその場に跪く。それと同時にクラウディアが木の枝から降り、ヴィルヘルミーネの隣で彼女と同じように跪いた。


「この少し先に魔物の巣となっている洞窟が存在します」

「う、うむ。そうか……」

(なんでわざわざ跪いたの!?)


 いきなりの臣下ムーヴに戸惑う徹だったが、これはあくまで徹が強制したことではない。彼女たちがやりたくてやったことをわざわざ止めることもないなとそのまま話を続ける。


「それではこの巣を潰すとしよう」

「陛下が望みならアタシが今からさっさと滅ぼすぜ?」


 戦闘狂らしく、目をキラキラと輝かせながら顔を上げるヴィルヘルミーネ。本来であれば、というかこれまでの『ミレナリズム』のプレイでも魔物の巣の駆除はヴィルヘルミーネに任せていた徹だったが、今回は頷けない理由があった。


「いや、今回は我に少し考えがある。貴様は我の後ろで待機だ」

「…御意のままに、陛下…」


 徹の言葉に肯定で返すヴィルヘルミーネだったが、その表情と声色からは不満がありありと感じ取れる。確かに今回は徹の力を確かめるという目的はあるが、好いているユニットにそんな表情をさせるのは忍びない。 

 

「……とは言っても我が全ての魔物を相手取る訳では無い。ヴィルヘルミーネ、お前には露払いを頼もう」

「っ!ああ!任せてくれ、陛下!」


 一転表情をパァッと明るくさせたヴィルヘルミーネは、ウキウキと言った様子で小声で「アタシ陛下に頼られちゃったぜ!」と隣で跪くクラウディアに呟く。


「…む。主、私はいかがしましょうか。このクラウディア、主のためなら例えなんであれ――」

「きゃああああああああああああ!?」


 頬を膨らませたクラウディアが徹に何かを言いかけたその時、森中に響くような甲高い声が響いた。


「何事だ!?」

「私が見てきます」


 その声にいち早く反応したクラウディアが瞬く間に森へと溶けていく。しかし、徹にはこの場で黙って待っているつもりはなかった。


「恐らく今のは人間の…しかも少女の声だ。心配だ、見に行くぞ」

「御意」


 徹がなるべく音が出ないように前進すると岩肌が露出しているようなゴツゴツした開けた場に出た。そこは洞窟の入り口のような場所で、一人の獣人族の少女が腰を抜かしたように座り込んでいるのが見える。そしてその周りには彼女を囲むように立つ二匹の小さい薄汚い緑色の肌をした魔物―小鬼(ゴブリン)がいた。


「あれが魔物の巣です。あの獣人族の娘は巣の門番に見つかってしまった様子ですね。いかがいたしますか」


 いつの間にか横に立っていたクラウディアがまたしても跪きそう問いかける。

 だが、徹には今それを気にしている余裕は無かった。

 二匹の小鬼(ゴブリン)はそれぞれ剣を握っており今にもその下卑た笑みを浮かべたまま一つの命を奪おうとしている。

 獣人族の小娘は何故か頭に鍋を被っていたがそれでは到底防げないだろう。


「あの娘を助けるぞ。我が魔術を使う」


 魔術を使うと言った徹だが、勿論これまでの人生で魔術など使ったことが無い。だがしかし、目の前の小鬼(ゴブリン)を敵だと認識した瞬間、脳内に魔術の発動の仕方が浮かび上がる。

 これならいける。そう思った徹だったが―


「お待ちを、主」

「なんだ」


 しかしそこに横槍が入る。早くしなければあの少女は死んでしまうかもしれない。そんな焦燥感が苛立ちへと変わり思わず粗雑な態度を取ってしまう。


「主の偉大なる魔術だとあの小娘ごと殺めてしまうかと愚考します。ここは私にお任せください」

(……俺の魔術をどれだけ過信してるんだよ。イオ○ズンでも使うの俺?……でもクラウディアにも仕事を与えるべきか)


 自分の腕試しには絶好の機会だと意気込んでいた徹だったが、ヴィルヘルミーネにだけ役目を与えてしまうのも上に立つ者としてはまずいという結論に行きつく。


「分かった。ならばクラウディア。お前に任務を与える。あの小鬼(ゴブリン)二匹を始末しあの娘を安全な状態でこちらに連れてこい」

「はっ。必ずや」


 言うが早いかクラウディアは徹の視界から消える。


「ゲヒヒ!」

「や、やめ……」


 洞窟の前では、小鬼(ゴブリン)二匹が気持ち悪い笑みと共にじわじわと少女ににじりよっていた。

 腰を抜かし逃げることも叶わない少女に嘲笑の笑みを浮かべると、小鬼(ゴブリン)の一匹が剣を振り上げる。


「キヒャヒャヒャヒャ…ァ――?」

「きゃっ……!?じゅっ、獣霊様……お助けを…!!」


 その剣が振り下ろされようとしたその時、その小鬼(ゴブリン)の眉間に一本の矢が突き刺さる。小鬼(ゴブリン)はそこから血をピューっと大量に吹き出すとその場に倒れピクリとも動かなくなる。


「ガ、ガァ……?」


 相棒の突然の死に、残された小鬼(ゴブリン)は矢の出所を探るように周囲を見渡す。しかし、いくら首を回し小さい目を動かそうと射手は見つからない。矢の軌跡が全く見えなかったのだ。まるでいつのまにか矢がすぐそばに現れたかのように…。


「ガッ」


 瞬間、小鬼(ゴブリン)は後頭部に鋭い痛みを覚える。いや、痛みを感じることすらなかった。その矢は的確に脳を破壊し、小鬼(ゴブリン)は今自分に何が起こったのかを理解する前に絶命した。


「え、え、え…?」


 今まさに死の淵から救われた少女は何が起こったか分からないと言った様子で目の前で血を流し続ける小鬼(ゴブリン)を見つめる。


「貴様」


 すると、自分の頭上から低く冷たい声が降り注ぐ。

 その声に釣られて見上げると、そこにあったのは機械的で鋭い、しかしとても整った顔だった。褐色の肌に長い耳を持った彼女はこちらに全く興味もない顔でこちらを見つめていた。手には小さい弓を持っている。


「も、もしかしてあなたが―」

「我が主がお呼びだ。こちらへ来い」

「助けて…。え、え?」


 小鬼(ゴブリン)に突き刺さる矢から、彼女こそが自分の命の恩人だと感謝を述べようとした少女だったが、恩人はずんずんと森の方へと歩き始める。そのあまりに淡泊な態度に、少女は困惑しながらも無下には出来ないので取り敢えずついて行く。


「ここだ」

「…ひっ」


 そこにいたのは二人の化け物。

 一人は背の高い体格のいい女性で、羊のようなツノに立派な翼と尻尾。しかしその雰囲気は羊とはかけはなれた(ドラゴン)を彷彿とさせるような攻撃的なもので、今もその背丈ほどあるハルバードを構えながらこちらをじっと観察するように見つめている。

 もう一人はまさに小さい頃親が読み聞かせてくれた物語に出てきた魔王そのもの。全身を真っ黒な、そして高級感溢れるローブで包み、自分にはないツノ、尻尾、翼をもつ。そしてなにより、見るだけで全身の毛が逆立ってしまう程の恐怖を垂れ流しにしている。


「…娘よ」

「ひゃ、ひゃい!?」


 魔王が低く威圧感のある声で口を開く。

 正直今すぐ走り去りたい恐怖が少女を襲うが、その恐怖が彼女の足が動くことを許さなかった。


「名を教えてくれるか」

「え……?」


 しかし、問いかけられた言葉は予想だにしていない事だった。

 

(な、名前?名前を聞かれているの、私?…でも、魔族に名を教えると呪われるって言われたような!?ああああ…私をお助け下さい、獣霊様…!)

 

 想定外の質問に少女が戸惑っていると、目の前の化け物魔王は何かに納得したような顔を見せる。


「ふむ…。名を聞くときは先に名乗るのが筋か。我はいち…ヴァルター・グルズ・オイゲン。ほら、お前たちも」

「…クラウディアと言う」

「……ヴィルヘルミーネだ、嬢ちゃん」


 化け物魔王―ヴァルターは自分の名を名乗ると、配下にするように女性二人に名を名乗らせる。

 少女の命の恩人―クラウディアと背の高い化け物―ヴィルヘルミーネは名を名乗った切り黙ってしまった。

 そこで少女は次は自分の番だという事に気付き、慌てて口を開く。


「せ、セレーズ。セレーズ・ワンダー・イーシャ……です」

 

 


 

 

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